ローソンチケットpresents「ここだけの話 ~クリエイターの頭の中~」01. 岡田利規×松井周|できるだけシンプルに、でも凝縮したものを作りたい

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クリエーションの形態は、環境で変化する

岡田 チェルフィッチュは作風がわりと大きく変わってきていると思いますけど、それは活動の仕方が変わってきたことと絶対関連していて、与えられた環境に適応するってことを必死でやり続けたら今みたいになった、って感じがします。とても生物っぽいと思いますよ。

松井 まさに同じですね。サンプルはメンバーを変えずにやってきたけれど、それぞれが忙しくなってきたこともあり、また僕自身も劇団じゃないほうが動きやすくなってきたので、これを機に新陳代謝するのがいいだろうなって。

岡田 たぶん、松井さんと僕はここ一緒なんじゃないかなと思うんですけど、演出ってすごく自分発信的な作業に思われがちだけど、実は結構受け身でやってないですか?

松井 あははは!(笑)

岡田利規

岡田 目の前にいろんな素材があるわけですよ、俳優とか時代とか言語とか。それを使って面白いものを作るってなったとき、自分が先手を打ってるように見せかけて実は後手に回って受け身になって、素材の良さを使うだけ、みたいにするのが得策だと僕は思ってるんですよね。そうじゃないと、頭の中と現実の齟齬が起きちゃう。舞台観てて、「あーきっと本当はこういう物を作りたかったんだろうな」っていうのが想像できるけど、舞台上にそれが体現されてるわけじゃない、みたいのが一番残念な状態ですよね。演劇を観るって行為が、作り手のビジョンを忖度する、みたいなことになっちゃう。演劇って、ただそこにあるものを観て体験すればそれでいい、というだけのもののはずなのに。

松井 わかります、それ。「今回のテーマは」って取材で自分がしゃべったりもしますけど、実はある環境、ある人物、あるテキストでできる最大限の料理をするという点では、僕自身本番になるまで何ができるかわからないですから。

岡田 俳優が自分の家で自分の役とかセリフを読んだりしながら自主稽古してくると、かえって良くなくなってるときってあるんですよね。演劇って、上演される空間を込みにしたものだから、それを抜きに演技だけどうこうしようとすると、コンセプトと実際のものとにズレが出ちゃう。自分の家で上演空間を想像しながら稽古するって相当難しいと思うから、僕はそういうことはやらなくていいって思うんですよ。

松井 それはそうですね。あと、稽古場でやってたことが劇場に入ると崩れることがあって、そうやって一度壊れたものが劇場になじんでいくのが面白いと言うか。そのチューニングが速いのが俳優の経験としてベテランになるってことではあると思うんですけど、でも速いかどうかよりも、そこで新しい発明をしていくって時間の余裕があれば、俳優はまた面白く進化するし、なるべくその時間があったほうがいいんじゃないかなと思っていて。

岡田 サンプルの芝居はそこを委ねられるんですよね。忖度しながら観なくていい。

松井周

松井 岡田さん、海外の作品でセリフがわからない場合、どう観ていますか? 例えばシンプルなセリフ劇だとして、告白して振られて、ちょっと喧嘩するってシーンだったとき、僕は日本語の作品を観るときにも、“もしこの日本語の意味が全部わからなかったら?”と想定してみて、そこで何が起きてるのかを、視覚や聴覚だけでわかるか、考えるんですけど。

岡田 うーん、今の例で言えば、告白して振られたってことがわかったから面白い、と言うわけではないと思うんですよ。ただ、虚構的なものと現実的なものが共存してる状態ってのを楽しめるのが演劇で、この間のサンプルの「ブリッジ」も、その共存状態を楽しむことのできるものだったから、あーいい演劇を観たなあ、って思えたんですけど、その共存状態が成立してるかどうかをチェックするために、言葉がわからないという想定のもとにそれを観る、というのは面白いアイデアかもしれないですね。

松井 「部屋に~」でも最初に、「目を閉じてください」って言うでしょう? あれって従わなくてもいいし、目を閉じてもいいし、どっちも面白いわけです。この仕掛けによって可能性が広がりますよね。

岡田 あのシーンはどうしても役者の出捌けを見せたくないんだけど、同時にどうしても暗転にしたくなくて、なので観客に目を閉じてもらうという暴挙に出たんですけど(笑)。僕本番観てるときいつもあのシーンは目を閉じちゃうんですよ。

松井 僕も閉じましたけどね(笑)。

岡田 演出家なんだからたまには目を開けるときがあってもいいように思うんだけど(笑)、何より僕自身が観たくないんでしょうね、役者の出捌けを。

左から岡田利規、松井周。

クリエーションの最前線に向けて

岡田 「三月の5日間」(参照:チェルフィッチュ「三月の5日間」リクリエーション、7名のキャスト発表)を今回作り直すんですよ。当初テキストは書き直さないつもりだったんですけど、結局、今かなり書き換えてます。

松井 へえ、それは楽しみ!

岡田利規

岡田 「三月の5日間」的な文体って、最近は僕全然使ってないので、懐かしいというか、むしろ逆に新鮮なんですよね。あの文体は変えないようにしてます。現在の自分の感覚やセンスがあのときとは変化してるんだけど、現在の自分をこのテキストに介入させるのは面白くないと思うので、それはやってないんですけどね。

松井 面白いな、それどんな感じなんだろう。どうしたっていろんな意味で、違う文体や経験とか重みが入らざるを得ないと思うけど。

岡田 キャストが全員僕と芝居作るのが初めての若い人たちだし、上演全体としてはそういうことになるだろうとは思いますけどね。今回オーディションで選んだ役者が7人全員ほんとに面白いんですよ。彼らからたくさんのことをもらえてるなって、現時点ですでに思ってます。

松井周

松井 僕は、仕掛けとか芝居とか、自分の妄想ベースのビジョンの話とか、それまでやってきたことは全部「ブリッジ」に入れたので、それはそれですっきりした部分があります。で、次に何をやりたいかと言うと、「部屋に~」を観た影響もあって、情報量を凝縮したシンプルな物語をやりたいなってことを考えてて。ただ物語にはするけれど、ビジョンを提示するのは僕の武器だから、普通の話と言うよりはちょっと変わった世界観の物語になるんだろうなと。あまり複雑な説明が必要な世界観になるとSF的になってしまうので、皮膚感覚に訴えられるような世界観にしたいなって。

岡田 すごく観たいですね。松井さんがビジョンを作品に反映させるやり方って、僕すごく好きなんですよ。ハリウッド大作なんかでも、ものすごく面白いビジョンを持ったものってあるんですけど、そういうのって大抵、ストーリーがクライマックスに近付くに連れて、ドラマのサスペンスが前面に来て、ビジョンは背景に退いていっちゃうんですよね。それは僕にとっては、上っ面では煽られてるけどむしろ尻すぼみに感じられることが多くて、でも「ブリッジ」はそうじゃなかった。ラストなんか「2001年宇宙の旅」のスターチャイルドみたいに壮大だったし、最後までビジョンを見せることで勝負してて素晴らしいなと思いました。

松井 (笑)。でもそうですね、最後アクションになっちゃうんじゃなくて、「え?」ってなるようなビジョンを提示すること、それは手放したくなくて、間口はなるべく広くシンプルにはしたいんですけど、AIが違う言語を話し始めるみたいに、違うビジョンを体験してもらえるようなこと……クリエーションとしてはそういうことをやっていきたいなと思います。

左から岡田利規、松井周。
岡田利規(オカダトシキ)
1973年神奈川県出身。演劇作家、小説家。1997年にチェルフィッチュを立ち上げ、2005年に「三月の5日間」で第49回岸田國士戯曲賞を受賞。同年に「クーラー」で「TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD 2005-次代を担う振付家の発掘-」最終選考会にも出場し注目を集める。海外での活動も展開し、高い評価を得る。また小説家としては、2007年にデビュー小説集「わたしたちに許された特別な時間の終わり」を発表し、翌年第2回大江健三郎賞を受賞する。2014年からは美術展覧会にも活躍の場を広げ、「映像演劇」の作品制作にも取り組んでいる。近年の活動では、2015年にKAATキッズプログラム「わかったさんのクッキー」で、初の子供向け作品の台本・演出を担当。同年、アジア最大規模の文化複合施設Asian Culture Center(光州 / 韓国)のオープニングプログラムとして初の日韓共同制作作品「God Bless Baseball」を発表する。2016年には瀬戸内国際芸術祭にて森山未來との共作パフォーマンスプロジェクト「in a silent way」を滞在制作・発表したほか、ドイツ公立劇場ミュンヘン・カンマーシュピーレのレパートリー作品の演出を3シーズンにわたって務めている。チェルフィッチュ創立20周年にあたる2017年には、「三月の5日間」リクリエーションで全国7都市ツアーを実施。2018年にはウティット・ヘーマムーンの小説を原作にした新作を、タイで滞在制作・上演することが決定している。
松井周(マツイシュウ)
1972年東京都出身。劇作家、演出家、俳優。1996年に平田オリザ率いる青年団に俳優として入団。その後、作家・演出家としても活動を開始し、2007年に劇団「サンプル」を旗揚げする。2004年に発表した「通過」で第9回日本劇作家協会新人戯曲賞入賞、2010年上演の「自慢の息子」で第55回岸田國士戯曲賞を受賞した。また、さいたま・ゴールドシアター「聖地」(演出:蜷川幸雄 / 2010年)、文学座アトリエの会「未来を忘れる」(演出:上村聡史 / 2013年)、新国立劇場「十九歳のジェイコブ」(演出:松本雄吉 / 2014年)、KAAT神奈川芸術劇場「ルーツ」(演出・美術:杉原邦生 / 2016年)など戯曲の提供も多数。小説やエッセイ、テレビドラマ脚本などの執筆活動、舞台、CM、映画、テレビドラマへの出演なども行うほか、桜美林大学、四国学院大学、東京藝術大学、尚美学園大学では非常勤講師を、映画美学校では講師を務める。なお、2017年9月8日から24日まで鳥取・鳥の劇場にて、鳥の演劇祭10「春のめざめ」の構成・演出を手がけるほか、11月22日から26日まで香川・ノトススタジオにて「SARP(四国学院大学アーティスト・イン・レジデンス・プログラム)vol.13」に参加する予定。

2017年10月31日更新