目まぐるしく変化していく日々、ふと非日常的な時間や空間に浸りたくなったら、“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”。2月は、中村勘九郎・中村七之助率いる中村屋ゆかりの演目が並ぶ「猿若祭」に注目! 昼の部では、2人の父・中村勘三郎が出演した1988年初演の「きらら浮世伝」を歌舞伎化し、父の演じた“蔦重”に勘九郎が挑む。夜の部では心温まる世話物「人情噺文七元結」で、勘九郎と七之助が長兵衛とお兼夫婦を初役で勤める。
ステージナタリーでは、勘九郎と七之助にインタビューを実施。各演目への意気込みに加え、2024年に1年かけて行われた勘三郎の十三回忌追善興行への思い、そして2025年の抱負も語ってもらった。また、コラムでは「きらら浮世伝」の脚本・演出の横内謙介が、作品への思いや、初演時の思い出をつづる。
編集・文 / 川添史子撮影 / 平岩享
エネルギッシュに立ち上げる「きらら浮世伝」
──「きらら浮世伝」は、お二人のお父様である十八世中村勘三郎(当時五代目勘九郎)さんが昭和63(1988)年に銀座セゾン劇場で初演した作品。“蔦重”こと、きら星のごとく輝く才能を見いだしていく蔦屋重三郎を軸にした作品です。お二人は、お父様から初演のお話をよく聞いていらしたそうですね。
中村勘九郎 当時演出を手がけられたのが、四十代という若さで亡くなってしまった河合義隆さんという方で、才能豊かで相当厳しい方だったみたいです。それはそれは壮絶な稽古で“稽古場で恥をかく大切さ”を教えてもらったという話は、父から何度も聞いていました。
中村七之助 いつも「惜しい人を亡くした」と言っていましたね。1980年代に父が若き日の福沢諭吉を演じたテレビドラマ「幕末青春グラフィティ 福沢諭吉」(TBS、1985年)で演出を手がけたのが河合さんで、このドラマが出会いだったそうです。
勘九郎 作家に対しても厳しく、脚本の横内謙介さんも相当大変だったそうですよ。初対面の第一声が「お前は天才か?」だったんですって! 「いいえ」と答えたら、初日は「俺は天才としか仕事しないから」と帰らされたとか。
──その横内さんが、今回は演出も手がけられます。
勘九郎 なんせ父が三十代前半のみなぎるパワーで演じた、江戸時代の反骨精神を描いた作品じゃないですか。横内さんとは、エネルギッシュに立ち上げようと話しています。もともと黒衣がさまざまな役割を果たす趣向になっているのですが、そこは「そのままでやりたい」とおっしゃっていました。
──七之助さんは吉原遊廓のナンバーワン、遊女お篠を勤められます。
七之助 この舞台では、花魁の華やかで美しい面だけではなく、少女時代に田舎から売られてきた背景も描かれているんです。彼女の抱えた思いや人生も、うまく見せられたらと思っています。
勘九郎 時代を駆け抜ける人々を描いた青春群像劇ですから、アーティストたちが自分の人生を犠牲にしながらも、面白いものを作ろうとする執念深さや葛藤……“蔦重”を取り巻く者たちの情熱や業も描かれているんです。山東京伝を演じる(中村)橋之助、滝沢馬琴の(中村)福之助、葛飾北斎の(中村)歌之助にも思いきり活躍してほしい。こういうストレートな芝居、感情をもろにぶつけていく演技はあまり経験したことがないと思いますから、ぜひとも殻を破って大暴れしてほしいです。
「文七元結」は“とにかく良~い芝居”
──夜の部の最後は「人情噺文七元結」。情のある江戸っ子の左官屋長兵衛は、お祖父様とお父様の当たり役です。
勘九郎 悪い人が1人も出てこない、とにかく良~い芝居です。でも七之助が“猿若祭”で女房お兼というのは、拵えも地味でちょっと気の毒ですけど(笑)。
七之助 いやいや、父の長兵衛&(中村)扇雀さんのお兼のコンビがとっても好きだったので、目指すはあの雰囲気。兄と一緒に初役で勤めるのが楽しみです。型があるようなものではないので、ひと月の中でいろいろと探れたらと思います。
──博打でスッテンテンに金をすった長兵衛が家に帰った冒頭の場面、「娘のお久がいなくなった」と騒ぐお兼とケンカになります。お父様と扇雀さんの、まさに今目の前で言い合いをしているようなアドリブのような勢いあるやり取りが記憶にあります。
勘九郎 ライブ感があるのに、きっちり台本通りなんですよ。原作は幕末から明治にかけて活躍した三遊亭圓朝さんの落語ですから、長屋の生活感が滲み出ないといけません。あのリアルさは僕たちも表現できたらと思います。
──貧乏生活を送る家族の苦境を見かね、自ら吉原に身を売ろうと決めて吉原の大見世へ行ったお久の健気さに打たれ、女将は1年だけお久を女中として預かる約束で長兵衛に50両を貸します。その帰り道、集金した金を盗られて吾妻橋から身を投げようとする手代文七と鉢合わせし、長兵衛は思わず大事な50両をやってしまいます。
勘九郎 長兵衛は……本当にバカですよね(笑)。
──観客も「ああ~、アゲチャッタ!」となる場面です。
勘九郎 でもきちんと長兵衛の心でやれば、お客さんにも納得いただけると思います。
──目の前で苦しんでる人をほっておけない、江戸っ子の心意気ですね。でもせっかくお金が手に入ったのに、女房としてはたまったもんじゃないですね。
七之助 お兼は長兵衛の後妻なんですよね。つまりお久は継子に設定されているんです。でも“娘”のために本気で怒って、本気で心配をする。感情がストレートなこの夫婦は、とっても愛情深い人たちなんだと思います。
──血のつながりのある母娘でやるバージョンもスッキリとわかり良いですが、“なさぬ仲”の設定は昭和の名人、三遊亭圓生の工夫を取り入れた形。家族ではない人たちが家族になっていくというのも、それぞれの思いに深みがありグッときます。
勘九郎 血のつながりがなくても、心と心は通い合っているわけですからね。関係性をことさら強調するわけではありませんし、セリフではほんのひと言、ふた言しか触れられていませんので、聴き逃したらわからないような部分ですが、大きなポイントだと思っています。今回はお久を長男の(中村)勘太郎、文七を(中村)鶴松がやらせていただくので、最終的にみんなが家族になるハッピーエンドも、中村屋のチームワークでお見せしたいです。
──「ああ、よかった」と思える幸せなフィナーレですが、長兵衛さんはあのあと、ちゃんと働くのでしょうか?
七之助 「本当は腕のいい職人」というセリフもありますしね。
勘九郎 いや、また全部忘れて博打に行っちゃうんでしょう(笑)。
七之助 確かに(笑)。人間の弱さも面白みやおかしさになって、全体的にシリアスにならないところもこの物語の素晴らしいところですね。
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パワフルな人生を送った父・中村勘三郎