互いをリスペクトする津田健次郎と宝生和英が朗読×能でぶつかり合う「夜能『道成寺』」 (2/2)

ピーター・ブルックをきっかけに見つけた“わからなくて、面白い”世界

──津田さんが能楽に興味を持ったきっかけは何だったのですか?

津田 大学が演劇専攻だったのですが、そのときに能楽にリスペクトを持っていることでも知られるイギリスの演出家ピーター・ブルックの書物を読んだんです。父子相伝で、方法もスタイルもきちんと残っている能楽は、世界に類を見ない芸能であるということを、日本人の僕は海外の人から教わった。世界に誇る芸能(能楽)をみんなもっと知ると良いのになと思いました。宗家は能楽の血を一身に背負っていらっしゃるのに、サブカル好きでアニメや映画もたくさんご覧になるし、伝統芸能として守っていくものがある中で、今回の特殊演出のようにチャレンジもされている。何よりおおらかなんです。「夜能」に、「プラネタリウムのような感覚で観に来てください」って言うんです。面白いでしょう?(笑) 僕は、現代語で物語を一度聴いて、ハードルが下がった状態で能楽の表現を純粋に楽しめる「夜能」は、とても良い公演だと考えています。宗家はこれからも能のイメージを柔らかく広げていかれるんだろうなと思いますし、演劇から離れて久しい僕としても、橋掛かりを歩くところから始まる「夜能」は、“板の上に立つ、歩く”という自分の原点を再認識させてくれる良い機会。マイクに頼らない発声を間近で聴くことができるのも、ありがたいです。

津田健次郎

津田健次郎

──これだけキャリアを重ねられていても、学びの場として津田さんが能に魅了されている様子が伝わりました。

津田 さきほどのお話にもあった「道成寺」の小鼓との対決とか、本当に日本らしいというか、訳がわからないんです。伝統芸能には、西洋の五線譜文化にはない間、休止符ではない間があったりして、なんと豊かな世界なのだろうと。

宝生 能の中には、実際には打たないけれども心の中で拍子を打つという特殊演出もあります。また、老婆が出る曲では休息という型があって、“休息”にもかかわらず、ずっと力を入れなければならないので、まったく休めないという型もあるんです。

津田 もう、わからなさすぎて、めちゃくちゃ面白い(笑)。

──津田さんの勧めで、お子様も能を習い始めたそうですね。勧められたのは、幼い頃から能に接する環境があるほうが、人生に良い影響があるという実感があったからですか?

津田 そうであったら良かったなと僕が思うんですよね。僕自身が幼少期に海外にいたものですから、日本文化が身近にないと、知らないことっていっぱいあるんだなと。大げさな話をすれば、グローバル化が進み、インターネットが世界を結んで、人種が入り乱れていく。国境がよりあいまいになるのか、逆にナショナリズムが高まって強固なものになるのかはわかりませんが、見えたり触れたりする領域が広がることによって、どんな商売、人生であれ、「我とはなんぞや」という問いにどこかでぶつかると思うんです。そのときに、日本文化の血液みたいなものがにおうと、根がしっかりと張るような気がして。能楽が持つ引き算の美学は、日本の、室町の貴族文化でしか生まれないようなもの。僕にとってはすごく魅力的で、憧れてしまうから、きっと何かあるんだろうなと思っています。

現代の日本人から抜け落ちた感覚に気付いてもらうために

──「夜能」は2023年で5周年を迎えました。6年目を迎え、シリーズが長く続いてきたことに、宗家はどのような手応えを感じていらっしゃいますか?

宝生 「夜能」をきっかけに能楽堂に足を運んでくださる方がいたり、能楽を習い始めたというお声をいただいたり、当初の目的は確実にクリアできたかなと思っていて。今では、「夜能」で既存のお能の会を超える表現を作りたいという欲が出てきました。「夜能」の朗読パートは、能楽と対を成す演出を考える良い機会で、デジタルの最新技術を使えば何でも表現できる今、能楽的な感覚をいかに現代に落とし込めるかを考え、実験する場所としても機能しています。

──今回の「夜能」は、宝生能楽堂の45周年特別公演として上演されます。

宝生 宝生能楽堂を皆さんが愛してくださり、続けてこられたことはうれしいと思っています。ただ、それは1つの過程であって、これまでの積み重ねが45年という月日に反映されただけのこと。能は600年続いてきた文化ですが、僕は能が今の時代に必要とされるならば残っていく、という考え方なんです。なので、必要とする人のためにならなきゃいけないという意識を常に持つようにしています。津田さんが冒頭でおっしゃったように、日本人が持つ自然との付き合い方、災害も含めた自然に対する畏怖の念、暗闇の中に鬼も神様もいるという日本独特の感性が、能楽には詰まっています。能楽を観てもその感覚がピンとこないならば、どこか抜け落ちてしまっているかもしれない。それに気付いてもらうためにも、皆様を能の世界に誘導したいなと思っています。

宝生和英

宝生和英

──あらためて、朗読・能で「道成寺」に挑まれることに、今、どのような期待があるか教えてください。

津田 「夜能」で何本か朗読をやらせていただきましたが、今回は心を新たに台本と対峙して、いろいろ考えてから全部捨てる(笑)。演技の原点と言われる、プランニングして捨ててどう立つか、ということにチャレンジしてみようかなと思っています。本当に立ち上がるべきものは、自然と湧き上がってくるという期待を込めて。

宝生 我々の世界でも“慣れ”は一番ダメだとされていることなんです。常に真剣勝負で、リスクを背負うと良いものができると。「稽古は強かれ、情識はなかれ」という世阿弥の言葉にもあるように、僕も10回目の「道成寺」だからと甘えるのではなく、過去9回分の努力を集約させた1回にできるように、1ランク上を目指して臨みたいと思っています。

──乱拍子のように、お二人の朗読と能楽がぶつかり合う1日になりそうですね。

宝生 そうなることが大事だなと思っています。朗読は前座の解説パートではありませんし、能楽も「自分たちなんか観ても理解できるのか?」と距離を取ってはいけない。お互いにリスペクトは持ちつつ、両者が“俺が”という気持ちを持つことで、初めて対になりますから。

津田 この記事を読んで興味を持っていただいたら、体験していただくのが一番。興味はあるけど機会がないという人は山ほどいらっしゃる気がしますが、もうとっとと体験してください(笑)。

宝生 本当に。このような公演は二度とないかもしれないですし。

津田 それが演劇、舞台の素晴らしさですよね。映像で残したらそれは別ものですから。

左から津田健次郎、宝生和英。

左から津田健次郎、宝生和英。

プロフィール

津田健次郎(ツダケンジロウ)

1971年、大阪府生まれ。声優・俳優・ナレーター・映像監督。明治大学文学部文学科、円 演劇研究所で演劇を学び、アニメ・洋画吹替・ナレーションなどの声優業、舞台・映像での俳優業のほか、映像監督や作品プロデュースなどを手がける。主な出演作に「遊☆戯☆王デュエルモンスターズ」海馬瀬人役、「ゴールデンカムイ」尾形百之助役、「呪術廻戦」七海建人役、「チェンソーマン」岸辺役、「ONE PIECE FILM RED」ゴードン役など。声の出演で「BOOK OPERA クルム童話『ケリナツス~七匹目の仔山羊~』」、WOWOWプライム「アクターズ・ショート・フィルム4」森崎ウィン監督作「せん」に参加。NHK連続テレビ小説「エール」では語りを担当した。そのほか、テレビドラマ「最愛」「俺の可愛いはもうすぐ消費期限!?」「リバーサルオーケストラ」「グレイトギフト」などに出演。7月よりテレビアニメ「ラーメン赤猫」がTBS系で、浪川大輔とのユニット・超電導dBでのコントアニメーション「現代誤訳」がTOKYO MXほかにて放送。

宝生和英(ホウショウカズフサ)

1986年、東京都生まれ。シテ方宝生流能楽師。父、第19世宗家宝生英照に師事。宝生流能楽師佐野萌、今井泰男、三川泉の薫陶を受ける。1991年、能「西王母」子方にて初舞台。2008年に宝生流第20代宗家を継承。これまでに「鷺」「乱」「石橋」「道成寺」「安宅」「翁」を披演。一子相伝曲「双調之舞」「延年之舞」「懺法」を披く。伝統的な公演に重きを置く一方で、異流競演や復曲などにも力を入れ、公演活動のほかマネジメント業務も行う。海外ではイタリア、香港を中心に文化交流事業を手がける。2008年に東京藝術大学アカンサス音楽賞受賞、2019年に第40回松尾芸能賞新人賞受賞。2023年ミラノ大学客員教授。ディズニープラスのドラマシリーズ「SHOGUN 将軍」で劇中能の制作・出演(謡)を担当。7月14日に「宝生能楽堂45周年記念公演」で能「翁」シテ、能「鞍馬天狗 天狗揃」前シテを勤める。