新感線の“現在”を感じさせる朗読劇
収録のラストは、いのうえが演出を手がける、井上ひさし作「十二人の手紙」より「鍵」の朗読劇。山にこもっている画家の夫を入江雅人、夫の帰りを待つ妻を高田聖子が演じ、2人の手紙のやり取りがスリリングに語られる。障子を模した大きな舞台美術、シーンを細やかに彩る照明、作品世界に合わせた着物など、朗読劇であっても“本気”を見せずにいられないのが新感線の真骨頂。ただし、笑い抜き、過剰な演出なしで挑んだ本企画は、40周年を迎えた新感線の“現在”を象徴する内容だったとも言え、貴重な機会となった。
演劇ジャーナリスト・徳永京子が語る、サンシャイン劇場
「劇場の灯を消すな!」シリーズでは、演劇ジャーナリスト・徳永京子がオフィシャルライターを務める。徳永から見た“演劇界におけるサンシャイン劇場”、そして劇団☆新感線が繰り広げる“勝手な”企画の見どころとは?
演劇ファンの間でも、なじみがある人と、ほとんど行ったことがない人にはっきり分かれるのが、サンシャイン劇場ではないでしょうか。でも実は、今や演劇都市と呼んでいい池袋を長く支えてきた劇場で、日本の演劇全体にとっても重要な劇場の1つだと思います。と言うのは、開業は1978年で、長きにわたって商業演劇を中心にしたバラエティ豊かなプログラムを上演している。座席数800超えで、40年以上継続しているそんな民間劇場はほとんどありません。
サンシャイン劇場は人気劇団にも愛される劇場で、その代表格がキャラメルボックスと新感線。彼らが人気を集めて中堅に、さらにベテランになっていく過程を支えながら……つまり若い人が演劇を観に来るルートを作りながら、上質な商業演劇を上演してきました。また、大人向けの公演も多いので来場者の世代が幅広く、バランスが取れた劇場とも言えます。そういう劇場があるのはすごく大切だと思います。
歴史があるので、機構自体は決して最新のものではないと思いますし、大きな文化施設の中にありますから、搬入搬出なども一般的な劇場とは違うと思うんです。でもきっと、それを超える魅力がある。以前宮藤官九郎さんが「サンシャイン劇場は使いやすいし、観やすくて好きだ」とおっしゃっていて、作り手にとって使い勝手がいい劇場なのだろうと思いました。確かに観客としても、客席の勾配が急なせいか、すごく観やすい。通路の幅が空きすぎていないから、一体感がありますよね。またあのサイズの劇場には珍しく2階席があるのも、エンタテインメント志向の劇団にとっては、ショーアップした印象をもたらす要素の1つかもしれません。
個人的に、サンシャイン劇場で観た新感線作品で思い出深いのは、2010年に上演された新感線の30周年興行「鋼鉄番長」。主人公・兜鋼鉄(かぶとごうてつ)役の橋本じゅんさんが腰を痛めて途中降板され、急遽、三宅弘城さんが代役に立たれた作品です。私は三宅さんの回を観たんですけど、主役の橋本さんが降板したにもかかわらず、お客さんが一丸となって、三宅さんを応援している雰囲気で。もちろん三宅さんも、持っているものを全部出している必死さで。と言うと美談ですけど、やってることは徹底的におバカ(笑)。忘れられない舞台の1つです。
大変な劇団はほかにもありますが、新感線はまさに新型コロナウイルスの大きな影響を受けた劇団の1つ。ツアー中だった「偽義経冥界歌(にせよしつねめいかいにうたう)」の東京公演の一部と博多公演が中止となりました(参照:劇団☆新感線「偽義経冥界歌」新型コロナウイルスの影響で休演)。ほかと違うのは、新感線はセットや衣裳など物量が桁違いで、関わっている人の数、準備にかける時間の長さも相当で、つまり、経済的負荷がとんでもない。「偽義経~」はすでに博多入りしていたにもかかわらず、3日前に公演中止を決断した。それは、「お客さんに安心、安全に舞台を楽しんでもらうことを最優先する」という思いから。新感線が早い段階でそういう決断をしたことは、その後の演劇界の対応が決まっていく1つの指針になったと私は考えています。ちなみに私は東京で「偽義経~」を観たんですけど、お世辞抜きに素晴らしい作品でした。中島さんの戯曲の中でも屈指の出来栄えと思いましたし、生田斗真さんはじめキャストの方もみんな良かった。あの公演を楽しみにしていたのに観られなかった方がたくさんいることは、本当に気の毒だし、私も残念です。
近年は、TBS赤坂ACTシアターやIHIステージアラウンド東京など、大劇場で公演を行っている新感線ですが、今回の番組タイトルに「青春」と付いているように、サンシャイン劇場に“ホーム感”を持っていると思うんですね。WOWOWの企画で1日限りではありますが、新感線が久々にサンシャイン劇場へ戻られたのはとてもうれしいです。番組の見どころはなんと言っても朗読劇。原田保さんの照明、前田文子さんの衣装、上田大樹さんの映像という、豪華すぎるクリエイターが集結しているんです。しかも戯曲は、いのうえさんとの相性が未知数の、井上ひさし作「鍵」。「やるときはやり過ぎるぐらい全力で!」という新感線の熱を感じつつも、いつもとは違う一面が見られると思います。
2020年10月23日更新