「東京芸術祭ワールドコンペティション2019」横山義志インタビュー|東京から、対話で舞台芸術の世界基準を複数化する

参加作品に求めるのは、どれだけ夢を見させてくれるか

──この審査員たちの目線に“耐え得る”作品となると、推薦人のプレッシャーも大きかったでしょうね。

そうなんですよ。ですが実際、すごい作品がそろいました。実はもう少し、誰も知らないような若いアーティストが推薦されてくるのではと思ったのですが、推薦人がそれぞれメンツをかけて推薦してくれた感じがします(笑)。

──2030年代に活躍すると思われるアーティストということで、推薦人の方々は、各アーティストの可能性をどんなところに感じて選出されているのでしょうか?

横山義志

今回選ばれた作品は技術的に観ても優れている作品ばかりだと思うので、現在第一線で活躍しているアーティストたちと遜色ないと思います。ただ、舞台作品はお客さんと舞台をやっている人の間で生じるもので、観る人によって全然感想が違ったりしますし、客観的なものはどこにもないんですよ。その意味で、とりわけ私が大事だと思っているのは、「どれだけ夢を見させてくれるか」「どれだけ可能性を感じさせてくれるのか」ということ。各作品が、目の前にいる人とどれだけ何かを起こすことができるのか。そして、それがなぜ見えたのか、あるいは見えなかったのかを話し合う仕組みを作っていきたいなと思います。

──現在の世界情勢に鑑みると、異なる価値観を持った人たちが“対話”すること自体が、かなり難しいことではないかと思います。でももしそういった対話がこのコンペティションで実現すれば、演劇に限らず現実社会でも、対話の可能性を感じることができるかもしれません。

舞台芸術って対話するってことと相性がいいと思うんですよね。今回は、例えばシアターイーストやシアターウエストなら200席くらいの会場ですから、お客さんも審査員がどうやって作品を観ているかを肌で感じることができる。なのでこれから活躍したいと思っている日本のアーティストや批評家、プロデューサーや制作者、技術スタッフの方にはぜひこのコンペティションを目撃してほしいし、複数の“世界基準”があること、自分たちがそれを作っていけることをぜひ体感してほしいです。どうしても舞台芸術をやりたい人って、マスを代表したい人じゃないと言うか、多くの人が持つイメージに違和感を持っていて、その違和感を表明し、誰かと共有しないと生きていけないと思っている人じゃないかなと思っていて。今の世界の枠組みや今我々が交わしている言葉だけでは満足できず、“生身の身体が向かい合って初めて共有されるようなこと”を伝えていかなければ生きていけない人たちなのではないかなって。鈴木忠志さんはよく「世界は病院である」とおっしゃっていますが、言ってみれば舞台芸術は、我々の社会の中でうまくいってない部分を鋭くうまく表現できるもの、しかもほかの人たちの感性も変えてしまうような体験にできるものではないかと思うんです。今回集まってくれるアーティストたちは、審査員も含め、そんな舞台芸術の新しい“尺度”を作っていける人たちだと思っています。

6人の推薦人が語る「私はここを、観てほしい」

【アジア】戴陳連「紫気東来-ビッグ・ナッシング」
【アジア】戴陳連「紫気東来-ビッグ・ナッシング」
2019年11月2日(土)15:30 / 19:30
東京都 東京芸術劇場 シアターイースト
キム・ソンヒ ©︎Jouji Suzuki

戴陳連は、自らの子供の頃の記憶をもとに、失われた世界の再構築を試みている。その不完全でもろい宇宙は、影と現実、過去と現在、幽霊と人間のはざまに開かれる。時の中に迷い込んだ戴陳連は、資本主義文化ではもはやたどり着くことのできない領域へ、つじつまの合わない旅へと私たちを誘う。時代遅れの表現を愛おしむ彼の舞台上の身振りが、ありえたかもしれないもう1つの現代の姿を描いていくのだ。

キム・ソンヒ(インディペンデントキュレーター/プロデューサー/元光州アジア芸術劇場芸術監督│韓国)

【オセアニア】シドニー・チェンバー・オペラ「ハウリング・ガールズ」
【オセアニア】シドニー・チェンバー・オペラ「ハウリング・ガールズ」
2019年10月31日(木)14:00 / 18:00
東京都 東京芸術劇場 プレイハウス
スティーブン・アームストロング

私たち全員の未来が加速度的に近付いてくるにつれ、私たちの惑星の踏みにじられてきたあえぎ声が耳につく。

このトラウマを通して、私たちは何千年もの間否認され沈黙を強いられてきた女性たちの合唱を聞くのだ。そして家父長制による否認の語りが空虚な暗闇のような吐息を吐き出し、息を引き取っていく。

「ハウリング・ガールズ」は女性の身体に合わせて舞台の尺度自体を再定義している。何もない空間は感覚的なものや言葉にできないものに場所を与え、変革をもたらすエネルギーが生まれる。

スティーブン・アームストロング(アジアTOPA クリエイティブディレクター/アーツセンター・メルボルン│オーストラリア)

【ヨーロッパ】エル・コンデ・デ・トレフィエル「可能性は風景の前で姿を消す」
【ヨーロッパ】エル・コンデ・デ・トレフィエル「可能性は風景の前で姿を消す」
2019年10月30日(水)14:00 / 18:00
東京都 東京芸術劇場 シアターイースト
アニエス・トロリー

今日のヨーロッパのリアリティに深く根ざしたエル・コンデ・デ・トレフィエルの作品は、21世紀のアクチュアリティーを個人的なものと政治的なものの関係から提示しています。革新的な形式なのに、まったく難しい感じはしません。

彼らは自分たちがアーティストとして、また市民として悩んでいる問いを舞台に上げていきます。私は誰なのか。私はどこにいるのか。私は何をしているのか。芸術は必要なのか。あらゆることに、最悪のことすら、私たちは慣れてしまうものなのか。

アニエス・トロリー(アヴィニョン演劇祭プログラムディレクター│フランス)

【アフリカ】シャルル・ノムウェンデ・ティアンドルベオゴ「たびたび罪を犯しました」
【アフリカ】シャルル・ノムウェンデ・ティアンドルベオゴ「たびたび罪を犯しました」
2019年10月30日(水)15:30 / 19:30
東京都 東京芸術劇場 シアターウエスト
キラ・クロード・ガンガネ

シャルル・ノムウェンデ・ティアンドルベオゴは、ローカルな文化に根ざした独自のスタイルによってすぐに頭角を現しました。とりわけブルキナファソの仮面の使い方を学び、独特な形で自分の作品に生かしてきました。今ではフィジカルシアターと仮面の使用が、彼が世界を語る際に好んで用いる手法になっています。ブルキナファソでも期待されているアーティストです。

キラ・クロード・ガンガネ(ワガドゥグ国際演劇・人形劇祭ディレクター│ブルキナファソ)

【アメリカ】ボノボ「汝、愛せよ」
【アメリカ】ボノボ「汝、愛せよ」
2019年11月2日 (土) 14:00 / 18:00
東京都 東京芸術劇場 シアターウエスト
カルメン・ロメロ・ケロ

不寛容、暴力、人種差別、ホモフォビア……これらの(チリ、アメリカ大陸、そして世界全体で今懸念されている)テーマが、ボノボの主要な関心事だ。このインディペンデント・コレクティブの若手劇作家パブロ・マンジによるドラマツルギーは、ステージ上ではめまぐるしいエネルギーを見せつけながら、深い社会的考察を生んでいく。

カルメン・ロメロ・ケロ(サンティアゴ・ア・ミル・フェスティバル エグゼクティブ・ディレクター│チリ)

【日本】dracom「ソコナイ図」
【日本】dracom「ソコナイ図」
2019年11月2日(土)19:30、3日(日・祝)13:00
東京都 東京芸術劇場 プレイハウス
横山義志(撮影:松本和幸)

弱さに寄りそうこと。それをここまで徹底した作品には出会ったことがありません。この作品は強い意志を持つ人が誰一人いない世界で、日々淡々と起き続けている悲劇があるということに気付かせてくれます。そしてここには、“表現”と呼ばれるものを磨いてきた近代の舞台芸術によって切り捨てられてきたものがあるような気がしています。

横山義志(東京芸術祭国際事業ディレクター│日本)