「東京芸術祭ワールドコンペティション2019」横山義志インタビュー|東京から、対話で舞台芸術の世界基準を複数化する

“今の世界基準を作っているディレクター”を推薦人に

──演劇やダンスといったジャンル、あるいは世代などではなく、アジア、オセアニア、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカなど、地域をベースに推薦作品を挙げることにしたのはなぜですか?

それは、地域とジャンルの問題は密接に結びついているからです。例えばアフリカでは演劇よりダンスのほうが盛ん、といった傾向がありますから、世界全体を見据えて仕組みを作っていくにはジャンルを絞って考えないほうがいい。そこで、地域ごとに選出してもらう仕組みにしました。

──推薦人はディレクター系、審査員はアーティストや批評家にしたのはあえてでしょうか。

推薦人を、いわゆるフェスティバルディレクターにお願いしたのは、彼らが今の舞台芸術界の世界基準を作っている人だからです。アビニョン演劇祭とかサンティアゴ・ア・ミルフェスティバルなど、大きなフェスティバルのプログラムを組んでいる人たちは、言ってみれば今の世界基準を作っているわけですが、彼らに少し目線を先に伸ばしてもらって、2030年代に活躍するであろうアーティストを推薦してもらいました。

──それぞれ、どんな方々なのでしょうか?

横山義志

アジアの推薦人キム・ソンヒさんは光州アジア芸術劇場の初代芸術監督で、そのオープニングとして2015年に彼女が手がけたフェスティバルから、私が「ワールドコンペティション」のインスピレーションを得た部分があります。そのオープニングフェスティバルは「アジアのコンテンポラリーを考える」ということをコンセプトにしていて、アジア中のかなり刺激的なアーティストを集めて開催されました。この方に、ぜひアジアのことをお任せしたいと思ったんです。オセアニアのスティーブン・アームストロングさんはアジアTOPA(アジア太平洋舞台芸術トリエンナーレ)を立ち上げた人で、メルボルンを拠点にオセアニアとアジアでコンテンポラリーな舞台芸術を作っていこうとしている方です。メルボルンで観て、衝撃を受けました。ヨーロッパのアニエス・トロリーさんは、現在のアビニョン演劇祭のプログラムを組んでいる方。オリビエ・ピィを育て上げた人で、若いアーティストを自分の目で評価し、よいとなったら徹底的にその人をバックアップするというタイプのプログラムディレクターです。アフリカのキラ・クロード・ガンガネさんはブルキナファソで自分のスペースと劇団を持っていて、アフリカの伝統的なテクニックや考え方にコンテンポラリーなものをいかに繋げられるかを考えています。アメリカのカルメン・ロメロ・ケロさんは、サンティアゴ・ア・ミル・フェスティバルという、ラテンアメリカで最大規模となるフェスのエグゼクティブディレクター。実は彼女は今回が初来日で、とても楽しみにしてくれています。

──横山さんから推薦にあたって、彼らにお願いしたことはありますか?

まだ世界的には知られてないけれど、2030年代に活躍すると思われるアーティストまたはグループを、ということは大前提として、あとは生身の身体を使うことと舞台を使うということだけ、条件としてお願いしました。

新しい基準を作ってきたアーティストが、新しい基準を審査する

──アーティスト審査員も多彩な顔ぶれとなりました。

審査員長のジュリエット・ビノシュさんは世界三大映画祭のすべてで女優賞を受賞したという大変な方なのですが、お会いしてみたらとても気さくな方でした。SPAC-静岡県舞台芸術センターでフランスの演出家が作った作品のフランス版で主演なさっていて。ワールドコンペティションの話をしたら、「ぜひやりたい」とおっしゃってくださいました。もともとパリのコンセルヴァトワールというフランスで一番重要な演劇学校を出て舞台でデビューした方で、振付家アクラム・カーンと一緒に舞台作品を作ったり、舞台でも常に新たな表現を模索している方です。副審査員長の夏木マリさんはつい最近、河瀬直美監督「Vision」でビノシュさんと共演なさっていましたが、本当に舞台がお好きな方で、鈴木忠志さんのスズキ・メソッドを学ばれているんですよね。ご自分の作品をアビニョンに持って行ったこともあって、日本の観客と世界の観客の反応が大きく違ったことがご自身の体験としてすごく大きかったそうです。世界に出会うことで、それまでの歌手活動や映像作品と全然違う基準があるということを肌で感じられた、そのことが、今アーティストとしてやっていることに大きな影響を与えているとおっしゃっていました。

──東京芸術祭のキャッチコピーである「出会う。変わる。世界。」をまさに体感されているんですね。

横山義志

そうですね(笑)。そのほかの審査員も、アジアのヤン・ジョンウンさんは平昌オリンピック開・閉会式の総合演出を手がけられた韓国を代表する演出家で、韓国の伝統的な舞台芸術からインスピレーションを得て、それをコンテンポラリーな形で見せる、言ってみれば宮城さんと似たタイプの演出家です。オセアニアのレミ・ポニファシオさんはサモア出身のコンテンポラリーダンスの振付家で、世界の名だたるフェスティバルで活躍してきた人。南太平洋出身で世界的に活躍するコンテンポラリーダンスの振付家ってそれほどいませんが、太平洋の島々からニュージーランドにやって来たけれど仕事がなくぶらぶらしている若者たちに声をかけて作品を作ったりしています。トーマス・オスターマイアーは、10月24日から26日に「暴力の歴史」(参照:小山ゆうなが語る「暴力の歴史」)を上演しますが、皆さんご存じの通り、ヨーロッパを代表する演出家です。エスタブリッシュメントに見えますが、地方都市の労働者階級の出身であることをいつも公言していて、労働者階級の体感を大事にしているアーティストです。アフリカのブレット・ベイリーは、今でも残っている植民地主義的なものを、舞台芸術として生身の身体を使ってどう考えていこうとしている演出家です。アメリカのエミリー・ジョンソンは、アメリカ合衆国の中で先住民の考え方をベースに作品を作っている人で、この方の代表作はすごいですよ(笑)。農場での収穫から始まる、4日間にわたる大作なんです。上演の枠組みから変えていこうとしている人なんですね。

──一筋縄ではいかない、ものすごいアーティストが審査員にそろいましたね。彼らが何を基準に受賞作を決めていくのか、とても興味深いです。

そうですね(笑)。彼らに審査員をお願いしたのは、新しい基準を作ってきた人じゃないと、新しい基準を打ち出そうとしているアーティストを評価できないと思ったからなんです。評論家や演劇プロデューサーは、どうしても「これは演劇なのかダンスなのか」とか「これはお客さんに受けるかどうか」ということを考えてしまうんですけど、アーティストはそういったこととは関係なく、まだ誰も観たことがないものを作りたいと思ってやっているわけで、それを本気でやってきた人たちこそ、今新しいものを提出してきているアーティストを審査できるのではないかと思っています。