稲葉賀恵×寺十吾×小川絵梨子が語る、新国立劇場新シーズン|奇をてらわず、力まず、わかりやすく届けたい

三者三様の戯曲との出会い方

──お三方は、劇作を兼ねない演出専門のクリエイターという共通点があります。今回の作品に限らず、演出してみたい作品とはどのように出会っているのか教えてください。

寺十 だいたい僕は、まず作家さんとの付き合いがあって、「ある企画を考えてるんだけど、誰かいい作家さんいない?」って聞かれたときに、その人を提案し、新作を書いてもらって自分が演出するということが多いんです。なので、「誰に書いてほしい」とは言いますけど、あらかじめ脚本があって、僕から「これが演出したいです」と言ったことはほとんどないです。

稲葉 私は演劇を始める前にずっと映画を勉強してて、演劇を始めたときは戯曲を一切読んでなかったんです。でも周りが戯曲の話をしてることに焦りを感じて、慌てて紀伊國屋書店に行き、あいうえお順で全部読んでいって(笑)。そのときに自分の琴線に触れたものの1つがデビュー作の「十字軍」だったんですけど。

小川絵梨子

小川 わあ、偉いねー!

稲葉 (笑)。でもそうやって片っ端から読んでいくうちに、自分が何にこだわっているのか、自分が演劇をやるテーマみたいなものがあるらしいということに気付いたんです。それは「誤解」にも通じるんですけど、私は死生観と言うか、生きてる人と死んでる人の境とか血のつながり、巡ることに執着があるんだなと。その謎を解き明かしたいと思って作品を探してるようなところがあるなと思います。

小川 私は……どうでしょう、いろいろですね。いただいてピンと来るときもあるし、「戯曲、読んだほうがいいよな」と思って海外の安い戯曲をネットでポチッと買って“積ん読”していたり……(笑)。勉強熱心ではないので、常に作品を探しているようなタイプではなく、戯曲との出会いは偶然の蓄積ですね。でも学校で教わった演劇史の授業は、すごく助かってます(笑)。

わかりやすく、を考え尽くす

──ラインナップや演出される方々の顔ぶれが一気に変わり、これまでの新国立劇場の観客層とは少し違った、小劇場ファンや若い演劇ファンなどにも響きそうです。

左から稲葉賀恵、小川絵梨子、寺十吾。

稲葉 私が所属している文学座でも、どうやって若い観客に観に来てもらうかは差し迫った課題の1つとしてあります。でも個人個人のつながりの中では、これまで文学座を観ていなかった自分と同世代の人たちにも興味を持ってもらえることが多くて。なので、いつも稽古が始まると余裕がなくなっちゃうのですが、今回は今まで以上に「私は新国立劇場でこういう仕事をやるよ」って周囲に言っています。

寺十 僕は若い人から自分より上の世代の人たちまで、多層的に楽しめればいいなと思ってて、特に同世代はあまり意識していません。ただトータルでわかりやすいものにしたいなとは思っています。若い人が観ても年配の人が観ても、また屈折したものが好きな人にとっても、ストレートなものが好きな人にとっても、わかりやすいことは大事じゃないかなと思います。例えば、難しい研究をされている大学の先生が、「君、これはね、こういうことだよ」ってすごくわかりやすく話してくれたら、興味を持つことがありますよね?(笑) 柄本さんも、唐さんの「秘密の花園」に出演されたとき、一見するとわかりにくそうなアングラを面白く見せていた。石倉さんも非常にインテリジェンスな方で、芸人時代は土方の親父と学生の息子の親子ゲンカのネタを通して、コミュニケーションの機微を非常にわかりやすく演じられていた。その2人が今回出演してくださるので、「わかりやすい」ということを考え尽くしていけば、もっと広く届くんじゃないかなと思うんです。そういう意味では、ピンターは難しいって言われがちですが、今回観て「すごくよくわかった!」っていうふうになるといいし、世代に関係なく伝えられるものができるんじゃないかなって思っています。

小川 寺十さんの言葉、本当にそう思います! 演劇は難しかったり、わかりにくい側面もあるけど、ちょっと変な話だなと思っても、役者さんと読み解いていくと、シーンの一瞬一瞬はつながっていて別に難解ではないんですよね。だからその場で起きていることがちゃんと成立していれば、お客様にもちゃんとお渡しできるという気がしていて。寺十さんがおっしゃったように、難しいものを難しくやる必要はないし、奇をてらったりするのではなく、まず素直に、シンプルにやってみることもすごく重要なんじゃないかなって……。このことについて話し始めると、あと2時間は話してしまいそう(笑)。3人共そこを目指してがんばりますので、どうぞ観にいらしてください!!!

稲葉賀恵(イナバカエ)
日本大学芸術学部映画学科監督コースを経て、2008年文学座附属演劇研究所48期生として入所。13年座員に昇格。鵜山仁、髙瀬久男、上村聡史、青木豪などの演出助手を務める。同13年に文学座アトリエの会「十字軍」にて演出家デビュー。これまでの演出作品に「解体されゆくアントニン・レーモンド建築 旧体育館の話」(作:オノマリコ)、文学座アトリエの会「野鴨」(作・ヘンリック・イプセン)、オフィス3○○特別公演「川を渡る夏」(作・監修:渡辺えり)、高校生と創る演劇「ガンボ! それはフクザツな生まれの料理の名前 あるいはフクザツな生まれの あたしらの歌」(作:青木豪)など。
寺十吾(ジツナシサトル)
1964年京都府出身。演出家、俳優。1992年にtsumazuki no ishiを旗揚げ。俳優として、KUDAN Project「真夜中の弥次さん喜多さん」(作・演出:天野天街)、小川絵梨子演出作品ではオフィスコットーネプロデュース「12人~奇跡の物語~」、名取事務所プロデュース「ピローマン」などに出演した。近年の演出作に北村想の新作を上演するプロジェクト、シス・カンパニー公演 日本文学シアターシリーズ「グッドバイ」「草枕」「遊侠 沓掛時次郎」「黒塚家の娘」「お蘭、登場」、tsumazuki no ishi×鵺的合同公演「死旗」など。
小川絵梨子(オガワエリコ)
1978年東京都出身。2004年に米・アクターズスタジオ大学院演出部を卒業。06年から07年に文化庁新進芸術家海外派遣制度研修生となる。10年にサム・シェパード作「今は亡きヘンリー・モス」の翻訳で第3回小田島雄志・翻訳戯曲賞を受賞。12年に「12人~奇跡の物語~」「夜の来訪者」「プライド」の演出で第19回読売演劇大賞優秀演出家賞、杉村春子賞を受賞。また「ピローマン」「帰郷 / The Homecoming」「OPUS / 作品」の演出で第48回紀伊國屋演劇賞個人賞、第16回千田是也賞、第21回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞。16年9月より新国立劇場演劇芸術参与、18年9月に新国立劇場 演劇芸術監督に就任した。
「誤解」
2018年10月4日(木)~21日(日)
東京都 新国立劇場 小劇場
「誤解」

作:アルベール・カミュ

翻訳:岩切正一郎

演出:稲葉賀恵

出演:原田美枝子、小島聖、水橋研二、深谷美歩、小林勝也

あらすじ

ヨーロッパの田舎で小さなホテルを営むマルタとその母親。マルタは太陽と海に囲まれた国での生活を夢見て、その資金調達のため、母親と共謀してホテルの客を殺し金品を奪っていた。そこにある男がやって来て……。

「誰もいない国」
2018年11月8日(木)~25日(日)
東京都 新国立劇場 小劇場
「誰もいない国」

作:ハロルド・ピンター

翻訳:喜志哲雄

演出:寺十吾

出演:柄本明、石倉三郎、有薗芳記、平埜生成

あらすじ

ロンドン北西部のある屋敷で、主人のハーストと詩人のスプーナーが酒を飲んでいる。酒が深くなるにつれ、会話がずれていく2人。そこへハーストの同居人の男たちがやって来て……。

「スカイライト」
2018年12月6日(木)~24日(月・振休)
※12月1日(土)・2日(日)にプレビュー公演あり。
東京都 新国立劇場 小劇場
「スカイライト」

作:デイヴィッド・ヘア

翻訳:浦辺千鶴

演出:小川絵梨子

出演:蒼井優、葉山奨之、浅野雅博

あらすじ

ロンドン郊外の質素なアパートに住むキラの元に、かつての不倫相手・トムの息子・エドワードがやって来た。奇しくもその晩、トムもキラの家を訪れる。別れてから3年、2人の心の溝に溜まった澱が、連綿と続く会話の中で噴き出し始め……。