稲葉賀恵×寺十吾×小川絵梨子が語る、新国立劇場新シーズン|奇をてらわず、力まず、わかりやすく届けたい

2018年9月、演出家・小川絵梨子が新国立劇場 演劇芸術監督に就任した。初シーズンのラインナップには自身の演出作も含め7作品がズラリ。そのオープニング3作品より、「誤解」を演出する稲葉賀恵、「誰もいない国」の寺十吾、そして「スカイライト」を手がける小川が集結。作品への意気込みや演出家としての思い、また新たな門出を迎えた新国立劇場への期待をざっくばらんに語った。

取材・文 / 熊井玲 撮影 / 平岩享

小川芸術監督初シーズンは選りすぐりの7作品

──まず小川さんに、新シーズン開幕への思いをお聞きしたいです。

小川絵梨子

小川絵梨子 プログラムについては1年以上前から制作の方とやり取りしてきたので、それがいよいよ始動したんだなと。(稲葉)賀恵さんが稽古場に入られていたり、寺十(吾)さんが今こうして隣にいてくださったり、ほかのプロジェクトも動き始めているので、「いよいよ始まるんだ」って純粋にうれしいし、ぜいたくなことだなと思っています。

──9月に入ってから劇場に長くいらっしゃることもあるそうですね。

小川 劇場の皆さんとの会議や、演劇研究会と称して上村聡史さんや翻訳家の広田敦郎さん、編集者の大堀久美子さんたちにいらしていただき、私が考えているプロジェクトのことなどについて貴重なご意見をいただいたり、あとはチラシの打ち合わせをしたり。どれも毎回楽しいです。

──チラシのデザインは、確かにガラリと変わりましたね。

小川 ありがとうございます。これまでと一番大きく変わったのは、チラシの表面に出演者やスタッフの名前を出していないこと。これは大きい変化だと思います!

──2018 / 2019シーズンには意欲的な7作品がラインナップされました。作品から決めていかれたのか、演出家や作家から考えていかれたのか教えていただけますか?

小川 ケースバイケースですね。作品から決めたものもありますし、企画から決めたもの、演出家の方からご提案いただいたものもあります。……あの、これは言っておきたいんですけど、オープニングで「誰もいない国」「スカイライト」と並びましたが、決してNTLiveを真似したわけじゃないんです!(編集注:イギリスのナショナル・シアターで上演された作品を映画館で上映するプロジェクト。その過去上映作に、「スカイライト」「誰もいない国」がラインナップされていた)

一同 あははは!(笑)

小川 「スカイライト」は確かにNTLiveで観てすごく面白いと思った作品です。2015年の上映時にパンフレットに原稿を寄せてほしいという依頼をいただいて、初めて拝見したんです。ちょうどシーエイティプロデュース「スポケーンの左手」(15年)で蒼井優さんとご一緒しているときで、「キラ役ができるのは優さんだな」って思いました。そのときのパンフレットには「私には絶対演出できない」って書きましたけど(笑)。「誤解」と「誰もいない国」については、そもそも私が好きなことを大事にしてくれる演出家の方にお願いしたいなと思っていて。「誰もいない国」は以前から戯曲の大ファンで、でも誰に演出していただこうって悩んでいたときに「あ! 寺十さんだ!」ってピンときて、それですぐご連絡したんです。だから快諾してくださってすごくうれしかった。「誤解」はもともと賀恵さんに1本演出をお願いしたいと思っていて、ご相談したところ……。

稲葉賀恵

稲葉賀恵 私のほうから「これがやりたいんですけど」とお話したんです。そうしたら「やりましょう!」と言ってくださって。

──フルオーディションで上演される「かもめ」は、企画から決まったのでしょうか?

小川 そうです。「フルオーディション企画をやりたい。さてどなたにお願いしよう?」となったときに、(鈴木)裕美さんもフルオーディションをやりたいとおっしゃっている、と耳にしまして。オーディションだから、「老若男女が登場するものがいいな」とか「本屋で手に入りやすい戯曲でやりたいな」など、裕美さんとも相談をさせていただいて、「かもめ」になりました。

──新国立劇場初登場の演出家も多いですが、中でも、少年王者舘の天野天街さんのお名前には驚きました。

小川 これはもう、私が天街さんの演出が好きだからです(笑)。もともと私は役者さんとして寺十さんが大好きで、寺十さんが出演されていたことから、天街さんの作品を拝見させていただくようになり、ぜひ新国立劇場で上演していただきたいなと。

──「オレステイア」は上村(聡史)さんのご提案でしょうか。

小川 そうですね。ラインナップの中に古典作品も入れたいなと思っていて、上村さんとお話する中でこの作品に。あと今シーズン唯一の中劇場での作品なんです。「オレステイア」は本当に、普段あまり舞台を観ないお客さんにもドシドシ来ていただきたいプロジェクトです。

──そしてシーズンの締めくくりは、パラドックス定数・野木萌葱さんの新作「骨と十字架」を小川さんが演出されます。

小川 新作を1本やりたくて、野木さんの戯曲をこれまでも何本も読ませていただいていたので、「ぜひともお願いしたい! 書いていただきたい!」とお願いしました。

──作品や演出家の顔合わせがとても新鮮だなと感じました。中でもオープニングの3作品、「誤解」「誰もいない国」「スカイライト」は、小川さんが芸術監督として掲げていらっしゃる3方針、「幅広い観客層に演劇を届けること」「演劇システムの実験と開拓」「横のつながり」を踏まえた作品だなと感じます。いずれも20世紀の作品で、前提となる知識がなくてもとっつきやすく、少人数のカンパニーで……。

小川 そうですね。アルベール・カミュ、ハロルド・ピンター、デイヴィッド・ヘアと、皆さんに「難しいんじゃないか」って思われそうな名前が並んでいますが、読んだら普通に面白い。戯曲自体の面白さを大事にしたいと言うか、決して高尚なことをしようと思っているわけじゃないんです。お客様の中には難解な物が大好きという方もいらっしゃるかと思いますが、そういう方にもそうでない方にも、素直に面白いと思ってもらえるようにしたいと思っています。

「誤解」
2018年10月4日(木)~21日(日)
東京都 新国立劇場 小劇場
「誤解」

作:アルベール・カミュ

翻訳:岩切正一郎

演出:稲葉賀恵

出演:原田美枝子、小島聖、水橋研二、深谷美歩、小林勝也

あらすじ

ヨーロッパの田舎で小さなホテルを営むマルタとその母親。マルタは太陽と海に囲まれた国での生活を夢見て、その資金調達のため、母親と共謀してホテルの客を殺し金品を奪っていた。そこにある男がやって来て……。

「誰もいない国」
2018年11月8日(木)~25日(日)
東京都 新国立劇場 小劇場
「誰もいない国」

作:ハロルド・ピンター

翻訳:喜志哲雄

演出:寺十吾

出演:柄本明、石倉三郎、有薗芳記、平埜生成

あらすじ

ロンドン北西部のある屋敷で、主人のハーストと詩人のスプーナーが酒を飲んでいる。酒が深くなるにつれ、会話がずれていく2人。そこへハーストの同居人の男たちがやって来て……。

「スカイライト」
2018年12月6日(木)~24日(月・振休)
※12月1日(土)・2日(日)にプレビュー公演あり。
東京都 新国立劇場 小劇場
「スカイライト」

作:デイヴィッド・ヘア

翻訳:浦辺千鶴

演出:小川絵梨子

出演:蒼井優、葉山奨之、浅野雅博

あらすじ

ロンドン郊外の質素なアパートに住むキラの元に、かつての不倫相手・トムの息子・エドワードがやって来た。奇しくもその晩、トムもキラの家を訪れる。別れてから3年、2人の心の溝に溜まった澱が、連綿と続く会話の中で噴き出し始め……。