ステージナタリー Power Push - 追悼 蜷川幸雄
「青の炎」「蛇にピアス」脚本家・宮脇卓也インタビュー 蜷川の書斎で過ごした日々を振り返る
「アイドルすげえよ」
──舞台の現場では厳しく指導されている印象がありますが、映画の現場では蜷川さんはどう振る舞われていましたか?
気を遣ってたんじゃないですか? 舞台のスタッフには、がーっと言うときもありますけど、映画に関しては「俺、新人監督だからな」とか言ってました。
──では、映画の現場ではそんなに怒号は飛ばない?
役者には飛びますよ。でも二宮くんはちょっと器が違った。およそ1カ月間の撮影に立ち会いましたけど、現場で台本開いてるのを見たことがないです。130シーンぐらいある中で二宮くんが出てないシーンって3シーンぐらいしかなくて、セリフの量も多いし特殊なセリフもけっこうあるんだけど、現場に台本を持ってこない。ゲームやったりギター弾いたりしながら本番が始まるのを待ってるんだけど、指示とかは全部聞いてるんですよ。カメラの位置も完璧に把握してる。2002年の夏だったので(嵐の)コンサートのリハーサルや新曲の振り入れとかもあったはずで、寝てないのに全然そういうところ見せなくて。よく蜷川さん「アイドルすげえよ」って言うでしょ。本当にそう思う。でも「蛇にピアス」では、高良(健吾)くんに怒号飛びまくってました(笑)。
──高良さんは2008年当時、デビューしたてでしたもんね。映画初主演の吉高由里子さんにはどんな印象がありましたか?
ルイ役の最終オーディションを覗いてたんですけど、吉高さんが部屋に入ってきた瞬間、「ルイが入ってきた!」って。蜷川さんと面談して軽く台本を読んで、彼女が部屋を出て行ってからみんなで即決しました。
──原作のイメージにハマっているなと思いました。映画のロケ地を原作の新宿から渋谷に変更したのは、オープニングでスクランブル交差点を使った演出をしたいという蜷川さんのご希望だったんでしょうか?
蜷川さんは渋谷のBunkamura シアターコクーンの芸術監督をされていたので、渋谷の街っていうのは蜷川さんの中でホームタウンみたいな、やっぱり他の街とは違う思い入れがあったんだと思います。スクランブル交差点の演出は、最初から蜷川さんの頭の中にイメージがあったみたいですね。「360度、カメラがパンするんだよ」ってうれしそうにスタッフの前で言ってました。ヴェルナー・ヘルツォークっていうドイツの監督が撮ってる「フィツカラルド」っていう映画があって。山の上に蒸気船が乗っかって壮大なイメージのオペラが流れてるむちゃくちゃな映画なんですけど、そのオープニングを渋谷の真ん中でやろう、って言ってました。
──印象的な導入部でした。ほかにお気に入りのシーンはありますか?
刺青屋「Desire」でのルイ(吉高)、アマ(高良)、シバ(ARATA)さんのシーンはどこも好きなんですけど、そこ以外でってなるとヤクザが出てくるシーンかな。藤原(竜也)くんと小栗(旬)くんが演じてて。小栗くんは当時「カリギュラ」の本番中だったんじゃないかな。藤原くんは小道具の金歯を自分で持ってくる気合の入れようで。チンピラ1、チンピラ2としか脚本に書いてなくて、藤原くんに「役名ください」って言われたので、「じゃあ吉田光洋と横山悟ね」って咄嗟に浮かんだ僕の友人の名前を役名に付けてあげたら、お互いが「俺、みつって呼ぶわ」「俺、こういうキャラクターでいくね」って自分たちで役を膨らませて楽しんでました。
──チョイ役なのに、本当に豪華なキャスティングでしたね。
蜷川さんも、手塩にかけて育てた2人がゲスト出演でも来てくれたのはうれしかったと思うんですよね。なので5月16日の蜷川さんの葬儀で、あの2人が弔辞を読んだのは感慨深かったです。
後進に道を譲ろうなんてさらさら思ってなかった
──蜷川さんが皆さんに慕われていたことが、本当によく伝わってきます。
藤原くんや小栗くんと現場で共演した高良くんが、あとで、「藤原さんや小栗さんは小さな役でも楽しんで役作りをしていてすごい。自分はアマっていうこんな大役をいただいてるのにできないから悔しい」って僕に言ってきて。でも僕は数年前に藤原くんが同じことを言ってたのを知っているので、「竜也も昔はそう言ってたよ、大丈夫」っていう話をしたんです。
──藤原さんにもそんな時期が。
1997年に「身毒丸」のロンドン公演で、藤原くんが舞台初主演を務めたときは無邪気でしたよ。ロンドンで一緒にスーパーへ買い物に行ったとき、「宮脇さん、僕今から英語で買い物しますから見ててください」って、レジで「オッケー、イエス!」しか言わず、お金もあるだけ手のひらに出して、「とってくれ」って店員さんに見せて、「ね、買えたでしょ」って誇らしげに笑ってた。その彼が、2001年の「近代能楽集 卒塔婆小町/弱法師」のときには、同じロンドンの劇場で「(初日が)恐いんです」ってぽろっと言ったんですよ。同じ舞台に立ってるのに「恐くてしょうがない」って。それって4年の間にいろいろ経験して、演じるってことの難しさとか恐さっていうのが彼なりにわかったってことで。この人はもっともっと先へ、俳優として成長していくんだろうなって思いました。それから6年後の2007年に、ヤクザを演じる藤原くんを見て落ち込む高良くんがいて。面白いですね。皆さんこうやって壁を通過して、役者として成長していくのかなと思いますね。
──蜷川さんの元で、若手の方々がどんどん育っていった印象がありますね。
でも蜷川さんって、一歩退いて若手を育成しようって気はさらさらないと思うんですよ。どちらかというと常にトップランナーでいたい、若いやつに負けたくない感じだったから、ずっと現役感があるし、枯れなかったんだと思う。若いやつからエネルギー取ってやろうって思ってるタイプ(笑)。後進に道を譲ろうなんてさらさら思ってなかったと思うんですよね。それを見て僕らが勝手に学ぶというか、成長させてもらったんじゃないですかね。
「つまんねえ芝居をやってくんじゃねえぞ」
──結果的に若手が育っていったけど、本人はそういうつもりじゃないと。今回、“追悼”ということでインタビューをさせていただいてますが、それこそ最後まで最前にいらした方なので、この特集を見たら蜷川さんは何と言うかな、と思ったりします。
おっしゃるように、蜷川さんって“現在”にすごくこだわった方なので、振り返るのは難しいですね。でも作品は発表されたそばからどんどん古くなりますが、蜷川さんの作品が持つ本質は、“現代”を浮かび上がらせるんですよね。例えば「蛇にピアス」のオープニングみたいに、渋谷の街とか広告看板は今改めて見ると時代を感じるけど、そこにいる人たちの佇まいの中に、現在の空気感を発見できるかもしれない。
──2008年の渋谷の街を見て、視聴者は自分が今在る状況をそれぞれに思い浮かべるということですね。
蜷川さんはよく「壊れたテレビには何も映らねえんだよ」って言ってて。受け取る側がしっかり電波を受信してないと、そこには何も映らない。だから自分たちなりのアンテナで、蜷川さんが発信した電波みたいなものを、しっかり受け取らなくてはという思いがあります。
──映画の撮影以降は、蜷川さんとお仕事は?
最後にお会いしたのが去年の5月かな。彩の国さいたま芸術劇場で「海辺のカフカ」の稽古をやってて、明日からみんなニューヨークに行くっていうタイミングでした。てっきり快く送り出すのかと思ったら、急に「ホントだったら『みんながんばってきて』って言えばいいんだろうけど、そうはいかねえぞ! こんな素晴らしい原作をもらって、つまんねえ芝居をやってくんじゃねえぞ、このやろう! 俺、許さないよ!」って怒鳴り始めて。蜷川さんが命を削りながら伝えようとしていると感じたし、みんなそれを受け止めてニューヨーク公演に臨んだんじゃないかな。あのときが、僕が蜷川さんを見た最後です。「やっぱりすげえな」と思いながら帰りました。あの激烈な姿が最後の印象として僕の胸に焼きついているので、これで良かったのかなと思います。
──最後に、蜷川さんから教えてもらったことで、一番印象に残っていることを教えていただけますか。
蜷川さん、よく雑談で「気付いちゃう不幸と気付かない不幸だったら、気付いちゃう不幸のほうがいいよな。厄介だけど、ものを作るならそのほうがいいし、その不幸を正しく引き受けるしかない」って言ってたんですけど、そのことはずっと僕の中にあります。蜷川さんって他人にも厳しいけど、自分に対するチェックもすごく厳しくて、「今俺は正しいか」「間違ったジャッジをしてないか」「ちゃんと世の中の、時代の空気を捕まえられているだろうか」っていうようなことをすごく考えてた方なんですよね。なので自分に置き換えて「“気付かないやつ”になってねえかな」っていうことは、常々自分でも問いかけるようにしてます。
LaLaTV
厳選した国内外の良質なドラマ、映画、舞台や音楽等のライブコンテンツ、料理や旅のライフスタイル番組を放送するCSチャンネル。
8月ラインナップ
- 「疾走する蜷川幸雄80歳~生きる覚悟~」
- 2016年8月1日(月)11:00~ ほか
- 「蛇にピアス」
- 2016年8月5日(金)25:15~ ほか
- 「青の炎」
- 2016年8月7日(日)16:30~ ほか
- 「ヘンリー四世」
- 2016年8月12日(金)25:00~
- 「ヘンリー六世」
- 2016年8月19日(金)25:15~
- 「ヴェニスの商人」
- 2016年8月26日(金)25:00~
9月ラインナップ
- 「冬物語」
- 2016年9月17日(土)23:00~ ほか
- 「から騒ぎ」
- 2016年9月15日(木)27:00~
- 「じゃじゃ馬馴らし」
- 2016年9月25日(日)25:15~
- 「ジュリアス・シーザー」
- 2016年9月30日(金)25:15~
- 「ヘルタースケルター」
- 2016年9月2日(金)23:00~
- 「さくらん」
- 2016年9月9日(金)23:00~
蜷川幸雄(ニナガワユキオ)
1935年10月15日、埼玉県川口市生まれ。1955年に劇団青俳に入団し、1968年に劇団現代人劇場を創立。1969年に「真情あふるる軽薄さ」で演出家デビューした。代表作は「身毒丸」「NINAGAWA・マクベス」「ハムレット」など多数。肺炎による多臓器不全のため2016年5月12日に逝去。8月には森田剛、宮沢りえ出演の「ビニールの城」、12月には「1万人のゴールド・シアター2016」、2017年には「NINAGAWA・マクベス」が追悼公演として上演される。
宮脇卓也(ミヤワキタクヤ)
1975年生まれ。愛媛県出身。1993年より蜷川幸雄の舞台に俳優として参加。1999年より執筆活動を始める。2003年、映画「青の炎」で脚本家デビュー。2008年に映画「蛇にピアス」、2009年にテレビ朝日開局50周年記念ドラマ「警官の血」(脚本協力)、2015年にNHK大河ドラマ「花燃ゆ」(脚本協力・取材協力)などを執筆。2014年より公開されているフジテレビとIQIYIの日中共同製作インターネットドラマ「不可思議的夏天」の脚本を務め、中国全土で再生回数が1億ビューを超えるヒットを記録。北中南米など全世界35カ国で配信された。同作は2015ニューヨーク・フェスティバルにおいてファイナリスト入賞。
2016年8月30日更新