2024年9月、100年以上の歴史を持つ大阪の人気劇団・OSK日本歌劇団のトップスターに就任した翼和希。高いダンス力と歌唱力、加えて持ち前の明るさと華やかさを持った新世代スターとして輝きを放ち続ける翼が、フランス語で“翼”を意味するトップスター就任記念公演「レゼル」で国内外をツアー中だ。そのツアー最終地となるのが、OSKがこれまで幾多の挑戦を重ねてきた劇場、京都南座。OSK日本歌劇団 翼和希トップスター就任記念公演「『レビュー in Kyoto』レゼル ~Les Ailes~ 南座バージョン」と銘打たれた本公演では、南座のみのシーンや演出が加わって、OSKコアファンはもちろん、OSKや歌劇初心者にもオススメの内容となっている。
ステージナタリーでは、3月に京都の八坂神社にて行われた成功祈願祭とお練りのあと(参照:八坂神社に一足早く“桜”の華やぎ、OSKが「レビュー in Kyoto」成功祈願)、劇団一丸となって和気藹々と切磋琢磨し合っているという千咲えみ、華月奏、椿りょう、唯城ありす、そして翼の5人にそれぞれの思いを聞いた。
取材・文 / 熊井玲撮影 / 桂秀也
さまざまな“翼”がちりばめられた「レゼル」
──本公演は、昨年9月から国内外でツアーが行われている、翼和希さんのOSK日本歌劇団トップスター就任記念公演の“最終公演”で、フランス語で“翼”を意味する「レゼル」をタイトルに掲げたレビューショーです。ここまでのツアーで、どのような手応えを感じていますか?
翼和希 山口県岩国市での公演を皮切りに、今年1月にはシンガポール公演も行いましたが、その土地土地で本当にまったく反応が違いました。特にシンガポール公演は、歌劇という文化がそもそもあまり浸透していない場所だったので、初心を思い出す機会になったと言いますか。お客様の顔に「歌劇ってなんだろう?」という「ハテナ」が浮かんでいる状態からスタートし、中詰めで客席降りした辺りからお客様の反応がぐっと変わりまして、「こうやって盛り上がっていいんだ!」と理解された感じがダイレクトに伝わってきましたね。「これぞ、生の舞台の良さだな」と再確認しましたし、「歌劇やOSKを知ってもらいたい!」という気持ちをさらに強く持ちました。ツアー各地で得たその思いを、南座で爆発させたいなと思います。
──「南座バージョン」と銘打たれていますが、どのような点が変わるのでしょうか?
翼 新たにプラスされる場面がたくさんございまして、ヤマトタケルの「白鳥伝説」のシーンが追加されたり、ラインダンスが新しくなったり、男役の黒燕尾での群舞も追加されます。もともと60分の作品でしたが、全部で約75分の、盛りだくさんの作品です。個人的には、すっぽんやせりなど、南座の舞台機構を使っての上下の演出が非常に楽しみですね。また南座で客席降りするのは6年ぶりということで、お客様をより近くに感じることができるのもうれしいです。
──皆さんそれぞれの、おすすめシーンを教えてください。
千咲えみ 「レゼル」の作・演出を手掛けられた北林佐和子先生が、世界で今起きている戦争など悲しい出来事に対する祈りや願いを込めて「ラテン」のシーンの歌詞を書いたとおっしゃっていて、そのことがとても印象に残っています。万博もあり、国内外からたくさんのお客様が関西にいらっしゃる時期だと思いますので、ぜひ多くの方に公演をご覧いただき、作品に込められた祈りや願いが、世界中に広がっていったらいいなと思っております。そして翼も申しておりました通り、ラインダンスが新しくなります。ラインダンスはやっぱり大人数のほうが迫力があるので、皆さまにぜひお楽しみいただけたらと思います。
華月奏 タイトル通り、「レゼル」は“翼”をモチーフに、いろいろな翼がちりばめられた作品になっています。今回新たに追加されるヤマトタケルの「白鳥伝説」も“翼”でつながっていますが、その他のシーンでも、「あんな翼もある、こんな翼もある」と楽しんで観ていただけるのではないかと思います。
椿りょう ヤマトタケルの「白鳥伝説」では翼さんがヤマトタケル役をされるのですが、そこに登場する黒鳥役を私が務めさせていただきます。私は南座で動物や鬼など“人外”の役をやることが多く、本作でもまた黒鳥という役をやらせていただけるということで、より人外らしく、人間離れした動きを皆さまに披露できたら良いなと思っております(笑)。
唯城ありす 私と椿は「レゼル」に南座公演からの参加となります。映像で拝見したところ、オープニングで翼さんが羽の中から生まれてくるシーンがありまして、すごく素敵なんです。ですので、オープニングは見どころだなと感じております!
翼 そのオープニングで、「みんなは生まれた時から実は翼が生えていたんだよ でもその翼をどこか忘れているだけかもしれない」というような歌詞があるんですけれど、私自身に返ってくるような、そっと背中を押してくれるような歌詞だなと感じています。そもそも翼という芸名は、“異”なるの上に“羽”があり、「人と異なることを恐れずに大きく羽ばたきたい」という思いを込めてつけた名前です。そしてこれからは、私が広げた翼でみんなのことを守っていけるようになりたいと、「レゼル」という公演タイトルを通して、改めて感じています。
──今回の南座公演は、トップスター就任記念公演の最終公演となります。OSKではこれまでも、京都という土地柄、和を意識した日舞のシーンが追加されたり、特別な演出が加えられたりと、南座ならではの新しい挑戦をしてきました。
翼 そうですね。OSKでは、日舞も洋舞もレビューショーが存在するのが良さの1つですが、南座で日舞のレビューショーに触れていただけることはいつもありがたいなと思っていて。観光でいらっしゃった方にも楽しんでいただけるんじゃないかなと思います。
千咲 数年前、南座さんで「新しくOSKをご覧になる方が見やすいように」と、休憩なし1時間程度での公演が始まったんですよね。いきなり二部制の公演にトライするのは……と思っていらっしゃる方にも観やすい構成になっていると思います。
華月 北林先生の作品で言うと、「グラン・ジュテ~今、私たちは跳ぶ~」(2012年)や「レビューアドベンチャー ネクステージ~夢を叶えるSong&Dance~」(2013年)などは、南座だけでしか上演していないレアな作品ですよね!
椿 そして京都ならではの光景といえば、芸妓さん舞妓さんの華やかさだと思います。舞台の上から見ても、圧巻です!
翼 「私たちも負けんようにしなきゃ」って思うよね(笑)。
一同 あははは!
──シンガポール公演も盛況だったそうですが、海外のお客さんにとっても観やすい内容なのでしょうか?
翼 観やすいと思います! シンガポール公演のときは英語の曲を入れるなど、南座公演とは一部内容が違ったのですが、やっぱり歌って言葉の壁を越えられるんだなと実感しましたし、目に見えないやり取りで通じるものがあると実感したので、その感覚で南座公演にも臨みます。
チームワークが強い!新生OSKの魅力
──翼さんは9月にトップスターに就任され、半年が経ちました。心境に変化はありましたか?
翼 舞台に対しての思いは正直これまでと変わりないのですが、トップスターというものが肩書きや地位ではなく、与えられた役割なんだなと考えるようになりました。OSK日本歌劇団のトップスターはそのとき1人しかいないわけですから、OSKをご存じない方にとっての玄関にならなければいけないんだと、いろいろな場でお話しさせていただくたびにじわじわと実感しているところです。と同時に、歴代のトップの方々はいろいろな公演に出演しつつ、次の公演のお稽古をしながら、さらにOSKを広めるための活動もされていたんだ……と身をもって感じることが増え、「歴代のトップさんたちは本当にすごいな、私もがんばらなあかんな」と自分のお尻を叩いています。
──皆さんから見て、翼さんはどんなトップスターさんですか?
千咲 私は翼と同期で、研修所時代から考えるともう15年くらい一緒に歩んでいます。翼は持ち前の明るさがあり、初めてお会いする方の心も一瞬で掴んでしまうような温かくて明るい空気を持っているトップさんです。本当にいろいろな方に愛されて、翼自身も皆さんを愛して……自然と人が寄って来て、やって来た方がみんな笑顔になるような、そういうパワーやエネルギーがあると思います。
華月 良くも悪くもがんばり屋さんで、負けず嫌いだと思います。本当にバイタリティにあふれていて、できる限り全部を全力でがんばりたいと思う子だと思うのですが、だからこそ私たちの元に戻ってきたときは、少しでも心を休められるような場所を作れたらと思いますし、翼がしっかりがんばり続けられるように、私たちも支えていきたいと思っています。
翼 お母さん……(と華月に目線を向ける)。
一同 あははは!
椿 翼さんはいい意味で、ずっと変わっていないと思います。常に前を向いていて、エネルギッシュでパワフルな方。トップに就任されてからは、さらにキラキラ輝く光のようなものが翼さんの周りから放たれている感じがします。私たちはその光を頼りに、一緒に歩いていけたらなと思っています。ただ翼さんは歩くというより走るタイプの方なので(笑)、私たちも一生懸命追いかけたいと思います!
唯城 翼さんは、5歩先を歩いていらっしゃるなあと思っていたら実際は10歩先を歩いてらっしゃるような方です。その印象はトップスターになられてからも変わらず、常にパワフルにがんばっていらっしゃって、私たちはその背中を見ながら、遅れを取らないように、そしていつか自分たちから「翼さん、こっちですよ!」と言えるくらいになりたいと思いながら過ごしております。
──では逆に、翼さんが皆さんに感じている印象は?
翼 唯城は見た通り、とっても可憐な、いわゆる歌劇の娘役という風に見えるんですけれど、実はパワフルな面も持っていて、可愛らしさと力強さの両方を持っている、OSKらしい娘役さんだなと思います。その良さは大切に、あとはもうのびのびと育っていってほしいです(笑)。椿は入団したときからなんでもできる子で、スタートラインが高かった分、今求められているものにとても苦戦している時期なんじゃないかなと思います。ただ、黙々と1人でお稽古している姿を見ると感心しますし、これからも自分の技芸に精進を重ねていくんやろうなと、頼もしい存在です。華月さんは……お母さんのようで、お姉さん、お兄さん、お父さんのような存在です(笑)。私がちょっと抜けてるところが多いものですから、「ちょっとちょっと翼!」といつもストップをかけてくださり、大変大変お世話になっております(笑)。千咲は同期生ということもあり、同じ公演に出ることも多かったので、この15年で培ってきた絆は非常に強いです。よく歌劇では娘役さんのことを「相手役」と表現したりしますが、千咲は「相手役」という言葉がどうもしっくりこなくて、しっくり来るのは「相方」。ずっと二人三脚で走ってきたような感覚がありますし、一緒にやってきたからこそ生まれるエネルギーもあるんだなということは、今一緒に踊ったり組んだりする中で強く感じています。
──千咲さんは2021年に舞美りらさんと共に娘役トップスターに就任し、昨年8月に舞美さんが退団されてからは唯一の娘役トップスターとなりました。気持ちの変化はありましたか? また同じ娘役の唯城さんから見て、千咲さんはどんなトップ娘役ですか?
千咲 昨年、楊(琳)さんと舞美さんが卒業されるとお聞きしたときは、だいぶ不安が大きかったんですけれども、本当に幸せなことに同期の翼が横にいてくれるので、今は不安というよりも、“私たちにしか出せないものがあるのではないか”と思うようになり、「この新しいチームでがんばっていくぞ!」という思いでがんばっています。今、上級生から下級生に至るまでみんな本当にお稽古をがんばっていますし、前に進もうとする力が劇団としてとても強いと思うので、私もその一員として自分にできることをしっかりやりたいと思っています。
唯城 千咲さんはいつも私たち下級生に寄り添ってくださいます。スカート振りをはじめ、娘役の場面でわからないことや困ったことがあるとすぐ千咲さんの顔が浮かんで、「これは聞いてもいいのかな、どうかな」ということまで、私は何度もご相談してしまいます。包み込んでくださる方だと思っているので、安心していつもおそばにおります。
──お話を伺っていると、皆さんが密にコミュニケーションを取っていることが伝わってきます。それぞれに多くのステージを抱え、チームに分かれて行動することも多いOSKの皆さんがこんなにもチームワークが強いことに驚きます。華月さんは第85期生、翼さんと千咲さんは第89期生、椿さんと唯城さんは第92期生と世代が近いこともチームワークの良さにつながっているのでしょうか?
華月 確かに学年が近い分、密着度が高まっているかもしれません(笑)。ただ特別専科の桐生(麻耶)さんと久々にお会いしても関係性はまったく変わりませんし、そこが限られた人数でアットホームに活動してきたOSKならではの持ち味でもあるのかなと。また翼が、舞台だけではなくいろいろなところでいろいろなものに触れている分、厳しいところやしっかりしたところがあり、そこもチームの強さの1つかなと思います。
椿 “ワンチーム感”は確かに強い気がしますね。特に男役は、翼さん筆頭に「みんなでやろう!」という思いが強いというか。黒燕尾のシーンなどは特に、トップさんによって全然カラーが違うし、お稽古の仕方も違うのですが、翼さんがトップになられてから黒燕尾のシーンは初めてなので、どういうカラーの黒燕尾になるのか今から楽しみです。
──そうなんですね! 娘役にもそのような、トップさんを軸にした稽古はあるのですか?
千咲 娘役は、特別専科の朝香櫻子さんや白藤麗華さんといった上級生の方に教えていただくことが多いですね。振りが付いた瞬間にみんなで集まって、よく教えていただきます。