「キティ」市原佐都子と韓国・日本・香港のアーティストが作る“かわいい”から始まり、宇宙へ到達する物語 (2/2)

AIやモーションキャプチャーを介して生み出す、新たな表現

──劇中ではねこのほか、シーンによってパパ、ママ、肉ニンゲンなどいくつかの登場人物が描かれます。また劇中では基本的に俳優さんがセリフを発することはなく、セリフは音声で流れ、日本語の字幕が舞台奥に映し出されます。市原さんはこれまでも、言葉と身体について多様なアプローチを試みていらっしゃり、例えば「バッコスの信女-ホルスタインの雌」では“殺され、肉体を失った牛”の思いを合唱隊(コロス)が歌い上げ、「弱法師」では義太夫(ナレーター)が人形たちの思いを語りで紡ぐなど、言葉と身体の距離を離すことで、その間にある矛盾や真実をあぶり出していました。「キティ」成果発表でも、眼前で行われるアクションと言葉の乖離が面白く、また人間ではなく猫を主人公に据えることでフィクション性が高まり、その分、普遍的な問題にリーチしていると感じました。

市原 「弱法師」で人形を操る人と言葉を操る人に分けたことは、私にとっては非常に面白い創作でしたね。今回のクリエーションでは、創作の出発点としては、“スヨンも永山さんもバーディも私も、同じような顔をしているけれどしゃべっている言葉が全然違う”という点で、そのことを作品にどう結びつけていけば面白い舞台にできるかということを考えました。その中でまず、誰にも愛されていていろいろなところで目にする存在、かつ見た人が自分の気持ちを投影できる存在として“キャラクター”を思い浮かべたんですね。キャラクターの中には、偽物がたくさん出回っていたり、オリジナル以上に面白かったり愛おしく感じるものもあって、そういう“偽物のキャラクター”のような演技ができないかと考えました。つまりオリジナルからアイデアだけが抜き取られて、別の存在として蔓延していく感覚……それは、AIの技術の発展によってコピーが量産されていく現在の状況と似ているのではないかと考え、城崎のクリエーションでは、永山さんの声から生成されたAIボイスを使った演出を試しました。

左から永山由里恵、ソン・スヨン、バーディ・ウォン・チンヤン、市原佐都子。

左から永山由里恵、ソン・スヨン、バーディ・ウォン・チンヤン、市原佐都子。

永山 城崎のクリエーションではどう演じるのかもわからない状態で始まって、クリエーションの過程で自分の声をAIで生成して使うとか、動きをモーションキャプチャーで捉えて、そこで生まれた動きを真似てみるという試みをしました。俳優としては、普段は自分の声を出して自分の身体で動くということを大事にしているので、何か1つ、自分が使えるもの、武器が減ってしまったような感覚があり、はじめはちょっと不安もありましたが、AIが作った動きって人間ができる動きを超えてしまっている──例えば関節的にありえない角度の動きになっていたりするので、それを自分の身体でどう近づけて表現するのかを考えるのは、俳優として新しい感覚で、面白いなと思いました。なので、心許なさと新しい挑戦ができているという、その両方を感じましたね。成果発表を経て、ここにスヨンとバーディが加わることで作品がどうなっていくのか、とても期待が膨らんでいます。

市原佐都子

市原佐都子

永山由里恵

永山由里恵

──スヨンさんとバーディさんは、成果発表の映像をご覧になりましたか?

バーディ 観ました。台本を読んだだけでは、どんな見え方になるのかイメージできない部分もあったので、映像を観てそれがつかめました。舞台美術に関しても、家具などがすべて、ねこの頭を模した美術で作られていて、かわいいというよりちょっと不気味な感じがしましたね。ちなみに映像では韓国語・広東語の字幕はついていなかったのですが、自分としてはそれも面白かったですし、セリフを自分の口からではなく天の声とか字幕として表すのも、作品の設定にも合っているなと。……あと、これは佐都子さんに質問なんですが、映像ではねこ役の俳優だけが自分の顔を出していて、ほかの登場人物は着ぐるみのようなものをかぶっていましたよね? 実際もそうなるのでしょうか?

市原 はい。ほかのシーンでもねこだけ顔を出して、ほかは着ぐるみで顔が見えない状態でいきたいと思っています。というのも、私はこの物語はねこの物語だと思っているので、ねこ以外の存在は例えば怪物のようだったり、歪められた存在として見えているふうにしたいなと思っていて。そのほうが想像力が働くんじゃないかと思いますし。ねことそれ以外のキャラクターは、別のレイヤーにいる存在として描きたいなと思っているんです。

スヨン 私も映像を拝見したのですが、台本で読んだ印象よりもねこの動きが大きいなと感じました。でも動きと声、字幕が交差することですごく面白いシーンが生まれるんじゃないかという期待が高まりました。由里恵さんの動きがすごく素敵でした!

一同 あははは!

ソン・スヨン

ソン・スヨン

バーディ・ウォン・チンヤン

バーディ・ウォン・チンヤン

──スタッフには、音楽に荒木優光さん、衣裳にお寿司の南野詩恵さんと、京都を拠点とし、ロームシアター京都にもゆかりのあるアーティストが名を連ねています。

市原 荒木さんとは今回初めてご一緒するのですが、「AIのボイスを俳優の声から作って、3カ国語をごちゃ混ぜにしたい」とお伝えしたら「やってみましょう」と言ってくださり、城崎ではそれを試しました。曲も作ってもらったのですが、今回は例えばスーパーマーケットなどでよく聴く、繰り返しの音楽がモチーフになっていて、知らないうちに“消費”が刷り込まれるような音楽が欲しく、そのようなオーダーをしました。ただ荒木さんは、音楽に留まらず演出面についてもアイデアをお持ちなので、作品を一緒に作っている感覚を持てるのが良いなと思っています。南野さんとは前回ロームシアター京都で上演した「妖精の問題 デラックス」でもご一緒しています。お2人とも独立したアーティストとしてすごく尊敬していますし、信頼しています。

──本作は、ロームシアター京都が2017年度から取り組む“時代を超えて末長く上演すること”を掲げる、「レパートリーの創造」シリーズの第8弾で、市原さんが同シリーズで発表する2作目となります。京都でのクリエーションで楽しみにしていること、意識されていることはありますか?

市原 個人的な話になってしまうかもしれませんが……京都では、東京で自分の家からリハーサルに行くのとはまた違う感覚を持ちながら創作できます。ロームシアター京都自体もすごく綺麗な建物ですし、東京の劇場とはまた違う雰囲気があって、どちらがいいということではありませんが、落ち着いている感じを受けます。集中するには京都はいい場所だなと思っています。

左から市原佐都子、ソン・スヨン、永山由里恵、バーディ・ウォン・チンヤン。

左から市原佐都子、ソン・スヨン、永山由里恵、バーディ・ウォン・チンヤン。

プロフィール

市原佐都子(イチハラサトコ)

劇作家・演出家・小説家・城崎国際アートセンター芸術監督。1988年、大阪府生まれ、福岡県育ち。桜美林大学にて演劇を学び、2011年よりQ始動。2011年、戯曲「虫」にて第11回AAF戯曲賞受賞。2017年「毛美子不毛話」が第61回岸田國士戯曲賞最終候補となる。2019年に初の小説集「マミトの天使」を出版。同年「バッコスの信女-ホルスタインの雌」をあいちトリエンナーレにて初演。同作にて第64回岸田國士戯曲賞受賞。2021年、ノイマルクト劇場(チューリヒ)と共同制作した「Madama Butterfly」をチューリヒ・シアター・スペクタクル、ミュンヘン・シュピラート演劇祭、ウィーン芸術週間他にて上演。2023年、「弱法師」を世界演劇祭(ドイツ)にて初演。

ソン・スヨン

韓国で活動する俳優、演劇クリエイター。Creative VaQi(クリエイティブ・ヴァキ)所属。2016年に第52回東亜演劇賞の新人演技賞、2019年に第55回百想芸術大賞の若手演劇賞、2023年には自ら劇作・演出・出演した「B BE BEE」で第60回東亜演劇賞作品賞を受賞した。

永山由里恵(ナガヤマユリエ)

神奈川県生まれ。俳優。2016年より青年団に所属。近年の出演作に市原佐都子 / Q「バッコスの信女-ホルスタインの雌」、スペースノットブランク「言葉とシェイクスピアの鳥」、青年団「S高原から」など。

バーディ・ウォン・チンヤン

香港の俳優、劇作家、演出家。Artocrite Theater(アットクライト シアター)の創設者および芸術監督。2016年、Hong Kong Arts Development Counsilの若手アーティスト賞ほか受賞歴多数。