──部屋子として十八世勘三郎さんのもとで研鑽を積んだ鶴松さんが、十三回忌追善で「野崎村」のお光を演じられます。“3人目の倅”の大舞台ですね。
プレッシャーは感じますが、しっかり稽古をすることでしか不安を拭うことができないので、もう必死にやるだけです。
──七之助さんから習われるのでしょうか?
はい。今日もこの取材のあと、お稽古していただきます。見るのとやるのはまるで違いまして、先輩の皆様が自然に動いていることをいざ自分でやってみると、すごく不自然なんです。「心の中で会話しながらやりなさい」と教えていただいたのですが、義太夫狂言の中で自由に動いていくのは、すごく難しいことだと痛感します。
──「心の中で会話しながらやりなさい」とはどういうことでしょうか?
例えば冒頭、野菜が入ったカゴを抱えて登場して、義太夫の〽天神様に観音様、大事は親のおかげ……に合わせて拝んだりお辞儀したりと動いていく場面も「神様ありがとうございます、あ、でも一番はおっかさんだわ」……と、言葉に出さなくてもずっと心の中で会話していく。もちろん、こういったことをしなくても、お客さまにはわからない部分かもしれません。でも勘三郎さんも七之助さんも、心の中でなさっていたんですよね。お稽古をしていただくと、隅々まで考え尽くされていることが勉強できます。
──田舎娘の純情なお光が恋する久松は、実は町娘お染と恋仲で……という物語。お料理したり、包丁を鏡にして身繕いしたり、前半のお光は、若い娘の弾むような生命力があふれています。
前半をしっかりやることによって、後半の悲劇の伝わり方も変わってくるでしょうし、同じ女方でもお染とは対極にある役。その対比はしっかりお見せしないといけません。細かい1つひとつの動きにも色が出るように、違いをくっきりと浮かび上がらせたいと思います。十七代目勘三郎さんの映像も拝見しましたが、お芝居のゴールのような感じで、とても真似できないんですよ……。お光という枠組みの中で、それはもう自由自在になさっているんです。十八代目が初役でお光をなさっている映像も拝見しましたが、もう、絶品中の絶品です。本当に真っ白な、何にも染まってないピュアなお光。理想です。(上を指差しながら)どうにか僕の中にあれが入ってきてくれないかなって(笑)。許されるなら「野崎村」の舞台美術の中で1週間ぐらい暮らして、お光の生活感を身体に染み込ませたいぐらいです。
──2月、鶴松さんの中にいろいろなものを降臨させましょう(笑)。篠山紀信さんが撮影された鶴松さんのお光、とっても愛らしいです。
この時、篠山先生から「宝物にしてね」と言われたんですよ。本当に文字通り、宝物をちょうだいしたような気持ちです。
──近年の鶴松さんのがんばりは目を見張るものがあります。2022年の自主公演「鶴明会」での「春興鏡獅子」は、みなぎるエネルギーが伝わる渾身の舞台でした。積み重ねがこうした大舞台につながりましたね。
あのときは稽古のしすぎで腰が折れなくなるほど、これ以上やったら膝がダメになっちゃう、本番まで稽古をストップしたほうがいいかも……というところまで振り絞ってやりました。「鏡獅子」は「死んでもいい、死んでもいい」とずっと脳内で自分に言い聞かせながら踊っていたぐらいですし。ただ、お芝居は違うんですよね。“一所懸命”だけには頼れないんです。28歳で、歌舞伎座で「野崎村」をさせていただくというのは、確実に自分の中の分岐点になる出来事ですし、どうにか今後の自信につなげられるようにしたいです。(チラシを見ながら)歌舞伎座で僕の名前が1番先頭にあるんですよ?
──七之助さんが記者会見で「天国の父が一番喜んでいるのが、鶴松のお光」とおっしゃっていました。
「いろんなところでお前にプレッシャーかけてるから」と言われました(笑)。1年間続く追善興行のトップバッターを飾らせていただくわけですから、気合を入れて勤めたいです。昼の部、お兄さんたちの「籠釣瓶」も素晴らしいでしょうし、夜の部はなお(勘太郎の本名・七緒八)と、のり(長三郎の本名・哲之)が舞踊でビシッと決めてくれるでしょう。その中で1つ欠けてしまっては中村屋の恥になってしまいます。心を込めて、きちんとお客様に認めていただける舞台をお見せしたいです。
プロフィール
中村鶴松(ナカムラツルマツ)
1995年、東京都生まれ。中村屋。2000年に歌舞伎座「源氏物語」の竹麿で清水大希の名で初舞台。2005年に十八世中村勘三郎の部屋子になり、二代目中村鶴松として部屋子披露。
このコーナーでは、歌舞伎座を訪れたアーティストやクリエイターが、その観劇体験をレポート。今回は、コンドルズ主宰で彩の国さいたま芸術劇場芸術監督の近藤良平が、「壽 初春大歌舞伎」を初日に観劇。その様子をレポートしてくれた。
参賀日に歌舞伎を見るのは初めてである。それも歌舞伎座である。
どうせならと近くで、蕎麦をすすり歌舞伎座表扉から入場する。
中の賑わいは、新年そのもので
人々のワクワクが肌で伝わる。
缶ビールを買って正しい待ち時間を待つ。その間の拍子木の高い音が心地よい。さぁ、演目が始まる。想定よりも横広の舞台がぐわっと目の中に飛び込む。その額縁こそ、我々を一気に独自な世界に導いてくれる。「鶴亀」そして「寿曽我対面」現れてくるものは、まるでおせち料理のようである。そして「息子」では雪が降りしきるまるで映画の1場面のような貴重な時間にひたる。心の奥の方を刺激させられる。「娘道成寺」は、想像以上に立体的である。花道の登場もさることながら、目の中に飛び込むのは動く絵画である。すべてのことの終わりは、再び拍子木で結び目よろしく結ぶ。圧巻だ。帰り際の有楽町の風が心地よい。江戸時代から続く夜の風だ!
プロフィール
近藤良平(コンドウリョウヘイ)
1968年、東京都生まれ、ペルー・チリ・アルゼンチン育ち。振付家・ダンサー、コンドルズ主宰。彩の国さいたま芸術劇場芸術監督。1996年に自身のダンスカンパニー・コンドルズを旗揚げし、全作品の構成・映像・振付を手がける。世界約30カ国で公演を開催。NHK総合「サラリーマンNEO」の振付出演、NHK連続テレビ小説「てっぱん」やNHK大河ドラマ「いだてん」の振付を担当。0歳児からの子ども向け観客参加型公演「コンドルズの遊育計画」や埼玉県との共働による障害者によるダンスチーム・ハンドルズ公演など、多様なアプローチでダンスを通じた社会貢献にも取り組んでいる。第4回朝日舞台芸術賞寺山修司賞受賞、第67回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、第67回横浜文化賞受賞。2月11・12日に「リンゴなんでもミュージアム コンドーさんを待ちながら」、15日から18日まで「great journey 7th」、3月9・10日に「埼玉回遊〈特大号!〉 風と土地のロマンス」が控える。
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