8月は歌舞伎座で会いましょう 京極作品と歌舞伎との出会いは必然!京極夏彦×松本幸四郎が語る「『狐花』葉不見冥府路行」

目まぐるしく変化していく日々、ふと非日常的な時間や空間に浸りたくなったら、“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”。8月恒例の「八月納涼歌舞伎」では、観客の目と心を楽しませる新作も度々上演されるが、今年はなんと小説家・京極夏彦脚本の新作歌舞伎「『狐花』葉不見冥府路行」が第三部にラインナップ。京極の大人気小説「百鬼夜行」シリーズの主人公、“京極堂”こと中禅寺秋彦の曾祖父・中禪寺洲齋が生きる時代を舞台にしたストーリーが展開する……ということで、歌舞伎ファンはもちろん、ミステリー小説ファンの間でも大きな話題となっている。ステージナタリーでは、京極と、本公演で洲齋役を勤める松本幸四郎の対談を実施。謎に包まれた「狐花」の秘密に迫る。後半では、京極夏彦の作品世界を紐解くコラムを掲載している。

取材・文 / 川添史子撮影 / 須田卓馬
ヘアメイク / 林摩規子スタイリスト / 川田真梨子衣装協力 / ONtheCORNER

京極夏彦×松本幸四郎対談

京極作品と歌舞伎との出会いは必然

──小説家デビュー30周年を迎えた京極夏彦さんが、初めて歌舞伎のために書き下ろした作品が上演されます。

京極 「すでに出ている小説の舞台化だろう」と思い込んで最初の打ち合わせに行ったら、「新作書き下ろしでお願いします」と言われ……さすがにその段階で「いやだ」とは言えませんでしたね。

一同 (笑)。

京極 小説の場合は文字ですべてを表さないと読者の方に申し訳が立たないので、僕は、常に立体化しにくいものを心がけて書いてきたんですね。でも今回は舞台化が前提ですから、いろいろと勝手が違って大変でした。映像化などをする際に、そこで多くの方が七転八倒の苦労をされてきましたが、今回それが僕の中で起きた。もう……なんだこれはと。しかも、数々の名舞台を生み出した「八月納涼歌舞伎」の第三部じゃないですか。プレッシャーは感じましたが、最終的にはいつも通りやらせていただきました。執筆時点では出演者が発表になっていませんでしたので、一切そこを気にせずに書いたんです。豪華配役にびっくりしましたね。

左から京極夏彦、松本幸四郎。

左から京極夏彦、松本幸四郎。

──ミステリーだけに内容は未だ謎に包まれていますが、京極さんが生み出した大人気シリーズ「百鬼夜行」の主人公・中禅寺秋彦の曾祖父、中禪寺ちゅうぜんじ洲齋じゅうさいが生きた江戸時代を舞台に、美しい青年の幽霊騒動と作事奉行らの悪事の真相に洲齋が迫る物語……と伺っています。

松本幸四郎 優しく艶っぽく美しい、独特の世界観を持つ京極作品と、歌舞伎との出会いは必然ではないかと思っています。洲齋はどんな事件が起きても常に冷静。台本としては対話を主体にドラマが進んでいく構造で、(新歌舞伎の傑作を数多く生み出した)真山青果に音楽が乗っかっているような、あるいはシェイクスピア作品にも近い印象を受けました。「京極歌舞伎」という新たなジャンルが誕生する予感がします。

京極 歌舞伎のセリフには、歌のような“節回し”があるじゃないですか。肝心なところで少し溜めて、柝が「チョン」と入ったり、決めゼリフを言って見得をしたり。あれは実際の会話ではまずないことだけれど、そういう風に“聞こえちゃう”、“感じてしまう”ときが、日常でも、ままありますよね。あの感覚はテレビドラマや映像ではなかなか再現できないことだけど、小説だったら取り入れることが可能なんです。僕は歌舞伎の古い台本もたまに読むのですが、おそらく、この技術において影響を受けていると思います。間というか、歌舞伎の盛り上げ方というか。

幸四郎 現実にはないけれど気持ちよく感じられる、セリフにおける歌舞伎独特の間合いは、不思議な表現ですよね。

「八月納涼歌舞伎」第三部「『狐花』葉不見冥府路行」特別チラシビジュアル

「八月納涼歌舞伎」第三部「『狐花』葉不見冥府路行」特別チラシビジュアル

たっぷりと妄想してから劇場へ

──“憑き物落とし”を行う洲齋は武蔵晴明神社の宮守ですし、「『狐花』葉不見冥府路行はもみずにあのよのみちゆき」というタイトルの「狐」「葉」という文字から、「葛の葉」などで知られる「信田妻(安倍晴明出生の説話)」に関わる物語かしら、と妄想が膨らむのですが……。

京極 どうぞたっぷりと妄想してから足を運んでください。歌舞伎がお好きでよく観る方、それから初めて歌舞伎をご覧になる方、ミステリーをたくさん読んでいる方、そんなものは読んだことがないという方、それぞれに違う引っかかりができればありがたいですね。見せ場はそれなりにこしらえてありますし。

幸四郎 社会性やテーマ性もしっかりありますしね。

松本幸四郎

松本幸四郎

京極 はい、ないわけではないですね。

幸四郎 だからと言って善悪で簡単に片付けられない感じもしますし。

京極 「悪い奴がいるからやっつけろ」でもないし、「いいやつが死んじゃって悲しいよ」でもないし、「お化けが出てきて怖いよ」でもないし、「出てこないから怖くないよ」でもないです。

京極夏彦

京極夏彦

一同 (笑)。

──ますます謎が深まります!

京極 要はね、舞台上の役者さんを見て、その人たちが演じる役がどう絡んでいくか。その掛け合いを見ているうちに、なんか大変なことに……みたいな状況を純粋に楽しんでいただければと願っています。僕は書いた人間だから、「すごいですよ、面白いですよ」とは口が裂けても言えませんが、例年通りの“夏の怪談もの”だと思って来ていただいて結構です。必ずや役者さんたちはカッコいいですし、キレイですから。そこに関してはまったく心配していません。