目まぐるしく変化していく日々、ふと非日常的な時間や空間に浸りたくなったら、“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”。歌舞伎座の9月興行は「秀山祭九月大歌舞伎」。「秀山祭」は、初代中村吉右衛門の功績を讃える興行で、2006年にスタートした。情熱を傾けた二代目吉右衛門が2021年に逝去したあとは、ゆかりの俳優たちがその志を引き継いでいる。
ステージナタリーでは、二代目吉右衛門を大叔父にもつ市川染五郎にインタビューを実施。染五郎は、昼の部「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」で阿倍仲麻呂と高階遠成、夜の部「『妹背山婦女庭訓』太宰館花渡し 吉野川」で久我之助、「歌舞伎十八番の内『勧進帳』」で源義経を勤め、義経以外は初役となる。役について、そして「秀山祭」について、たっぷりと思いを語ってもらった。さまざまなアーティストやクリエイターに歌舞伎座での観劇体験をレポートしてもらう企画「歌舞伎座へ」には、講談師の宝井琴調が登場。「八月納涼歌舞伎」より、中村勘九郎が初役で挑む「『梅雨小袖昔八丈』髪結新三」に触れる。
取材・文 / 川添史子撮影 / 藤記美帆
スケールの大きな夢枕獏さんの世界観が大好き
──今年の「秀山祭九月大歌舞伎」で、染五郎さんは昼夜3演目でご活躍。昼の部「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」(2016年初演)の原作は、若き日の空海を主人公とした夢枕獏原作の伝奇小説です。演じる阿倍仲麻呂は、才能に恵まれ容姿端麗、遣唐使の留学生として十代の若さで異国に渡った実在の人物ですね。
実はこの役だけ今回新しく追加された役で、どんな人物として立ち上げたら良いか、現時点ではまだ想像もついていないんです。ただ、スケールの大きな獏さんの世界観が大好きですし、参加できること自体がとても楽しみで。昨年4月に東京・歌舞伎座で上演された「新・陰陽師」も獏さんの作品でしたが、物語が面白いのはもちろん、1人ひとりのキャラクターが個性的じゃないですか。それぞれがはっきりと違う色で描かれているところが本当にステキなんです。
──8年前の初演を客席でご覧になった際、印象的だった場面はありますか?
空海を演じた父(松本幸四郎)が、中国琵琶を弾きながら唄う場面はよく覚えています。僕は謎が多い人物に惹かれるので、空海自体にも魅力を感じていて。どこまで本当かはわかりませんけれど、日本各地に「空海が杖を地面に突き立てた所から水が湧き出した」なんて伝説があるのも面白いですよね。せっかくこうした作品に出演させていただけるので、いろいろと調べて舞台に立ちたいと考えています。
同年代の尾上左近と“日本のロミジュリ”に挑む
──夜の部は「『妹背山婦女庭訓』太宰館花渡し 吉野川」と「勧進帳」。大きな演目が続きますね!
「妹背山」の久我之助は父も演じたお役です。両花道を使うので、そう掛からない大作ですし、ぜひ触れてみたい演目でした。「その日がついに来た」というような、身が引き締まる思いです。
──敵同士の家に生まれた若き恋人たち、久我之助と雛鳥の悲恋は「日本のロミオとジュリエット」と言われます。
雛鳥を演じるのが、年齢が近い尾上左近くんというのもうれしいです。2人で大作に飛び込んでいけることが心強く、お互いに刺激を与え合いながら、初日が開いても毎日が勉強になるんじゃないかと思っています。7月から父にセリフの稽古をしてもらっているのですが、義太夫狂言のセリフ回しに苦労していて……。気持ちだけあっても、それをお客様に届ける技術がないと作品の魅力が十分に伝わりません。そして、技術だけでも芯に熱い思いがないと伝わらない……どちらも並走させないと表現が成立しないんですよね。改めて基本を学んで、役の気持ちを自分で細かく分解して演じたいと考えています。
──桜満開の吉野川を挟んで繰り広げられるドラマチックな舞台は、物語と義太夫の語りと役者の演技がバチッと組み合わさると、まさに川の水がとうとうと流れるように、深い感動が客席に押し寄せます。
祖父(松本白鸚)がよく「歌舞伎は総合芸術だ」と言いますけれど、こうしたお芝居をお稽古していると、そのことがよくわかります。セリフはもちろん音楽や語りの要素、舞台美術なども含めたさまざまな職人の技が集まってできているものが歌舞伎。ちゃんとその一部になれるようにがんばりたいです。
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義経は、リベンジの気持ちで