「東京芸術祭」に向けて東京芸術劇場がプロデュースする、「芸劇オータムセレクション」。今年は海外からの招聘作品やダンスなど、4作品がラインナップされた。11月には、ルーマニアを代表する演出家シルヴィウ・プルカレーテが佐々木蔵之介と送る「守銭奴 - ザ・マネー・クレイジー」、そして山本卓卓と北尾亘の人気作「となり街の知らない踊り子」が登場する。
本特集では、プルカレーテ作品を視覚的に立ち上げる舞台美術・照明・衣裳のドラゴッシュ・ブハジャールにインタビュー。プルカレーテとの創作や「守銭奴」のクリエーションについて聞いた。また「となり街の知らない踊り子」では、山本と北尾に作品の軌跡を振り返ってもらいつつ、初参加の矢内原充志を交え、2022年版への思いを語ってもらった。
取材・文・構成 / 熊井玲撮影 / 石垣郁果[「となり街の知らない踊り子」座談会]
「第一にテキスト、次にプルカレーテさんのアイデア、自分はその次に」
ドラゴッシュ・ブハジャール
テキストが伝えたいことは何か?すべてはそこから始まる
──プルカレーテさんの演出作品において、ドラゴッシュさんが作り出す舞台美術や衣裳は、切り離せない重要な要素です。シャープでありながら温かみのあるデザイン、イマジネーションを刺激するアイデアの数々がどのように生まれているのか、非常に気になります。クリエーションにおいて、お二人はどのようなやり取りをしているのでしょうか?
暗黙の了解のようなところがあって……まずは原作、脚本を読み込むことです。優れた演劇作品を作るうえで私たちが一番大事にしていることはテキストで、テキストほど大事なものはありません。演出家から「これを変更してほしい」と言われても、その意見が原作の意図に沿わない内容であれば認められるべきではないと思っています。つまり、演出家のオリジナルのアイデアはテキストの次に優先され、ステージデザイナーのアイデアはその次に尊重されるべきだと思っています。
プルカレーテさんは演出家として、テキストを正しく解釈することだけではなく脚本家の意図を読み解くことに長けた方ですし、自分もそうありたいと思うので、私もテキストを読み解く努力をしています。そのテキストが本当に伝えたいことは何か? 例えば“1つの部屋に大人数が集まっている”というト書きがあったとして、その部屋になぜ10人が集まる必要があるのか、その雰囲気はどうで、どういう思想や感情を持った人たちなのかということを、見た目がどうということではないところから読み込んでいきます。
──プルカレーテさんと意見が異なることはないのですか?
そうですね、大きなところではまったくないです。もちろん細かなところで違うことはあります。ですがそれも検討するほどでもないような細かなことだけですね。13年も一緒に仕事をしていると、1つの共同体のような関係性になっているので(笑)。
──プルカレーテさんとドラゴッシュさんの似ているところ、違うところはどんな部分ですか?
違いはたくさんあります。まずプルカレーテさんは、私が比べ物にならないくらい大量の本を読んでいます。ですのでプルカレーテさんは文化的な知識が豊富だし、そもそも20歳くらい歳が離れているので経験値も違います。またプルカレーテさんのほうが空想家で、私のほうが現実的ですね。プルカレーテさんは文化的に豊かな家庭で育てられて、高校の頃から芸術の専門学校に行き、テキストを読み解く訓練をしていて、想像力を伸ばすような勉強をしてこられました。一方私は、特に演劇の専門学校には行っていませんし、技術的なことを学ぶために美術大学に進学したので、あるプロダクトを作る際にテクニック的にどんなことができるかを学ぶ時間が長かった。そこが私たちの違いだと思います。ただプルカレーテさんに限らず演出家は、予算や「アイデアをどう実現するか」という現実的な部分にとらわれず、自由にクリエーションをすべき人たちだと思うので、私は逆にそういう空想的なことができないぶん、現実的な面でのストッパーになることができるので、その違いが一番大きいと思います。
また多くの演出家は、舞台美術や衣裳を、お客さんに直接提示する情報として捉えている人が多いのですが、自分はそういう考え方は好きではなくて、「素敵な舞台だな」と思ってよくよく見ていると、「ああ、演出の意図があってこういう舞台美術なんだな」と後から気付くような舞台美術や衣裳のあり方が良いなと思っているんです。その点で、プルカレーテさんは演出の一部として舞台美術や衣裳を扱ってくれるのが好きです。先ほども申しましたが、私は美術デザイナーにとって一番大事なことはテキストを尊重することで、その次にプルカレーテさんの意図を解釈すること、自分の思いはその次だと考えています。ですので、舞台美術や衣裳は常に演出と共にあるもの、作品に寄り添って作品を力強くさせるものだと考えています。
──「守銭奴」ではどのようなアイデアが盛り込まれるのでしょうか。
「守銭奴」は、プルカレーテさんのアイデアだと冬が舞台ということになっていて、舞台上がすごく寒い環境になっています。なぜそうなったかというと、「守銭奴」の舞台であるアルパゴンの家庭は冷え切っていて、家族は父親に財産を握られて金銭的なモラハラを受けているという状況なんですね。テキストを読んでプルカレーテさんが最初に強く感じたのが、そのひもじさを寒さで表現しようというアイデアで、じゃあ寒さをどう表現するかということを私が読み解いていき、プラスチックを使った舞台美術にしようというアイデアにたどり着きました。
プラスチックを使おうと思ったのにはもう1つ理由があって、プラスチックは透明だから向こう側が見えますよね? アルパゴンの家が透けている、というわけではないんですが、演出として、例えばアルパゴンが誰かの陰口を叩いてる反対側で、子供たちが楽しく過ごしているというように、アルバゴンの“毒親”的な面をコメディのように見せることができるんじゃないかなと。プルカレーテさんは、そういった見せ方を「守銭奴」に盛り込もうとしています。でもそれも、モリエールのテキストにそもそもそのようなコメディ要素があったからで、原作のテキストでは、例えば誰かが陰口を言っていると、そのすぐ横から陰口を言われた本人が出て来る、というようなシーンがあって、そういった原作の要素が今回の上演でも大事にされているわけです。
──現在稽古が進行中ですが、実際に俳優が稽古している様子を見て、最初に考えていたアイデアが影響されることはありますか?
コメディやオペラのような作品と、例えば「リチャード三世」のような作り方では考え方が違います。例えばコメディやオペラの場合はそもそもキャラクターがしっかりあるので、議論の余地がないというか、一目でこのキャラはこうだ、とわかるようにしないといけません。だからキャストを見て「ああ、ここはちょっと変更しようかな」と思うような余地がない。ただこれまで手がけた作品で、お客様の想像に任せる余地があるような作品だと、キャストに合わせて「こういう色が良いかな」というようなことを考える場合もありました。「守銭奴」に関してはコメディなのとプルカレーテさんの中でもはっきりしたアイデアがあったので、キャストを見て最初のプランを変えようとは思いませんでした。
──プレイハウスという空間についてはどのような印象をお持ちですか?
客席から見たサイズ感や高さなどの比率が美しい劇場だと思います。技術面でもすごく豊かだなと思いますが、それは日本の劇場ではあまり特別なことではないかもしれませんね。客席の角度がなだらかなのも美しいし、奈落や舞台袖の広さも好きです。作品に対する対応力がある空間だと思います。同じ空間で、「リチャード三世」のように高さを重視した舞台美術も、「スカーレット・プリンセス」のように横幅を注視した舞台美術も、どちらも実現できるのは素晴らしいなと思います。「守銭奴」においても、作品のテーマや雰囲気を決めるのに空間の比率はすごく重要です。その点でプレイハウスはさまざまな可能性が広がるので、とても好きです。
──最後に、ドラゴッシュさんの今後の野望があれば教えてください。
ゲストハウスの運営がしたいんですよね(笑)。ステージデザインは楽しいから続けていますが、仕事としてはゲストハウスを運営して、食事は毎回自分が作る、というようなことをやってみたいです。一から十まですべてを自分で選んで……そういう空間を作ってみたいです。
プロフィール
ドラゴッシュ・ブハジャール
1965年生まれ。ブカレストにあるニコラエ・グリゴレスク美術アカデミーを卒業後、演劇・映画の美術家として、ルーマニア国内にとどまらずヨーロッパ・アジアの演劇・映画の美術で活動。ラドゥ・スタンカ劇場では数多くのレパートリー作品の美術を担当し、プルカレーテ作品では欠かせないパートナーとして美術全般を担当している。