舞台ファンお待ちかね、毎年恒例となった衛星劇場の年末年始舞台一挙放送企画が12月30日にスタートする。今回は「怒涛の100時間!年末年始は“どっぷりステージDAYS!”」と題し、伝統芸能から2.5次元作品、ミュージカル、シェイクスピア作品まで、国内外のステージを12月30日から1月3日にかけてオンエア。このたびステージナタリーでは、「どっぷりステージDAYS!」で自身の出演・演出作が多数放送される吉田鋼太郎に、放送ラインナップより「ヘンリー四世」「ヘンリー五世」「ヘンリー八世」「アントニーとクレオパトラ」「ジュリアス・シーザー」、音楽劇「リタルダンド」の見どころを聞いた。
今回の年末年始は、新型コロナウイルスの影響により自宅で過ごす人も多いはず。そんな方はぜひ、衛星劇場で“どっぷり舞台漬け”な新年を迎えてほしい。
取材・文 / 熊井玲
吉田鋼太郎インタビュー
松坂桃李が素晴らしい役者だとわかった「ヘンリー四世」
──衛星劇場「怒涛の100時間!年末年始は“どっぷりステージDAYS!”」が今年も開催されます。今回は12月30日から1月3日まで、44作品がラインナップされており、吉田さんはそのうち、彩の国シェイクスピア・シリーズを中心に、6作品に出演されています。
今年はコロナの影響で一時期たくさんの公演が中止になってしまったので、舞台に飢えている方、劇場に行くことに疎遠になっている方もいらっしゃると思います。という中で、これだけたくさんの舞台が観られるのは、うれしいことですよね。僕自身も舞台を放送する番組が好きでわりと頻繁に観ていますし、もともと芝居好きの方も、普段はあまり舞台を観に行かれないという方も、この機会にぜひ放送をご覧になっていただきたいなと。
──吉田さんご自身が出演された舞台も、ご覧になりますか?
実はあまり観ないですね。ちょっと恥ずかしいので……思っていたよりカッコ良く見えればいい気になりますし、その反対でもがっかりするので、いずれにしてもあまりいいことがない(笑)。
──いえいえ、いつも素敵です! 吉田さんが出演された舞台は今回、元日から放送されます。
(番組表を見て)うわあ、このラインナップはすごいな。
──それぞれの作品のエピソードを伺えたらと思うのですが、まず1日に放送されるのは、2013年に上演された彩の国シェイクスピア・シリーズ第27弾の「ヘンリー四世」です。
「ヘンリー四世」では、大酒飲みで大うそつきっていうとんでもないおじさん・フォルスタッフという巨漢の役をやったんですが、これは肉体的にすごく大変でしたね。「ヘンリー四世」は1部と2部に分かれていますが、全部で4時間半もある芝居で、あの肉襦袢を着ながら、よせばいいのにテーブルからテーブルに飛び移ってみたり、無理なアクションをやったり……体力的に非常にキツかったです。ただこの役で、第64回芸術選奨 演劇部門文部科学大臣賞をいただいて、蜷川(幸雄)さんがすごく喜んでくださって。というのも、蜷川さんはご自身の演出で鋼太郎に賞を、と思ってくださっていたようなんです。でもなかなか実現しなかった、ということもあって、とても喜んでくださったのかなと。それと、ハル王子役の松坂桃李くんが初めてのシェイクスピア作品で、かつ蜷川演出ってことにすごく緊張してたんですよね。でも“相棒”としてガッツリ共演するうちに本当に桃李くんが素晴らしい役者だということがわかってきて、一緒にやれてすごく良かったです。
──ハル王子とフォルスタッフが、彩の国さいたま芸術劇場の舞台奥から舞台面に向かって歩いてくるシーンは、とても美しく、印象的でした。
そうそう。稽古初日に劇場に行ったら、舞台の奥から前方までずーっと燭台が並んで立ててあったんですよ。で、本読みもまだなのに蜷川さんが、「鋼太郎と松坂はそこを走って来い! 松坂は1枚ずつ服を脱いで来い!」って(笑)。意味がわからない!と思ったけれど、意味がわからないままやらされて、非常にビビった初日でしたね(笑)。
──蜷川さんらしいエピソードですね(笑)。
イギリスの正統派史劇に、日本の“アングラ”エッセンスを
──放送では、次に彩の国シェイクスピア・シリーズ第34弾「ヘンリー五世」が続きます。「ヘンリー四世」の後日譚で、放蕩息子だったハル王子がイングランド王ヘンリー五世として輝き始める様が描かれます。上演されたのは2019年。吉田さんの演出でした(参照:「ヘンリー五世」開幕!吉田鋼太郎が信頼寄せる、松坂桃李は“選ばれし俳優”)。
2016年に蜷川さんが亡くなって、彩の国シェイクスピア・シリーズを僕がやらせてもらうようになって2作目ですね。「ヘンリー五世」はほとんど日本で上演されたことがない作品で、でも「日本であまり上演されてないから面白くない作品」と思われちゃうのはシャクなので、あの手この手を使ってがんばって作った覚えがあります。日本人にとってはさっぱりだと思いますが、イギリスの方にとってはポピュラーな、アジンコートの戦いが話のキモで、だから戦闘シーンをきっちりやらないと成立しないなと思い、戦闘シーンの演出に力を入れました。結果、俳優さんたちの負担はかなり大きかったろうと思いますが、みんな笑顔でやってくれて、あのシーンを演じてくれた俳優さんたちには、本当に感謝しています。
──作品の冒頭で「ヘンリー四世」の映像が流れ、続けてヘンリー五世となった松坂桃李さんが登場するという趣向も良かったですね。
「ヘンリー五世」は「ヘンリー四世」に続く物語なので、ハル王子を演じた桃李くんにヘンリー五世をやってほしいと思いました。
──「ヘンリー四世」から6年後の上演でしたが、松坂さんの変化を感じる部分はありましたか?
それはもう! 「ヘンリー四世」から6年の間にいろいろなところで修行し、揉まれた松坂桃李と、放蕩息子から王へと変わっていくハル王子の姿がそのまま重なりました。頼もしくもあり観ていてワクワクしましたね。あと「ヘンリー五世」といえば、ネギ臭かったでしょう?(笑)
──ええ(笑)。
昔のアングラでは、唐十郎さんの状況劇場や寺山修司さんの天井棧敷でもよく生物が出てきたんですよ。例えばキャベツが上から大量に落ちてきたり、腐った魚を持って出てきたり(笑)、五感に訴えかける手段として、匂いさえも演出だということをやっていて。その感覚をちょっと「ヘンリー五世」に取り入れたら面白いんじゃないかと思ったんですね。というのも「ヘンリー五世」って正統派史劇なんだけど、そのままやっちゃうと「日本人がやるイギリスの正統派史劇って何なの?」ってことになる。だったら、日本人のアイデンティティとは何も関係はないんですけど(笑)、河内大和が演じた役が、イギリスのネギを兜の前立てにしてるって設定だったので、本物のネギを使ってみようかってことになって。稽古中にネギを買って来てもらって試してみたんですが、そのまま本番でもネギを使うことになり、結局埼玉のネギ農家の方にご協力いただいて、地元を巻き込んでの“ネギ芝居”となりました。
「ヘンリー八世」で魅せた、阿部寛の存在感
──地元を巻き込む、という意味では、今年2月に上演された彩の国シェイクスピア・シリーズ第35弾「ヘンリー八世」で音楽・演奏を担当したサミエルさんも、劇場でたまたま演奏していたところを吉田さんにスカウトされたのだとか。
そうなんです。ちょうど「ヘンリー五世」を上演しているときに劇場のアトリウムで、ミュージシャンたちが集まってパフォーマンスを披露していたんですね。そこでたまたまサミエルと出会って。彼は自作の楽器とシンバルと太鼓を1人で扱うんですけど、聴いたこともないような音色を奏でていたんです。実はそのとき、「ヘンリー八世」の演出をまだ何も考えてはいなかったんですけど、「この音楽ありきで始まってもいいんじゃないか」と思って、その場でサミエルにオファーしました。
──そうだったんですね。また阿部寛さん演じるヘンリー八世の存在感が、とても大きく見えました(参照:演出・吉田鋼太郎が「理想のシェイクスピア上演の形」と自信、「ヘンリー八世」開幕)。
いやあ、阿部さんはカッコ良かったですよね。稽古しながら惚れ惚れしました。阿部さんとは「ジュリアス・シーザー」でご一緒してるんですけど、阿部さん演じるブルータスと僕演じるキャシアスがケンカするシーンがあって、ある日の稽古で、僕の調子がちょっと悪くて……って、二日酔いだったと思うんですけど(笑)、声量があまり出なかったんですね。そうしたら蜷川さんが「これは横綱と十両の相撲だな」とおっしゃり、ワタクシ非常に傷付きまして(笑)。でも「ヘンリー八世」を演出しながらその意味がよくわかりました。やっぱり阿部さんはすごい。彼が本気を出すと、誰もかなわないなと思います。阿部さんご自身は探究心がとても強い方で、自分に足りないもの、できないことに挑戦したいという思いがすごく強い方なんですけど、阿部さんが思う“足りないもの”を省いて考えても、彼が芝居をするために持っている心ってすごく大きくて、あの温かさ、強さはシェイクスピアにうってつけだと思いますし、ヘンリー八世は阿部さんだからこそ演じられる役だろうとも思いました。
──公演の評判も良かったのに、新型コロナウイルスの影響で、最後の数日間が中止となってしまいました。
そうですね。中止が決まる数日前に、なんとなくそうなる予感がして、「ヘンリー八世」のメンバーと1杯飲んだんですよ。で、「中止になるかもしれない」という話をしたら、みんな、「僕らの仕事はこういう仕事だから、今はダメでも仕方ない」「また集まりたいね、集まろう!」と賛同してくれて。きっとまたやれると思います。
──その予習という意味でも、今回の放送が観られるのはうれしいですね。
そうであるとうれしいです!
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いつかやりたかった「ジュリアス・シーザー」のキャシアス