堂本剛が約27年ぶりに映画単独主演を務めた「まる」が、10月18日に全国で公開される。「かもめ食堂」「波紋」などで知られる荻上直子が新たに紡いだのは、腕のけがで職を失った美大卒の主人公・沢田の日常が◯(まる)に浸食されていく奇想天外な物語だ。本特集では物語を彩る個性的な6人の登場人物と、映画の見どころを掲載。さらに“アート・不条理劇・奇想天外”という「まる」との共通点から、「この映画を観ている人にお薦め」の厳選3作品も紹介する。
文 / イソガイマサト(レビュー・厳選作品紹介)、小宮駿貴(人物紹介)
映画「まる」予告編公開中
- 沢田堂本剛
- 偶然描いた◯(まる)により、正体不明のアーティスト「さわだ」として一躍有名になる美大卒の男。街中で知らない人に声を掛けられ、次第に平和の象徴として社会現象を巻き起こし“自分なのに、自分じゃない”人生を歩み始める。
- 若草萌子小林聡美
- ギャラリー「若草画廊」のオーナー。野心的な一面を持ち、「さわだ」に◯(まる)を描くよう依頼する。売れないアーティストに価値はないと考え、◯(まる)=円相あってこその「さわだ」だと思っている若草は、彼の円相シリーズだけを集めた個展を開くが……。
生きるコツを「◯(まる)」がそっと教えてくれる
芸術ほど曖昧なものはない。それこそ、現代アートやシュールレアリスムの作品にはそのよさが素人にはさっぱり分からないものが数多くあるが、それらが高く評価されている世界が一方にはあるのも事実だ。美大卒ながらアートの世界では成功せず、人気現代美術家のアシスタントとして日々の仕事をこなしている沢田(演:堂本剛)。ところが、1匹の蟻に導かれるように描いた何の変哲もない「◯(まる)」が知らないところで高く評価され、一躍“時の人”になってしまう。本人は何も変わっていないのに、周りの対応が掌を返したように変化し、持ち上げられ、SNSの拡散で謎の世界的なアーティストとしてあれよあれよと祭り上げられていく展開は、それで成功した実在の人物の名前がすぐに頭に思い浮かぶいまの時代ともリンクしていて面白いし、奇妙で怖い。何しろ、ただの「◯(まる)」が何百万円もの値段で売れちゃうのだ。自分でも何がいいのかよく分かっていないのに、みんながチヤホヤしてくれるのだ。そんな不思議なことが起きたら、調子に乗って人生を踏み外してしまってもおかしくはない。けれど、そうはならず、そこに疑問を投げかけるところが本作の大きなポイント。
沢田の隣人の横山(演:綾野剛)が言うように、誰が描いたって「◯(まる)」は「◯(まる)」だし、そこに普通は価値など見いだせない。それに、「◯(まる)」はそもそも沢田が描きたかったものなのか。夢を売るアーティストだから、みんなが求める「◯(まる)」を不本意でも割り切って描き続けなければいけないのか。そこから、さらに映画が炙り出す矛盾と混沌に満ちた根源的なテーマ。好きなことを仕事にして食べていくにはどうすべきか。職人ではなく、アーティストになるにはどうすればいいか。ずっと腐らずに続けていれば、いつかは成功するのか。成功しなきゃダメなのか。そもそも自分はなぜ絵を描くのか……。自身のオリジナル脚本で本作を撮った荻上直子監督は、2004年の劇場デビュー作「バーバー吉野」や前作の「波紋」など、これまでにも人々を縛る地域や社会のルール、既存の常識や仕組みに着目した作品を数多く作っているが、本作もその流れを汲む野心作。周りに振り回されて勝手に生きづらくなっている人は、きっと気持ちが楽になる。生きるコツを、タイトルの「◯(まる)」がそっと教えてくれるはずだ。
堂本剛だからこそ伝えられる“自分を見失う”ことの怖さ
荻上監督と企画プロデューサーの約2年前からの熱烈オファーを快諾し、堂本剛が「金田一少年の事件簿 上海魚人伝説」以来、約27年ぶりの映画単独主演で沢田を演じているのも本作の大きなトピックと言えるだろう。アイドルとして一時代を駆け抜け、忙しくて辛すぎる20~30代を経験している堂本だからこそ伝えられる“好きなことで生きる”難しさと、“激流のなかで自分を見失いそうになる”ことの怖さ。嘘っぽい笑顔の怪しげなアートディーラー・土屋(演:早乙女太一)や野心的なギャラリーオーナー・若草(演:小林聡美)の口車に乗せられ、自分らしくない人生を転がり出す沢田には、初めて巻き込まれる役柄に挑戦したそんな堂本ならではの生々しさと説得力がある。人気現代美術家・秋元(演:吉田鋼太郎)のアシスタントの仕事を淡々とこなす最初の方のシーンも、間違っていたらこうなっていたかもと思わせる燃え尽きた感があったし、ある長回しのシーンの最後にこぼれる涙に堂本自身の実人生を勝手に重ねてもらい泣きをする人もいるに違いない。
沢田の生き方を照らす登場人物たちと、彼らを演じる適材適所の俳優陣も魅力的だ。なかでも、最も重要な役割を担っていたのは、綾野剛が鬱陶しさと愛らしさの絶妙な配分でなりきった隣室の売れない漫画家・横山。居酒屋でのくだりは特に印象的で、「何のために生きているの?」という彼の問いが、沢田の心にさざなみを立てる。吉岡里帆が鋭いメイクで体現した秋元のアシスタント・矢島の存在も同様で、「こんなの本物の芸術じゃない! 芸術を金儲けのために利用してるだけじゃないですか!」と吠えまくる彼女の言葉が沢田の心を揺れ動かす。さらには、柄本明が飄々と演じた謎の人物“先生”が説く、江戸時代の和尚・仙厓義梵の「これ食うて茶飲め」の教えが世の中の真実をくっきり。森崎ウィンが扮したミャンマー出身のコンビニ店員・モーの最後の言葉も、森崎が笑顔で口にするから沢田と映画を観ている私たちの胸に強く突き刺さる。そして、物語を1周して最後に返ってくる「じゃあ、どうすればいいのか?」。そんな命題を穏やかな気持ちでゆっくり考えてみるのもいいかもしれない。
「ハチミツとクローバー」(2006年)
羽海野チカの同名人気コミックの映画化だが、美大が舞台の本作にも「まる」と同じようにアートの世界で生きる変わり者がいっぱい! 加瀬亮がクールな美大生・真山を演じ、伊勢谷友介がちょっと変わった先輩・森田に命を吹き込んだ。なかでも、蒼井優が全身で体現した絵を描く天才少女・はぐみのダイナミックな筆さばきには圧倒される。そんな彼らに心かき乱される主人公・竹本を演じた櫻井翔の佇まいや複雑な表情には「まる」の沢田に近いものがある。
「ハチミツとクローバー」Blu-ray / DVD販売中
税込価格:Blu-ray 4180円 / DVD 3080円
発売元:アスミック・エース、集英社
販売元:TCエンタテインメント
©2006「ハチミツとクローバー」フィルムパートナーズ
「MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない」(2022年)
ある月曜日の朝。小さな広告代理店に勤める女性社員が出社すると、後輩の2人組から「僕たち、同じ1週間を繰り返しています!」という衝撃の事実を告げられる。その無限のタイムループからの脱出の鍵を握るのは部長だけ。だが、肝心の部長だけがその異常な事態に気づかなくて……。主人公たちがタイムループという不思議な現象によって振り回される構成は、どんどん有名になって思いもよらぬ境地にまで達する「まる」の沢田にそっくり!
「MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない」Blu-ray / DVD販売中
税込価格:Blu-ray 5830円 / DVD 4730円
発売元・販売元:マクザム
© CHOCOLATE
「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」(2023年)
第95回アカデミー賞で作品賞、監督賞、ミシェル・ヨーの主演女優賞など7部門を受賞。破産寸前のコインランドリーを経営しているごくごく普通の中年女性が、マルチバース(並行世界)で驚異的なカンフーの力を得て宇宙の平和を脅かす巨悪に立ち向かう! 自分の意思と関係なく人類の救世主になってしまう本作のヒロインは、一夜にして世界的アーティストになる「まる」の沢田と何も変わらない。
「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」Blu-ray / DVD販売中
税込価格:Blu-ray 5390円 / DVD 4290円
発売元・販売元:ギャガ
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