北村明子は発掘、山田うんは測量
──10月以降に上演される、北村さんの「土の脈」、山田さんの「いきのね」、伊藤さんの「Is it worth to save us?」、そして映像作家・さわひらきさんと島地さんによる新作パフォーマンスについて、もう少し詳しく教えてください。北村さんは94年にレニ・バッソを結成し国内外で活躍されており、自分の身体言語をしっかり持っている方です。その彼女がある思いを持って、12年からアジア国際共同制作によるTo Belong projectを始動。最初はインドネシアで3年以上にわたるリサーチを行い、その後国内外で作品を発表しました。16年からはその第2弾としてCross Transit projectを始動させ、より広い範囲でアジアに身体への新しいアプローチを探求しています。一方の山田うんさんは、横浜ダンスコレクション2000のコンペティションで受賞後の02年に自身のカンパニー、Co.山田うんを立ち上げ、国内外で活動。今回上演される「いきのね」は、16年に「あいちトリエンナーレ2016」で初演された作品で、愛知県奥三河地方で700年以上にわたり継承されている芸能神事・花祭をテーマにした作品です。 2人に共通しているのは、アジアの身体の多様性に向き合って、さまざまなレイヤーを作品に織り込む作業をしていることではないかと思います。
そうですね。まず北村さんについては、北村明子がなぜ日本を飛び出し、身の危険を冒してまでインドネシアなど東南アジアの奥地に行くのか、そのエネルギーがどこから出てくるのかということが気になっていて。僕には彼女がどこまでも自分探しに行っているような、そうやって自分の身体の根元を探し続け、身体の細胞1つひとつを探っていこうとしているような気がしてならないし、その行為に感銘を受けるんです。でもそのままにしておいたら彼女の“発掘作業”はどこまでも突き進んでいってしまうので、「今、どこまで行きました?」ってことを、KAATで観せてほしいとお話しました。その言い方で言うと、うんさんは発掘というより現地測量と言う感じかな? 各地に柱を突き立てて、そこと自分との距離を測りながら「私たちはどこにいるのか、日本人ってなんなのか」ということを点と点の距離で測っているイメージ。伊能忠敬が測量の結果から日本地図を描いたように、 「今の日本はこんなところです」という測量結果を「いきのね」初演を観たときに感じたんです。また山田うんが自分の肉体を通して花祭を解釈した結果が、僕には日本版「春の祭典」に見えたんですよね(編集注:イーゴリ・ストラヴィンスキーがバレエ・リュスのために作曲したバレエ音楽で、ピナ・バウシュやモーリス・ベジャールなど多くのアーティストが振り付けている。山田も13年に「春の祭典」の振付・演出を手がけ、幾度も上演を重ねている)。ただバレエからコンテンポラリーへの変遷を描く「春の祭典」を日本人の身体で踊ると、どうしても(西洋人の身体に対する)憧憬を感じてしまうところがあると思うんですけど、「いきのね」はそれを通り越して、我々アジア人の身体がものすごく美しく見える作品だったんですね。なのに愛知で一度上演されただけなんてもったいないなと思い、今回の再演が叶いました。
伊藤は“壊し生み続ける人”
──先ほど北村さんのリスクを厭わない姿勢についてお話がありましたが、どんどん挑戦し続けるという点では伊藤郁女さんもその仲間じゃないかと思います。
そうですね。伊藤さんの作品は以前から拝見していて、とても強烈な身体性を持った人だな、ぜひともKAATで公演を、と思っていました。それで以前お話したときに、「今何に興味があるんですか?」と聞いたらお父さんと作った作品があると話してくださって。それが先日さいたま芸術劇場で上演された「Je danse parce que je me mefie des mots / 私は言葉を信じないので踊る 」(参照:父との共演作が埼玉で開幕「伊藤郁女自身として舞台に立っているような感じ」)なんですけれど、聞けば彼女は自分が何からできてるのかに今興味があって、それなら自分の身体の根元であるお父さんに100の質問をしてみようと思ってできたのがこの作品だそうなんですね。伊藤さんは現在フランスを拠点に活動されていますが、各国のダンサーや文化に触れてきた彼女に、ぜひ日本で活動するダンサーと一緒に作品を作ってほしいと思ったんです。で、「誰に興味がありますか?」と聞いたら森山未來さんのお名前が挙がって、今回の顔合わせになりました。クリエーションについては、伊藤さんがお父さんと作ったときと同じ作り方で臨みたいと言うので、まずは2人で往復書簡を交わしてもらっています。
──それは興味深いですね。伊藤さんも横浜ダンスコレクションの受賞振付家ですが、03年に神奈川県民ホールで初演されたフィリップ・ドゥクフレの「IRIS」に出演したことがきっかけとなって渡欧、その後も、プレルジョカージュやアラン・プラテルなど非常に著名な振付家のミューズとして常に攻め続ける活動をしています。規定の様式を壊し生み続けたい人だと思うんですね。その点では未來さんも同様に探究心の強いアーティストで、既存のものを壊して未知のところにいきたい思いが2人の間に共通している。彼らからどんな大きなものが生まれるのか楽しみです。
そうですね。それと北村さん、山田さん、伊藤さんに限らず、今、ダンス作品にはダンサーが「この身体は何か」ということを自ら問い質すものが多いと思います。ベクトルが自分のほうに向いていると言うか、「ダンサーとは何か」「何を持って自分はこの手を上げるのか」ということを客観的に見直して、「この肉体は何か」を再検証している作品が多い気がします。その意味では、さわひらきさんにも似たところがあって。さわさんはロンドンを中心に世界各国で活動されていますが、作品からロンドンを感じることは全然ない(笑)。感じるのは“ロンドンにいる日本人の自分”という目線と、さわさんご自身の記憶とか原風景だったりするんです。そんなさわ作品と、素晴らしく優秀なダンサーである島地さんにコラボレートしていただくことになりました。現代美術と身体表現が混ざってどんな化学反応が起きるのか、それが楽しみです。
ダンスの喜びを取り戻す
──先ほど白井さんは、00年以降、舞台表現の上で身体性が失われつつあるのではないかとおっしゃいました。ダンスでも表現が非常に内向きになっていた時期がありましたし、世界的にもコンセプト重視の傾向が確かにありました。そのために踊りそのものの喜びやムーブメント自体の魅力を、ちょっと見失いつつあった時期があったのかもしれません。私が館長を務めている赤レンガ倉庫1号館の「横浜ダンスコレクション」などのプログラムや、事務局長をしている「Dance Dance Dance @ YOKOHAMA」などのフェスティバルでは、知的で実験性の高いものと、普遍性やダンスの喜びを結び付けるようなものを提供していきたいと思っています。
そうですね。踊っているときのイサドラ・ダンカン(編集注:20世紀を代表するアメリカ人ダンサー)はなぜあんなに喜びに満ちているのか。ダンスは生きることの喜びや悲しみを、身体を通して表現したいと言うある意味原初的な欲求から生まれるものだと思うので、それをダンサーたちには取り戻してほしいし、その創作の場を作るのが、劇場の役目だと思っています。
- KAAT DANCE SERIES 2018
北村明子 Cross Transit project「土の脈」 - 2018年10月12日(金)~14日(日)
神奈川県 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ -
演出・構成・振付・出演:北村明子
ドラマトゥルク・音楽提供・出演:マヤンランバム・マンガンサナ(インド・マニプール)
振付・出演:柴一平、清家悠圭、川合ロン、西山友貴、加賀田フェレナ、チー・ラタナ、ルルク・アリ
出演:阿部好江
- Lune Production「The Mist(ザ・ミスト)」
- 2018年10月25日(木)~28日(日)
神奈川県 KAAT神奈川芸術劇場 ホール -
出演:Lune Production
- 「Is it worth to save us?」
- 2018年10月31日(水)~11月4日(日)
神奈川県 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ -
演出:伊藤郁女
振付・出演:伊藤郁女、森山未來
- KAAT EXHIBITION 2018「潜像」
さわひらき展「潜像の語り手」
島地保武「新作」パフォーマンス - 2018年11月23日(金・祝)~25日(日)
神奈川県 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ -
出演:島地保武、酒井はな
- 山田うん演出「いきのね」
- 2019年2月16日(土)・17日(日)
神奈川県 KAAT神奈川芸術劇場 ホール -
出演:Co.山田うん
- 白井晃(シライアキラ)
- 演出家、俳優。1957年京都府生まれ。早稲田大学卒業後、83年に遊◉機械/全自動シアターを立ち上げ、2002年の解散まで話題作を次々と生み出す。演出家としてはストレートプレイからミュージカル、オペラまで幅広い演目を手がけ、中でもポール・オースターやフィリップ・リドリーなど翻訳作品に定評がある。第9、10回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。05年に演出を手がけた「偶然の音楽」にて平成17年度湯浅芳子賞(脚本部門)、12年に演出を手がけたまつもと市民オペラ「魔笛」にて第10回佐川吉男音楽賞を受賞する。14年にKAAT神奈川芸術劇場アーティスティック・スーパーバイザー(芸術参与)に就任、16年に同劇場芸術監督に就任。近年の主な作品に「春のめざめ」「バリーターク」「華氏451度」など。