KAAT DANCE SERIESと銘打ち、国内外で活動するダンサー、振付家の作品を複数紹介している神奈川・KAAT 神奈川芸術劇場。9月に上演されたバレエ・ロレーヌ公演、マチュラン・ボルズ公演に続き、10月以降は北村明子、伊藤郁女×森山未來、山田うん、映像作家・さわひらき×島地保武、ベトナムの“ヌーボー・サーカス”、ルーン・プロダクションの作品がラインナップされた。ダンスからさまざまなインスピレーションを得てきたと言う芸術監督の白井晃は、「ダンスにとってKAATが特別な場所でありたい」と強い思いを語る。なお本特集では、横浜市芸術文化振興財団のチーフプロデューサー(ダンス)で、横浜赤レンガ倉庫1号館館長の小野晋司氏がインタビュアーを担当する。
取材 / 小野晋司 文 / 熊井玲 撮影 / 川野結李歌
ダンスに嫉妬した
──白井さんはご自身の演出作品に振付家を招かれることがよくありますが、まずは白井さんご自身が、振付家やダンサーからインスピレーションを受けるようになった経緯からお話しいただけますか。
僕にとっては1980年代が、非常に大きかったですね。演劇活動を始めたときであり、日本でコンテンポラリーダンスが注目され始めた時期でもあって、そこから生まれてきたアーティストたちに、「こんな表現があるのか!」と何度も驚かされました。その中には、マギー・マランやピナ・バウシュ、アンジュラン・プレルジョカージュのように「演劇性が高い」と感じるダンスの作り手もいましたし、ウィリアム・フォーサイスのように圧倒的な身体性を表現する人たちもいました。そういう究極の身体を見せ付けられることで、言葉が身体におよばないという嫉妬をダンスに感じるようになったんです。100の言葉を並べるよりたった4小節の音楽で泣けてしまうことがあるように、100の言葉より15秒のダンスに涙してしまうというような……。またちょうどその頃、小野さんもいらした青山円形劇場で僕らも活動するようになって。青山劇場でダンスのフェスティバルが行われていたり、円形劇場でもダンスがよく上演されていましたから、観るチャンスが多かったんです(編集注:白井が主宰していた遊◉機械/全自動シアターは2002年の解散まで青山円形劇場で多くの作品を発表。なお青山劇場と青山円形劇場は15年に閉館)。同時期に神奈川県民ホールではよくフィリップ・ドゥクフレやインバル・ピント&アブシャロム・ポラックらの来日公演が行われていたので、横浜にも足繁く通いました。演劇人なのに、演劇よりむしろダンスを観ることのほうが多かったかもしれません(笑)。
──横浜では89年に佐藤まいみさん(編集注:当時の神奈川芸術文化財団プロデューサー。現在は埼玉県芸術文化振興財団プロデューサー)がディレクションした「ヨコハマ・アート・ウェーブ」(横浜市政100周年・開港130周年記念)というダンスイベントがあり、それが日本の観客と世界のダンスアーティストをつないだ先駆けになりました。94年には「神奈川芸術フェスティバル」が始まり、白井さんがご覧になったような振付家たちの作品が多数上演されています。95年に白井さんは青山劇場で「イーハトーボの音楽劇『銀河鉄道の夜』」の演出を手がけられますが、そのときに振付家を起用し、空間を非常にうまく使って作品を立ち上げられましたね。演劇作品における身体、空間における身体ということを白井さんは早くから強く意識されていたと思いますし、現在も近藤良平さん、森山開次さん、小野寺修二さん、井手茂太さんといった振付家たちと創作を共にされていますが、白井さんが振付家を招いてクリエーションされるのは、どういった視点からなのでしょうか。
まず俳優に、セリフだけではなく身体言語と言うか、身体から出る言語性のようなものを持たせたいという思いがあります。例えば俳優たちがセリフをしゃべっているんだけど、ドンと音楽がかかると急に身体の表現に転化するというような、そういう芝居が観てみたいという思いがあるので、表現手段の1つとしてダンスパフォーミングは常に念頭にありますね。また僕は1つひとつのシーンを断片的に作っていくので、シーン同士をぐっと近付けてくれるのが身体だったという感覚もあります。
──それは面白いですね。
だから自分がもしもっと身体言語を持っていたら自分で振り付けたいくらいなんですけど(笑)、自分では考えられない領域に振付家の方は踏み込んでくださるので、振付家と一緒にクリエーションしています。
鈴木忠志、田中泯に影響された身体への意識
──白井さんご自身は何か踊りのメソッドを学ばれたことはあるんですか?
いやいや(笑)。例えば振付で入ってくださったダンサーの方が稽古前にやってくださるワークショップやウォーミングアップに参加することはありますけど、特別には……。ただ、早稲田小劇場からの系譜で、SCOTの鈴木忠志さんの身体性は目の当たりにしてきましたので(編集注:早稲田小劇場は66年に鈴木忠志、別役実らによって創設された劇団。76年に富山県利賀村に拠点が移され、Suzuki Company of Togaの意であるSCOTとして活動を開始。現在に至る)、その体験が強く残っているのと、若い頃には役者の表現として、ジャズやタップを学んだことはあります(笑)。でも確かにダンスを習うことは俳優にとって大きい経験ですね。ダンスは鏡に自分の姿を写して踊りますよね? そうすると自分はカッコよく立ってるつもりなんだけど、自分の顔や手先がこうなってるのか、こんなに自分の身体は醜いのかっていうことがよくわかる(笑)。そういった経験から身体性に興味を持ったのは事実です。
──あははは(笑)。
それとこれは直接学んだわけではないんですけれど、カンパニーのメンバーだった陰山泰が舞踊家・田中泯さんのレッスンを受けていたことがあって、そこで習った身体気象というメソッドをみんなで稽古場で、見よう見まねでやっていました。あとは、身体表現の訓練の一環としてスタチューと言う、ロダンの「考える人」のポーズを一瞬にして取り、その中に一気に自分の感情をフリーズさせ閉じ込め、一気に抜く、というような訓練。最近も「春のめざめ」の稽古のときなどは、若い俳優たちの身体への意識が足りないと思って、身体の重心を考える稽古をしたりしましたね。
ダンスにとってKAATが特別な場でありたい
──白井さんは14年にKAATの芸術参与、16年に芸術監督に就任されました。ダンスシリーズはそれ以前からもありましたが、16年以降、ダンスのプログラムがより充実してきた印象があります。今年の「KAAT DANCE SERIES」のラインナップで特に意識されたことはありますか?
まず1つには、KAATの芸術監督として、劇場で表現される舞台芸術の中に演劇とダンス、そして音楽や現代美術があることが大事だと考えていて、その中で演劇と同じく大きな柱としてダンスを考えたいという思いがあります。また、2000年以降の演劇シーンで、身体性の消失と言うか欠落を非常に強く感じていたので、身体表現によるパフォーミングアーツを大切にしたいと思っていました。それと、私自身が触発されたり、創作を共にしてきたダンサーの方たちが、このところちょっと行き先を迷っているように見えて、「それならここで迷いませんか?」と“迷い場所”を作りたい、ダンスにとってKAATが特別な場でありたいという思いもあり、これまで以上にしっかりビジョンを持って、ダンスシリーズをやっていこうと。そこで今年のラインナップでは、80年代から現在まで、ダンスの行方を模索し続け、今もう一度身体について考えようとしている人たちに焦点を当ててみたいと考えました。彼らが国内外で勉強してきたことや今感じている迷い、混乱、困惑、焦燥などをKAATで観せてほしいとダンサーの方たちにお話したところ、「そんなふうに言ってくれるならやってみようかな」と言ってくださったのが北村明子さん、山田うんさん、伊藤郁女さん、そして島地保武さん。また「Dance Dance Dance @ YOKOHAMA 2018」との連携で、バレエ・ロレーヌ公演とマチュラン・ボルズ公演をKAATでやらせていただけることになり、さらに西洋とはまた別の変遷から成る東南アジアのダンスから、矢内原美邦さんに教えてもらって興味を持ったルーン・プロダクションの「A O SHOW」と「The Mist」の上演が実現しました。
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北村明子は発掘、山田うんは測量
- KAAT DANCE SERIES 2018
北村明子 Cross Transit project「土の脈」 - 2018年10月12日(金)~14日(日)
神奈川県 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ -
演出・構成・振付・出演:北村明子
ドラマトゥルク・音楽提供・出演:マヤンランバム・マンガンサナ(インド・マニプール)
振付・出演:柴一平、清家悠圭、川合ロン、西山友貴、加賀田フェレナ、チー・ラタナ、ルルク・アリ
出演:阿部好江
- Lune Production「The Mist(ザ・ミスト)」
- 2018年10月25日(木)~28日(日)
神奈川県 KAAT神奈川芸術劇場 ホール -
出演:Lune Production
- 「Is it worth to save us?」
- 2018年10月31日(水)~11月4日(日)
神奈川県 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ -
演出:伊藤郁女
振付・出演:伊藤郁女、森山未來
- KAAT EXHIBITION 2018「潜像」
さわひらき展「潜像の語り手」
島地保武「新作」パフォーマンス - 2018年11月23日(金・祝)~25日(日)
神奈川県 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ -
出演:島地保武、酒井はな
- 山田うん演出「いきのね」
- 2019年2月16日(土)・17日(日)
神奈川県 KAAT神奈川芸術劇場 ホール -
出演:Co.山田うん
- 白井晃(シライアキラ)
- 演出家、俳優。1957年京都府生まれ。早稲田大学卒業後、83年に遊◉機械/全自動シアターを立ち上げ、2002年の解散まで話題作を次々と生み出す。演出家としてはストレートプレイからミュージカル、オペラまで幅広い演目を手がけ、中でもポール・オースターやフィリップ・リドリーなど翻訳作品に定評がある。第9、10回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。05年に演出を手がけた「偶然の音楽」にて平成17年度湯浅芳子賞(脚本部門)、12年に演出を手がけたまつもと市民オペラ「魔笛」にて第10回佐川吉男音楽賞を受賞する。14年にKAAT神奈川芸術劇場アーティスティック・スーパーバイザー(芸術参与)に就任、16年に同劇場芸術監督に就任。近年の主な作品に「春のめざめ」「バリーターク」「華氏451度」など。