2018年7月に大阪・大阪松竹座にて上演された「女殺油地獄」が、シネマ歌舞伎に登場。二代目松本白鵬、十代目松本幸四郎の襲名披露公演「七月大歌舞伎」で上演された本作は、実在の事件をもとに近松門左衛門が書き上げた、人間の性(さが)と孤独を巡る人気作だ。シネマ歌舞伎版では、公演本番中の撮影のみならず、舞台上でも一部シーンを再収録するなど、歌舞伎の魅力をあらゆる角度、手法で引き出そうと手を尽くしている。河内屋与兵衛を勤め、収録・編集協力にも名を連ねる幸四郎は、どのような思いをもって本番、そしてシネマ歌舞伎化に臨んだのか。11月8日のシネマ歌舞伎版公開を控えた10月中旬、幸四郎に話を聞いた。
取材・文 / 川添史子 撮影 / 金井尭子
ヘアメイク / AKANE スタイリスト / 川田真梨子
衣裳協力:ポロ ラルフ ローレン(TEL:0120-3274-20)
多種多様な歌舞伎の表現方法を感じていただける作品に
──昨年、大阪松竹座で幸四郎さんが河内屋与兵衛を演じた「女殺油地獄」が、シネマ歌舞伎に登場します。今回の映像化にあたって、どういった点をポイントにされましたか?
歌舞伎はいろいろな見方ができ、知れば知るほど面白い芸能です。舞台の場合はお客様が自由に好きなところをご覧いただけますが、映像ですと「ここを見てください」と、こちらが導くような視点が生まれる。そういう意味ではイヤホンガイドではないですけれど、視覚的にお客様をナビゲートするような映画作品になればと考えました。ドラマ性の強い「女殺油地獄」は初心者の方でもわかりやすく観ていただける作品だと思いますし。
──収録・編集協力にも幸四郎さんのお名前がクレジットされています。どういった部分を意識されましたか?
全編通してご覧いただくと、3階からも見えるような劇場全体を計算した演技から、アップの画面でないと確認できないような繊細な演技まで、多種多様な歌舞伎の表現方法を感じていただけると思います。まず一幕は客席も映り、「これは舞台だ」とわかるようなライブ感を体感いただきたいと考えました。二幕は与兵衛と家族の思いが交錯しますから、ホームドラマのような雰囲気を味わっていただけるかもしれません。与兵衛と油屋お吉(市川猿之助)が2人きりになる三幕は、細やかな目の動きなどから、お互いがしゃべらない瞬間にも浮かぶ心理を見ていただければうれしいですね。
──場面ごとに違う映像テーマがあり、歌舞伎表現の奥深さが見えてくるわけですね。確かに、一幕は客席も入った引きの視点から役者にグッとズームしたり、動きもある賑やかで喜劇的な場面もあったりするので、“芝居らしい”躍動感がありました。二幕は与兵衛の家族の表情がそれぞれ捉えられるので、すれ違う思いがくっきりと見えるようで切なくもあり……。相手のセリフを聞く受けの演技のカットも入り、ドラマが浮き彫りになっている気がします。
カット割りに関しては、監督に「映像として自由に料理してください」と完全に委ねました。今回はシネマ歌舞伎のためだけに、お客様が入っていない状態で撮り下ろした場面もありますし。複数のカメラが舞台に上がって撮影したので、客席とはまったく違う角度もご覧いただけると思います。
与兵衛はすべてにおいて真剣に生きている人
──だから客席からは絶対に見えないアングルがいくつも入っているんですね! 三幕、お吉を「殺そう」と決意していく与兵衛の表情が刻々と変化するところ、油まみれで斬りかかる場面はゾクッとしました。
通常は義太夫を聞き、テンポを考えながら演劇的に演じるわけですが、殺しの場面の撮影では音楽なしで演じたことでリアリズムになったというか、演技をしながら僕自身、密室殺人のような静寂、生々しい空気が感じられて、普段の舞台とは違う不思議な感覚がありました。息づかいなども反映され、照明の陰影も強調されたりと、デジタル技術も駆使した映画的な演出がほどこされて、緊迫感ある場面に仕上げていただけたと思います。
──確かに、下座音楽や義太夫がしっかり聞こえるところ、音楽を消して生の音が聞こえるところ、メリハリある立体感ある音の設計も、映像ならではと感じました。シネマ歌舞伎「女殺油地獄」は東京国際映画祭へも出品されましたが、この演目における作家・近松門左衛門作品の普遍性についても伺えますか。
やはり戯曲としての完成度が特徴でしょうね。武士の家に生まれた近松は学のある人ですし、彼の信心深さも作品に反映されている気がします。最近の上演は殺しの場面で終わることがほとんどですが、本来の終幕は「豊嶋屋逮夜」で、そこでの与兵衛の懺悔のセリフは信心深い人だからこそ書ける言葉だと思いますし……。そういった作家の持つ背景をしっかり押さえて取り組まないと、どこか表面的になってしまうんです。
──幸四郎さんが、これまで何度も演じたからこそ見えてきた与兵衛像についても教えてください。
遊ぶときも、怒るときも、笑うときも、すべてに真剣に生きている人。ウソをつくときも真剣ですし、「すみません、ウソでした」と謝るときも本気ですから(笑)。だからこそ人生が破綻してしまったんでしょうけれど……。お吉殺しは計画殺人だったとも解釈できますが、僕は、やはりそうではないと思うんです。一言で言えば“行き当たりばったり”かもしれませんが、それ以上に、こういう生き方しかできなかった与兵衛に魅力を感じ、人間らしい部分を大事にしたいと考えて演じています。
──笑ったり、泣いたり、怒ってふくれっ面をしてみたり……幸四郎さん演じる与兵衛の豊かな表情も今回のシネマ歌舞伎の見どころ。どうしようもないけれど、どこか憎めない人が起こしてしまった悲劇には、人間の哀切も滲みました。
もともとは、笑いもしない男として書かれているんです。観客が感情移入してしまうような与兵衛像、現行のドラマ性の深さや現代性は、片岡仁左衛門のおじさまのご工夫と解釈によって生まれたもの。こうしたテーマの見直しがなければ、今こんなに上演されていなかったかもしれないですし、これは本当にすごいことだと思います。
次のページ »
新しい幸四郎像を示す1本