余越保子・垣尾優らが身体でアプローチ、AAF戯曲賞受賞作「リンチ(戯曲)」 (2/2)

タイトルが意味するものとは

──山本プロデューサーから、「リンチ(戯曲)」カンパニーの皆さんは、戯曲の中に登場する「鳥肌が立っていたらどんなにいいだろう」というフレーズだけで1時間ほど踊ることができると伺いました。このほかに、心に残った場面やセリフはありましたか?

余越 たくさんありすぎて迷うんですけど(笑)、作中にたびたび登場する「絵が来ちゃう」という印象的なト書きがすごく好きですね。羽鳥さんの言語感覚は、どこか自分の感性と通じるところがあるなと。

垣尾 自分が作品を作るときにタイトルについて熟考するということもあり、羽鳥さんがなぜ「リンチ(戯曲)」というタイトルを付けたのかが気になっていて。この先稽古をしていく中で、タイトルを付けた理由がもう少し見えてきたら良いなと思っています。

──確かに非常に気になるところです。余越さんは「リンチ(戯曲)」というタイトルをどのように捉えていますか?

余越 日本語文化圏におけるカタカナの「リンチ」は「いじめ」を意味することが多いから、やはりネガティブでショッキングなイメージがありますよね。戯曲を読み進めていくうちに、もしかすると人間や国家の関係性を俯瞰で見ること自体を「リンチ」と呼んでいるんじゃないかと考えるようになりました。

第20回AAF戯曲賞受賞記念公演「リンチ(戯曲)」チラシ表

第20回AAF戯曲賞受賞記念公演「リンチ(戯曲)」チラシ表

3ステージ、それぞれアプローチの異なる公演に

──試演会は舞台美術や映像などを使用しないシンプルな形式で上演されましたが、現段階で思い浮かんでいる美術プランがあれば教えてください。

余越 観てのお楽しみということで、まだ秘密です(笑)。

──試演会からどのような変貌を遂げるのか、楽しみにしています。本番は11月4日から6日にかけて計3公演行われますが、3ステージとも異なるアプローチで即興的に作品を立ち上げていくそうですね。

余越 「リンチ(戯曲)」は通常のダンス作品よりも振り付けておらず、体感で踊り込んでいくため、同じ表現が二度と出てこないような構成になる予定です。もちろん、照明や音響などのテクニカルスタッフに負担がかかりすぎないように検討しますけれども、どのセクションの人もその日のノリで自由に遊べると、よりダンサブルな作品になるんじゃないかと思っています。今回はキャスト全員が振付家でもあるので、コレオグラフィックマインド──振付家的な目線を入れながら即興的に踊れる人がそろっている。公演ごとにどのように身体を使うかについては、彼らのインテリジェントボディーにお任せしようと思っています。

──余越さんは普段、「リンチ(戯曲)」の演出方法と同じように、即興的に作品を立ち上げていくことが多いのでしょうか?

余越 ダンサーとして活動していた頃は、インプロをメインにした作り方をするプロジェクトに何度も出ていたのですが、演出家としてこのような形式で作品を作るのは今回が初めてですね。しかも、ダンサーとして踊るのは20年ぶりくらい。不安と恐怖がありますが(笑)、うまく踊るのではなく、“身体がそこにある”イメージで踊れたらと思います。

──垣尾さんはインプロに対してどのようなイメージをお持ちですか?

垣尾 余越さんと同じく恐怖心もありますが、未知の領域に挑戦できることへの喜びもあります。自分は、すがすがしいほどに何も決まっていない即興の舞台に出演することがわりと好きで(笑)。でも、コンディションを整えて臨まないと押し潰されそうになるので、しっかりとケアをしながらやっていきたいですね。

第20回AAF戯曲賞受賞記念公演「リンチ(戯曲)」イメージビジュアル©︎久富健太郎

第20回AAF戯曲賞受賞記念公演「リンチ(戯曲)」イメージビジュアル©︎久富健太郎

お客さん1人ひとりと向き合いたい

──愛知県芸術劇場では、AAF戯曲賞のほかにも、音楽・演劇・ダンスなどを通してクリエイターや観客とつながる試みを積極的に実施しています。また、劇場が位置する愛知県では、「あいちトリエンナーレ」や国際芸術祭「あいち2022」などのアートイベントが盛んに行われてきました。芸術・文化に触れる機会が多い愛知県の観客に、「リンチ(戯曲)」がどのように受け入れられるのか大変興味深いです。

余越 外国暮らしが長いからか、日本自体を“外国”と認識しているところがあって(笑)、東京や大阪がどんなところかはなんとなく想像がつくんですけど、愛知は自分にとってまだまだ未知の地域。愛知のお客さんが「リンチ(戯曲)」に対してどんなリアクションをしてくれるのか、私もすごく興味がありますね。愛知にお住まいの方はぜひ観に来ていただければと思います。

垣尾 そうですね。公演は愛知で行われますが、あくまで1人ひとりのお客さんと向き合って、パフォーマンスを通してしっかり応えられたらと思います。

プロフィール

余越保子(ヨコシヤスコ)

広島県生まれ。演出家・振付家・映像作家。1996年からアメリカ・ニューヨークをベースに振付家として作品を発表。2015年に拠点を京都へ移す。ベッシー賞最優秀作品賞を2度受賞したほか、Foundation for Contemporary Arts Award、バックステン・アワードなどに選出されている。

垣尾優(カキオマサル)

ダンサー。岡登志子が主宰するアンサンブル・ゾネの作品に2004年からゲスト出演している。2006年、塚原悠也とcontact Gonzoを立ち上げ、2009年まで活動。2018年、FIDCDMX(メキシコ)ソロダンスコンペティションに選出された。