戦後に起きた二二八事件の渦中で多くの市民を救った台湾の弁護士・湯徳章(トゥン・テッチョン)のドキュメンタリー映画「湯徳章―私は誰なのか―」が、2月28日より東京・ユーロスペースほか全国で順次公開。太秦が配給する。
1907年、日本統治時代の台湾で、日本人の父と台湾人の母のもとに生まれた湯徳章。警察官として社会に身を置くが、その後、日本にわたって司法を学び、弁護士資格を取得した。台南に戻ってからは弁護士として人々のため尽力し、二二八事件が勃発した1947年には身を挺して混乱の収拾にあたり、多くの市民を守った。しかし、湯徳章は軍に逮捕され拷問を受け、町中を引き回されたうえ民生緑園(現・湯徳章記念公園)で公開処刑された。40歳という若さだった。
台南には湯徳章の名を冠した旧居や道路が残されているが、長きにわたる言論弾圧で事件にまつわる人や物事を語ることが禁じられた結果、多くの台湾人、さらには台南の地元住民でさえ、彼の人物像を知る者は少ないという。映画は湯徳章の養子や姪、果物屋の店主、ジャーナリスト、歴史家、作家、当時の新聞記事など、彼と関わりのあった人々の証言や記録を紐解く。そして湯徳章の人物像や人生の輪郭を浮かび上がらせ、さらには台湾の記憶をもたどっていく。
台湾で生まれ育った日本人たちの望郷の思いを記録したドキュメンタリー映画「湾生回家」を手がけた
日本公開に向けて、黄銘正は「台湾と日本のあいだの不思議な絆や親しさに、興味や驚きを抱く方も多いでしょう。もしその理由を知りたければ、湯徳章の人生に隠されたさまざまな手がかりが、観客である『あなた』に見つけてもらえるのを待っています」とコメント。連楨惠は「彼が抱えていたアイデンティティへの不安は、まさに現在の台湾社会が抱く集団的な迷いと重なっているようにも思えます。もうすぐ日本で公開されるこの映画を、日本の皆さんがどのように受け止めてくださるのか、とても楽しみにしています」と語っている。
コメントの全文は以下の通り。
黄銘正(ホァン・ミンチェン)コメント
私の少年時代、生活の中には語ってはならない禁忌がいくつかありました。その一つが、台湾がかつて経験した「日本時代」でした。
台湾の政治や歴史について、国家には台湾人に刷り込みたい独自の考え方があり、それを人々の頭に押し込もうとしていました。(日本社会にも、こうした言葉にしづらい禁忌は存在するのでしょうか?)
その空気は社会全体の一部となり、台湾の生活に溶け込み、外国人には気づきにくい、しかし台湾人なら誰もが感じ取れる微妙な雰囲気となっていました。
確かに存在するのに、はっきりとは言葉にできない違和感。まるで心の中央にぽっかり穴が空いているような、不思議な感覚でした。
それは一言でいえば、台湾人に長く影を落としてきた「アイデンティティの混乱」です。
「湾生回家」を撮影していた時、私はこの「アイデンティティの混乱」というテーマを、そっと作品の中に忍ばせました。
そして「湾生回家」の後に、私が出会ったのが「湯徳章」です。
彼は日本の植民地下に生まれたものの、台湾人の母の姓を名乗るしかなく、7歳の時には、日本人警察官だった父が台湾人に殺害されました。
こうして、湯徳章の国家的帰属意識はその姓と同じように生涯漂い続け、劇的で波乱に満ちた人生を歩むことになりました。
この作品は二二八事件を扱っているため、当初は多くの台湾人にとって敷居の高い映画でもありました。二二八事件は戦後台湾における最も痛ましい近代史であり、その影響は今も深く続いています。
しかし鑑賞後、多くの観客が「思っていたのとまったく違った」と力強く語ってくれました。これは一本の、生活感にあふれ、思わず笑いがこみあげ、そこから考えさせられ、最後には涙がこぼれるかもしれない、人の心を動かす作品です。
台湾と日本のあいだの不思議な絆や親しさに、興味や驚きを抱く方も多いでしょう。もしその理由を知りたければ、湯徳章の人生に隠されたさまざまな手がかりが、観客である「あなた」に見つけてもらえるのを待っています。
本作が日本の皆さまと出会う日を心から楽しみにしています。どうか、じっくりと味わっていただければ嬉しく思います。
連楨惠(リェン・チェンフイ)コメント
2019年、私たちは湯徳章を探し始めました。
そして振り返ってみれば、彼が抱えていたアイデンティティへの不安は、まさに現在の台湾社会が抱く集団的な迷いと重なっているようにも思えます。
もうすぐ日本で公開されるこの映画を、日本の皆さんがどのように受け止めてくださるのか、とても楽しみにしています。
ひと言でいえば、私はただこう伝えたいのです──「過去に起こった出来事が、今の私たちをつくっているのだ」と。
その思いを、やさしい気持ちで届けたいと思います。
湯徳章の人生にみられる台湾と日本のつながりは、私自身がなぜ日本に親しみを感じ、日本語を学びたいと思ったのかを考えるきっかけにもなりました。
彼を訪ねる旅を通して、私はこう確信するようになりました──台湾人は、自分の土地の歴史を理解してこそ、自分の立ち位置やアイデンティティをよりはっきりとつかむことができるのだ、と。
湯徳章の物語を通じて皆さまとこの旅を共にし、台湾についてより深く知っていただけることを願っています。
ホァン・ミンチェンの映画作品
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