女性として初めてベルリン国際映画祭の金熊賞に輝いたハンガリーの映画監督
1931年にハンガリーに生まれ、同国を代表する名匠ヤンチョー・ミクローシュの手引きで1968年に長編デビュー作「エルジ」を監督したメーサーロシュ。彼女の作品は日本で長らく劇場公開されず、2023年に金熊賞の受賞作「アダプション/ある母と娘の記録」など5作品が上映された。今回の特集では、キャリアの初期から中期の作品を中心にラインナップされている。
孤児として育った女性が両親を追い求める自伝的作品「エルジ」のほか、“家”にとらわれた未亡人の苦しみをつづる「月が沈むとき」、階級格差を背景に女性の選択を描いた「リダンス」、メーサーロシュが父親との個人的な物語を紡ぐ「ジャスト・ライク・アット・ホーム」、冷戦下の恐怖政治を生き抜いた監督自身の記憶を刻んだ叙事詩「日記」3部作が上映される。各作品のあらすじは以下の通り。YouTubeでは予告編が公開中だ。
東映ビデオが配給する「メーサーロシュ・マールタ監督特集 第2章」は、11月14日より東京・新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国で順次ロードショー。
メーサーロシュ・マールタ監督特集 第2章 予告編
「メーサーロシュ・マールタ監督特集 第2章」本予告
「エルジ」(1968年)作品情報
児童養護施設で育ったエルジは、24年ぶりに小村で暮らす実の母を訪ねる。再婚していた母は、娘の来訪に戸惑い、彼女を姪と偽って新しい家族に引き合わせた。家族関係の修復もあいまいなまま街へ戻ったエルジは、行きずりの男と交際しながら、鬱々と日々を過ごす。ある日、素性の知れぬ中年男性がエルジの前に現れ、「君の両親は死んだ」と告げる。長編デビュー作であり、のちに繰り返し描かれる“養子”をテーマとした自伝的作品。
「月が沈むとき」(1968年)作品情報
政治家の夫に先立たれたエディトは、保険金や邸宅の相続を頑なに拒む。父の名声が汚されることを恐れた息子は、母エディトを別荘に軟禁した。息子の婚約者も“看守”として手を貸すが、壊れていくエディトを見るうち、結婚という結び付きに違和感を募らせていく。“家”にとらわれた女性の苦しみと、彼女に寄り添う女性の交流が描かれたシスターフッド映画。
「リダンス」(1973年)作品情報
工場勤務のユトゥカは、ダンスパーティで出会った大学生アンドラーシュと恋に落ちる。彼に拒絶されることを恐れたユトゥカは、自分も学生であることを装い、名前も偽る。やがてアンドラーシュはユトゥカの素性を知るが、両親には真実を告げられずにいる。両家合同の食事会。アンドラーシュ家の階級意識が剥き出しになっていく。アニエス・ヴァルダがそのシャワーシーンに強く魅了されたという、労働者階級とインテリの格差を背景に女性の選択を描く静かな力作。
「ジャスト・ライク・アット・ホーム」(1978年)作品情報
アメリカからハンガリーへ帰国したアンドラーシュ。根無し草状態の彼は、放し飼いにされていた犬に惚れ込み、飼い主の少女から強引に買い取った。わだかまりを残した2人は、やがて親子とも言い切れぬ親密な関係を育んでいく。アンドラーシュのかつての恋人アンナも、そんな2人を気に掛けている。彼女はアンドラーシュに、愛を告白するが……。父への献辞で始まる本作は、メーサーロシュにとって非常に個人的な父との物語とされる。
「日記 子供たちへ」(1980~1983年)作品情報
1947年、ソ連からハンガリーへ帰国したユリは、共産党員の養母マグダの保護下で育つ。父は秘密警察に捕らわれ、母はこの世を去っていた。恐怖政治が布かれるこの国で、ユリは不安定な生活を強いられる。ある日、ユリはヤーノシュと名乗る男と出会う。彼は父と瓜二つの人物だった。「日記」3部作の第1部。メーサーロシュは冷戦下の自身の苦難を描き、1984年のカンヌ国際映画祭で審査員グランプリを受賞した。
「日記 愛する人たちへ」(1987年)作品情報
マグダのもとを離れたユリは、織物工場で働いている。映画監督を志すユリは、モスクワの大学で映画制作を学ぶことになった。スターリンの死後、ユリは卒業制作として、労働者の実情を捉えたドキュメンタリー映画を完成させたものの、反社会主義リアリズム的な内容から、再編集を命じられた。そしてユリは父がすでに死去したことを知らされる。モスクワ留学から1956年のハンガリー事件前夜までを描き、ユリが父と瓜二つの男に抱く愛情は複雑になり、2人の関係は次第にメロドラマ性を帯び始める。「日記」3部作の第2部で1987年のベルリン国際映画祭では銀熊賞を受賞。
「日記 父と母へ」(1990年)作品情報
1956年10月23日、ブダペシュトで民衆が蜂起する。モスクワで足止めを食っていたユリは、12月に入りようやくハンガリーへの帰国を許された。ユリはカメラを手に、荒廃した街並みや犠牲者を見つめていく。その年の大みそか、ユリたちは一堂に会する。政治的立場を異にする者たちも、仮装や音楽、ダンスに耽る。しかし反動分子の弾圧はとどまるところを知らず……。「日記」3部作の最終作。1956年のハンガリー事件から民主化運動の挫折までを描き、戦争の余波と闘いの行方を問う。
メーサーロシュ・マールタの映画作品
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浅井 剛志 Asai Goshi @go_asai
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