「この15年に完結したマンガ総選挙」授賞イベントに出席した大熊八甲氏。

野田サトルは「ゴールデンカムイ」アベンジャーズ、担当・大熊八甲氏が執筆の舞台裏語る

「この15年に完結したマンガ総選挙」授賞イベントで、ファンの質問にたっぷり回答

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ファンからの質問に回答その1「これはアウトでは?」「気に入っている煽りは?」

続いて事前にファンから募った質問に大熊氏が答えるコーナーがスタート。「ゴールデンカムイ」執筆の舞台裏を聞くものや、謎だらけの野田の正体に迫るものなど多彩な質問に、大熊氏が丁寧に答えてくれた。

Q:「ゴールデンカムイ」と言えばなかなかに攻めたギャグシーンが魅力の1つだと思います。その中でもこれはアウトではないのか…と思ってしまうシーンなどありましたか? またその際はどのように相談して決めていたのですか?

大熊 野田さんはきわきわを攻める方ですが、人を傷付けるのではなく楽しませることを根底に置いているので「これはアウトだな」と思うものは基本なかったと思います。文化を笑うということはないですし、結果的に傷付いてしまう人が出てしまっても、真摯な姿勢でいたいと思っています。
ギャグシーンではないのですが、僕グロ耐性がないんです……。ホラー映画は大好きなんですけど、グロシーンは痛みを想起してしまうのできついんですよね。刃物系がけっこうダメで、これは野田さんにも伝えているんですけど。以前「僕がダメってことは、たぶん10人ぐらいダメな人いると思いますよ」って言ったら、野田さんが「僕もダメなんですよ」……って。嘘つけ! 最初に「うわあ……」と感じたのは二瓶鉄造の指が落ちたところでした。そこは、お伝えしたら少しマイルドな表現にしてくださいました。耐性がない人間でも見られるグロになるよう、野田さんがバランスを取ってくださっていますね。

「ゴールデンカムイ」27話より、杉本が二瓶の指を切り落とす場面。

「ゴールデンカムイ」27話より、杉本が二瓶の指を切り落とす場面。

 ちなみに下ネタに関しては全部OKでしたか……?

大熊 宇佐美の“精子探偵”はたびたび話題に上がりますね。衝撃を受けましたけど、あれはキャラクターの必然性にもとづいてやった笑いであり、保健体育の話でもあるかな、と(笑)。さまざまな表現に対する想定問答はあるので、もし誤解を与えてしまったらこういう意図があると丁寧にお答えできるようにしています。ギリギリのラインが独自性につながりますから。姉畑の話は……クリスマスに聞いちゃったんだからしょうがない。野田さんがすごくうれしそうに話すもんですから。

 クリスマスプレゼントですね。

Q:大熊さんのお名前が作中に出てきそうなカッコよさで気になります。差し支えなければ、お名前の由来を教えていただきたいです。

 単行本の巻末に毎回「スペシャルサンクス大熊八甲」と書かれているので、気になっている方も多いと思います。

大熊 「スペシャルサンクス大熊八甲」というメッセージは「スピナマラダ!」の単行本には入れていたんですが、「ゴールデンカムイ」では最初外していたんですよ。そうしたら、野田さんが絵を描いてきてくれたんです。野田さんからの「作者が絵を描いたんだから(スペシャルサンクスは)落とせないでしょ」っていうことなんだと思います。気遣いと優しさと、逃がさないぞってメッセージなのかもしれません。

 そんな素晴らしいメッセージが。

大熊 名前の由来は僕もずっと不思議だったんですけど、上の兄弟が双子で、僕が3人目だから(名付けは)チャレンジ枠だったのかなって。父親に聞いたら「8人の兜を持つ者の長になれ」ということだそうなんですが、意味がわからなかったです。初めてお仕事する作家さんにお会いするときに、「名前だけでも覚えて帰ってください」っていうトークができるので、そういう意味では親に感謝しています。

Q:本文とともに煽り文の秀逸さや面白さも有名な「ゴールデンカムイ」ですが、大熊さんが「これはキマッた!」と思うようなものはありますか?

大熊 弁解をすると煽り文はコミックス収録時には外れるので、本来邪魔なものなんです。そもそも作品が面白いと何を言っても面白く見えるので、全然秀逸でもなんでもない。野田さんが最初に褒めてくれたのは、アシㇼパとアザラシの扉絵に「俺はアザラシ 海のパンサー 俺は泣かない 何があっても もしも俺が鳴くならば、それは別れの時だろう。」と付けた回。次のページで即落ち2コマ的にもうアザラシが鳴いているんですけども。これはほかの作家さんも褒めてくれました。
真面目なやつは、金塊が見つかった瞬間のアシㇼパさんの顔の横に、「キミのまわりに、金の滴、降る降る。」というアイヌの詩を引用したもの。野田さんも深層心理にあの詩があったと思うので、僕もそのページを読んだときに頭に浮かんでつけました。野田さんはその詩を思って描いたわけじゃないと言っていたんですけど、絶対に深層心理にあったと思う。かなりの巻数を経て、やっと本来の意味での煽りをつけられたと思います。

大熊氏が例として挙げた「ゴールデンカムイ」63話(右)と297話(左)の煽り文。アザラシがこの後どうなるかはぜひ単行本で。

大熊氏が例として挙げた「ゴールデンカムイ」63話(右)と297話(左)の煽り文。アザラシがこの後どうなるかはぜひ単行本で。

ファンからの質問に回答その2「加筆修正はどうやって決める?」「締め切りは守る?」

Q:単行本化の修正加筆について、野田先生は時間があればあるだけきっとやってくださると想像するのですが、ハードな週刊連載の中でどのように野田先生のパッションと時間をコントロールされていたのでしょうか。

大熊 パッションは尽きることはないのでコントロールすることはないです。なので、体調不良やコミックス作業などのスケジュール管理が大事でしたね。

 8年間連載を行うというのはなかなかなことだと思うのですが、野田先生の睡眠時間ってどれぐらいなんでしょうか。

大熊 寝てないんじゃないかと思いますね。ずっと描いているとおっしゃっていたので申し訳ないな、と思っています。休載してもその間ずっと描いているので。昨日も「サボってないですよ。全然寝てないですから」とおっしゃるので「大丈夫です、疑ったことないですよ」と返したら、野田先生に「ああそうですよね」と言われました。

 加筆箇所に関しては、野田先生から「ここを加筆したい」とご提案があるんですか?

大熊 そうですね。コミックス化するときに台割という全体のページをまとめた設計図みたいなものを見ながらご相談するんですけど、そのときの野田さんの第一声はいつも「今回は何ページ増やせますか?」。ページ数を増やすと原価が上がってしまうので、上がり過ぎると作品にも読者さんにも悪いのでそこのバランスの兼ね合いが必要なんですが。野田さんは許される限り、(ページを)取れるだけ取りたいけど、その分加筆の時間もかかりますし。ちなみに2月に発売される「ドッグスレッド」2巻もすごく加筆しています。

【公式】『ゴールデンカムイ』あはァ!!体験 其の壱 【コミックス27巻発売記念】

 受賞記念インタビューでは野田先生が「ゴールデンカムイ」連載を経て、余計なコマを削ぎ落す能力が上がったとおっしゃっていました。加筆したいと思う部分は、野田先生がもともと描きたいと思っていた部分ですか? それとも世に出した後に、「やっぱりこうしたい」と思った部分を加筆しているんでしょうか。

大熊 両方あると思います。雑誌は1作品18ページとレギュレーションで決まっているんですが、野田さんの中で21ページで描くことが理想だった回はコミックス化の際に増やしたいと考えたでしょうし。いざ雑誌に載って客観的に読んだときに「ここはこうすればよかったな」って反省会が始まるそうで、雑誌に載ってから最終的な理想形が見えてくるときがあるそうなので、そういうところを加筆したくなるんだと思います。完璧なものを世に残したいと思っていらっしゃるので。

 ちなみに野田先生は締め切りまでギリギリ粘るタイプなんでしょうか。もし遅れそうなときには大熊さんはどのように声をかけますか?

大熊 常にギリギリなんですけど、時間はきちんと守ってくださっています。(進行の)予測を立てたときにあんまりずれないので、そこは本当にプロだなと思いますね。僕が声をかけるのは、具体的にどれぐらい待てるかとか、どのぐらいの原稿なら出せるのか、というロジックのことですね。プレッシャーをかける意味ではないんですが、「何時までは待てます、ここを過ぎると印刷所でこういう作業が発生します」とか。そういうことを話すと野田さんも理解してくださるので。「がんばってください!」とか根性論の声がけを求める方ではないです。

 野田先生はとても頭の回転が早い方という印象です。

大熊 早いと思います。無駄な会話もあまりしない方だと思います。したくないわけではないでしょうけど。

 先ほど楽屋で、ロンドンの取材中にガイドさんが話してくださることが全部野田先生の知っていることばかりだったので、取材を切り上げたというエピソードをお聞きしました。

大熊 ロンドンでジャック・ザ・リッパーに関する取材ができるぞということになって、ツアーを組んだときですね。ガイドさんが観光客向けに説明してくださるんですけど、野田さんは勤勉なので事前にご自身で調べて知っていたことばかりだった。だから野田さんは「今回はお金を払ってもう終わりにしましょう」と切り上げたんです。ガイドさんも「あ、もう終わり? じゃあお酒でも飲みに行こうかな」って帰られました。そのあとタクシーの運転手さんを捕まえて、「ジャック・ザ・リッパーの事件現場を回ってください」って独自のツアーを作り始めたんです。すごい方ですよ、本当に。

Q:「『ゴールデンカムイ』は、北海道を舞台にした男たちによる愛憎渦巻く作品」と野田サトル先生はおっしゃっていましたが、大熊さんから見て、「一番愛憎渦巻いていた」と感じる人物やシーンはありますか?

大熊 一番というとすごく難しい。愛憎の相乗効果っていうか、関係が1対1ではなく、あちこち絡み合っているので渦巻のような愛憎の相関図ですよね。野田さんは「みんな愛憎まみれですよ、ははは」って言ってます。
個人としては鶴見と月島の関係性は好きですが、自己投影が入ってる可能性があります。連載が終わった後に野田さんからサプライズで色紙をもらったんですけど、そこに描いてあったのが月島でした。だから野田先生が鶴見なのかなって。月島は何も言わないでしっかり仕事をするところが好きですね。編集者もいろいろいて、自分で看板立てて仕事する人もいますが、僕はどっちかっていうと影で暗躍してるほうが好きです。

「ゴールデンカムイ」210話より、月島が鯉登に自分の真意を語る場面。

「ゴールデンカムイ」210話より、月島が鯉登に自分の真意を語る場面。

Q:これまでにも「ゴールデンカムイ」そして野田サトル先生は数々の賞を受賞なさっており、大熊さんが式に参列なさってきたかと存じますが特に印象に残っている賞などはありますでしょうか?

大熊 どの賞も思い出深い。授賞式などに伺うと、いつもスペシャルな光景だなと毎回思いました。野田さんは奥ゆかしい方で本当に表に出ないので、僕が代わりに出席することが多いんです。結果何が起きたかというと、公の場に出ると「野田先生とよく似てますね」と声をかけられてしまう。「野田サトル」とネットで検索すると授賞式の僕の写真が出たりするので……(笑)。

 (笑)。ほかに授賞式関連のエピソードがありますか?

大熊 いたずら好きな方なんで、実は舞台袖で見ていることもあります。本日は体調と原稿作業の兼ね合いで来られなかったんですが。野田さん本人はトークもうまいですし、サービス精神がある人なんですが、作品と自分を混同してほしくないから表に出ないという美学があるんです。最近は実写映画が公開される関係でたくさんインタビューに答える機会があるので、少し疲れていらっしゃるから申し訳ないんですが……。

ファンからの質問に回答その3「サービスしすぎでは?」「白石スタンプはなぜ生まれた?」

Q:読者へのサービス精神溢れる野田先生に、「これはサービスしすぎなんじゃないか」と思ったことはありますか?

大熊 まあ、谷垣でしょうね……。ちょっと毛づくろいしすぎ、膨らませすぎ、かわいがりすぎ、コメント量多すぎかな、と。個人的にはサービスはあればあるほどいいと思ってるんですが、谷垣に関しては激しく愛の偏りを感じています。実写映画での谷垣役の大谷亮平さんにお会いしたときも「もっとムチムチになってくださいね」と言ってて。大谷さんも「けっこう筋トレしたんですけどね」っておっしゃっていました。いい関係性だと思います。

 ほかにも本編では樺太編のバーニャのようなサービスシーンがありましたね。

大熊 カメラ目線でしたね。美少女ものの作品などでよくある、キャラクターたちが決めポーズで正面を向いているっていうシーン。野田さんあれ見ると、「みんな正面向いてるじゃん」って笑っちゃうらしくて一度やってみたかったんですって。

「ゴールデンカムイ」145話より、ロシア式蒸し風呂・バーニャのシーン。

「ゴールデンカムイ」145話より、ロシア式蒸し風呂・バーニャのシーン。

 ラッコ鍋の回もサービスシーンだったんじゃないかなと思うんですが、どうでしょう?

大熊 あれはちゃんと野田さんの中で必然性があって。ラッコ鍋を通じてアイヌ文化を描けるし、バッタの蝗害から逃れてアシㇼパとインカラマッを2人にしないといけないし。2人のシリアスな空気と、ラッコ鍋シーンで緩急もできる。「これは絶対出すべきなんです! 意味があるんですよ!」って僕はなんにも否定してないのに野田さんが熱弁するので、僕は「わかってますよー」って言いました。

 谷垣が写真館で撮る写真もサービスシーンなのかなと思いました。

大熊 (野田の)愛情ゆえのことなので、皆さん谷垣をかわいがってやってください。

「ゴールデンカムイ」124話より、写真館で撮影をしてもらう杉元一行。谷垣のみオーダーが多い。

「ゴールデンカムイ」124話より、写真館で撮影をしてもらう杉元一行。谷垣のみオーダーが多い。

Q:ゴールデンカムイにはさまざまな名シーンがありますが、野田先生が描き上げた原稿を大熊さんが受け取って初めて目にしたときに、最も衝撃を受けたシーン(話数)はどこでしたか?

大熊 1話から衝撃はありました。野田さん動物を描くのがめちゃめちゃうまかったので。前作のテーマがアイスホッケーだったので、動きのあるシーンを描けるのはわかっていたんですけど、絵柄って実は読者さんへの入り口の広さなんです。うまい下手じゃなくて、入り口をどれだけ広くできるか。入り口が狭いから悪いわけではありませんが、野田さんは「スピナマラダ!」より入り口を広くするという意識のもとで「ゴールデンカムイ」を描いてきたというのは、1話ですぐわかりました。動物を描くのはすごく難しいですから、参考用に狩猟小説を渡しておいてなんですが、こんな引き出しもあったんですねと驚きました。

「ゴールデンカムイ」1話より、羆と対峙することを決めた杉本とアシㇼパ。

「ゴールデンカムイ」1話より、羆と対峙することを決めた杉本とアシㇼパ。

Q:毎回白石の台詞に顔面スタンプがあったのが本当にツボで大好きでした。(もはやフキダシを食う回もあって大好きです。)あれが生まれたきっかけとか印象があれば大熊さんにぜひお伺いしたいです!

大熊 野田さんはデータ原稿なので、あの白石のスタンプは最初は間違いかなと思ったんですよ。「なんですかこれ、絵が残ってますけど」って。僕のそのリアクションが面白かったらしく、野田さんが「よかった」と判断したので、それ以降よく使われるようになりました。

「ゴールデンカムイ」25話、“白石スタンプ”が使われている場面。白石自身とスタンプが同じコマに同居するパターンもある。

「ゴールデンカムイ」25話、“白石スタンプ”が使われている場面。白石自身とスタンプが同じコマに同居するパターンもある。

 白石の顔はグッズ化もされましたね。

大熊 (グッズ制作は)序盤は白石のあの顔が助けてくれて、後半は谷垣が助けてくれました。

Q:鶴見中尉のセリフ「いわば…ゴールデンカムイか」でのタイトル回収のシーンについて、読者を意識したサービスだと言われていたことがとても印象に残っています。そのほかのシーンにもそういうサービスはあるのでしょうか?

大熊 鶴見のタイトルコール回ですよね。タイトルコール回ってすごく気持ちが上がるんですよね。この作品がどうして生まれたのかっていうことを客観的に見られるので、1作品につき1回ぐらい許されている感覚があります。あのシーンの必然性はかなり前から考えられていました。天然痘でアイヌの方が亡くなられたときに天然痘も悪いカムイとして捉えることがあって、つまり神っていいことばかりではなく、自然現象などの過酷さも例えているんです。じゃあ金塊も人を狂わす力があるから、カムイということでいいんじゃないかというのはけっこう前に話し合っていました。だからあの場で、アシㇼパに対する答弁および事実として鶴見に言わせる必然性があるので、読者サービス回およびカムイというものの考え方を示すために描いています。あのセリフはロシア語でもいいんじゃないかという意見もあったんですが、さすがにわからないので……。ほかのサービス回を挙げるとなると、そうじゃない回を探すのが難しいくらいインフレが起きていて大変でしたね。

「ゴールデンカムイ」271話より、鶴見の“タイトルコール”。

「ゴールデンカムイ」271話より、鶴見の“タイトルコール”。

 読者の受け取り方を考えて執筆されているんでしょうか。

大熊 まず一番大事なのは自分が面白いと思うものを描くこと。野田先生をシェフと例えるなら素材を自分で用意して「どう調理すればこの素材のよさに同意してもらえるか」という打ち合わせを、最初に味見人である僕とやる、というイメージですかね。野田さんが面白いと思うものという大前提のもと、皆さんの趣味嗜好とか美味しいと思うもの、反応がよかったものに対して力を割いていくっていうサービスをしています。

Q:作中に登場する食べ物は、実際に食べていますか? 何が美味しかったですか?

大熊 法律上食べられないものもあったんですが、野田さんとアナグマの脳みそを食べたときはけっこう面白かったですね。シェフが骨まで出して解説してくださいました。門前仲町のお店なんですがそこには完結までずっとコミックスを送り続けていました。あと(新宿にあるアイヌ料理の店の)ハルコロさんには本当にお世話になりましたね。

 お店の方々も「ゴールデンカムイ」を好きでいてくださっていますよね。

大熊 読んでいただけただけで、とてもありがたいです。お客さんが増えたと言ってくださったこともありました。

 ちなみに一番美味しかったものはなんでしょう?

大熊 ハルコロさんで食べられるもので、名前を失念してしまったんですが胃腸薬にもなる木の実。黄檗(おうばく)という木の皮を漬けたお酒も美味しかったです。

「ゴールデンカムイ」14話より。アシㇼパとの出会いからさまざまな味覚を経験する杉元。

「ゴールデンカムイ」14話より。アシㇼパとの出会いからさまざまな味覚を経験する杉元。

Q:今後、もしゴールデンカムイのスピンオフマンガがあるとしたら、作中で「それはまた別のお話…」で締めくくられていたエピソードの中でどれが大熊さんの最も推したい(野田先生に描いてもらいたい)エピソードでしょうか?

大熊 そうですね……。主人公2人の物語は本当にきれいに終わったので、個人的な感情で言えば脇役とか端役のキャラクターのその後が見たいですね。岩息舞治のロシア編とか夏太郎とか、アシㇼパに失礼なことを言って杉元にのどをつぶされた男の話とか。野田さんの中でまだ描くべきものがあったと思えば、いつか時が来れば見られるかもしれません。どうなるかはわかりませんが。

ファンからの質問に回答その4「“和風闇鍋ウエスタン”というコピーはどうやって生まれた?」「野田サトルの正体は?」

Q:実写映画化やアニメ化について、原作サイドとしての関わり方等について聞いてみたいです。

大熊 餅は餅屋じゃないですけど、まずプロを信頼するのが大事じゃないかなと思っています。野田さんもプロを尊重する方で、そのうえでプロだからって投げっぱなしにするのではなく、「原作はこういう意図でこういうところを大切にしています」という思いをきちんと齟齬なく伝えることがすごく大事かなと。アニメも映画も、制作においてマンガより人数とお金と時間がものすごくかかるんです。マンガって少数ロットで作るすごく純粋な媒体なので。多くの方と作ると伝言ゲームが生まれて、齟齬が発生しやすいんですね。なのでそのときに作者が大切にしてきたことを伝えて、進行していくことが重要になるのかなと。アニメも実写も、原作側の話を聞くことを大切にしてくれたなと思います。

 実写映画の制作も、野田先生がかなり見守っていたそうですね。

大熊 野田さんは脚本をきちんと見ていましたね。撮影ってやっぱり現場でのアレンジも入りますし、スケジュールの都合で編集部が野田さんは(見学に)行けなかった部分はあるんですけど。しっかり責任を持って同じチームとして関わらせていただきました。

 映画に登場するクマには野田先生も太鼓判を推していました。

大熊 みんなも不安視してたクマですが、いいクマになったと思います。

Q:「和風闇鍋ウエスタン」という言葉すごく好きです! この言葉はいつ頃使い始めたのですか。また、どなたが考えられたのですか。

大熊 マンガ大賞をいただいた後ぐらいに考えた気がします。絵柄もそうですが宣伝コピーって作品の入り口を広げていく力があるんです。「この作品ってどう面白いの?」「こういうところがいいよ」と“売り”ポイントは、作品と読者さんの間の共通言語になるんですよ。じゃあ「ゴールデンカムイ」は、と思ったときにすごく難しくて。シェフの腕がよすぎるし、一流の素材が揃い過ぎて何が売りかわからなくなってしまったんです。じゃあいっそ全部乗せてしまおうと。マカロニウエスタンと呼ばれる、エンタテインメントとして西部劇が流行った70年代のピカレスクロマンやアンチヒーローものが野田さんは好きなので、ウエスタンはそこから。でも「西部劇じゃないじゃん!」というご指摘はあると思うので、マカロニのところを和風闇鍋と変えたら、思いのほかハマったので多用するようになりました。

「ゴールデンカムイ」233話扉ページ

「ゴールデンカムイ」233話扉ページ

 読者だとしっくりくるフレーズです。闇鍋という表現がうまいですよね。

大熊 ちょっと野田さんに失礼かもしれないと思ったんですが、野田さんはそういうのも許容してくれるので。

Q:作品の中に登場した場所(北海道、東北、樺太などの外国)で特に思い入れがある所はありますか?また描かれなかったけど検討した場所はありますか? ぜひそれらの場所を自転車で巡ってみたいです。

大熊 自転車! 野田さんなら「やれるもんならやってみろ」って言うかもしれません(笑)

 (笑)。思い入れのある場所はありますか?

大熊 どの地域も思い入れはありますね。描きたかったけど描けなかった、もしくは、描く構想があった可能性があるのは、ロシアのほうとかでしょうか。あっちにいくのは野田さんの中で構想があった可能性があります。あと意外と沖縄の方面もアイヌの方と仲良かったらしく、日本海側で交易があったそうなんですよ。沖縄にまつわるエピソードがあっても面白かったかもしれないですね。おすすめだと網走監獄とか小樽とか。挙げるときりがないですね。どこも楽しいです。

 ぜひ自転車で!

大熊 過酷なツアーを! アップアップしてきてください。

Q:秘密のベールに包まれた野田先生の正体を教えてください。見た目、性格、チャームポイント、弱点、必殺技、座右の銘、なんでもいいです!

大熊 じゃあ座右の銘を。「神は細部に宿る」と、「描くということは見るということ」とおっしゃっていました。「神は細部に宿る」は作品を見ていただければわかると思うんですけど、僕が驚かされるほど細かい仕掛けがあるんですよ。例えば、親分と姫のエピソードで最後の夕焼け空の雲がハートだったり。誰にも気づかれなくて、かかった労力に見合わなかったらどうするんですかって、意地悪なことを聞いてみたことあるんですけど、「誰かが気づいてくれたらそれで十分です」と。読者さんとの信頼関係ですよね。見返りを求めているんじゃなくて、丁寧にしっかり自分を見てくれる誰かに向けてやっているんだなと。「描くということは見るということ」というのは「手癖で描いてはいけない」「ちゃんと本物の対象物を捉えて見て描く。すると上達するし、作品に対して得るものがあるよ」と常々おっしゃっています。それが一番効率的だ、と。

「ゴールデンカムイ」69話より。杉元たちを巻き込みながらまっすぐな愛を貫いた親分と姫を夕陽が見守る。

「ゴールデンカムイ」69話より。杉元たちを巻き込みながらまっすぐな愛を貫いた親分と姫を夕陽が見守る。

 読者としては納得の説得力ですね。

大熊 「スピナマラダ!」の頃は全然お金なかったですけど、そのときからけっこう高額な作画資料を買ってましたね。仕事場に行ったらめちゃくちゃ置いてありました。当時は新人さんなので、それほど広い家には住めないですが、家の中にギチギチと。今でもやっぱり本物を見て自分で写真を撮るのが一番いいそうです。

これからの野田ワールドもぜひよろしくお願いします

大熊八甲氏

大熊八甲氏

1時間たっぷりかけて「ゴールデンカムイ」の裏話が語られた本イベント。終盤には、来場者の中から3人に野田のサイン入り単行本が贈られる抽選会も行われた。最後に観客への挨拶を求められた大熊氏は「本当に何度言っても言い足りないぐらい、ありがとうございますとお伝えしたいです」と改めて感謝を口にする。「皆さんのお声や、作品に対して思っていただいていることが野田さんの糧になっていることは肌で感じています。寡黙な方ですが、『楽しかった』とか『面白かった』とか、『たまにはこうしたほうがいいんじゃないか』みたいなお声が、すべて野田さんのエネルギーになっています。今回の賞のコンセプトも含めて皆さんと作っていただいた『ゴールデンカムイ』だと思います」と述べ、現在連載中の「ドッグスレッド」にも言及。「また北海道で会えます! すごく取材して野田さんが完璧に作っているし、愛憎渦巻くスポ根マンガになっています。先の構想を聞きましたが、やっぱり面白い。損はさせないと担当編集は思っています。これからの野田ワールドもぜひよろしくお願いします!」と力強く語り、温かい拍手に包まれながらイベントを締めくくった。

野田サトルは「ゴールデンカムイ」アベンジャーズ、担当・大熊八甲氏が執筆の舞台裏語る

大熊八甲

1984年生まれ。2007年、集英社に入社し週刊ヤングジャンプ編集部に配属される。Webコミックサイト「となりのヤングジャンプ」の立ち上げにも中心的に関わる。主な担当作品に「ワンパンマン」「干物妹!うまるちゃん」「スーサイドガール」「もののがたり」「明日ちゃんのセーラー服」「九龍ジェネリックロマンス」「君のことが大大大大大好きな100人の彼女」など。野田サトル作品は「スピナマラダ!」「ゴールデンカムイ」と続き、最新作「ドッグスレッド」も担当している。

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