TPAM「福島三部作」スタッフ座談会 松本大介(照明)、佐藤こうじ(音響)、竹井祐樹(舞台監督)、小野塚央(制作)+徳永京子による「福島三部作」評|自分たちの死後にも残ってほしい、“再演不可能”な大作がよみがえる オンライン配信あり

自分たちが死んだあとにもこの作品は残ってほしい

──新型コロナウイルスの影響下で開催されることを踏まえて、今回の「TPAM2021」ではオンライン配信も行われます。

松本 佐藤さんが作った地震みたいな音は、オンラインじゃ届かないのかなあって心配してたんですよ。

──耳で音を聴くというより、身体の底から音が響いてくるというような感じですもんね。

佐藤 配信に関しては別のチームがやってくださるので、なんとかがんばっていただいて……。

松本 ドライブインシアターとまでは言いませんけど、ぜひ大きい画面で、ちゃんと大きな音が出せる環境で観てほしいですね。

左から松本大介、竹井祐樹、小野塚央、佐藤こうじ。

竹井 うん。パソコンやスマホで観るのもいいけど、それだとなんとなくもったいない気がしますね。

小野塚 私は、日本にいない方に観てもらえたらって思います。伝わらないこともあるかもしれないけど、そこから何か感じて、何かを考えるきっかけになればいいなって。「TPAM」が“国際舞台芸術ミーティング”と銘打たれているように、今回の上演が、谷さんの作品やダルカラを知る出会いの場になればと思います。

佐藤 谷くんは、東日本大震災を風化させないために「福島三部作」を書いたんだと思うので、演劇という形でこの作品に触れてもらって、「やっぱり演劇は必要なんだ」と思ってもらえたらいいですよね。

竹井 “FUKUSHIMA”っていうワードは世界中の人が知っていると思うんですけど、福島が日本のどこにあるのか、福島が日本にとってどういう場所なのかを、まったく知らないっていうのを聞いたことがあって。谷さんが書き上げた6時間の大長編を通して、「こういう人たちが暮らしているのが福島という土地なんだ」っていうことが1mmでも伝わればいいなと思います。

松本 福島の原発事故について知るためには、本だったり映画だったり、ほかにもたくさん手がかりがあると思うんだけど、「我々は演劇を通して、それを表現してるんだ」っていうことに興味を持ってほしいですね。あと、同じ演目を再演するっていうのは、さまざまな条件がそろわないといけないから、とても難しいことなんです。だから、劇場に観に来てくれる方も配信を観てくれる方も、1公演1公演を大切に観てほしいし、もっと言うと“関わって”もらえたらうれしいです。

小野塚 自分たちが死んだあとにも、この作品が残ったら良いなって思いますよね。

松本 そうだよね。この「福島三部作」も、例えばシェイクスピアの作品のように、いつか名作と呼ばれるような価値のある作品にできたらなと思ってます。

左から佐藤こうじ、竹井祐樹、小野塚央、松本大介。
松本大介(マツモトダイスケ)
舞台照明家。公益社団法人 日本照明家協会会員。ライティングデザイナーズクラブオブジャパン(LDC-J)所属。株式会社松本デザイン室の代表取締役社長を務める。
佐藤こうじ(サトウコウジ)
Sugar Sound所属。舞台を中心に、音響・編曲・MAなどを担当している。2019年に小松台東へ入団。
竹井祐樹(タケイユウキ)
株式会社STAGE DOCTOR所属。演劇を中心とした幅広い公演で舞台監督を務める。近年は谷作品のほかに、ケラリーノ・サンドロヴィッチ演出作品、根本宗子演出作品などにも参加。
小野塚央(オノヅカチカ)
制作者。庭劇団ペニノ、ゴーチ・ブラザーズに所属。ミナモザ、Théâtre des Annales、「横浜ダンスコレクション」などで制作を務める。

徳永京子による「福島三部作」評

演劇に関する残念な誤解がある。観客が作品を評価する際の「感情を揺さぶられた」、同様の意味で、つくり手の「観る人の心に何かを届けたい」。つまり、感情、心、あるいは熱量ばかりが評価の基準にされている。映画や本の宣伝も「○回泣いた」「感動して元気をもらった」が常套句になっているのは周知の通りで、演劇に限った話ではないが、いずれにしても弊害は大きい。泣いたり笑ったりすれば生理的なカタルシスが得られ、すっきりして観劇体験は終わる。けれども本当に良い作品は例外なく、感情と思考の両方を刺激する。心の揺れが治まってからも知のフィールドの振動は続き、劇場の外の広い世界、遠い過去や未来にも思考を及ぼす。それは、フィクションである演劇を現実に対して有効なものにする力にほかならない。

DULL-COLORED POP「福島三部作 第一部『1961年:夜に昇る太陽』」より。©︎bozzo

DULL-COLORED POP(ダルカラ)が、2011年に起きた東日本大震災と福島第一原発事故をモチーフに三部作を準備していると知ったとき、正直に書くと、私は良い印象を持たなかった。まず三部作というのが引っかかった。用意した長い時間を、被災者の声の丁寧な反映に充てれば“感動もの”に、起きたことを緻密に描くのに費やせば“取材をがんばったで賞”になる可能性が高いと懸念したのだ。
それだけではない。ダルカラ主宰の谷賢一は、もともと決まった色を持たない作・演出家で、著名人の半生、日本の家族、シェイクスピア劇、現代の海外戯曲と目まぐるしく題材を変え、演出のスタイルも固定していない。そのこと自体は良いが、いまだ2500人を超す行方不明者がいる現在進行形の災害を、次々と変わる興味の対象の1つとしてピックアップしたとしたら、災禍と被災者の消費につながらないか。時間をかけた取材はむしろ、「本当に起きたことだから批判できない」という空気を生みはしないか。いくつもの懸念から、2018年に先行して上演された第一部には足を運ばなかった。

けれども2019年の三部作一挙上演を観て、前述の不安は完全に杞憂だったことを知る。上演されていたのはカタストロフィの記録ではなかった。経済的な発展から取り残された地方都市が、中央のロジックに巻き込まれ、満身創痍になりながらも自分たちの存在意義を探し続ける土地の物語であり、ノーと言えない気の弱さと奇妙に強い責任感という矛盾を故郷に対して発揮する人間の物語だった。おそらく谷の興味は、地震と原発事故に見舞われた福島ではなく、なぜ福島で原発事故が起きなければならなかったのかにあった。それを取材するうちに、50年という時間の描写がどうしても必要で、三部作が必然だと思い至ったのだろう。興味の赴くままに1作ごと、自由にステップを踏んでいた演劇作家は、この作品でじっくりと、特定の町、そこに暮らす人々、中でも1つの家庭に焦点を絞って向き合うことに決めたのだろう。

DULL-COLORED POP「福島三部作 第二部『1986年:メビウスの輪』」より。Photo by Ryoji Shirato

この作品が演劇として非常に興味深いのは、過去の谷作品、また一般的な演劇作品でも圧倒的多数を占める、たとえ苦悩しながらも主体的に生きる人の話ではなく、やってくる事態に対してひたすら受け身の人々を主軸にしている点だ。その受け身ぶりは犬さえも理不尽に感じるレベルであることは第二部に詳しいが、ともかくこの三部作は、被災者ではなく受難者の物語なのである。

その点で、1961年から2011年までの日本の福島県の双葉町で実際に起きたことがベースではあっても、普遍的なドラマを内包し、ほかの土地でもシンパシーを生み得る柔軟性を持つ。中央政府と少数民族、宗派によって多数派と少数派に分かれる地域など、「福島三部作」の構図を置き換えられる場所は世界に少なくないからだ。日本と世界を結ぶ舞台芸術のプラットフォームである「TPAM」で、このローカル色豊かな作品が上演されるのは、日本が経験した稀有な災禍のディテールを演劇にした作品の紹介というより、その意義が圧倒的に大きい。

また、1961年を起点とする第一部、1986年を起点とする第二部、2011年を起点とする第三部それぞれで、当時の日本で流行していた小劇場の演出をはじめ、人形劇など演劇のバラエティが取り入れられている。これは、スタイルを決めず、さまざまな演出方法に取り組んできた谷だからできたことだ。1つのトピックを複数の作品で追いかけるとき、とりわけそれが社会的なら、普通は重厚なトーンに陥りがちだが、ところどころで顔を出す遊び心は、笑いだけでなく問題を俯瞰する眼差しを与えてくれる。加えて、それぞれの時代にメインだったメディアの変遷が巧みに織り込んであるのも見落としてほしくない。

DULL-COLORED POP「福島三部作 第三部『2011年:語られたがる言葉たち』」より。©︎bozzo

それと関係するが、「福島三部作」は喜劇の要素も含んでいることも書いておきたい。原発は、政治と経済と科学の利権が複雑に絡み合う。そして政治も経済も科学も結局は人間の欲望だ。先に、これは巻き込まれる人々の話だと書いたが、双葉町の人々は言ってみれば、望んでもいないのに政治と経済と科学の正体を見せられ、相手から勝手に「見たからには仲間だ」とされてしまう。そこで起きる肩を抱かれた側の困惑と恍惚、そこからの変化は、人間の喜劇性の本質に通じると思う。

近年は、「TPAM」に限らず全世界的に、海外ツアーを意識した作品はコンパクト化、省エネ化が進んでおり、それに伴って上演時間も短いものが増えている。パンデミック下にあってその傾向はますます強まると予想されるが、同時に今こそ、人間の営みについて考えることが必要とされている。その土台にある政治と経済と科学のこれまでのやり方のほころびを指摘し、環境問題の大きな問いかけを含むこの作品が、三部作のまま広く紹介されることを願う。

徳永京子(トクナガキョウコ)
演劇ジャーナリスト。東京芸術劇場運営委員および企画選考委員。読売演劇大賞選考委員。せんがわ劇場演劇事業アドバイザー。パルテノン多摩企画アドバイザー。朝日新聞にて劇評、またその他の媒体で演劇関係のインタビューや寄稿などを多数執筆。

「TPAM」とは?

「国際舞台芸術ミーティング in 横浜(TPAM)」は、毎年横浜で実施されている国際的舞台芸術プラットフォーム。アジアと世界の舞台芸術の最新動向を伝える主催公演プログラム「TPAMディレクション」、国内外の重要フェスティバル・劇場・芸術文化団体から舞台芸術の関係者が集まる交流プログラム「TPAM エクスチェンジ」、日本の新人アーティストにとって観客開拓・海外公演のチャンスとなる公募プログラム「TPAMフリンジ」から成る。新型コロナウイルスの影響下で開催される今回の「TPAM2021」では、一部のプログラムがオンライン配信されるほか、「TPAMフリンジ」の登録料が無料となった。

2021年12月、「TPAM」は、横浜市との連携を強化し、地域へのコミットメントと国際的芸術交流を同時に追求する「YPAM - 横浜舞台芸術ミーティング(仮称)」として再出発する。

「国際舞台芸術ミーティング in 横浜 2021(TPAM2021)」
2021年2月6日(土)~14日(日)
※2021年1月24日(日)から2月5日(金)までプレイベント期間。

神奈川県 KAAT神奈川芸術劇場、BankART Temporary(ヨコハマ創造都市センター)、横浜赤レンガ倉庫1号館 ほか

公演情報

TPAMディレクション DULL-COLORED POP「福島三部作 第一部『1961年:夜に昇る太陽』」

2021年2月9日(火)、12日(金)~14日(日)
神奈川県 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ

※オンライン配信あり。
2月9日(火)19:30〜 ライブ配信
2月10日(水)8:00〜 録画配信 (9日公演の録画)

※2月9日(火)19:30開演回は、緊急事態宣言が解除され次第、指定席を販売予定。最新情報は「TPAM2021」の公式サイトで確認を。

DULL-COLORED POP「福島三部作 第一部『1961年:夜に昇る太陽』」より。©︎bozzo

作・演出:谷賢一

美術:土岐研一

照明:松本大介

音響:佐藤こうじ

衣装:友好まり子

舞台監督:竹井祐樹

演出助手:美波利奈

制作:小野塚央

字幕翻訳:山田カイル

出演:内田倭史、大内彩加、大原研二、倉橋愛実、塚越健一、宮地洸成 / 荒井志郎、井上裕朗、峰一作、百花亜希

TPAMディレクション DULL-COLORED POP「福島三部作 第二部『1986年:メビウスの輪』」

2021年2月10日(水)、12日(金)~14日(日)
神奈川県 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ

※オンライン配信あり。
2月10日(水)19:30〜 ライブ配信
2月11日(木・祝)8:00〜 録画配信(10日公演の録画)

※2月10日(水)19:30開演回は、緊急事態宣言が解除され次第、指定席を販売予定。最新情報は「TPAM2021」の公式サイトで確認を。

DULL-COLORED POP「福島三部作 第二部『1986年:メビウスの輪』」より。Photo by Ryoji Shirato

作・演出:谷賢一

美術:土岐研一

照明:松本大介

音響:佐藤こうじ

衣装:友好まり子

舞台監督:竹井祐樹

演出助手:美波利奈

制作:小野塚央

字幕翻訳:山田カイル

出演:宮地洸成、岸田研二、木下祐子、椎名一浩、藤川修二、古河耕史、百花亜希

TPAMディレクション DULL-COLORED POP「福島三部作 第三部『2011年:語られたがる言葉たち』」

2021年2月11日(木・祝)~14日(日)
神奈川県 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ

※オンライン配信あり。
2月11日(木・祝)19:30〜 ライブ配信
2月12日(金)8:00〜 録画配信(11日公演の録画)

※2月11日(木・祝)19:30開演回は、緊急事態宣言が解除され次第、指定席を販売予定。最新情報は「TPAM2021」の公式サイトで確認を。

DULL-COLORED POP「福島三部作 第三部『2011年:語られたがる言葉たち』」より。©︎bozzo

作・演出:谷賢一

美術:土岐研一

照明:松本大介

音響:佐藤こうじ

衣装:友好まり子

舞台監督:竹井祐樹

演出助手:美波利奈

制作:小野塚央

字幕翻訳:山田カイル

出演:大原研二、佐藤千夏、ホリユウキ、宮地洸成 / 有田あん、井上裕朗、オレノグラフィティ、柴田美波、都築香弥子、春名風花、平吹敦史、山本亘、ワタナベケイスケ

文化庁令和2年度戦略的芸術文化創造推進事業「JAPAN LIVE YELL project」

主催:文化庁、公益社団法人日本芸能実演家団体協議会、PARC – 国際舞台芸術交流センター、国際舞台芸術ミーティング in 横浜 2021 実行委員会

コロナ禍により失われた文化芸術体験の機会を全国規模で取り戻すと共に、人々の創造、参加、鑑賞を後押しするため、全国27都道府県の文化芸術団体と連携するプロジェクト。


2021年1月22日更新