「ダークマスター VR」タニノクロウ インタビュー / FOペレイラ宏一朗が語る稽古場|“仮想現実を喜んでいる”、この状況を皮肉りたい

庭劇団ペニノのタニノクロウが、初のVR演劇に挑む。ベースとなるのは、2003年の初演以来、国内外でたびたび上演されている人気作「ダークマスター」。これまでの上演では、観客の眼前で披露される華麗な調理テクニックや、イヤホンから流れてくるマスターの声など、臨場感たっぷりの演出が好評だった。VR化により、その体感はどのように観客に伝えられるのか。9月中旬、VR撮影を目前に控えたタニノに、「ダークマスター VR」について語ってもらった。また特集の後半では、タニノ作品には「ダークマスター」「笑顔の砦」に出演しているFOペレイラ宏一朗に稽古の様子を聞いた。なお「ダークマスター VR」は、東京芸術祭2020・芸劇オータムセレクションの一環として上演される。

取材・文 / 熊井玲 [タニノ・ペレイラ]撮影 / 藤田亜弓

創立20周年の新作がVR作品になるとは……

──昨年末に行われたペニノの「出演者募集説明会」では、2020年秋に「ダークマスター」が上演されることが発表されていました(参照:庭劇団ペニノが2020年以降のプロジェクトについて、俳優向けの“説明会”)。当初はどんな形態での上演を想定されていたのですか?

そのときは通常の舞台としてやるつもりで、出演者ももっと多い予定でしたね。

──「ダークマスター」は2013年の初演以来、改訂を重ねながら国内外で上演が続けられています。はじめはその“2020年東京バージョン”というイメージだったのでしょうか。

そうですね。実は台本も書き換えて、もうほとんど完成していたし、配役もほぼ決まっていました。

──それをVR版に、とは、かなり大きく舵を切ったのですね。

ええ。コロナの状況によって社会がどんどん変化していく中、当初予定されていた「ダークマスター」海外公演の予定もなくなって、「何かしら残るものを」と思うようになりました。ただ、「『ダークマスター』をVRに」というアイデア自体は、いずれやりたいと思っていたことだったんです。作品の内容的に、VRにしやすいなと思っていたので。……まあ、劇団創立20周年の新作がVR作品になるとは思いませんでしたが(笑)。

──タニノさんとVR、ちょっと意外な組み合わせという感じがします。

……正直、アダルトビデオを観たかったのが入り口です(笑)。2018年の春頃だったか、ポータブル版のVRカメラが出始めたときにすぐ買って。当初は感動しましたね、「ああ、こんなことができるんだ!」と思って。

──VRに対する興味と、「ダークマスター」が結びついたのは何がきっかけだったのでしょう?

タニノクロウ

原作の「ダークマスター」は20ページぐらいの短編マンガで、内容については昔からいろいろな解釈がされていますよね。僕は初めて読んだときの記憶もあるのかもしれませんが、映画の「マトリックス」と重なる部分があると思っていて。例えば「おいしい」とか「楽しい」って感覚は全部、脳の電気信号によるものです。脳の電気信号って物質の状態なので、じゃあ自分が何でできているか、何に支配されているかというと、物質の状態ということになります。だとすれば、自分が見ている現実も、ゲームの世界も、全部電気信号で、その差は物質の状態の違いくらいなんじゃないかと言える。実際、そういうふうに考えている科学者もけっこういて、自分が今生きている、臨場感を感じている現実も、実は仮想現実だ……と考えなければ説明がつかないこともたくさんあるんです。そういう目線で改めて「ダークマスター」を見てみると、ダークマスターって結局、実態がない支配者を総称してるんじゃないかと思ったんですね。しかもその支配者に“自分”はリモートで動かされている。その状況は、今にすごくフィットするんじゃないかと。実際、飲食店も苦しい状況ですしね。

──確かに「ダークマスター」の世界観は、ある意味今、とてもリアリティがあるかもしれません。VRバージョンに向けては、具体的にいつ頃から動き出したのですか?

5月くらいですかね。もうプロジェクトごと、ガラッと変えようと考えて。

──そこから、今回スタッフにお名前が入っているVRシステムの方たちにお声がけされたのでしょうか。

そうです。野村つよしさんは、昨年「あいちトリエンナーレ」で上演された、小泉明郎さんのVR作品「縛られたプロメテウス」も担当していた方です。でも彼も、ドラマをVRにするのは初めてだと言っていました。

──タニノさんの中にある程度VRの知識やイメージがあって、野村さんたちと打ち合わせされたんですね。

まあ、ほぼAVで得たものですけど(笑)、より立体的に見える距離感とか、目線の使い方、セリフの量とかはなんとなくイメージがありました。そもそもAVのVRって、体感度を上げるための仕掛けがこの1・2年で進化しまくってて、むしろ出尽くして今はもう落ち目なんじゃないかってくらいなんですね。なので、撮影の自由度があんまり高くないのはわかっていたし、長回しで撮ったほうがVRっぽさが出るとも思っていたので、ある程度短い時間で作れるんじゃないかと。ただ3DVRのデータってめちゃくちゃ重くて、撮影してから確認まで、かなり時間がかかるんですけど。

──先日タニノさんが脚本を書かれた試作版のVRを体感させていただきました。“自分”は手足が拘束されていて、そこに美女たちが話しかけたり近寄ったりしてくる。音の臨場感や立体感が本当にリアルだなと感じました。ただ視覚と聴覚を中心とした刺激なので、世界観により没入するには自分の中で妄想を膨らませていかないといけないのかなと感じて。

ああ、そういうところはあるかもしれないですね。でもそれもカメラ次第というところがあって、カメラとテクノロジーがどう進んでいくかによって、VRとしてできる範囲はより広くなってくると思います。

この状況を皮肉りたい

──各回20名限定で上演されます。20人という人数にしたのはなぜですか?

タニノクロウ

それはヘッドセットを購入する予算的限界と(笑)、お客さんにできるだけ、それぞれ孤立した状態で体験してほしいと思ったからです。お客さんにはこそこそっと個室ビデオに入るような感じで劇場に入ってもらい、マジックミラーで仕切られた机に向かってヘッドセットをしてもらいます──という状況に、皮肉を込めたい気持ちがあって。みんなで劇場に集まってるのにヘッドセットなんて着けて、それぞれがそれぞれに仮想現実の世界を喜んでいる。それってちょっと滑稽じゃないですか?と。だから今回、配信はせず、少人数でもある種の緊張感がある劇場で観てもらいたい、劇場でやる必要があると思っています。

──「ダークマスター」としては、これまでより非常に短い、コンパクトな台本となりました。どのようなことを意識して削ぎ落としていったのでしょうか。

体感度を上げるところだけ強調していきました。あと朗々とセリフを話してもあまり記憶に残らない感じがするので、そこは削ぎ落としていって。そうしたら割とすぐに台本が書けて、結果、原作に近いものになりました。

──カメラの目線が主人公の目線になる、セリフのやり取りがないということが台本に影響した部分はありますか?

例えば原作だと主人公は男性ですが、男性客にも女性客にも同様の体感をしてほしいと思っているので、なるべく中性的というか、主人公の性別が特定されないような感じで作ることは心がけました。また、これもAVで学んだことなんですけど(笑)、ジェスチャー的なことをやりすぎると、観ている人の気持ちが作品から離れていくんです。だから“「台本上は返事をした」という体で相手に一方的に話してもらう”とか。主人公はなるべく受け身でいるようにする、ということは一番注意して書きましたし、稽古でもそこは一番話し合いました。

──今回は撮影を想定した稽古も行われました。稽古でイメージが変わったところはありますか?

試しの撮影をやってみたんですが、発見はめちゃくちゃ多いです。例えばお客さんは今回、椅子に座ってVRを観るんですけど、シーンによっては主人公が立っている場面もあり、感覚の不一致が違和感を持たせかねない。なので、立ってるでもなく、座ってるでもない高さにカメラを合わせたり……。

──撮影中、タニノさんはどうやって撮影を確認されるのでしょうか。

タニノクロウ

これがなかなか難しい問題で、バイノーラルマイクってすごく感度のいいマイクで録音するんですけど、これが360°全方角の音が録れるマイクで、どんな小さな音も拾っちゃうんですよ。だからあまり近くにいられないなって(笑)。あと撮影している映像を同時に確認することができないので、例えば10分撮影したらそのデータをパソコンに送り、ヘッドセットに入れて、確認するまでに約1時間かかる。それを僕が確認して、映像監督が確認して、舞台監督がチェックして……となると1シーン撮るのにすごく時間がかかるんですよね。

──それは大変です。また演出家としてのお仕事も、これまでとかなり違いそうです。

そうですね。最初にカメラの位置を決めるくらいで、あとはいかにお客さんの体感度を上げるか、仕掛けを考えていくことかなと。そこを今いろいろ考えています。

これまでの延長線上にある「ダークマスター VR」

──タニノさんは以前、「物を作ることがコンピューターに取って代わられる時代が、いずれ芸術にもやってくるだろう。その中で、観客だけが希望だ」とお話されていました。今回はまさに、観客主体の作品です。

そうですね、観客の存在だけが演劇の信用できるところというか、変わらないところだろうなと思うし、そこだけは絶対に信じられるところです。

──またVR演劇は新しい挑戦ではありますが、観客の想像力に直接的に訴えかける作品という意味では、今年5月に富山で上演された「Meditation -The day before daylight-」(参照:オーバード・ホールに青白く光る地球、タニノクロウが描く“Meditation”の時間)に通じるものを感じます。「Meditation」では、舞台上では特に何も起こりませんが、観客が自分の脳裏に何を観るかを体感する作品でした。

そうですね。これまでも何かを体感してもらったり、ある出来事を目撃してもらうことによって人が何を思うのかを信じてやってきたところがあるので、そういった面ではこの作品もその系譜にあると思います。だから今回も稽古が楽しいのだと思いますし。

──“体感すること”はペニノ作品において重要な要素です。でも同じ場を共有せずとも体感できることは、「Meditation」配信で実感した方も多いと思います。

これまで配信なんてことは考えたことがなかったんですけどね。でもそもそも僕が演劇を始めたのは、映像で唐十郎さんの「ジャガーの眼」を観たのがきっかけで、生で観劇したわけじゃないんですよ。しかも80年代の映像技術なので、画もガッサガサで何が映ってるのか正直わからないような感じで(笑)。それでも「こんなに面白い作品ないな」って思ったし、いまだにあれが一番面白かったと思ってるくらい。という意味では、リアルになりすぎる前の、今くらいの映像技術で配信される舞台を観るのは、面白いかもしれません。例えばゲームの世界でソニーはどんどん解像度を上げてリアルに近付いていったけど、任天堂は体感させることを突き詰めていって、今や任天堂のほうが強い気がするんですけど、演劇の配信ってそういうことかなと。今くらいの解像度の粗さが想像力を掻き立ててくれるのかもしれません。

──稽古中、タニノさんはたびたび、リアルとバーチャルの間をどう感じさせるかについてお話されていました。これまでもタニノさんは、そこに揺さぶりをかけるような作品を生み出してきましたが、「ダークマスター VR」はさらにそこへ、直接的に触れる作品になりそうです。

タニノクロウ

今後は、日常の中にもっとリアルとバーチャルが混在していくかもしれませんね。数年後には家庭にもVRが入ってきて、どの家にもVR用の部屋ができ、稽古もアバターが仮想現実でやったり……とか。

──想像すると恐ろしいですね(笑)。またタニノさんは何度も「どうすればいいんだろう」「アイデアありますか?」とキャストやスタッフに問いかけていらっしゃいましたが、そんな発言とは裏腹に、タニノさんの表情はとても生き生きしているなと感じました。VR演劇という未知の冒険を、楽しんでいるような。

あははは。やっぱり作るのは楽しいですね。公演はその最後にあるおまけ、みたいなものだと思います。