2025年度全国共同制作オペラ 歌劇「愛の妙薬」杉原邦生・高野百合絵・宮里直樹 座談会&稽古場レポート

2025年度全国共同制作オペラ「愛の妙薬」が11月から2026年1月にかけて東京・大阪・京都にて上演される。全国共同制作オペラは、全国の劇場・音楽堂、芸術団体などが、文化庁の助成を得て、高いレベルのオペラを新演出で制作するプロジェクト。今回はオペラ初挑戦となる杉原邦生の新演出により、“かわいい”をキーワードに、ドニゼッティ作曲「愛の妙薬」を新たなアプローチで立ち上げる。

ステージナタリーでは10月上旬、稽古が始まって1週間経った稽古場を取材。農場主の娘で村一番の美人アディーナ役の高野百合絵と、純朴な農夫ネモリーノ役の宮里直樹、そして杉原の座談会を実施し、公演に向けたそれぞれの思いを語ってもらった。さらに後半は、稽古場レポートも掲載している。

取材・文 / 熊井玲撮影 / 藤田亜弓

杉原邦生・高野百合絵・宮里直樹が語る「愛の妙薬」

──杉原さんは普段からさまざまな舞台を観劇されていますが、最近はオペラにもよく行かれていましたね。

杉原邦生 オペラ、行きましたね。

(宮里、高野から「何を観たんですか?」と口々に問われ、しばし歓談)

──ご覧になる中で、杉原さんご自身のオペラに対するイメージ、オペラの演出に対する印象はどんなふうに立ち上がってきましたか?

杉原 実際にいくつかのオペラを観て感じたのは、「どうやって演出してるんだろう?」ということでした。舞台美術や衣裳は、演出によって本当に違うから、おそらくこれは演出の領分なんだろうな、とは思ったんですけど、全部歌で進んでいくし、マエストロがいるし、芝居や歌に関して、どれだけ演出家がアプローチしているのか、オペラにおける演出家の領分というのが、舞台を観ているだけではよくわかりませんでした。それと、合唱の人たちの演出が難しそうだなという感じは受けて……歌わずに舞台にいるときに合唱の人たちが“休み”の状態にならないように、合唱の人たちも舞台にいる以上は俳優だと考えると、どういう感情で舞台上にいてもらうのが良いのか考える必要があるなと思いました。

杉原邦生

杉原邦生

──歌手の方たちにとっても、この全国共同制作オペラシリーズは新たな演出家との出会いという点で、チャレンジの場なのではないかと思いますが、高野さんと宮里さんはオファーがあった際に、どのような気持ちで受け止められましたか?

高野百合絵 宮里さんは以前も全国共同制作オペラシリーズにご出演されていますが、私は今回が初めての参加です。もともと、いろいろなことにチャレンジしてみたい性格なので、「うれしい! やった! 挑戦したい!」という気持ちが大きかったです。これまで私が演じてきた役は、自ら命を絶つ、命を奪われるか奪うか、という激しい運命をたどるキャラクターが多く、宮里さんとも“刺し刺される”役を演じたことがありますが(笑)、「愛の妙薬」はオペラの中でも珍しくハッピーエンドの作品なので、新しい引き出しが一つ増えるようでうれしいです。

宮里直樹 僕も楽しみが大きかったです。「愛の妙薬」は本当に何千回もやられているオペラで、ある種のイメージというか固定観念がついている作品の一つだと思うのですが、杉原さんは音楽的に大事なシーンをちゃんと尊重してくださいますし、今回は「かわいい」をテーマにジェンダーレスというコンセプトを持ち込んで、それを破ろうとしているのが面白そうだなと思いましたし、実際、ベルコーレ役の大西(宇宙)さんが本当にノリノリで演じているのがおかしくて! 京都公演でベルコーレを演じるのは僕の同期の池内響なんですけど、池内が「これ、ほんまに俺やるんかな」って(笑)。オペラの演出家ではない方から出てくるものをエッセンスとして感じつつ、トラディショナルに依らないところでの自分の新たな引き出しを作るチャンスなのかなと感じています。

オペラの音楽には感情が書いてある

──10月上旬に全体のリハーサルがスタートしました。歌手の皆さんの歌声を聞いて、杉原さんはどう思われましたか?

杉原 いや、本当に圧倒されました。稽古初日は、ネモリーノのアリアのシーンを稽古したんですけど、声量ということだけではなく空気が振動する、空気が変わる感じがしましたし、アディーナも立ち居振る舞いがエレガントで素敵で。そして皆さん本当に役にピッタリだなと。ただ、「歌に関してはまだ本意気ではない」という声もちらほら聞こえてきたので(笑)、これからさらにどうなっていくんだろうと思っています。

──実際に動いてみて、歌手のお二人はどんなことを感じましたか?

宮里 まず本作のチラシを見たときに「本当に僕らがやる公演なのかな?」ってちょっと目を疑ったのですが(笑)、その後、演出コンセプトが「かわいい」だと聞き、実際にリハーサルが始まって(舞台美術の)仮組みの大きなオブジェを見て「本当にその通りだ!」と感じたんですね。というように徐々に納得が深まってきています。

2025年度 全国共同制作オペラ ドニゼッティ作曲 / 歌劇「愛の妙薬」ビジュアル

2025年度 全国共同制作オペラ ドニゼッティ作曲 / 歌劇「愛の妙薬」ビジュアル

杉原 うれしい!

高野 私も最初にチラシを拝見したときは、「この作品でアディーナをどう作り上げていけばいいのだろう」と思っていたのですが、いざ稽古が始まってみると、毎日が楽しくて楽しくて! 宮里さんの演じるネモリーノの姿を見て、「なるほど、こういう感じね!」と、私も「もっといろいろやってみたい、やってみなければ!」という気持ちがどんどん湧いてきています。

宮里 いやいや、僕もまだよくわからないよ? でもかわいい状態になればいいんだと思ったら振り切れるというか、いろいろ動いて、ハイハイしてみたり(笑)。

杉原 宮里さん、本当にかわいくて、ダンサーのみんなが「一家に一台宮里さんを置いておきたい」って言ってました!

宮里 それじゃマスコットじゃん!

一同 あははは!

高野 邦生さんが稽古中にディスカッションをしてくださるのがありがたいです。「ここはこういう気持ちなんです……」とお伝えすると、「じゃあ、こう動いたほうがいいかもしれないですね」と、一緒に考えてくださるので、みんなで作品を作り上げている実感があって楽しいです。ベルコーレ役の大西さんも、今回はとても印象的で……! これまで大西さんが演じられた「トスカ」のスカルピア、「マタイ受難曲」のイエス、「ドン・ジョヴァンニ」などを観ていますが、今回はガラッと雰囲気が違って、新たな一面にワクワクしています!

宮里 そうだね。言われた7倍くらいのことを自らやっている気がする(笑)。仕草の一つひとつにもすごくこだわりがあるってことを、この間教えてくれた。本当に素晴らしいよね。

高野 だから私も「何かしなきゃ!」と焦るくらい(笑)、とにかく楽しくて刺激的な現場です。

高野百合絵

高野百合絵

──皆さんのやる気に、杉原さんは何か油を注いだのでしょうか?

杉原 いや、特別なことは何もしてないんですよ。でも稽古が進めば進むほど、皆さんがご自身で理由を見つけてどんどん試してくださるので、そこはさすがだなと。そうやってトライしながら自分の中に落とし込んでいける方たちばかりなので、僕ものびのびやれています。そして皆さん、これまでに「愛の妙薬」に出演されていたことがあったり、作品の知識をたくさんお持ちなので、「こういうパターンもあるよ」ということをお話してくださるんですね。それを聞いて「だったら今回はこっちかな」というふうに自分で整理ができたり、新たなジャッジができたりするのも、すごくありがたいと思っています。

宮里 邦生さんがいろいろと聞いてくださるのは、僕も助かります。僕の中で演出に関して意見するのはやっぱり越権なんじゃないかという思いがあるのですが、言葉にはどうしてもロジックがついてくるから、ロジック的な整理がついていないと言葉が発しづらいんですけど、今回は邦生さんが作り上げるものを壊さない程度にいろいろとお話しできたら。

宮里直樹

宮里直樹

杉原 先日宮里さんとお話ししていたとき、宮里さんが「音楽に感情が書いてある」というお話をされていたんですね。なんでその話になったかというと、宮里さんは歌がない部分でも演技がすごくお上手だから、「演劇もやってみてほしい」と言ったら、「僕は音楽がないとセリフが覚えられない。オペラは音楽に感情が書いてあるから大丈夫なんだ」とおっしゃっていて、そのお話はすごく印象的でした。僕は逆に、音楽に感情が書いてあるという感覚が多分まだちゃんとはつかめていなくて、そういう感覚ってすごいことだなと。

宮里 オペラにもジングシュピールっていう、音楽がつかないセリフだけのオペラがあるんですけど、本当にセリフが覚えられなくて、皆さんにご迷惑をおかけしてしまうんですよ。

一同 あははは!

──“音楽に感情が書いてある”という感覚は、高野さんもお持ちですか?

高野 そうですね。どのオペラでも、言葉を発する前に音楽によって感情が動く感覚は、自然に感じます。たとえば時代設定や役のテーマがはっきりしている作品では、アリアの旋律の中にすでにその要素が込められているので、楽譜を読むときには、まずそこをしっかり汲み取って、大事にしなければという意識を持ちます。

宮里 ちなみにドニゼッティが「愛の妙薬」を書いた頃のオペラって、悲しいことを言っているのにメジャーコードの明るい曲だったり、プラスの発言しかしてないのに全部マイナーコードの曲だったりと、ちょっとわかりにくいというか複雑なんです。

杉原 その話、すごく面白いですね。