白井晃と安住の地が語るシアタートラム・ネクストジェネレーション「凪げ、いきのこりら」 (2/2)

広がるテーマ、“ケンカの話”から“異種との争いの話”へ

──本作「凪げ、いきのこりら」は、フィクションと現実を織り交ぜつつ、身体性や空間性を強く意識させるような作品となりそうです。また今回は「ポスト・トゥルースクレッシェンド・ポリコレパッショナートフィナーレ!」(参照:岡本昌也と私道かぴの共同制作過程も公開、安住の地「ポスコレ」)「iplay!」(参照:安住の地が“ニュースポーツ”描く「iplay!」)に続く岡本さんと私道さんの共作となります。共同執筆で、ということは最初から決めていたのでしょうか?

岡本 そうですね。応募の段階で「これは一緒に書かせてほしい」という話をしていました。

──安住の地では、どのように作品の方向性を決めていくのですか?

岡本 共同執筆するときは、毎回「今回は何をやりたいか」ということを作家の間で話します。団体メンバーに、今何に興味を持っているかを聞くこともありますね。共同執筆第1弾の「ポスト~」では僕たちが平成生まれで、ちょうど平成が終わるというタイミングだったこともあり平成史と平成のゲーム史を重ねて描くということに取り組みました。2作目はちょうど2020年で東京オリンピックが行われる予定の年だったので、スポーツをテーマに、スポーツを外と中から描くということをやってみました。今回は、僕が最初にケンカの話がしたいという提案をして……例えば人と話しているときに、本当は相手を殴りたいとか、相手がもっとも傷つくことを言ってやりたい、という衝動に駆られることがあって。でも普段はそれを抑えながら生きているという感覚がすごくあったんですね。そうやって衝動を隠し、抑えながら生きてはいるんだけど、でもそういう自分の攻撃性をなかったことにはしたくないなと思って、それで「ケンカの話にしたい」と提案したところ、私道さんが「自分たちとは異種の人たちとどう関わっていくか、という点についてなら私も書ける」と言ったので、“他者や異種との争い”ということをテーマに、今作品を練り上げているところです。

私道 岡本の発言に補足すると、例えば「iplay!」のときはスポーツをテーマに作り始めたものの、創作の最中で五輪が延期になり、作品の意味合いが変わってしまい、脚本を都度変えていった、ということがあったんですね。今回も最初に考えていたのはケンカの話で、“解決できない会話”をやってみたいと話していたのですが、その後戦争が始まったことで、わかり合えないということが舞台上だけではなく現実でも起きていることが、台本に影響を与えるようになりました。そのように毎回、テーマ選びの段階では考えもしなかったようなことが創作過程でどんどん起き、その都度考えていくことで、思いもよらなかったようなところまで連れていってもらう、ということが多いです。

左から白井晃、私道かぴ、岡本昌也、中村彩乃。

左から白井晃、私道かぴ、岡本昌也、中村彩乃。

岡本 確かに今回も、稽古場で試していることと世界で起こっていることのつながりを無視できないような気がして、ケンカの話というところからもっと大きなところまで転がってきている感じがします。

──台本に対する白井さんの印象は?

白井 台本の隙間隙間に、音楽や動きが入ることを想定して書かれているんだなということを、まずは感じました。また、わかりやすいドラマ展開はないんですが──まあ僕はそのほうが好きなので全然問題はないんですけど(笑)、岡本さんがおっしゃった、“自分の感情の振幅を抑え込まなければいけない社会になってきている”という感覚には、すごく共感する部分があります。でも人間も動物だから、本来は噛み付くし、生き残っていくためには牙も剥くはずなんですよね。そういった部分を、安住の地さんがどう描くのかが非常に楽しみです。ちょうど僕は、1月から2月にかけて世田谷パブリックシアター(初演はシアタートラム)でフィリップ・リドリーの「マーキュリー・ファー」(参照:吉沢亮&北村匠海が極限状態を生きる“兄弟”熱演、白井晃演出「マーキュリー・ファー」)をやらせてもらったのですが、リドリーの作品には、剥き出しの人間の獣性が描かれていて、登場人物にもクーガなど、動物の名前が付けられていたりします(笑)。そういった人間の内側にある衝動、怒り、悲しみを押し込んで生きていかなければならない今の状況について、安住の地さんたち世代がどう感じ、どう見ているのかをぜひ提示してもらえたらと思います。

──稽古の動画を拝見したのですが、それぞれが獣のような動きで稽古場をうろついていて、台本から感じる印象とはまた全然違う世界ができあがりそうだと思いました。

岡本 あるシーンでは俳優に、自分の中での攻撃性とか、普段押し殺している感情を強く表出させてほしいとお願いしています。そのためには、経験したことのないような、“常軌を逸している状態”になってもらわないといけなくって。俳優たちには身体的にも精神的にも大変なことをやってもらっているので、その点には常にリスペクトを感じながら作っています。

──今回は劇団員のほかに、男肉 du Soleilの池浦さだ夢さん、古野陽大さん、金谷真由美さんが客演します。

岡本 作品のプロットに合わせてキャスティングを考えていったのですが、安住の地のメンバーだけでなく、もっと特殊な身体性とか技術を持っていらっしゃる方たちとやってみたらどんな化学反応が起きるんだろうと思って、これまでずっと一緒にやりたいと思っていた方たちにお願いしたところ、夢がかなったのでうれしいです。

上段左から日下七海、森脇康貴、山下裕英、沢栁優大。下段左から古野陽大、池浦さだ夢、金谷真由美。

上段左から日下七海、森脇康貴、山下裕英、沢栁優大。下段左から古野陽大、池浦さだ夢、金谷真由美。

──印象的なタイトル「凪げ、いきのこりら」には、どんな思いが込められているのでしょう?

私道 これはプロットを考えている段階で岡本から出てきた言葉なんですけど、まず「凪ぐ」という言葉の意味を改めて調べました。次に「いきのこりら」というのは誰のことなのかを考えていったところ、それは客席にいらっしゃる方たちのことではないかと思ったんです。みなさん、何かしらの争いの生き残りではあるわけで、では生き残りである観客の皆さんが“凪げ”という状態になるとはどういうことだろう、本作がそういったことについて考えるヒントになるような作品になれれば、と思い、このタイトルにしました。

──本作は安住の地にとって、東京で初の単独公演となります。お話を伺っているとかなり気合が入っている作品だと感じますが、どんな思いで上演に臨まれますか?

中村 今回私は出演せず、作品を支える側に回っているのですが、稽古場にいるとやっぱり作家が2人いるのは大変だなと(笑)。一方が言ったことに対して、他方は別の返答をしてきたりということはよくあるのですが、それでも今回あえて共同執筆にしたのは、A案やB案だけでなく、話す中でC案が出てくるという作り方は面白いし、そのような過程を経ることで作品の強度が上がると思ったからなんです。今回の公演は、そのような共同執筆で生まれた珍しい作品であることも楽しんでいただきたいです。また今回劇団から出演する俳優は4人だけですが、その背後にはほかの劇団員たちも多数いて、それぞれができる形で公演を支えてくれています。劇団員全員の力の終結した公演として、東京初お披露目できれば良いと思います。

新たな集団性を持つ、“ネクストジェネレーション”として

──演劇の創作環境の変遷について考えてみると、白井さんが主宰していた遊◉機械全自動シアター(1983年~2002年)をはじめとする劇団が隆盛期だった時代、その後流行った劇団員を固定しないユニットスタイルや作家・演出家のソロ企画などを経て、今再び劇団が面白い時期になってきたのではないかと思います。ただかつての劇団と今では集団性に違いがあって、主宰を中心に強いメソッドでつながった団体から、さまざまなアイデアや技術を持った人たちがゆるやかなつながりで創作の場を共にする集団へと変化して来ました。安住の地も、そんな新しい集団性を目指している団体の1つだと思いますが、白井さんは彼らのどんなところに“ネクストジェネレーション”としての期待を感じますか?

白井 僕は、なんでも常にアンチテーゼが生まれてくるものだと思っていて、例えば歌舞伎の新しい流れとして新派が生まれ、そのアンチテーゼとして新劇が生まれ、その後、そのまたアンチとして劇場を飛び出すアングラの時代、野田さんを頂点とする小劇場ブーム、そして平田オリザさんの静かな演劇の時代がありました。その中で、ゆるやかな集団性のユニットが生まれてきて、創作する集団の在り方が大きく変化してきました。でもいずれにしても一番難しいのはやっぱり集団を維持していくということで、その点は安住の地さんもこれから大変だろうなとは思います。ただコミュニケーションの仕方も以前とは変わってきていて、集団の作り方も僕たちの時代とは違うものが生まれつつあるんじゃないかと思うんですね。なので今後、安住の地さんのような新たな集団性を作っている方々が、このコロナ禍を経て、それでも同じ場所、同じ時間にわざわざ集まらないと共有できないもの、得られないものがあるということを新たに発見していってくれたらと期待しています。

中村 先輩方が作られてきた劇団という形は、主宰を兼ねる作・演出家、そして俳優で構成されるものが多いと思いますが、私たちは今、そこから少し違う領域に踏み込めているのかなと思います。ここから、白井さんがおっしゃったようにどのくらいの縛りやコミュニケーションでどんなことが共有できれば、今いるメンバーで団体を作っていけるのかということは、誰かに何かを習うというより、自分たちで探っていくのが良いのかなと思っています。新しいものを作る、というのはちょっと偉そうな言い方になってしまいますが、“何か違う文脈”みたいなもの、私たちなりの団体性を模索していけたら良いなと思います。

岡本 今白井さんがおっしゃったこと……コミュニケーションにフィジカルがないといけないということは、本当にすごく身に染みていることです。コロナになりZoomの打ち合わせはすごく増えて便利になったけれど、やっぱり稽古場や劇場でしか共有できない感覚や、会って初めてわかる俳優やスタッフの熱意や真意、思いの丈というのはあって。なので、白井さんがおっしゃる、“わざわざ集まること”はやっぱり大事だし、その重要性を感じながら活動していきたいと思います。

全公演ポストトークあり!

ポストトーク登壇者

12月16日(金)19:00開演回:山内ケンジ
12月17日(土)13:00開演回:野上絹代
12月17日(土)18:00開演回:岩井秀人
12月18日(日)13:00開演回:杉原邦生 ※追加決定
12月18日(日)18:00開演回:白井晃

※開催回のチケット購入者が対象。

左から中村彩乃、岡本昌也、私道かぴ、白井晃。

左から中村彩乃、岡本昌也、私道かぴ、白井晃。

プロフィール

安住の地(アンジュウノチ)

2017年に旗揚げされた、京都を拠点とする劇団 / アーティストグループ。演劇を主軸に置きながら、音楽や写真、映像、ファッションなどさまざまなカルチャーとのコラボレーションも行なっている。

中村彩乃(ナカムラアヤノ)

1994年生まれ。俳優、安住の地主宰。劇団公演のほか、コトリ会議、SPAC、下鴨車窓など客演も多数。また児童向け演劇ワークショップや大学生を対象にした演劇教育の講師なども行なっている。

岡本昌也(オカモトマサヤ)

1995年生まれ。劇作家、演出家、映画監督。「ボレロの遡行」で「かながわ短編演劇アワード2021」グランプリ受賞。初監督映画「光の輪郭と踊るダンス」が「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2021<ゆうばりホープ>」に選定された。

私道かぴ(シドウカピ)

1992年生まれ。劇作家、演出家。APAF 2020 Young Farmers Camp修了。「丁寧なくらし」が第20回「AAF戯曲賞」最終候補に選出、「犬が死んだ、僕は父になることにした」が令和3年度「北海道戯曲賞」最終候補に選出された。

白井晃(シライアキラ)

1957年、京都府生まれ。演出家、俳優。1983年から2002年まで遊◉機械/全自動シアター主宰を務める。現在は、演出家としてストレートプレイから音楽劇、ミュージカル、オペラまで幅広く手掛ける一方、俳優としても活躍中。第9・10回読売演劇大賞優秀演出家賞、2005年演出「偶然の音楽」にて湯浅芳子賞(脚本部門)、2012年演出のまつもと市民オペラ「魔笛」にて佐川吉男音楽賞、2018年演出「バリーターク」にて小田島雄志・翻訳戯曲賞を受賞。2014年にKAAT神奈川芸術劇場のアーティスティック・スーパーバイザーに就任、2016年から2021年3月まで同劇場の芸術監督を務めた。2022年4月より世田谷パブリックシアター芸術監督に就任。