「K.テンペスト2019」「空中キャバレー2019」串田和美×大森博史×松村武 座談会|まつもとを、どんどん自分の場所にしていってほしい

初夏のような強い日差しと心地よい風を感じて、JR松本駅から歩くこと約10分。山の稜線を思わせる曲線の壁に、シャボン玉のような窓がいくつもちりばめられた特徴的な建物が、まつもと市民芸術館だ。初代芸術監督・串田和美のもと、15年にわたりさまざまな作品を生み出してきた同劇場が、2019年は人気作「K.テンペスト」と「空中キャバレー」をプロデュースする。

ステージナタリーでは、両作品に出演する大森博史と、「K.テンペスト」で串田作品に初参加のカムカムミニキーナ・松村武、そして串田による座談会を実施。松本の空気をめいっぱい吸い込み、立ち上げられる、2作品の魅力とは? また「まつもとを、どんどん自分の場所にしていってほしい」と語る、串田の思いに迫る。

取材・文 / 熊井玲 撮影 / 円山なみ

「K.テンペスト」と「空中キャバレー」は、“何回かやってみたい作品”

──今年のまつもと市民芸術館では、串田さんが演出する2作品、「K.テンペスト」と「空中キャバレー」が上演されます。「K.テンペスト」はシェイクスピアのロマンス劇「テンペスト」を“K(串田)版”として再構成した作品、「空中キャバレー」はサーカスと音楽、演劇を織り交ぜたパフォーマンス作品です。

串田和美 「空中キャバレー」は2011年から隔年で上演している演目です。内容もゲストも、毎回ちょっとずつ変えながら続けていますね。「K.テンペスト」は、再演と言いつつ毎回変えたくなっちゃうので、“再演”と言っていいかわからないですけど(笑)、どちらも1回だけじゃなく、何回かやってみたいと思っていた作品です。

──14年、17年と上演され、今回が3回目となる「K.テンペスト」には、藤木孝さんと湯川ひなさん、松村さんが初参加されます。中でも松村さんは、意外なキャスティングでした。

串田 そう? なかなか本人には伝えられなかったんだけど、松村さんとは何か一緒にやりたいとずっと思っていたんです。だから彼が出演している舞台を観に行って「よかったね」って声をかけたり、なんとなく気持ちを伝えようとはしていたんですけど(笑)、やっと念願が叶ったという感じですね。

松村武 今回お声がけいただいたことは、僕もちょっと意外でした(笑)。串田さんとは、ずっと昔に僕が演出助手で参加していた作品でお会いしていて。

串田 この人(大森を指して)も出てましたね。

大森博史 2000年に上演されたNODA・MAPの「カノン」です。

左から串田和美、松村武、大森博史。

松村 でもそれ以来ご一緒する機会がなかったので、「何を契機に?」って思ったんですけど、新しいことに出会える機会だと感じたので、うれしかったです。

──大森さんは、「K.テンペスト」に初演からご出演されています。今年の「K.テンペスト」はどんなカラーでしょう?

大森 藤木さん、松村さん、ひなちゃんと新しい方が入っていらっしゃって、ずいぶん“濃く”なったなあと思います(笑)。また、これまでの上演で練られてきた部分もあるし、今回新たに串田さんが思い付いたこともたくさん盛り込まれていくんじゃないでしょうか。

観客の存在を、ふくらはぎで感じる芝居

──初演では“難破した人たちの夢や記憶”を足がかりに、再演ではそこから一歩踏み込んで“その夢や記憶を誰が観ているのか”に迫るクリエーションが行われました。今回はどのようなアプローチを考えていらっしゃいますか。

串田和美

串田 芝居って、やることがあって人が集まるんじゃなくて、集まった人でやることが決まっていかなきゃおかしいと思うし、そのときそこにいる人が一番大事だと思うので、新たに入った人とまったく新しいことが始まらなければいけないと思うんです。という意味で、前回までとの大きな違いは、キャストに尾引浩志さんというホーメイの人が加わったことですね。また松村さんたち、初参加の役者さんが影響力の強い方たちなので(笑)、無理に変えようとしなくても自然に変わっていくこともありますし、僕自身は初演と再演でやったことを忘れるというより、意識的に崩していこうと思っています。あと、今回は空間をこれまでよりひと回り狭くしたんですね。と言うのも、今回ツアーで訪れるセルビアの劇場がとても狭いそうなんです。だから最初はセルビアだけ演出を変えようかと思ったんですけど、稽古する中で「いや、狭い空間のほうが面白いのでは」と思い直して、全部狭い空間にしました。

──「K.テンペスト」は、アクティングエリアを客席がぐるりと囲みますよね。

串田 ええ。これまでも役者はお客さんの間を縫って芝居していたんだけど、今回はもっとかき分けながら演じる芝居になるでしょうね(笑)。で、昨日稽古しているときにふと、「このスタイルでシェイクスピアを3本くらい、連続公演とかでやってみたら面白いかもしれない」ってアイデアが湧いてきて。そんな、いろんなことを考えながら稽古しています。

──演じ手としては、お客さんの間近で演じることで、普段と違う部分がありますか?

大森博史

大森 僕は小劇場出身なものですから、ふくらはぎのところにお客さんがいる感じって言うか、お客さんが座ってるすぐ隣に立って演じる感覚は、よくわかります。そのぶんエキサイトすることもありますけど、緊張しているのも全部お客さんに読まれちゃうから、適当にはできないっていう緊張はありますね(笑)。お客さんにとっても、役者がある感情や風景を作り出そうとしている姿を間近で見られるのって、とても贅沢なことだと思います。

松村 僕も小劇場出身なので、感覚はなんとなくわかりますね。かつて、そんなに広くはない空間で芝居をしたときに、お客さんにパイプ椅子を渡して自由に座ってもらうスタイルで芝居したことがあるんです。毎回、会場に入ってみないとどこがアクティングエリアなのかわからないっていう(笑)。もちろんやることは決まってるんだけど、演者同士の距離感なんかが毎日違っていて、あの緊張感を今も忘れられない感じはあります。

──「K.テンペスト」は、身体表現や楽器の生演奏など、ごく限られた手法で作品世界を立ち上げる、シンプルな作品と言えます。

串田 僕の奥さんは写真を撮る人なんですけど、最近カメラの性能が上がってきて、どんな表現も手軽にできるようになってきたという話をしてて。それってカメラを劇場に置き換えると、照明や音響、舞台装置が調った立派な劇場と言えると思うんですね。もちろんそれによって今までにない表現ができるようになったり、より面白くなったりするところもあると思うんですけど、でもそういう仕掛けを使って「どうだ、すごいだろう!」と“言わせなきゃいけない気持ち”にさせられると言うか、逆に装置に操られている感じがするなと感じていて。むしろ全部削ぎ落として……例えば何十色も使って描いた油絵と、ボールペン1本で描き込まれた線画と、どちらも同じくらい価値があるんじゃないか、ということを感じるんですよね。