「空中キャバレー」は奇跡のような作品
──7月に上演される「空中キャバレー」は今回が5回目の開催となります。上演を重ねるごとに、串田さんの目指すイメージに近付いていっているのでしょうか?
串田 と言うより、「空中キャバレー」は最初からびっくりするぐらいうまくいっちゃった作品で(笑)。最初は(初演から出演するアコーディオン奏者の)cobaも「こんな観客が密集した中で演奏したら、ぶつかるし楽器を触られちゃうよ」って言ってたし、椅子席はあんまりなくてアクティングエリアがどんどん移動していくから、お客さんから苦情が来るんじゃないかってスタッフも心配してたんですけど、僕が「大丈夫だから」って説得して。蓋を開けてみたら本当に、お客さんたちが自主的に動いてくれたんですよね。子供がいれば、自分の子供じゃなくてもふっと前に押し出してくれたり、場所移動にもすっとついてきてくれたり、数が限られた椅子席を譲り合ってくれたり……。作品の内容とは別に、お客さんの間でこんな関係性が生まれるんだってことに感動してしまい、そんなことが初演からできてしまったので、その状況を壊さないように壊さないようにと考えつつ、とにかく絶対に事故だけは起こさないようにと細心の注意を払いながら上演を重ねてきました。今では評判を聞いて、松本以外からもたくさんお客さんが来てくれるようになりましたし、実は「うちでもやってください」と声をかけてくれた劇場もあったんですけど、ちょっと松本以外の場所では難しいかもしれないなと思って。本当に奇跡のような作品だと思いますね。松村さんもぜひ来てね。
松村 絶対来ます!
串田 今回は特に、5回目のスペシャル企画として、ゲストが日替わりで登場するんです。どんなふうになるのか……僕も楽しみですね。
大森 僕は2015年に初参加する前に、観客として観に来たことがあったんです。観ながら、「すごく面白いけど、すごく大変そうな作品だな」と思っていました(笑)。「空中キャバレー」はお客さんが作品を“目から観に行く”感じで、興味が先で身体があとから付いて移動している様子がすごいなと思ったんです。東京だったら、「こっちに移動してください」って誘導してもなかなかお客さんは腰を上げないけど、松本ではパパパってお客さんが移動して、アクティングエリアの最前列であぐらをかいて、始まりを待ってるんです、その姿がいいなって。
──確かに「空中キャバレー」のお客さんは、舞台を観る表情がすごくいいなと思いました。
大森 そうですよね。いい表情を見るとやる側も育つと言うか、何かを思い出す感じがしますね。
作品を土地に委ねる
──「K.テンペスト」「空中キャバレー」のほか、「白い病気」「Mann ist Mann」など串田さんの近作では、TCアルプ(編集注:串田に師事し松本に集った若者らで構成される演劇団体。07年よりまつもと市民芸術館を拠点に活動する。現在、串田を含む8人のメンバーが所属している)が活躍していますね。
串田 そうですね。メンバーがだんだん育っているなと思うし、昨年の秋からは学校的なもの(編集注:18年秋に始動した表現者育成のための機関、まつもと演劇工場NEXT)も始まったので、今後毎年、演劇に関わりたいと思う人が出てきて、彼らが幅広く活動して、また松本に戻って来てくれたら、面白い街になるだろうなと思います。
──まつもと市民芸術館では、例えば「信州・まつもと大歌舞伎」や「兵士の物語」、劇場外のさまざまな場所で上演される「トランクシアター」シリーズなど、オリジナリティが強く、幅広いジャンルの作品を多数上演しています。芸術館がオープンして15年、お客さんの目もかなり肥えてきているのではないでしょうか?
串田 確かにこの人口の中で、あれだけの人が観に来てくれるのは、なかなかなことだとは思います。でももっと観に来てほしいと思いますし、その反面、これまではとにかく「観に来てもらおう」とか「お芝居を好きになってもらおう」ってことに力を入れなきゃと思ってきたけど、もっと堅い芝居とか笑わせない静かな芝居、小難しい芝居もあっていいのでは、と思っていて。今後、さらに幅広い作品が上演できたらいいなと思います。
──「K.テンペスト」は、4月初めからずっと松本の稽古場で創作されています。クリエーションの場として松本の魅力をどんなところに感じますか?
松村 贅沢な感じがすると言うか、せかせかしてないんですよね。作品に集中できるというよさはもちろんあるんですけどそれだけじゃなくて、それ以外のところが充実すると言うか(笑)。ここでこの作品を作ることが、土地に作品を委ねる感じになる。また松本が本当に素敵な魅力を感じる街なので、ここで芸術作品を作ることが、非常にいい精神状態を作ってくれていると思います。
串田 芝居って頭だけで作るものじゃないし、偶然がすごく大事でしょ。例えば日照りが続くからこういう花が咲くとか、寒い日があったからきれいな紅葉になるってことと同じで、このメンバーで作るからこういう作品になる。例えば昨日、稽古が久々にお休みだったんだけど、松村さん、美ヶ原ら辺に歩いて行ったんでしょ?
松村 そうなんです。
串田 けっこう距離あるよね?
松村 往復4時間ですね。
大森 4時間!
串田 それって、「うちでずっとセリフを覚えてました」って言うより、ずっといいなと思う。せっかく松本にいるんだし、そういう体験は芝居にも生きてくると思うんだよね。ちなみに僕は昨日、街中で自転車に乗ってる万里紗さんに会ったんだけど、「何してるの?」って聞いたら「アルプス公園でホーメイの練習してました!」って気持ちよさそうに言ってて。松本で稽古してるときは、みんなが稽古休みに何をしてたのか、聞きたくなる。でも東京では「休みの日に何してた?」って聞かないよね?
松村 聞かないですね(笑)。
大森 また同じ長野県でも、長野市だとこういう雰囲気にはならないかもしれませんね。ここでは、朝起きて稽古場に来るまでの間に、川や山が目に入って、その瞬間に全然違う気分になるんですよ。それがとてもいい。山に囲まれているという感じが、僕にはすごくうれしいですね。あとこの空気!
上演を重ねることの大切さ
──「K.テンペスト」「空中キャバレー」を筆頭に、まつもと市民芸術館にはいくつものレパートリー作品やシリーズ企画があります。継続的な上演によって、観客との関係も深まっているのではないでしょうか。
串田 そうですね。東京以外の場所で演劇をやると、どうしても(興行的に)1カ月ずっと同じ作品を上演するわけにはいかないので、多くのお客さんに観てもらうには上演を重ねていく必要があります。また、僕がシアターコクーンの芸術監督をやっていたときは、秋に新作、春はそれまでにやった作品を数本、短期間でポンポンポンと上演するということをやっていましたが、そのときも再演って大事だと思ったんですよね。ベルトルト・ブレヒトが死んでから10年以上経ったときに、ブレヒトが拠点としていたシッフバウアーダム劇場に行ったことがあって、そこでブレヒトが生前演出した通りに作品が上演されているのを観て、すごく感激したんです。もちろんキャストは変わってるし、演出も変わってる部分があるとは思うんだけど、大きな演出意図は変わってなかったんですね。そのように、僕がここからいなくなっても、僕が演出した作品がレパートリーとして残っていくのはいいなと思う。それに、どんどん若い人がまつもとに来てくれて、ここを自分の場所にしてくれたらいいなって思うんです。例えば2年に1回「空中キャバレー」を観に来るうちに、「自分たちもなんかやってみたいな」って思ってもらえたらうれしいし、松村さんにもぜひまつもとで作品を作ってもらいたいなって。
松村 はい、ぜひ! 劇団で来たいですね。
串田 うん、そういうふうにいろんな人がまつもとに来て、ワイワイ言い合えたら楽しいだろうなって思いますね。