“巻き込む”んじゃなくて、いかに“巻き込まれる”か
──「SHIZUOKAせかい演劇祭2026」のオープニングを飾る、石神さん台本・演出の「うなぎの回遊」は、マリアナ諸島沖の深海へと旅するうなぎの生態と、それぞれの理由から日本にやってきた人びとの姿を重ね合わせたパフォーマンスです。SPACの俳優たちと、静岡で暮らすブラジルにルーツを持つ地域住民たちが1年以上にわたってリサーチや対話を重ね、“移動と生殖”をテーマにしたフィクションが繰り広げられます。
私はもともと具体的なビジョンがあってそれを形にしていくタイプではなく、ふわっとしたイメージで始めるタイプなんです。やりたいのはいろいろな人が混ざってクリエーションし、何かが生まれてくる「場を作る」ことです。「うなぎの回遊」に関しても、「自分もやってみたいな」とか「自分にも何か言いたいことがあるぞ」と思ってもらえるようなタイトルを考えたつもりですが、それ以外は何も決めずにクリエーションを始めたので、クリエーションが始まったときには想像しなかったようなことを、皆さんが肉付けしてくださいました。フィクションではありますが、座組のメンバーからすると自分たちがやってきたプロセスをそのまま演劇にしたような、ほぼドキュメンタリーのような作品になっていると思います。
──2月に行われたワーク・イン・プログレス公演から、さらにクリエーションが続いていると聞きました。
はい。回収しなきゃいけない伏線がいっぱいあって、ワーク・イン・プログレスの1.5倍ぐらいになる予定です。
──ワーク・イン・プログレス公演では、内容の興味深さもさることながら、空間や音楽が美しく、五感で感じるような作品だと感じました。
それはうれしいです。言葉で説明できるような話ではなく、直感的につながるような形の作品にしたいと思っていたので。また音楽と舞台美術については台本と並走して作っていったので、お互いに影響し合いながら試行錯誤していった感じです。最初に棚川(寛子)さんの音楽が上がってきたときは自分の世界観を超えるスケールの大きさに圧倒されたのですが、「この音楽の力を生かしていくにはどうしようかな」と考えていく中でアイデアが広がりました。佐々木文美さんの舞台美術もとても個性的で、ご自分のスタンスがブレない一方でとても柔軟に考えてくださる方なので、それぞれ異質な世界観が交わりつつ作品世界を作っていくのは楽しいです。
──石神さんは懐が深いというか、来たものをそのまま受け止めるところがすごいですね。
いえいえ(笑)。ただ私は長く一般の方と街場でやってきたので、集まってくださった方たちがそのままでどうするのがいいかをずっと考えてきたんですね。一般の方は台本通りにセリフを発したり演じたりすることが難しいし、こちらがその方の生活や地域の事情と折り合っていかないと一緒に創作できない。自分では「積極受動性」とか「了解力」と言っているのですが、地域や人を“巻き込む”んじゃなくて、いかに自分が上手に“巻き込まれる”かが重要で。とりあえず何が来ても「あ、了解です」と引き受けていく力だけを鍛えてきたので(笑)、それで押し切ろうとしているわけです。
──また今回の「せかい演劇祭」には、「BIOTOPE」が演劇祭のプログラムの1つとしてラインナップされました。「BIOTOPE」は国際交流基金との共催により、3年間にわたって日本および東南アジアの劇作家が交流しながら創作に取り組んだり、舞台芸術作品の招聘や招聘アーティストによるワークショップを実施したりするプロジェクトです。下島さんのワーク・イン・プログレス公演然り、「BIOTOPE」然り、演劇祭のプログラムに継続性や未来を見据えたプロジェクトが盛り込まれたのは、新たな動きです。
そうですね。私自身アートプロジェクトや、海外のアーティストキャンプにたびたび参加してきましたが、フィリピンの演劇祭に関わったときは3年間連続で呼んでもらって、成果は3年目に発表すればいいという形だったんですね。そういった、ある意味プロセスを重視したクリエーションの場の豊かさを自分も実感していて、人材育成という面でもアーティスト同士のネットワークを作るという意味でも、あるいはアーティストが持続可能な創作をしていく環境を作るという点でも意味があると思ったので、アーティスト・キャンプはぜひやりたいと思っていました。特にSPACはすでに恵まれた環境、舞台芸術公園があるのでそこがそういう場になったらすごくいいなと思っていましたし、そういった、人と人とが交わる中で何か新しいものが生まれてくる場が地域の中にあるということがすごく豊かなんじゃないかと思ったんです。私は、演劇って観るのも面白いけれど作る面白さがあると思うので、みんなもっとやったらいいのにと思っていて。また「やる」と言っても出演に限らずいろいろな形があると思うんですね。いろいろな人が関われる居場所や隙など、“関わりしろ”をいっぱい作ることで、演劇が作品だけじゃなくプロセスも含まれることや、演劇の営みの部分の価値をもっと知ってほしいし、多くの人に参加してほしいなと思ったんです。それにアーティストにとっても時間をかけて作品を作ること、何度も実験し失敗しながら作品を良くしていくことは大事なことなので、時間と空間があるということは大きな価値だと思います。今後、舞台芸術公園だけでなくいろいろなところで活動を展開していくと思いますし、この先のアジアと日本のアーティストのネットワークにおいてハブになってくれるような人たちを選んだつもりなので、「BIOTOPE」がアーティストが帰って来られる場になり、地域の人たちもアーティストと出会える場になればと思っています。
“引き裂かれる思い”が大事なのではないか
──最後にアーティストとしての石神さんにお伺いします。これまでさまざまな土地を訪れることが石神さんのエンジンになっていた部分があったのではないかと思いますが、静岡に根を下ろしたことで、ご自身のクリエーションに新たに期待している部分があれば教えてください。
どうでしょう……子供を育てなから創作しているので、現実的に地域にクリエーションと発表の場があり、そこに暮らしてもいるというのはすごく恵まれているなと思います。そういう意味では今まで以上に生活と作ることの結びつき……というよりは齟齬のほうが大きいですが(笑)、両者の引き合いの中で引き裂かれ続ける感覚があります。でも私は、この引き裂かれ続けながら宙ぶらりんになっているのはけっこう大事なことのような気がしていて。「SPAC秋のシーズン 2025-2026」で演出家を選ぶときにも自分の中で大事にしていたことが、“生活者のアーティスト”ということだったんですね。芸術を突き詰めようすると、生活者としての自分と引き裂かれると思うし、けっこうしんどいと思うんです。でも、今までのSPACのように芸術的な高みを目指しつつ、地域住民の方や演劇に必ずしも関わりがない方たちに届くものを作っていくには、この引き裂かれる力はけっこう大事じゃないかと思います。現実的なことで言えば、たとえば自分の子供が通っている保育園の先生たちが作品を観に来てくれたときにポカンとされてしまったことがあって、申し訳なかったなという気持ちと、でも私はこれを作ってこれを観ないと生きていけないから、届いてほしいなという気持ちの両方があり、どうしたらいいんだろうとよく考えます。静岡でやり続けるには必ずしも舞台芸術のファンではない幅広いお客様に作品を楽しんでもらうことはとても大事なことだと思うし、同時にSPACとしての芸術的使命もある。このことを考え続けていると、しんどくて心が折れそうになることもありますが、同時にやりがいも感じている、というのが今の正直な気持ちです。
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「SHIZUOKAせかい演劇祭2026」ラインナップ




