文学座附属演劇研究所と「おやこ小学校」が向き合う“教えること、教わること”のススメ
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2025年度から変わる、文学座附属演劇研究所

──文学座附属演劇研究所では、研究生たちの意識や環境の変化に応じて、次年度から募集内容とカリキュラムが一部変わります。公式サイトには「カリキュラムの質を維持向上した上で経済的負担を少しでも軽くすることを目標に」した変更だと説明がありますが、例えば応募資格に上限が設けられ「18歳以上40歳以下」となったり、募集人数が昼間部・夜間部各30名だったところ各24名になったり、授業時間が1コマ90分だったところが100分になったり……と各ポイントでマイナーチェンジが行われます。植田さんご自身は、どんなところに変化の必要性を感じていらっしゃいますか?

植田 今入所してくる子たちの俳優像と、講師が持っている俳優像が少し違っているんじゃないかと思っていて。ともすると入所してくる子たちのほうが、広い俳優像を持っている、ということがあると思います。つまり以前だったら舞台やテレビに出て活躍したい、というのが憧れの俳優像だったかもしれませんが、今は演劇を使って社会との接点を持ちたい、社会に貢献したいと考える子が多いんです。でもこれまでのカリキュラムではその部分になかなか対応できなかったのですが、年間の限られたコマ数の中でその気持ちにいかに応えていくのか、という議論が今進められているところです。また社会の状況が変わってきたこともあり、これまでは1日3時間週6で授業があったんですけど、これから週5になります。

YORIKO え! 週6だったんですか! やっぱり濃い(笑)。

植田 (笑)。親の働き方も週5が当たり前で育ってきた子供たちが、週6の授業だとライフワークバランスが取れないという意見もあったので、週5でカリキュラムを回せるように来年度から調整しています。もちろん、発表会前は週6で稽古時間も増えてしまうんですけど……。同時に、研究所時代からそういう環境に慣れていかないと、職業としては成り立たないんだっていうことを研究生たちに教えたい、という思いもあります。

YORIKO おっしゃる通りだと思います。やっぱり何かになるのって、それだけやらないと難しいということは確かにあるし、そこを見据える覚悟がある人に来てほしいということはあると思いますから……。

──YORIKOさんはカリキュラムを組むとき、あるいは講師を選ぶときにどんなことを意識していますか?

YORIKO 今年の「東京芸術祭2024」では、「おやこ小学校」ではなく「かぞくアートクラブ」として、講師はコンドルズのスズキ拓朗さんや安田有吾さん、アーティストの牛島光太郎さん、私が務め、共同作業や対話中心のクラブ活動をやりました。一方、「すぱっくおやこ小学校」は現在3年目で、1・2年目はSPACさんに並走して私も一緒に授業を企てていたのですが、SPACさんが自走することを見据え、今回は講義の組み立てからSPACさんに担っていただいたんです。が、かなりの大作業となったようで……。「おやこ小学校」の要点や授業の組み立て方を、私がもっと言語化しなければと思っています。一方で、私が講師の方を決めるときは、一応の基準はもちろんありますが、結局は「いい人そうだ!」という印象が決め手となるところが大きいです。

YORIKO

YORIKO

植田 あ、でもそれ大事ですよね。「いい人だな」って感じるかどうかは、すごく大事だと思います。

YORIKO ですよね! 過去に町のカメラ屋さんのおっちゃんに講師をお願いしたときは「そんなことやったことないからダメだ」と最初は拒否され、「内容はこちらで考えるので、とにかく入ってくれれば大丈夫です!」と無理やり頼みました(笑)。授業の内容は、まずどんなお仕事をされているかを1回ヒアリングし、そのお仕事をベースにした親子向けのワークショプを組み立ててご提案して、フィードバックをもらい、チューニングして本番、という感じで、打ち合わせは1回くらい。講師となる人のどういうところを引き出すのが良いか、毎回考えています。

植田 研究所の場合は、いわゆる俳優さんたちに講師をお願いすることが多いんです。YORIKOさんから見て、俳優のワークショップに可能性を感じる部分はありますか?

YORIKO めちゃめちゃありますよ! 「おやこ小学校」に演劇という要素を取り入れられて本当に良かったと思っていて、最初にお話に上がったアイスブレイクのこともそうですけど、演劇って最短で人が仲良くなれる分野だなと思っています。それに演劇の人たちって個性が強くて、一度会ったら忘れられないような人が多いし(笑)、人前で当然恥じらわずに演じるので、子供たちにとっては「恥ずかしがる必要はないんだ!」っていうことだけでも新発見だと思います。

植田 確かに僕も小学校にワークショップに行くと、最初は知らない大人ということで警戒されますが、ワークショップを経て、最終的にはみんなに飛びかかってこられたりします(笑)。

YORIKO (笑)。SPACの俳優さんが教えてくださったシェイクスピアの言葉「この世は舞台、ひとは皆役者」って、本当にその通りだなと思って。どんな人も、例えばお母さんやお父さんの役、子供の役、会社員の役、学生の役などそれぞれ役割を演じているわけですけど、「それも役の1つだから、ある時は役を変えてもいい、違う役になってもいいんだ」という気付きは、人生にとってプラスになる気がします。

鈴木 確かにそうですね。今、文学座では、子供向けと並行してシニア世代向けのワークショップもやっているんです。社会的な肩書きがある人や、お母さんお父さんなどいろいろな方がいらっしゃいますが、文学座に来たらまずはその荷物を全部下ろして、1人の人間として物作りに取り組んでもらいます。ただ最初はやっぱり大変で、演劇のワークショップなのに「会社ではこういう役職でして……」と名刺を差し出さんばかりの方もいたんですけど(笑)、何カ月か続けていくことで、昔からの幼なじみくらいの親密さになっていきます。そうやってさまざまなバックボーンがある人たちが、みんなで1つの作品を作っていくこと、自分が輝ける場所を作っていく様子はちょっと感動的です。

左から植田真介、鈴木美幸。

左から植田真介、鈴木美幸。

教えることで教わること

──ここまでそれぞれの活動について伺いましたが、最後に皆さんご自身が、それぞれの活動から受けている刺激や影響について伺いたいです。

YORIKO 私にとって「おやこ小学校」や「かぞくアートクラブ」の活動は、普段のグラフィックデザインの仕事とは視点や価値観がやや違います。ただこの活動をしていると面白い人にたくさん出会えるので、初心を取り戻すというか、「いろいろな人がいていいんだな」と、アートの面白さを改めて感じて、また日常に戻っていく機会になっています。なので、私にとっては「おやこ小学校」や「かぞくアートクラブ」って非日常で、初心に帰るための時間だと思っています。

鈴木 「こどもげき」に参加されたお子さんは、皆さん笑顔が本当に輝いているんですね。30分程度のお芝居を観て、自分もお芝居に参加して、帰るときには「楽しかった!」という思いが表情にあふれているんです。そのキラキラした笑顔を見ると、限られた制作費の中、一生懸命に準備したその疲れが全部吹っ飛ぶくらいの気持ちになりますし(笑)、私に限らず「こどもげき」のメンバーは全員、その笑顔が見たいから毎年がんばっているんだと思います。なのでYORIKOさんがおっしゃった“初心に帰る”思いには、私も同感です。「こどもげき」は“なんで私はこの仕事がしたかったのか”ということを毎回思い出させてくれます。

YORIKO わ、素晴らしい!

鈴木 (笑)。

植田 最近は小学校などの教育現場に関わることもあるんですけど、こういう活動を始める前と後で、僕の意識もだいぶ変わってきたと実感しています。俳優としてただただ役が与えられるのを待っていた頃は、自分のことだけを考える時間がすごく長かったんですけど、アウトリーチで出会う子供たちや研究生たちと付き合ううちに、自分以外の他人のこともよく考えるようになり、鎖国状態から開国されたような感覚と言いますか(笑)。ある意味、役作りの考え方から変わったといってもいいかもしれません。それまで役作りって自分の役を作ることだと思っていたけど、実はそうじゃないんじゃないかな、むしろ相手のことを考えていたほうが自分の役作りになるんじゃないかと感じるようになったし、研究所にかかわるようになって自分自身の変化を感じる。自分が豊かになるような感じもあって、むしろ俳優業以上に演劇を介した教育に使命感を感じているくらいで(笑)。

それともう1つ、僕が教育現場に行って感じているのは、経済的な理由や家庭状況など、明らかにいろいろな事情を抱えて、現実の中できゅうきゅうとしている子たちがいるということ。“本当はこういう子たちにこそ演劇に触れてもらいたいな”と思うんですが、そういう子は劇場には来ない、来られないんですよね。子供に限らず大人でも、劇場に行きたいけれど育児や介護、経済的な事情で劇場に行けない人は多い。そんなふうに、劇場に来られない人がいるなら、自分から行くしかないじゃないか!というのが僕の根本にある思いで。いずれはコンビニくらいの感覚で(笑)、会社帰りやご飯を食べる前、寝る前に10分だけ演劇に触れて、日常の役割と別の役割を演じてみる……そんなふうに気軽に演劇を感じることができたら面白いんじゃないか、と思っていたりします。

左からYORIKO、植田真介、鈴木美幸。

左からYORIKO、植田真介、鈴木美幸。

文学座附属演劇研究所 2025年度 第65期本科生募集

文学座附属演劇研究所 2025年度 第65期本科生募集

入所案内・願書請求:2024年10月1日(火)~12月16日(月)
願書受付:2024年11月25日(月)~12月20日(金)必着

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プロフィール

植田真介(ウエダシンスケ)

1982年、広島県生まれ。俳優、文学座附属演劇研究所主事。2000年に文学座附属演劇研究所に入所し、2005年に座員となる。現在は舞台を中心に多方面で活動。劇団公演の傍らプロデュース公演などにも出演。近年の主な出演作に「有頂天作家」、「T Crossroad 短編戯曲祭<花鳥風月>夏」、文学座「昭和虞美人草」など。

鈴木美幸(スズキミユキ)

1980年、福島県生まれ。宮城大学大学院事業構想学研究科修了。2008年株式会社文学座に入社。演劇公演制作業務をはじめ、子供向け演劇プログラムや地域でのワークショップ事業を企画運営する。2023より文学座企画事業部部長。

YORIKO(ヨリコ)

1987年、埼玉県生まれ。コミュニケーションデザイナー。桑沢デザイン研究所卒業後、ロンドン芸術大学 セントラルセントマーチンズを卒業。2015年よりフリーランスのデザイナー・美術作家として活動を始め、2020年に株式会社ニューモアを立ち上げる。2016年に高松アーティスト・イン・レジデンスで行った高松私立おやこ小学校を機に、「おやこ小学校」をスタート。2020年には障害福祉×デザインのチーム「想造楽工」を始動、2021年にSPACと協働して「すぱっくおやこ小学校」をスタートした。