13組それぞれのヴラジーミルとエストラゴン
次に研究所を訪れたのは7月中旬。稽古は文学座アトリエに場所を移し、黄色のパネル3枚を重ねた奥行きのある舞台美術の中で、エストラゴンとヴラジーミル、ポッツォとラッキー、4人のシーンが繰り広げられていた。わずか2週間のうちにどれだけ稽古が深められたのか、研究生たちはすっかりこの作品との距離を縮めたようで、演じている側も、自分の出番まで客席で稽古を見ている側も、滑稽なシーンでは笑いが起きるほどの余裕が生まれていた。鵜山の演出も、セリフより動きのタイミングや立ち位置のことが中心で、「エストラゴンの考えが変わったことを、人物同士のバランスが変わることで表現したいなあ」「上手から下手に移動する動きで、観劇料100円取れるくらいに演じてみて!(笑)」と言いながら、自分も舞台に上がって研究生たちと動きの確認をしていた。読み合わせのときは、鵜山の問いかけに固まっていた研究生たちだが、このときは自分が演じている登場人物の状態を即座に答えられるようになっており、戯曲の世界観にすっかり入り込んでいた。
またヴラジーミルとエストラゴンは、学年や性別もさまざまな13組のキャストによって1シーンずつ演じられることに。顔合わせによって非常にポジティブな2人に見えたり、何か裏がありそうな奴らに見えたり、凸凹コンビに見えたりと印象は異なるのだが、不思議と違和感を感じない。それどころか、ヴラジーミルとエストラゴンの関係性が、“あらゆる人間関係の見本”にさえ感じられる瞬間があり、作品が豊かに広がった。そうして深化を続ける稽古の中で鵜山のアイデアはぐんぐんと膨らみ、それらを吸収しながら、真夏の「ゴドー」は 2週間後の本番に向け、ラストスパートをかけるのだった。
粘りの稽古が
本番での自信に
稽古開始から約5週間。8月4日に、文学座附属演劇研究所 2017年度 研修科第2回発表会「ゴドーを待ちながら」の初日が開いた。チケットは完売。賑わう客席には、一般客以外に出演者の家族や友人らしき人たち、さらに制服姿の中学生や高校生も見られ、研究生たちの奮闘を見届けたいという熱気が充満していた。そして制作部の研究生による挨拶の後、1組目のヴラジーミルとエストラゴン役が登場。文学座附属演劇研究所による「ゴドーを待ちながら」が始まった。
鵜山は当日パンフレットに、「『ゴドーを待ちながら』は人生そのものについての、また演劇そのものについてのエッセーだと思います。だからこの芝居をちゃんとやると、人生や演劇について、何か得るところがあるような気がする」と記述している。その言葉通り、13組のヴラジーミルとエストラゴンは、あるときは友人、あるときは恋人、あるときは兄弟のように寄り添いながら、絶望したり、楽観したり、自暴自棄になったり、明日を信じたり、人生の悲喜こもごもを演じていく。またポッツォ、ラッキー、男の子を演じるシングルキャストの3人がそれぞれに強烈な印象を残して、作品に笑いと哀愁、深遠さをもたらした。
終演後に聞いた話では、初日直前まで細かな稽古が続けられ、研究所発表会では異例なほど、切迫感に包まれた作品作りだったという。しかし読み合わせにたっぷりと時間をかけ、粘り続けた稽古のおかげで、難解な作品にもひるまない、研究生たちの自信が作り上げられた。発表会の場で、日頃の稽古の成果をしっかりと見せた文学座附属演劇研究所の研究生たち。次回、第3回発表会は10月7日から9日まで、松本祐子演出で「ペンテコスト」を上演予定だ。
次のページ » 文学座附属演劇研究所 5人の新星に聞く、「なぜ文学座に?」
- 文学座附属演劇研究所
-
1961年、文学座の創立25周年の記念事業の1つとしてスタートした文学座附属演劇研究所。現在の所長である座員の坂口貞芳は研究所について、「これからの日本の演劇界を担う若い人材を発掘し育成するための研究所は、教養のある大人のためのエンターテインメントを目指す本公演、新しい舞台表現を模索するアトリエ公演とともに、文学座の演劇活動の三本柱の一つに位置づけされています」と説明している。授業では文学座座員たちによる演技実習を始め、各専門家を招いて音楽、体操、ダンス、アクション、能楽・作法のレッスン、また演劇史を学ぶ“座学”もあり、広く舞台で活動していくための基礎教養を学ぶことができる。なお2018年第58期本科入所試験は2018年1月に開催。入所案内・願書の請求は2017年10月2日に受付開始、出願は17年12月。