第20回AAF戯曲賞 白神ももこ×やなぎみわ×小野晃太朗×三野新|価値観が大きく変わる時代にこそ、名作が生まれる

戯曲ももっと自由でいいんじゃないか

──白神さん、やなぎさんは、普段のクリエーションにおいて、言葉をどのくらい必要とされているのでしょうか?

第19回AAF戯曲賞 公開最終審査会の様子。やなぎみわ。

やなぎ 私は40歳を越えてから演劇を始めたので、作り始めてまだ10年ほどなんですね。当初は演劇をやるのであれば言葉から入って、日本の近代演劇を理解しなければと思い、最初に劇場公演をしたときは、1924年に設立された日本初の近代劇場である築地小劇場のこけら落とし公演「海戦」を劇中劇として再構成したんです。大正時代に実際に使われた「海戦」の脚本を古書店で手に入れて、書き込みを見たときは感動しましたね。そして“失われた声”がよみがえる瞬間の高揚感。そのとき、先ほど三野さんがおっしゃった、資料としての戯曲の面白さがよくわかって。築地小劇場の立ち上げがいかに大変だったか、やってみて初めて理解できました。その作品を一緒に作ったあごうさとしさんや、元ロームシアター京都の支配人・蔭山陽太さんと今、京都の新しい劇場THEATRE E9 KYOTOを運営しているので、ある意味で予言的な作品だったなと思います。演劇を始めてからの数年間は脚本重視で、言葉に関しては直球でやろうと思っていましたが、2016年に中上健次原作の「日輪の翼」を上演するとなったとき、あまりに文体が鬱蒼と暗く繁っているので、ドラマとして戯曲化しても薄まるだけだと、これまでに舞台化・映画化された作品を観て思ったんです。結局、高みと低地を往来する激しいエネルギーを抽象化できるサーカスパフォーマーや音楽の力を借りました。この10年で、アウトプットする方向が1作ずつ変わっていて、具象のデッサンから始まり抽象彫刻に近付いていっているような気もします。

白神 私はもともと人に伝える言葉がうまく使えないので、言葉に対してかなりコンプレックスがあったんです。伝わらないということが前提にあるので、自分の言葉をあまり信じていなかったんですね。モモンガ・コンプレックスでダンスを作るときは、誤解を生むことに対して苦手意識もありましたが、最近は誤解があるってことを楽しみながら作っています。言葉に関しては、自粛期間中に小学生たちと文通をする企画を始めたのですが、短歌や詩に興味が出始めて。

──なぜ、短歌や詩だったのでしょう?

第19回AAF戯曲賞 公開最終審査会の様子。白神ももこ。

白神 もともと好きだったこともありますが、外に出られないけど、遠くの情景や人に思いを馳せるという状況が、「万葉集」や「伊勢物語」のように、人々が和歌を詠んでいた時代にも通じる気がして。季節も感じられるし、グッときたんですね。近頃ニュースを見ていると、攻撃的で強い言葉が生活に入ってくるように感じていたので、なおのこと、短い言葉で思いを伝える短歌に共感したんだと思います。最近はダンサーのハラサオリさんと一緒に「ラジオ桃源郷」という番組をやったり、自分の言葉を発する場を儲けるようにしています。言葉に近付くというより、うまく距離を取りながら楽しめたらなと。

──小野さん、三野さんが戯曲を書く際に「この言葉でなくてはならない」というポイントやこだわりはありますでしょうか?

小野 「この言葉でなくてはならない」という特別なことはないと思います。今はなんなら言葉じゃなくてもいいとすら思っていて。これから先はいろんなものを戯曲と呼べるようになってくるんじゃないかと。踊りにしても、かつてニジンスキーが振付を図面にして独自の舞踊譜を生み出しましたが、それもある種の戯曲と言えるでしょうし、集団の中で何か核となる言葉が生まれてくるとすれば、その言葉も戯曲になるのではないかと。小説でも「ここから先は読者が書け!」みたいな大胆な作品もありますし、戯曲ももっと自由でいいんじゃないかと思っています。

三野 僕も戯曲と呼べるものの範囲は広がりつつあると思っていて、言葉を生み出すプロセス、方法や技術がどんどん拡張されている気がします。「これは戯曲じゃない、これは演劇じゃない」というようなバイアスがかかったとき、そこで使われなかった言葉こそ、新しい言葉になっていく可能性があるのではないかと。戯曲を書くときは、言葉をどう生み出すかというプロセスを意識するようにしています。

価値観が大きく変わる時代にこそ、名作が生まれる

──AAF戯曲賞の応募要項には「書式自由、A4用紙200枚程度」とだけ規定があり、自由な形式で作品を応募できますよね。

やなぎ これまでにも全部4コママンガみたいな作品もあれば、演出が図解されている戯曲などもありましたが、やはり何かの範疇に囚われない作品を待っています。自由度が高いほど、戯曲を書き慣れない人にとっては敷居が高いだろうなとも思いますが、どんな形式であっても、作品に込められたエネルギーは読めば一目瞭然なんですね。美術や音楽畑の人たちの中には「戯曲って文字をいっぱい書かないといけないから難しそう」と思っている人も多いと思います。だから、先陣を切ってくれる人は貴重です。

白神 そうですね。戯曲は多面的なもので、その時代を反映していたりもするし、コロナ禍で人との関わり方や、見えるものが変わったということもあるので、新しい作品が生まれる瞬間に立ち会えたらいいなと思っています。だからと言ってコロナをテーマにするとか、そういうことでもないですが。素直に「これが自分にとっての戯曲である」と思ったものを送っていただきたいです。

やなぎ 毎年、愛知県からたくさんの戯曲が段ボールでドサっと送られてくるんですよね。そこには応募者の数だけ物語が詰まっているので、その段ボールを開けるのが怖くて、しばらく触らないようにしたりして(笑)。

一同 (笑)。

──戯曲を送る作家側としては、AAF戯曲賞の自由度の高さをどのように受け止めていましたか?

三野 自由度の高さは、結局戯曲のコンセプトの良し悪しに直結するな、と受け止めています。自分としては普通にやっていった結果、まったく見たことがないものになっていく感覚を大事にしています。そのためAAF戯曲賞の自由度の高さは、そのようになってしまった結果をそのまま戯曲として送ることができるという点で大変魅力的でした。

小野 募集要項を見てパッと思い浮かんだのは、芥川賞を受賞された黒田夏子さんの「abさんご」のことです。その作品は横書きで、句読点の代わりにピリオドとカンマが使われていて、ひらがなと漢字のバランスも独特なので、読み慣れるまで時間がかかるんですが、文体や書式、フォーマットも含め、発明だなと思ったんですね。AAF戯曲賞は、そういった発明が評価の対象になり、議論される場がきちんと開かれているという印象があります。僕が出したものはコンサバな形式の戯曲でしたが、自分がこれまで続けてきたことをやろうという気持ちで応募しました。

──大賞受賞後、心境の変化はありましたか?

小野 賞をいただいたことで、自分がこれまで書いてきた戯曲のフォーマットとは別の新しいものにトライできる、と、ちょっと身軽になったような気持ちになりましたね。

やなぎ 受賞して、ただ気楽になったというのが一番良いですね。クリエーションを続けていく中で、重々しく拘泥している時期と、解放されて足取りが軽やかになる時期は、交互にやって来る気がします。

小野 そうですね。今度は横書きの戯曲にも挑戦してみたいなと思っています。

第19回AAF戯曲賞 公開最終審査会の様子。左から三浦基、白神ももこ、小野晃太朗、やなぎみわ、鳴海康平。

──新型コロナウイルスの影響で公演の中止・延期が相次ぐ中、今年も開催されるAAF戯曲賞ですが、例年以上に意義深いものになるのではないでしょうか?

白神 未来が見えづらくなっている状況で、この戯曲賞があるのはすごく意義深いことですよね。若い人たちにとっては、表現を始めるきっかけにもなるでしょうし、これから先も演劇が継続していく未来を見据える一歩になるのではないかと思います。

小野 コロナウイルスの影響で稽古や公演ができなかったこともあって、アーティストたちは今さまざまな思いをため込んでいるはずです。作家の中にも早々にコロナ禍へのアンサーを返す人と、まだ答えが出せない状態を表現する人がいると思うので、混沌とした状況からどのような戯曲が生み出されるのか注目しています。

三野 僕は昨年特別賞で、AAF戯曲賞の大賞を獲れていないので、おそらくまた戯曲を応募すると思います。挑戦者として、この状況下でどういう表現をしていくのか考え続けたいです。

やなぎ 日本には今、文学の力が「どうしようもなく足りていない」という危機を感じていて、政治学でも科学でも工学でも、どんな専門分野においても、物語に対するリテラシーは絶対に必要だと常々思っています。それも戯曲賞の審査をお受けしている理由の1つで。日々激変する未曾有の事態のさなか、自他共に人間の所業が次々に炙り出されていく中で紡いだ物語を、戯曲という形にして、それを人に読んでもらおうというのは、とても覚悟がいることです。しかし、これまでの歴史を見ても、世の中が、作家が、芸術が、クライシスに陥ったとき、価値観が大きく変わる時代にこそ、名作が生まれてきました。期待しています。

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