WOWOWのオリジナル音楽レギュラー番組「INVITATION」。第6回は佐野元春がTHE COYOTE BANDを引き連れて登場する。コラボゲストを務めるのは東京スカパラダイスオーケストラのホーンセクション、NARGO(Tp)、北原雅彦(Tb)、GAMO(Tenor Sax)の3名。音楽ナタリーでは収録の模様を、番組ナビゲーター古舘伊知郎のコメントとともに紹介する。
取材・文 / 平山雄一撮影 / アライテツヤ
今年最後の「INVITATION」のメインアクトは、佐野元春&THE COYOTE BANDだ。2006年に活動をスタートさせたこのバンドは、ボーカル&ギターの佐野のほか、ドラムの小松シゲル(NONA REEVES)、ギターの深沼元昭(PLAGUES、Mellowhead、GHEEE)と藤田顕(PLECTRUM)、ベースの高桑圭(Curly Giraffe)、キーボードの渡辺シュンスケ(Schroeder-Headz)という実力派メンバーが顔をそろえる。今回はそこにパーカッションのSPAM春日井が加わったパフォーマンスとなる。「SPAMは僕の片腕だね。ライブだけじゃなくスタジオレコーディングのデモを作るときから常に僕のサイドにいて、アイデアを具現化してくれる感性と技術を持ち合わせた人。THE COYOTE BANDのサウンドの一端を担っている」と佐野。彼が全幅の信頼を寄せるSPAMは、パーカッションの前に陣取り、サウンド全体に気を配る。
7人がステージセットにスタンバイして、THE COYOTE BANDのオリジナル曲の収録がスタート。佐野の両側を2人のギタリストが固める。藤田はサウスポーなのでギターのネックが深沼と対称形をなして、キャッチーなビジュアルに。「禅ビート」(2017年)や「合言葉-Save It for a Sunny Day」(2020年)、「銀の月」(2021年)など、力強いメッセージを放つナンバーが次々と撮られていった。メンバーはリラックスして演奏を楽しんでいて、まるでリアルのライブのような印象だ。
小松 スタッフの方の動きに無駄がなく、演奏に集中できる感じにしてくれて、それがすごくありがたかった。
深沼 音楽番組の収録のときは1曲を何回か演奏するから、次の曲に向かうときに集中し直すのがなかなか大変だったりするんですけど、今日はすごくスムーズに、とてもライブに近い気持ちでできたなと思います。
高桑 普段やってるライブやレコーディングと違って、テレビに出るのが一番慣れてない。だから演奏以外の部分で消耗することが多いんだけど、今日はそれがなくてよかったです。ちょうどツアーが始まる前だから、全員が演奏モードに入っていたのも大きかったかな。
佐野 この番組は音楽をリスペクトしてくれているので、すごくうれしかった。僕の80年代のヒット曲だけではなく、新曲をやらせてくれたり、現在進行形のバンドのナンバーを取り上げてくれたことにすごく感謝してます。
SPAM これまでもこのバンドで何回かテレビ収録があったんですけど、今日はみんないつもと表情が違いました。特に佐野さんがいつもと全然違う感じ。リラックスされてて、アットホームな感じでできた気がします。
佐野 でも今日、僕、気合い入れて来ましたよ。昨日は夜、ステーキ食いましたし。
小松 ちなみに僕は明日、焼肉食います(笑)。
ミュージシャンもスタッフも、スタジオにいる全員が生き生きとした音楽を撮ることに集中していて、適度な緊張感をもって番組作りが進行していく。演奏と並んで「INVITATION」にとって重要なコンテンツであるトークの収録も、おおいに盛り上がった。なんとTHE COYOTE BANDの全員がトークに参加。古舘伊知郎の絶妙なナビゲートによって、バンドの個性が見事に浮き彫りにされていく。
藤田 ひさびさの演奏とトークが楽しくできたので、すごくいい日だったなと思います。
佐野 話がとりとめなくなるかなと思ったけれども、バンドがいてくれたからどうにか引き締まりました。
佐野は謙遜するが、メンバーの飾らない言葉の数々はTHE COYOTE BANDのありのままの姿を見るようで、バンドの懐の深さが表れたトークセッションになった。めったに見ることのできない貴重なシーンが満載なので、お見逃しなく。
さて今回のコラボゲストは“スカパラホーンズ”。「愛が分母」(2019年)と「COMPLICATION SHAKEDOWN」(1984年)の2曲をコラボする。「スカパラとTHE COYOTE BANDが一緒に演奏するのは正式には今日が初めてだけど、もともと『愛が分母』はスカパラと『RISING SUN ROCK FESTIVAL 2019』で披露するために、ブラスを生かしたスカの曲を僕が書いた。それが、練習もして、レコーディングもして、『バッチリだね!』と言ってたところに台風が来て、出演予定の日が中止になっちゃった。結局、僕らの共演が実現できなかった。それからずっと『実現できたらいいね』って言い続けて、今回、初めて披露できる」と佐野はうれしそうに語る。そのリベンジマッチを今回の「INVITATION」で果たそうという粋な計らいだ。トランペットのNARGO、トロンボーンの北原雅彦、テナーサックスのGAMOが思う存分にプレイして、とてもハッピーな空気感に包まれたテイクになった。
高桑 「愛が分母」はTHE COYOTE BANDのライブでもやってるんですけど、今日はオリジナルのホーンが入ってたので、感動が100倍くらい違いました。
佐野 スカパラホーンズはジャズ出身じゃなくて、ストリート出身のブラス。彼らとセッションするといつも特別な気持ちになるよね。楽しい気持ちになる。彼らはよいパフォーマーで、僕が調子悪いときも彼らのパフォーマンス見てると上がってくる。
一方、「COMPLICATION SHAKEDOWN」はアルバム「VISITORS」の1曲目を飾った曲。ラップやヒップホップなど当時のニューヨークの最先端のファクターを取り入れながら、日本語の音楽として見事に昇華されている。スカパラホーンズがそのサウンドに鋭さとダイナミズムを与えた2021年バージョンの「COMPLICATION SHAKEDOWN」が、この日スタジオに鳴り響いたのだった。
コラボと並ぶ「INVITATION」の名物はカバー。佐野は1928年に生まれたカントリーブルースの名曲「Corrine, Corrina」をピックアップした。この曲はボブ・ディランをはじめ、多くのアーティストがカバーしている。佐野はアコースティック楽器をメインに据えて、ブルースの原点とも言えるシンプルなアレンジを施した。それに応えるように、円形のアットホームなステージセットや照明が組まれる。演奏が始まると、スタジオの雰囲気が一変。恋人の名前を連呼するだけの究極のラブソングが、そこにいる人間の1人ひとりの心に染み込んでいく。「今回、初めてカバーした『Corrine, Corrina』の音楽に合った形の演出をしてもらえて、うれしかった」と渡辺は静かに語った。この言葉にならない神秘的なパフォーマンスは、オンエアでじっくり味わってほしい。演奏シーンはもちろん、トークもコラボもスペシャル感満載の「INVITATION/佐野元春」をお楽しみに!
収録を終えて
古舘伊知郎
今回、佐野さんとトークするにあたり、2つの心持ちがあって。1つは自分の母校(立教高校・大学)の1級後輩という心持ち。もう1つは先輩後輩に関係なく、すごいアーティストが出てきてくれたという気持ち。親族でもないのに、すっごい自慢なんですよ。その佐野さんとひさびさに会える喜びもあり、話がちょっと弾みすぎちゃったかもしれないです(笑)。直接会って話すのは何十年かぶりなんで、お互い「楽しみにしてました」みたいなところから入りました。彼の人生哲学の「本音を信用しない」とか、「何が虚で何が実なのか、この世界はわからない」というところに、すごく共感しましたね。僕はそれは真理だと思う。幾種類もの自分がいるし、気分によっても変わる。“自分”というのは、それを含めての集合体でしょというところをすごく感じて興味深かった。佐野さんだって当然いろんな変遷があったはずだから、そこから独特の人生哲学が生まれていて、そのへんは楽しく話ができたかな。
まず聞きたかったことの1つに「VISITORS」があります。あのアルバムは当時、賛否両論があったんですよ。僕の周りにも「VISITORS」で佐野さんから離れたという人がいました。「VISITORS」はそれまで発表してきた歌と明らかに違う。今聴いても不穏な空気が流れ、絶望と希望が流れている。それまでのポップスターの座から、肩を脱臼させるようにしてポンと外れてね。あのアルバムはたまらないですね。言ってみれば“裏切りのアルバム”ですよ。だけど今はそれがひっくり返り、名盤と呼ばれている。結果的にはよかったなと思う。詩人という言葉だけでは言い切れない佐野元春の世界がありますよね。私小説を語らないというか。佐野さんは80年代には「SOMEDAY」や「アンジェリーナ」を歌って都会派と言われた。でも「VISITORS」でいきなりそこから外れて裏切っていく。そういう作法も含めて、僕は佐野元春の才能ややり口、感性みたいなものに憧れるんです。
THE COYOTE BANDを2006年からやってるって、改めて長いなと思う。どうしてこんなに長く活性化してやれているんだろうと、単純な好奇心があったんです。それについては今日お答えをいただいた気がする。メンバーは佐野さんという磁場にグーッと引き寄せられて入ってきて、同じロックと言っても70年代派の佐野さんと90年代派のメンバーでは大きく違うはずで、それが原因で解散したっていいわけですよ。だけどメンバーの“同じじゃない”ことが“佐野イズム”とぴったり合ったってことですよね。佐野さんは音楽に対してブレない芯を持っている。だけど融通も利く。ブレないけど我は通さない人。メンバーに何かアイデアがあれば「やってみれば?」というところから始める。バンドがうまくいく秘訣はそこなのかもと思った。THE COYOTE BANDは「僕らは1つなんです」とは絶対に言わないじゃないですか。なんでもイコールで結ぶと短命に終わると僕は思っていて。佐野さんとTHE COYOTE BANDの世界は、まさしく多様性みたいなことになる。だからみんな認め合えるし、それを佐野さんは“グルーヴ感”という言葉を使ったのかなと僕は解釈しています。
- 佐野元春(サノモトハル)
- 1956年東京都生まれ。1980年3月にシングル「アンジェリーナ」でデビュー。1982年のアルバム「SOMEDAY」がスマッシュヒットを記録し、トップアーティストの仲間入りを果たした。1983年には単身渡米し、ヒップホップの要素を取り入れた意欲作「VISITORS」を制作。その後も「Young Bloods」「約束の橋」といった名曲を生み出す。現在は佐野元春&THE COYOTE BANDとしても活動し、Zeppツアーを開催中。来春には新作アルバムのリリースを予定しているなど、日本のロックシーンを牽引するアーティストとしてデビューから40年を経た今も第一線で活躍を続けている。
東京スカパラダイスオーケストラ ホーンセクション
北原雅彦(Tb) 佐野さんとお会いするのはひさしぶりでした。2019年に「愛が分母」のレコーディングに参加させていただいて、本当はその年の「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2019」で初披露するはずだったのが、中止になってしまって。
NARGO(Tp) 準備はしてたんですけどね。なので今回、THE COYOTE BANDと「愛が分母」をライブでやるのは初めてで、しかもテレビ番組の収録だったので、めっちゃ緊張しました。
北原 レコーディングとちょっとバージョンも違うし。
NARGO でもやってみたら最高でしたね。気持ちよかったです(笑)。ご一緒できて本当にうれしい。
北原 ねー。すごいメンバーですよ。
GAMO(Tenor Sax) シンプルに楽しかった。
北原 佐野さんとの出会いは1996年。スカパラホーンズにオファーをいただいて、「International Hobo King Tour」に参加しました。全国を回って楽しかった。
GAMO 僕は佐野さんに声をかけていただいて、以前とあるロックフェスで「SOMEDAY」のサックスソロだけを吹いたことがあります。
NARGO それはすごい経験ですね(笑)。佐野さんは僕らをいつも気にかけてくださって……今日も楽屋で僕の履いてた靴を「いいですね」って。いろいろお話してくださるのでリラックスできました。
北原 スカパラではドラムの欣ちゃん(茂木欣一)が佐野さんの超大ファンで、学生時代にカバーバンドをやってたみたい。それくらい大好きで、今回僕たちが「COMPLICATION SHAKEDOWN」をやるって言ったら、「あ、これはオリジナルのバージョンに近いね」とか。
GAMO すごく詳しいんですよ(笑)。「International Hobo King Tour」の神奈川県民ホールで僕らがやったライブを、欣ちゃんはお客さんとして普通に観に来てた。
北原 僕らと出会う全然前にね。
NARGO 僕らはキャリア的に10年先輩の佐野さんの背中を追いかけてきた。でも今はフェスに出ると先輩がほとんどいらっしゃらない。この歳になると先輩とやる機会がなかなかない。そんな中で佐野さんみたいにカッコいい先輩が現役でバリバリやってらっしゃるのは、僕らにとっては非常に刺激的だし、今回のような機会は本当にうれしいですね。
北原 逆に僕らが年長になった分、自分たちの背中を若い人たちに見せられてるのか? しっかりしなきゃな……と思うところもありますよ。
GAMO 以前、この番組にスカパラで出演させていただいたんですけど、そのときは古舘さんを強引にステージに引っ張り込んで、なんとライブの実況中継をしてもらったんです。面白かったー! ああいう“NO BORDER”的な精神でコラボをどんどんやっていきたいと思います。
北原 今後もコラボはスカパラのライフワークとして続けていきたいですね
NARGO 若い人だったり、同世代だったり、年上の人だったり、いろいろその時々のタイミングでNO BORDER精神でね。そういう意味では今年のオリンピック閉会式での演奏は貴重な体験でした。南米からの反響がすごかったんですよ。毎年ライブで行っていたので、向こうのミュージシャンやスタッフが大興奮で動画を送ってくれて。
GAMO メキシコでもトレンドに入ったらしいよ。
NARGO 閉会式では僕らなりにストーリーを作って曲順を決めました。前回のリオに絡めて「Call From Rio」って曲からスタートして、「上を向いて歩こう」で日本に来て、さらに次のフランスにつなげるストーリーとして、miletさんと一緒にフランスのシャンソンの「愛の讃歌」のカバーを演奏して。それもやっぱりNO BORDER精神からですね。