甲斐よしひろのワンマンライブ「KAI YOSHIHIRO FLASH BACK LIVE 2022 レミニセンス presented by WOWOW『INVITATION』」の模様が、11月27日(日)にWOWOWライブ / WOWOWオンデマンドで放送・配信される。
このライブはWOWOWのレギュラープログラム「INVITATION」と甲斐によるコラボ公演で、番組ではライブの模様に加えて番組ナビゲーター・古舘伊知郎とのトークセッションがオンエアされる。甲斐は土屋公平(G / ex. THE STREET SLIDERS)、吉田佳史(Dr / TRICERATOPS)、TOKIE(B / ex. RIZE)、奥野真哉(Key / ソウル・フラワー・ユニオン)、鈴木健太(G / D.W.ニコルズ)とともに17曲をパフォーマンス。音楽ナタリーでは番組のオンエアに向けて、公演のライブレポート、そして甲斐と古舘のコメントをお届けする。
取材・文 / 平山雄一撮影 / 三浦麻旅子
KAI YOSHIHIRO FLASH BACK LIVE 2022 レミニセンス
presented by WOWOW 『INVITATION』
ライブレポート
甲斐よしひろのソロ活動35周年を記念したツアー「FLASH BACK LIVE 2022 レミニセンス」は、スタート直後から大きな反響を呼んだ。大胆な選曲と実力派ミュージシャンを起用したバンドサウンドのクオリティで、往年のファンをうならせたのである。さらにツアーの最後には、WOWOWの音楽番組「INVITATION」とタッグを組んだ特別なライブが行われた。その公演で、ツアーの熱気をそのまま収録するという。場所は東京・恵比寿ザ・ガーデンホール。キャパ700名強のホールでビッグスケールのパフォーマンスを観られるとあって、会場を埋め尽くしたオーディエンスは開演前から興奮気味だ。熱気の中、ライブの火蓋が切られたのだった。
オープニング曲「エキセントリック・アベニュー」のインパクトが半端ない。コンピューターに打ち込まれたリズムに吉田佳史の生ドラムが絡む。ド派手なイントロに、思わずオーディエンスの腰が椅子から浮く。そこに甲斐が現れると、早くも観客が踊り出した。普通、ライブの始まりはステージと客席がお互いの熱を探り合うものだが、そんな駆け引きは一切なし。両者はいきなり“本題”へと入っていく。続く「ラヴ・ジャック」ではTOKIEがグルーヴィなベースラインを弾き、ダンスモードのフロアを煽動する。ハンドクラップしたり好きなステップを踏んだりと、観客はそれぞれの楽しみ方を知っている。“甲斐のオーディエンス”たちはタフでスマートだ。短いMCを挟んでの3曲目「電光石火BABY」で勝負が付いた。最高のグルーヴを繰り出すステージ側と、思い思いのリアクションをする客席側の、どちらもが勝者。この夜のライブを徹底的に楽しもうという両者の利害が一致した。それを表わすように、土屋公平が華麗なギターソロを決め、甲斐はアウトロで両手の拳を突き上げてオーディエンスに感謝を捧げたのだった。
土屋公平(G) お客さんたちは「ソロ活動35周年、おめでとう」と言いたかったんじゃないかな。甲斐さんは嫌がるけど(笑)。今回、その時代その時代を代表するようなナンバーが並んでいるセットリストを見て、「これは手強いな。僕より適任のギタリストがいるんじゃないかな」と思った。難しい曲が多かったけど、僕もメンバーもみんな向上心があって、楽しいツアーになりました。
「ロマンチックなナンバーをやりましょう」という甲斐の言葉に続いて「カオス」が始まる。切ない歌のメロディに寄り添うように、鈴木健太がスライドギターのソロを弾く。かと思うと、次の「レッドスター」では土屋がメロディアスなソロを取る。この2人のギタリストの個性が、ある意味今回のツアーのサウンドの鍵を握っている。甲斐バンドがエモーショナルな“濡れたサウンド”であるのに対して、今回のバンドはウィットに富んだ“乾いたサウンド”を奏でる。土屋と鈴木は甲斐の音楽的意図をよく理解したうえで、自分たちの持ち味を十分に発揮していった。中盤のハイライトは「I.L.Y.V.M.」だった。1988年に発表された至極のバラードを、バンドが渾身の演奏でよみがえらせる。特に奥野真哉のシンセサイザーの音色が抜群で、甲斐のイメージするラブソングを完璧に演出する。それに応えるように、甲斐のボーカルが会場に朗々と響き渡ったのだった。
奥野真哉(Key) 中学生のときに初めて買ったアルバムが甲斐バンドの作品だったから、夢のようです。だってモニターから甲斐さんの声が聞こえてくるんですよ(笑)。「I.L.Y.V.M.」の甲斐さんの歌が日本人っぽくなくてすごく好きですね。ソウルシンガーみたいな感じ。ああいうスローバラードってなかなかないんですよ。だからやっていてワクワクしたし、これまで甲斐さんのバックで演奏してきたキーボーディストの誰にも負けないような音作りとプレイをしようと思った。今の甲斐さんの最高な部分を自分が引き出せたと思っています。
甲斐は「こんな素敵なバンドで歌えて幸せだよ。じゃあ、もっとやろうかな」と語ったのち、アコースティックギターを左手に構え、モータウンレーベルを彷彿とさせるビートの「GUTS」を笑顔で歌う。歌唱後に甲斐は“素敵なバンド”と言ってはばからないメンバーをうれしそうに紹介。土屋が奥野を引き合わせてくれたり、自身の家族の推薦もあって吉田と巡り合ったりと、このメンバーと出会えた幸せを裏付けるような甲斐のトークが楽しい。そしてライブはここから佳境に入っていく。鈴木のアコギ1本をバックに「ミッドナイト・プラスワン」を甲斐が歌い出すと、TOKIEは楽器をアップライトベースに、土屋はフルアコースティックギターに持ち替え、アンプラグドのしっとりしたサウンドを会場に染み渡らせた。
鈴木健太(G) ビルボードツアーを甲斐さんとやらせてもらっていますが、バンド編成でやるのは今回が初めて。「ミッドナイト・プラスワン」は最初の1コーラスをまるまる甲斐さんと2人でやるんですけど、普段の甲斐さんのライブとはまた違う雰囲気が出ているんで、見どころかなって思います。甲斐さんが歌でリズムを作ってくれるから、それを聴きながらリンクさせていくとうまい具合にハマる感じですね。
ここでスペシャルな企画が実行される。ツアーのセットリストにはなかった「立川ドライヴ」が、このライブだけ追加されたのだ。「立川ドライヴ」は、甲斐が土屋のソロアルバム「GET STONED」のために書き下ろした曲で、2人が演奏するのはこれが初めて。シンプルなブギーのリズムをベースにしたアレンジはセッション色が濃く、メンバーの個性が次々に引き出される。しかも土屋と甲斐が交互にリードボーカルを取る。甲斐の粋なアイデアに、バンドもオーディエンスも大喜びのスペシャルナンバーになった。その後披露された、壮大な組曲のような「イエロー・キャブ」では、吉田のドラムが大活躍した。
吉田佳史(Dr) 僕は初めて参加させていただいたのですが、甲斐さんはTRICERATOPSのことを知ってくださっていて、「俺はトリオバンドは信用しているんだ」って。一緒にやらせてもらって、甲斐さんの音楽はロックなんですけど、みんなで盛り上がるだけじゃなくて、すごく知的な部分があると感じました。特に「イエロー・キャブ」は、甲斐さん自身もびっくりするような演奏になっていった。「いつかこの曲をもう1回やろうよ」とうれしそうに言ってくれましたよ(笑)。
続く都会的なロックの「ブルー・シティ」では、TOKIEがクールなベースを披露。
TOKIE(B) 甲斐さんのライブに参加するのは3回目なんですけど、サウンドも雰囲気も今回が一番バンド感がありました。甲斐さんがすごく楽しそうに歌ってらっしゃるので、私も横ですごくパワーをいただいて。リアルタイムで聴いていた皆さんが、曲の発表当時を思い出しながら目をキラキラさせて聴いているので、特別な感じがしましたね。甲斐さんを含めてメンバー全員がすごく楽しんでライブをしていると思うので、そこを感じていただけたらうれしいなって思います。
本編の最後は、1993年にスマッシュヒットしたナンバー「風の中の火のように」だった。歌う前に甲斐が叫ぶ。「俺がなんで歌い続けるのか。それは明日への活力のため。みんなにとっても俺にとっても、最高のクライマックスを迎えるためだったら、歌うぜ!」。その言葉通り、最高の締めくくりとなった。そしてアンコールは「夜にもつれて」から。小気味いい8ビートに合わせて、甲斐、土屋、TOKIE、鈴木の4人がステージ前に勢ぞろいして、シンコペーションに合わせてアクションする。「サンキュー! ありがとう! 今夜は来てくれて感謝します。じゃあ、KAI FIVE(甲斐のソロバンド)のデビューナンバーをやりましょう」と、「幻惑されて」が始まる。バンドが一体となって、塊のようなグルーヴを発する。その演奏の素晴らしさは、ツアー初日から数えて4本目となるこのライブの間にバンドが進化していることを証明していた。ラストナンバーは1987年発表の名盤「ストレート・ライフ」の収録曲「レイン」。80年代を席捲したコンピューターと生楽器を融合させたサウンドが、21世紀に新たな光を放つ。その音はまさに甲斐よしひろというロックミュージシャンのキャリアと今を、高らかに表現していたのだった。
出演者コメント
甲斐よしひろ
終わってすぐに「今回のこのライブを、もう1回まったく同じ内容で再現したい」と思いました。初めてですね、そんな気持ちになったのは。それをメンバーに伝えたら、みんなも喜んでくれました(笑)。お芝居だったら同じ演目を再現することはいっぱいあるけど、音楽の世界では同じセットリストのツアーを2回やることは滅多にない。今回は「I.L.Y.V.M.」とか「イエロー・キャブ」とかドラマチックな大作が多かったので、みんな相当がんばってやってきたと思うんですよ。でもあまり本数が多くなかったから、みんなももっとやりたいなって思っているんじゃないかな。
バンドメンバーは、過去に一緒にやったことがある土屋公平とTOKIEさんは最初から決めていたんだけど、ドラム探しが大変だった。俺のソロ曲はコンピュータートラックと生楽器が複雑に入り混じってるものが多い。レコーディングは最高のスタジオミュージシャンを使って録音できたけど、それをライブで再現しようとすると、当時は技術的に難しかった。80年代後半では、ピーター・ガブリエル・バンドが唯一やれていたぐらい。でも俺はちゃんとライブでやりたいなってずっと思っていたんだよね。最近、テクノロジーが進歩してようやく可能になったけど、それでも実現できるドラマーは限られる。吉田くんは前から気になってたんだけど、うちの娘たちがTRICERATOPSのファンだってことがわかって、声をかけるいいタイミングになったんですよ。奥野くんもコンピューターのことをよくわかってるし、音のスペースを埋める役割を(鈴木)健太がやってくれて。ツアーの1カ月前にミーティングしたとき、このライブが並々ならぬ公演だということをみんな感じ取ったと思うんだよね。そのときすでにセットリストを決めていたから1曲ずつ聴きながら確認していったんだけど、プログレッシブロックの要素も入っているし、演奏はヤバいくらい大変で。みんな、ちゃんと自分の才能をフルに使いながら楽しめるように持っていけたらなと思っていたら、結果的にそうなって。だから達成感がすごかった。それで最初に言ったように、もう1回、同じメンバーで同じセットリストでやりたいと思ったんだよ。
古舘伊知郎
スタジオ収録ではなく、実際のライブを収録するのは吉川晃司さんに続いて2回目になります。ライブの収録方法が変わると、僕とアーティストとのおしゃべりも変化します。いつもの「INVITATION」だとざっくばらんな“トーク”という感じですが、ライブ後にお話しすると音楽にテーマを絞った“インタビュー”になるんですね。
僕は音楽畑の人間じゃないから、今までセットリストの重要さに気付かなかった。でも今回は、誰に教わったわけでもないのに「この曲とこの曲が星座みたいにつながっている」というのを感じて、すごくびっくりしたんですよ。セットリストの流れは大事なんだなって、当たり前のことに気付かされてうれしくなっちゃった(笑)。
今回はライブの見方を変えました。観客の皆さんがステージに向かって祝祭空間を楽しんでいるときに、僕は曲目表を手に持ってメモを取りながら観ていた。周りを見ると、そんなことをしているのは僕だけじゃないですか。僕は音楽の素人だからもっと楽しみたいという思いもあったんだけど(笑)、そうやって観ていたからセットリストの重要性に気が付いたのかもしれない。
メモを取りながらライブを観ていると、急に飛び出してくる歌詞があったりする。あれは不思議ですね。グッと言葉が刺さってくる。例えば「GUTS」という曲の「雨の匂いを愛せ」という歌詞がグッときたんですよ。こっちの感受性のアンテナが、何かをキャッチしたんです。昔、トランジスタラジオで放送を聴いていたときみたいに、ザーっと聞こえたり、聞こえなくなったりする。面白かったです。
今回のライブは観に行ってよかったなって思いました。ライブは現場で観るのが一番いいわけですけど、観られなかった人にはぜひこの番組を観てほしい。現場に行ったらもっとライブ独特の圧を感じるような空気感があるんだろうなっていうことをイメージしてもらえたら、画面に入っていけると思うんで、そんな気持ちになってほしいです。今どきのテレビを眺めるスタンスはそうじゃないことを重々承知しているんですけど、本当にいいライブだったから、画面越しに現場の空気を感じてもらいたい。そうするとテレビ画面から匂いを感じたり、聞こえてないはずの音が聞こえてきたり、そういう働きがあるんですよね。あの夜のライブの匂いを嗅いでもらいたいなって思います。
番組情報
WOWOWライブ / WOWOWオンデマンド
「KAI YOSHIHIRO FLASH BACK LIVE 2022 レミニセンス presented by WOWOW『INVITATION』」
2022年11月27日(日)21:00~
※放送同時配信および放送終了後~1カ月間アーカイブ配信あり。
※WOWOWオンデマンドの無料トライアル対象外です。
<出演者>
甲斐よしひろ
参加ミュージシャン:土屋公平(G) / 吉田佳史(Dr) / TOKIE(B) / 奥野真哉(Key) / 鈴木健太(G)
番組ナビゲーター:古舘伊知郎
※古舘伊知郎の舘は舎に官が正式表記。
甲斐よしひろ FLASH BACK LIVE 2022 レミニセンス presented by WOWOW『INVITATION』
プロフィール
甲斐よしひろ(カイヨシヒロ)
1953年生まれのミュージシャン。1974年に甲斐バンドを結成し、同年11月に「バス通り」でデビュー。その後「裏切りの街角」「HERO(ヒーローになる時、それは今)」「安奈」など数々のヒット曲を世に放つ。1986年に甲斐バンドを解散し、その後はソロやKAI FIVEとして活動。1999年に甲斐バンドでの活動を再開させ、2019年に結成45周年を迎えた。