WOWOWオリジナル音楽レギュラー番組「INVITATION」|第3回は甲斐バンド!「HERO(ヒーローになる時、それは今)」「安奈」とヒット曲連発 押尾コータロー、チャラン・ポ・ランタンをゲストに迎えた収録現場レポート

WOWOWのオリジナル音楽レギュラー番組「INVITATION」の第3回に甲斐バンドが登場する。甲斐バンドは、第1回ゲストの吉川晃司や第2回ゲストの東京スカパラダイスオーケストラが活躍を始めた1980年代のJ-ROCKやJ-POPシーンの基礎を作った歴史的とも言える存在。当時、井上陽水やチューリップなどのスターを輩出した博多から“最後の大物”として1974年にデビューし、ロックシーンの黎明期にオールスタンディング形式のイベントや3万人を集めた大規模な野外ライブを実施して新しい時代の扉を次々に開いていった。バンドのチャレンジスピリットが今なお衰えていないことを証明するかのように、今回の「INVITATION」では「かりそめのスウィング」や「安奈」などの大ヒット曲で、若手の異才チャラン・ポ・ランタンや、独自のサウンドで国内外から高い評価を集めるギタリスト・押尾コータローとコラボする。

そんな冒険心に富んだ活動の原点について甲斐から本音を引き出すのは、番組ナビゲーターの古舘伊知郎だ。巧みな話術でバンドの過去だけではなく、未来像にまで肉薄する。「コロナ禍で荒地と化した世界、人々の心に音楽で“希望の鐘”を鳴らしたい」という番組コンセプトが、今回はどのように映像化されるのか。音楽ナタリーではその収録現場をレポートする。

取材・文 / 平山雄一 撮影 / 三浦麻旅子

今回の「INVITATION」は、冒頭から集中して観ていただきたい。なぜなら古舘伊知郎のオープニングMCが素晴らしいからだ。いつもオープニングMCはライブやインタビューがすべて終了したあとに収録されるのだが、古舘は“革命家”をキーワードにして、この日に起こったことのすべてを見事に集約してみせた。高い緊張感を保ったままスムーズに進んだ演奏シーンと、延々と繰り広げられたトークセッションの中身は濃く、古舘の心を激しく揺さぶったようだ。その感動がストレートに伝わるオープニングMCに、まずは注目してほしい。

「『INVITATION』への出演オファーは、かなり前からいただいてた。僕は放送がスタートしたときからずっと契約してるWOWOWのファンなんで、新しい音楽番組を作るって聞いてすぐに『やる!』って返事をしたんです。で、まず思ったのは、MCが古舘さんなので、この番組ではもっと踏み込んだ絡みをしたいと思った」と甲斐。有料放送に早くから興味を持ち、可能性を探ってきたからこそ、「INVITATION」でやりたいことがハッキリしていたのだろう。自信にあふれる表情で、甲斐はスタジオに入ってきた。甲斐バンドのメンバーは甲斐(Vo, G)と松藤英男(Dr, G)、田中一郎(G)の3人。サポートのドラム、ベース、ギター、キーボード、パーカッションが加わったフルバンドセットと、コーラス&スライドギターを入れたドラムレス編成の2組が用意されている。これは現在の甲斐バンドの活動形態そのもので、ホールなどの大会場と、ビルボードなどの中会場とをメンバー編成によって使い分けている。つまり甲斐は「INVITATION」を通して“甲斐バンドの今”を伝えようと考えているようだ。

腕利きミュージシャンたちぞろいなので、ライブの収録はスピーディに進んでいく。甲斐は演奏そのものについてはなんの注文も付けない。その代わり、「俺がここまで前に出ると、カメラが撮りづらそうだけど、大丈夫?」と番組スタッフを心配する。自分たちのパフォーマンスがどう映像化されるのかを気にかけている。甲斐はボーカリストであると同時に、バンドの演出家でもあるのだ。それがよく表れた場面があった。「HERO(ヒーローになる時、それは今)」の間奏で田中とサポートギタリストがツインリードギターを弾くのだが、甲斐は照明チームに「ギターにスポットライトを当てたほうがいいんじゃない?」と提案。一方でギタリストの2人に、「お互いに近寄って弾いたほうがいいよ」と指示する。すぐに修正が行われ、結果、生き生きとしたシーンになった。すかさず甲斐は「今の照明、カッコいいじゃん!」とスタッフを褒めることも忘れない。このときのことを収録後に聞いてみた。「申し訳なかったんだけど、途中でカメラアングルや照明をどんどん修正させてもらった。これは“テレビショー”だと思ってやらないと、WOWOWにとっても甲斐バンドにとってもよくないと思うからね。両方ともコロナ禍においてがんばってるじゃないですか。だからさらに盛り上げたいし。ただ、スタッフにマウントを取って偉そうに言ってもダメだし、下から言っても若い人にはなかなか通じなかったりするから、ほどほどの緊迫感を。なんかちょっとうまくいったよね?(笑)」。演出家としての甲斐は、想像以上にクレバーでユーモラスだ。

次々に演奏されるのは、過去の大ヒット曲ばかり。だが、決して懐メロには感じられない。「俺もメンバーも、そんなつもりはない」と甲斐は言う。「ダイナマイトが150屯」も「翼あるもの」も、確かに今の歌として響いてくる。なぜだろう。極め付けは「破れたハートを売り物に」だった。人間の肉声のコーラスと、コンピュータで編集されたリズムトラックで聴かせるこの曲は、 “現在進行形の甲斐バンド”を雄弁に表現していたのだった。コラボでも甲斐バンドは現在のバリエーションを示す。「安奈」は押尾コータローのアコースティックギターの澄んだサウンドを得て、繊細なラブソングに生まれ変わった。「かりそめのスウィング」はチャラン・ポ・ランタンのアコーディオンとボーカルハーモニーが加わって、妖しさを増した。「どちらも狙い通りだったね」と甲斐。その昔、デヴィッド・ボウイは「ロックは自己演出だ」と断言した。当時のイギリスでは、若者の音楽を背後で大人が操っていたが、それに飽き飽きした者たちが自分たちの手で自分たちのポップカルチャーを作ろうと始まったのがロックだった。その原点を甲斐は今も実践し続けている。作詞作曲はもちろん、アレンジや照明、コラボやカメラワークに至るまで自分で演出する。そんなロックの醍醐味がぎっしり詰まった収録となった。そして古舘はこの日の現場で感じたことを、トークセッションで遠慮なく甲斐にぶつける。対して甲斐は真正面から応え、2人の会話はどこまでも深まっていったのだった。

こうしてスリリングでゴージャスな第3弾が完成した。期待に胸を膨らませてオンエアを待っていてほしい。

収録を終えて

押尾コータロー

WOWOW「INVITATION」第3回収録より、押尾コータロー。

甲斐さんは昔から僕の憧れの人でした。中学生のときは「バス通り」や「裏切りの街角」をフォークギターで弾いて歌ってました。高校生になってバンドを組んだときには、「氷のくちびる」とかロックな曲もコピーしてましたが、その頃の僕には甲斐さんと一緒に演奏するなんて想像もできなかったですね。インディーズでソロギタリストとして活動して、34才でデビュー。翌年から始まった大阪のMBSラジオで僕がやってる番組にリスナーから「甲斐バンドの『安奈』をギターで聴きたい」っていうリクエストが来た。で、「実は僕、甲斐バンドの大ファンなのでやりますよ」って言って「安奈」をギターインストで弾いたんです。それを聴いた甲斐さんのファンの方が、甲斐さんの番組に録音したテープを送ってくれたみたいで、甲斐さんが僕のギターアレンジの「安奈」を聴いてくださったり、甲斐さんも僕が2002年にスイスの「モントルー・ジャズ・フェスティバル」に出演したときの映像が日本でも放送されたのを偶然チェックしてくれていたり、それからもいくつかの出会いが重なって、イベントライブでの共演という幸運に恵まれました。その後も、ライブのゲストとしての共演や「甲斐よしひろ×押尾コータロー」というツアーも実現しました。甲斐さんはすごく優しく接してくださる方なんですけど、もちろん厳しい一面もあって。でもその厳しさがメンバーをシュッと引き締めるんですよね。そういう存在がいないとミスが起きやすい。甲斐さんは喝の入れ方がとてもうまい。僕も見習わないと(笑)。これまで何度も甲斐さんと「安奈」をやらせていただいていますが、今日のは格別でしたね。だって今回は松藤英男さんと田中一郎さんが入ってくださったので、「まさに甲斐バンド!」って思って(笑)。特に松藤さんとコーラスができたっていうのがうれしかった。いつか甲斐バンドの皆さんとやりたいなと思っていましたから、今日はその夢が叶った「安奈」でした。

チャラン・ポ・ランタン

WOWOW「INVITATION」第3回収録より、小春(チャラン・ポ・ランタン)。

小春(Accordion) 私たちはレコーディングで甲斐さんのスタジオをときどきお借りしていたんですが、甲斐さんとは直接お会いしたことがなかったんです。でも、甲斐さんがチャラン・ポ・ランタンのことを知ってくれていて、一緒にやりたいと言ってくれているという噂話を聞きまして。

もも(Vo) 「え、本当に我々ですか? チャラン・ポ・ランタンで合ってます?」みたいな感じで。

小春 なので今回お話をいただいて、「もちろんやらせてください!」とお返事しました。そうしたら一緒にやる「かりそめのスウィング」の音源が送られてきて、聴いてみたら「これはばっちりアコーディオンが合いそうだ」というか、「もとからアコーディオン、入ってたんじゃないの?」くらいの曲で。

もも これはもう「小春ちゃん、ガンガン弾けちゃうね」って。

小春 最初の打ち合わせで甲斐さんに「アコーディオンのキレがいいのは知ってるから」って言われて、我々の曲を事前に聴いてくれている感がすごくあった。リハーサルのときも、ここで入ってここで抜けるみたいな指定がざっくりあるくらいで何も言われなかったから、自分が思ったように弾いたら「いいね!」って(笑)。コーラスも「これでどうかな」と思って作ったやつがそのまま使ってもらえたっていう。だから、私たちが「かりそめのスウィング」を最初に聴いたときに思ったことが、そのまま出ている感じです。知らない曲なのに、曲の雰囲気が本当にチャラン・ポ・ランタンに合ってました。

WOWOW「INVITATION」第3回収録より、もも(チャラン・ポ・ランタン)。

もも だから全体的にのびのびやれました。

小春 ファンに人気がある曲を、私たちとやりたいと言ってくれたことがうれしかったです。

もも うれしかったね。そこに女性ボーカルが入るのもすごくいいよなって。デュエットというか、ハモっちゃって、すごいドキドキしちゃった。

小春 自分たちの声なのにね(笑)。

もも 私、デュエットするときに相手の目をすごく見ちゃうクセがあって。でも、甲斐さん本番で歌ってるとき、目を合わせてくれなかったよね(笑)。

小春 私もニヤニヤしながら甲斐さんのこと何度も見てたんだけど、ただニヤニヤしている女が両サイドにいるみたい絵面になってる気がしてて。

もも なってる! なってると思う(笑)。

小春 でも楽しかった。あっという間に終わっちゃって。もし「かりそめのスウィング」を再録する際は、ぜひチャラン・ポ・ランタンを呼んでください。

古舘伊知郎

WOWOW「INVITATION」第3回収録より、古舘伊知郎。

僕と甲斐さんは学年が1つしか変わらないんですけど、甲斐さんが早熟のデビューっていうこともあって、彼にはすごく先輩感を持ってる。だから自分としては駄々もこねられるけど、先輩として立てないといけないのは当然だし、甲斐さんが人生訓みたいなことを言ってもすごく素直に聞ける。「音楽だって生きることだって、全部含めて最後は人間性なんだ」って甲斐さんが言うと、歌詞の一節みたいに聞こえちゃうからグッとくるんですよ。全部が胸に沁み入る感じがしたんですよね。巧みな進行をしなきゃとか先輩を煩わせちゃいけないとか思うのは間違いで、素直な気持ちで心を開くことが一番大事なんだって思いました。先輩に対してひと泡吹かせようとか、こっちもそれなりにカッコつけようとかよこしまに思ったら、どこかで見透かされてしまう。ただ、こちらの質問に対して常に先回りして答えてくれるので、正直、ちょっと困りました。甲斐さんは「司会者の破壊者」ですよ(笑)。今回、同世代として印象的だったのは「安奈」でした。懐かしいのに新しかった。僕の好きなインドの言葉に「未来は懐かしい、過去は新しい」っていうのがあるんですよ。普通、過去は懐かしい、未来は新しいってなるんだけど、「安奈」を聴いたときに、懐かしいのに新しく感じた。「なんでだろう?」と思ったときに、甲斐さんが絶妙な断定をした。「“今”に合わせてアレンジを微妙に変えてる。いや、変わらないとダメなんですよ。飽きられるし、何の成長もない。変わることが成長なんです。そうじゃないと曲が錆びついちゃう。外国のアーティストでも、すごい人はみんなアレンジを微妙に変えてる。一流の証はそこです」。それを聞いて腑に落ちた。「安奈」も変えてるんですよ。なるほど、だから新しかったんだって。今日は仕事というより、すごく勉強になりました。音楽番組をやりながら自分の生きるうえでの勉強をさせてもらったみたいな、とんでもなく得した気分です。


2021年9月13日更新