音楽との向き合い方を上白石さんの声で教えてもらった(佐野)
──本作はなんといっても歌唱シーンが魅力です。
佐野 普段Aぇ! groupとして行うパフォーマンスとはもちろん異なりますし、舞台ミュージカルとも違う。すべてはアニメーションの中で進行していきますから、例えば「空を飛び回りながら歌う」など、今まで挑んだことのないシチュエーションを想定して歌唱する必要がありました。監督から「それはジュゼッペじゃないね」「もっと舞い上がるように」という指摘もいただきましたし、とにかく口の動きに合わせて歌うということが難しかったですね。
上白石 そうだよね、ミュージカルの経験があっても“声だけ”となると違うものがあります。自分の声の成分やトーンのみで役の印象を決めてしまうから、緊張感がすごくありました。しかも歌の収録がセリフ収録よりも3カ月早かったので、まだ役のことを全部つかみ切れていない段階で歌唱する必要があったんです。
──それは大変ですね。
上白石 でも逆に、歌そのものが役に入ることを導いてくれた部分も多々あって。ミュージカルだからこそ「この人はこういう性格なんだよ」というポイントを歌が教えてくれたし、歌に助けられながら芝居をすることができました。
──お互いの歌声を聴いた印象はいかがですか?
上白石 アフレコ前に収録したデモを聴かせていただいた段階で、すぐに「ジュゼッペだ!」って思いました。その時点ではまだ監督の演出を受けていなかったと思いますが、「すでにここまでキャラクターが立ち上がっているのか!」と。ジュゼッペのイキイキ感が伝わってきたので、「まずい! 私はここまでできていないぞ」とプレッシャーが……。もともと歌声が素敵なのは存じ上げていたんですけど、「ここまで役をまとって歌に没入する方なのか」と驚きました。
佐野 上白石さんこそ「ペチカやなあ」と思いましたよ! 純粋でピュアでしたし、声のよさで勝負しているのが素敵。この作品での音楽との向き合い方を、上白石さんの声に教えてもらいました。
上白石 ありがとう!
──事前に声を聴き合ったことで、実際の歌唱に生かされた部分もあったのでしょうか。
佐野 上白石さんの声には「もう何を歌ってもペチカじゃん!」みたいな力強さがあったんです。だから僕もあまりテクニックに走ろうとせず、とにかくジュゼッペの声をまず見つけようと。考えすぎず、ストレートに表現していかなければいけないと感じました。そうしないと負ける!と思って。
上白石 いやいやいや(照)。佐野さんのミュージカルでの歌い方は話し声に近い感じで、あたかもおしゃべりをしてるような自然な発声。だから佐野さんの歌を聴いて「役としてしゃべるように歌えばいいんだ!」と気付きました。それくらい役として発せられるものが確立していらっしゃったので、私もこんなふうに歌いたいなって思いましたよ。
佐野さんは真面目で、自分の好きなことにまっしぐらになっている人(上白石)
──アフレコは一緒に行ったんですか?
佐野 完全に別々でした。でも1日だけスタジオでご一緒する日がありましたね。
上白石 歌唱の収録は済ましていたんですが、お互いの声のバランスを見るための参考にと、1回だけ一緒に歌ったよね! あれは楽しかったー。
佐野 めっちゃ楽しかったです! やっと一緒に歌えた!と思って。そのときに撮っていた歌唱動画を今でも見返します。
上白石 (笑)
──仲の良さが伝わります。本作で初共演となりましたが、改めてお互いの印象を聞かせてください。
佐野 初めてお会いする前に、上白石さんと過去に共演したKEY TO LITの岩﨑大昇から「めちゃめちゃ優しい、とにかく優しい」と聞いていて。僕の知っているジュニアで大昇が一番優しいから……。
上白石 わかる! 彼、優しいよねー!
佐野 「常に空気を明るくしてくれる大昇がそう言うんだから間違いない!」と思ってました。そして実際に会ったときもそのイメージのままで。
上白石 ありがとう。佐野さんは器用だし、いろいろなことをそつなくできる人。劇中には複数の外国語を立て続けに話すシーンがあるんですけど、あっさりこなしているようで練習の成果を感じる部分も。「きっと器用に見せつつ、裏でしっかり努力してる人なんだろうな」というのが、にじんで見えたんです。真面目だし、自分の好きなことにまっしぐらになっている人なんだなと思いました。
佐野 ありがとうございます! あのシーンはほんま大変やったんです(笑)。なんとか乗り切れました。
人が何かを好きになることの温かさ、熱中することの尊さ(佐野)
──そのほかにアフレコで印象に残っているシーンはありますか?
佐野 壊れた自転車を押しているペチカが「ブレーキが取れた自転車ってなんだか好きなの」と口にするシーンですね。「……でも、バカみたいに聞こえるでしょう」って言う彼女にジュゼッペは「そうかもしれない」って素直に返すんですが、「たださ、そこがいいんじゃないかな」と付け加える。この一言がとても難しかったですね。ジュゼッペの優しさや、周囲の人を認めてあげられる懐の広さを感じさせる言葉ですし、「だからこそいろいろなものにとりつかれていくんだ」という説得力にもつながる。このセリフにジュゼッペのすべてが詰まっている気がしたんです。アフレコでは“いいことを言っている感”をなくそうと試みたんですが、ジュゼッペではなく“佐野晶哉”になってしまう。何度も挑戦したのを覚えています。
上白石 私は終盤に流れる劇中歌「あいのうた」の収録が印象に残っています。どこまで感情をあらわにするかに悩みましたし、ペチカにとっては過去の自分に向き合って新しい自分を見出すという“強さ”が表れるシーン。歌という範囲の中でどこまで表現できるんだろう?と悩みながら挑みました。
──劇中歌はAwesome City Clubのatagiさんが手がけています。
佐野 歌の収録初日にいらっしゃって「難しい曲を作っちゃってすみません」とおっしゃっていました。確かに難しい曲ではありましたが(笑)、Awesome City Clubさんの世界観が「トリツカレ男」の世界観と見事に融合されているなと感じましたし、劇中のキャラクターたちが歌っていることの想像がつく楽曲を作れるということが信じられないですよね。これはatagiさんにしかできないことだったのではと思います。
上白石 PORINさんに以前、adieu(上白石のアーティスト名義)の楽曲「背中」の作詞をしていただいたこともあり、Awesome City Clubさんには個人的な縁を感じていました。もともと楽曲には都会的な印象を抱いていましたが、本作の音楽にはクレヨンっぽさがあるというか、原色のような雰囲気があるなと。atagiさんが作るメロディラインは本当に美しいですよね。仮歌ではペチカのパートも歌ってくださったし、レコーディングでのディレクションもとても的確。atagiさんがいなかったら……と思うくらい、心強い存在でした。
──音楽の1つひとつに注目してほしいですね。最後に改めて本作の魅力を教えてください。
佐野 ラブストーリーではありながらも、人が何かを好きになることの温かさ、熱中することの尊さなど根源的な要素がたくさん入っています。ギスギスすることが多い今だからこそ、ぜひ多くの人にその価値を知ってほしいです。
上白石 好きという気持ちはすごくポジティブ。人が人を好きになるということだけでなく、何か好きなものに熱中するということも素敵です。1つでも心を注げるものがある人や、推しがいる人、好きという気持ちを大切にしている人に届いてほしいなと思います。
プロフィール
佐野晶哉(サノマサヤ)
2002年3月13日生まれ、兵庫県出身。小学生時代に劇団四季のミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」「ライオンキング」を経験し、舞台「少年たち 南の島に雪は降る」「もしも塾」にも参加した。2019年にアイドルグループAぇ! groupのメンバーに選ばれ、2022年に「20歳のソウル」で映画デビュー。そのほか代表作に映画「明日を綴る写真館」『か「」く「」し「」ご「」と「』やドラマ「離婚後夜」「Dr.アシュラ」など。中国アニメーション作品「ヨウゼン」では日本語吹替声優を務めた。2026年新春に映画「おそ松さん 人類クズ化計画!!!!!?」の公開を控えるほか、同年前期の連続テレビ小説「風、薫る」にも出演が決まっている。
Aぇ! group | STARTO ENTERTAINMENT
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上白石萌歌(カミシライシモカ)
2000年2月28日生まれ、鹿児島県出身。2011年に第7回「東宝シンデレラ」オーディションでグランプリを受賞。ミュージカル「赤毛のアン」「魔女の宅急便」で主演を務め、2018年公開映画「羊と鋼の森」では日本アカデミー賞新人俳優賞を獲得した。声優を務めた「未来のミライ」は、第71回カンヌ国際映画祭の監督週間に選出。そのほか代表作に「子供はわかってあげない」「KAPPEI カッペイ」やドラマ「義母と娘のブルース」「3年A組 ―今から皆さんは、人質です―」「連続ドラマW 宮部みゆき『ソロモンの偽証』」「ペンディングトレイン―8時23分、明日 君と」「パリピ孔明」「イグナイト -法の無法者-」、連続テレビ小説「ちむどんどん」など。2025年は出演映画「366日」がスマッシュヒット。12月12日に主演作「ロマンティック・キラー」の公開を控える。adieu名義でアーティスト活動も行っている。



