人間性の核心を差し出すアリータ
──映画にはアリータとヒューゴのロマンスもありました。
あの純愛は完全に「タイタニック」(笑)。アリータがバイクの上で手を広げる場面やヒューゴのラストなんかは、そのままですよね。2人がキスするところもロマンチック。「タイタニック」には身分の違いがあったけど、今回は人間とサイボーグ。ザレムへ行くことを夢見るヒューゴも、(レオナルド・)ディカプリオのキャラクターと重なりました。全然ロドリゲスらしくなくて、キャメロンがやりたかったことだと思います。
──物語の面ではいかがでしょうか。
そこは「タイタニック」と違って運命に逆らう、家族に逆らうというテーマがまったくなく、アリータは自分の運命にまっしぐら。兵器であることも受け入れてしまう、今までにないキャラクターの振れ方でした。やっぱりキャメロンの脚本は、アクションとロマンスのバランスがいいんですよ。僕が一番好きなシーンは、アリータが心臓を取り出して「私の心臓をあなたにあげる」とヒューゴに言うところ。まさに胸が痛くなるほどキュンとしました(笑)。サイボーグであることを肯定しつつ、人間性の核心を差し出すんです。安全地帯の「碧い瞳のエリス」にある「あなたに逢うためだけに生まれてきた」を初めて聴いたときの感動に匹敵します(笑)。
──個人的に、後半のアリータはジャンヌ・ダルクのようにも見えました。
社会的に地位も低く、子供を生め、主婦になれ、家から出るな、と女性が押し込められてきた歴史や価値観がある。それを否定してきたのがフェミニズムの映画や小説。だからそこで描かれる女性たちは外に出て行こうとする。それが行きすぎると女性性の否定になってしまうこともある。でもアリータは違う。今の場所は地獄、でも自分の町を捨てずに、能力を生かして、生きていくことを決意する。サイボーグとして生まれた自分の能力や運命を否定しないで、それを使って、今いる場所を変えていく。そこが図式として新しかった。
──バトル描写で気になった部分は?
サイボーグなのに彼女は素手で戦うでしょ。一方で敵は、飛び道具などあらゆる武器を使ってくる。
──確かに敵はみんな武器を持っていました。アリータは機甲術(パンツァークンスト)と呼ばれる失われた格闘術の使い手です。
原作がそうなんだけれど、キャメロンも意図的にやってる気はします。銃のような武器は男性の象徴ですから。そして最後にアリータは、ダマスカス・ブレードを手にする。キャメロン自身は銃が大好きなのに、ちょっとフェミニン。男性性と女性性が同居しているんです。そこが人気の秘訣だと思います。
──先ほど出てきたロドリゲスらしさ、はどんな部分に感じましたか?
ロドリゲスがこんな大作を作るのは珍しいですよね。でも「アリータ」からは、あまりロドリゲス風味を感じなかった。首は飛んだりはしますけど(笑)。でも不快感はまったくない、サイボーグですから。デートで観るのもありだと思います。
──まさかのデートムービー……(笑)。「銃夢」はお読みなんですよね?
リアルタイムで読んだ世代ですね。「銃夢」から派生したものも含め、80年代、90年代に日本のマンガから生まれたものは、当時の技術では実写化できなかった。「アリータ」もデジタル描写がないアナログなスチームパンク。メカとパイプと歯車みたいな。身体がバラバラになりながら戦うというのも、マンガの表現では当たり前のようにあったと思います。それが実写になった。文字通り片手だけになったアリータが戦うことに、特に欧米の人はびっくりするんじゃないかな。
「アリータ」はすごい応援映画
──ここからは小島監督の創作論に絡めながら「アリータ」のお話ができれば。作り手として考えたとき、アリータの大きな目を採用するという判断はどう思いますか?
このアイデアはキャメロンが考えたことなんですよね?
──原作でも目が大きいという設定ではありますが、映画でも採用したのはキャメロンだそうです。
やっぱり最初は女優もスタッフも反対したんじゃないですかね。僕の経験上、こういったアイデアは完成作品を観るまで誰一人、納得してくれない。3DCGでアニメキャラを作る人はいますけど、実写で生身の俳優を使ってあそこまで振り切ってるのは観たことがない。ものすごい勇気。それを確信を持ってやっている。じゃないと途中で「やっぱりやめよう」となってしまいますからね。
──小島監督は普段からキャメロンのドキュメンタリーを観て勇気をもらっていると伺いました。
彼はスタンリー・キューブリックに匹敵する完璧主義者なんです。テクノロジーもわかるし絵も描ける。自分の頭の中には完成図が描けているけど、ほかの人たちには見えないはず。自分が潜水もできるから、ほかの人たちにも潜れと言うんです、付いて行けないでしょ(笑)。キューブリックもそうですけど、ああいう人たちは自分ができることを他人もできると思っている。なかなか味方はいない。できて初めて周りを納得させられる。
──小島監督と重なる部分もありそうです。キャラクターを造形するうえで、一番重視するポイントってどこなんでしょうか?
僕の場合は顔というか設定なんですよ。どこで生まれて、どういう思考で、どういう服装で、どこにシワや傷があって、何が好きか。その人の癖、絶対に座らないとか、コップが2つ置かれていたら、どちらの水を飲むかとか。そういうのを口で説明せずに、1枚のカットでわからせるキャラが理想です。背景を全部詰めて作り込んで、それから絵にどうはめるかを考えます。映画だと「マッドマックス」のマックスみたいなのが一番うまいんですよね。ほとんどセリフがないのにキャラが立っている。僕はフィギュアが欲しくなって、コスプレしたくなるキャラが成功だと思ってます。アリータもそこがうまかった。
──ありがとうございます。では最後に「アリータ」の見どころを読者に語ってください。
「銃夢」の実写映画化なのでグラフィックや世界観が売りになると思います。でも僕が一番強調したいのはそこじゃない。キャメロンは20世紀にサラ・コナーやリプリーを通して描いたことの非常に現代的な延長を、「アリータ」でやろうとしている気がしました。例えば、職場から逃げるんじゃなくて、そこで戦え! 恐れることはない!と。私はこういうことができる、それを否定させるな! 女だからって押し込めるな!というメッセージ。周りのサイボーグのおっちゃんは偉そうにしてるけど、めっちゃ弱いんで(笑)。すごい応援映画です。オタクの人は観に行くでしょうけど、会社で嫌なことがあった女性も水曜日のレディースデイに観に行ってほしい。