映画「
本作は愛娘を殺され復讐を誓った父親が、偶然出会ったパリで働く日本人の心療内科医の協力を得て、真相を暴いていく物語。柴咲が復讐を手助けする新島小夜子を演じ、娘を亡くしたアルベール・バシュレ役でダミアン・ボナールが出演している。
会見の冒頭、柴咲は海外のジャーナリストに向けて英語で挨拶。「偉大な日本の監督である黒沢監督と作品を携えて、ここに登壇させていただけたこと、とても光栄に思います。そして黒沢監督とお仕事できたことが大変うれしい。今日はフランス語で自己紹介をしたいと思っていたんですが、残念ながら、現時点でほとんどしゃべれません。Je suis désolée.(ごめんなさい)。皆さんに作品を楽しんでいただけていたら幸いです」とフランス語も交えながら話す。これに黒沢は「柴咲さん、こんなに英語がうまいと思わなかった。ちょっとびっくりしてます」と驚いていた。
復讐に絡め取られ、一歩も抜け出せない主人公
黒沢が1998年に発表した同名映画のセルフリメイクとなる本作。企画のきっかけは、5年ほど前にフランスのプロデューサーから黒沢に「あなたが日本で撮ってきた映画をフランスでリメイクする気はないか」と打診があったことだったそう。黒沢は「そんなオファーがあるとは思ってもみなかった。とっさに、だったら『蛇の道』をやりたいと言ったところから、この映画はスタートしています」と振り返る。そして高橋洋によるオリジナル版の脚本を、黒沢が舞台をフランスに置き換える形で再構築。「セルフリメイクなんてやったことがないので、どうやるのが正しいか、よくはわかりませんでした。ただ、同じところはまったく同じでよいのだと割り切っていました。有名なアルフレッド・ヒッチコックなどは、平気でイギリスで作った映画をアメリカでほとんど同じようにリメイクしていますから。映画監督が自分の作品をもう一度撮ることは、そんなに不謹慎なことではないはずだと信じて作業を進めておりました」と語る。
主人公を女性に変更した理由について、黒沢は「僕が書き直すとき、友人の高橋洋が書いたのと根本的に違う要素を入れたかった。そのわかりやすい違いが主人公が男性から女性になっているところ。しかもフランス映画ですけど、たった1人そこにいる日本人の女性にしてみよう、と。そうすれば高橋洋のものとはだいぶ違う、僕ならではのオリジナルの『蛇の道』になるのではと思った」と説明する。リメイクするにあたり、脚本は読み返したが、映画は見返さず、スタッフにもオリジナル版を観ないように求めた。黒沢は「ただ1カ所だけ、拉致した人間を鎖につなぐことになるんですが、鎖の長さは何cmが適切なんだっけ?と。全然覚えてなくて、確認するために、そこだけ見直しました」と打ち明ける。
改めてオリジナル版の魅力を「復讐というシステムに人々が次々と取り込まれて抜け出せなくなる。そしてどんどん破滅していく、すさまじい物語。主演の哀川翔さんが演じた男は、彼だけが復讐のシステムの外側にいるような感じがありました。そのシステムを操っている神のような、悪魔のような、人間とは思えない恐ろしい存在。これは高橋洋テイスト」と語る黒沢。「最初に考えたのは、男か女かという以前に、復讐の外側ではなく中心にいて、それに絡め取られながら一歩も抜け出せずにいる主人公。怪物ではなく人間です。恐ろしい人間でもあるけど、哀れでもある。そういう弱さもある人間として、もう一度、捉え直すことができないだろうか。それが脚本を再構成したときに考えた最初のテーマでした。前回とは大きく違っている点だと思います」とリメイクの起点となった考えを明かした。
柴咲コウが主演を引き受けたのは「不純な動機」?
黒沢は柴咲を主演に起用した理由について「なぜ、柴咲さんになったか。それは柴咲さんが出てくれると言ってくれたからなんです」と前置きしつつ、「実はこの作品の主演をやってくれる人が、果たして日本人の女優にいるのかと不安でした。ただ当たって砕けろで、まずダメ元で大物から声をかけてみようと考え、柴咲さんに声をかけたら『やります』と。これはやったー!と思いました」と述懐。黒沢と初めてタッグを組んだ柴咲は「私にお声がけしてくださるとは思ってもみなかった。とってもうれしくて。あとフランスに行けるという不純な動機で引き受けました」と笑い混じりに答える。またオリジナル版については「オファーをいただいてから観ました。でも新しい映画は、ある意味まったくの別物と考えていたので、特に意識はしていないです」と話した。
撮影時の苦労を問われた柴咲は「やはり外国語でのお芝居。10年パリに住んでいる心療内科医として、佇まいや、言葉をなじませることに大変苦労しました」と回答。さらに「現場でフランスの俳優やスタッフとコミュニケーションを取りたいけど、セリフ以外はままならないし、ブロークンイングリッシュでと思ったんですが、やっぱりフランスにいるからには、フランス語を話したいんです。でも撮影も後半になってくると、スタッフが何を言おうとしているのか、なんとなくわかってきて、少しだけフランス語で答えられるようになりました。そういう自分の成長はとても楽しかった」と思い返した。
フランスでの撮影の思い出
フランスの撮影現場について、柴咲は「とても居心地がよくて。というのも、ちゃんと議論ができて、私はこう思う、私はそうは思わない。と言っていいような雰囲気が空気ににじみ出ていて。仕事がしやすいと思いました」と述懐。現場での失敗談や爆笑エピソードを聞かれると「役柄も内容もシリアスなので、大爆笑ということはなかったです。でも終始、和やかに撮影はしていましました」と述べつつ、「私にとっては、失敗だらけ。作品との向き合い方について、最初はいろいろ知りたがって、監督を質問攻めにしてしまった。でもクランクインしてからは、お互いにいいセッションをしながら、進められた。これからも、いろいろな言語の作品に挑戦してみたいと思っています」と続けた。
これまで何度もフランスに仕事のために滞在してきた黒沢は「時間にルーズ。一緒に食事をしようと言っても、だいたい30分遅れてくる。でも映画の撮影や打ち合わせになると、30分前には全員が来ている。映画というものは特別であって、皆さんが真剣に取り組んでくれた。本気を出すと時間を守れるんじゃないか」と話して、笑いを誘う。さらに、あるスタッフから「今日は早く帰らせてくれ。妻と演劇に行く約束をしたから」と要望があったことに触れ、「日本だと演劇の予約を取ったから仕事を早く終わりたい、とは絶対に言えない。そんなことで仕事を早く終えるんじゃない、と。だいたい親が死んだとか、そういうことが理由になります。フランスでは、堂々と言えて、みんなが認める。それは素晴らしいなと思いました」と感心していた。
ルンバをじっと見ている小夜子
拉致監禁という凄惨な行為に加担する一方で、心療内科医としての日常生活も送る小夜子。黒沢は働いているとき以外の日常で小夜子に何をさせたらいいのか、相当悩んだという。「いろんなケースがあり得る。フランスの友人とおしゃべりしたり、おいしい食事を食べたり、何かの趣味をしていたり。相当考えて、ハッと思い付いたアイデアがあって、それにしました」と切り出し、「彼女は日常、何もしていない。それをどう表現しようかと思って、閃いたのが“ルンバをじっと見ている”ことでした。病院で働いてはいますが、復讐をしていないときは、ただルンバを見つめている。それを思い付いたとき『これはすごいアイデアだ』と(笑)。すぐにフランスにルンバがあるのか問い合わせて。もしなかったら日本から送ってもらうつもりでした。幸いフランスにもルンバのようなものがありました」と振り返った。
「ざらざらした汚い映像はもう存在しない」
会見では、カメラやテレビといったオリジナル版と共通するモチーフに加えて、最新作ではZoomなど新しいテクノロジーを利用した場面があることへの指摘も。1998年と現在の映画や映像を取り巻く環境の変化を踏まえたこの質問に対して、黒沢は「はっきりとしたコンセプトはない」と答えつつも、「自分にとって奇妙な経験」だったという印象的な出来事を語った。オリジナル版がスーパー16mmで撮影したフィルム作品だったことに触れ、「フィルムで撮った作品の中に、デジタルで撮ったビデオ映像が出てくる。デジタル的なものとフィルム的なものが組み合わさって、実に奇妙な、ゆがんだ、あいまいな映像らしきものがオリジナル版には出てくる。今回は残念ながら、まったくフィルムは使っていません。映画を撮ったのも、Zoomの画面も、テレビの画面も、すべてデジタル。すべて一緒。どれを撮っても、みんな同じに見えてしまうということに違和感を感じたことを覚えています」と回想する。
さらに黒沢は「最後に怪しげなおぞましい映像が出てきますが、当初、画質が悪いと言われる安物のカメラで撮影してみたところ、まったくクリア。大きなスクリーンに拡大してみたら、柴咲さんを撮っている普通の場面とほとんど変わらない。どうしよう、と。映像はここまで均一化してしまっているのか、デジタルってすごいな、と」と述懐。「同時に用途が違うはずの映像が出てくる作品があるとしたら、どれもまったく同じ質感に見えてしまう。今後どう処理したらいいのか混乱しました。今回はあえて、わざと汚く、見にくいように処理しています。本来なら、どんなチープな機材で撮ってもクリア。若いスタッフに『この映像はもっとピントが甘く、ざらざらしたような汚い映像にならないの?』と聞いてみたら、それはなんのことを言ってるんですか?と。ざらざらしたような汚い映像はもう存在しないということを、今回特に身に沁みて感じました」と打ち明けた。
「蛇の道」は6月14日より全国ロードショー。
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