元ネタに気付いて! 手塚マニアへの挑戦(上野)
──上野さんはあえて作品をしぼらなかったということですが、まずはその辺りの意図をお聞かせいただけますか。
上野 お話をいただいたときに、たぶん特定の作品をリライトしたり、自分なりの解釈で再構築したりする人が多いだろうなと思ったんです。それで僕はあえて全般をやらせてもらおうかなと。どの作品も好きなので、いろいろ盛り込めればというねらいもありました。さてそれをどうやろうかと考えて、アリスが“治虫の国”を旅するという形を思いついて。「不思議の国のアリス」をモチーフにした物語は、別のパロディマンガを企画したときに一度考えたことがあったんです。アリスがいろいろなマンガのキャラクターに会っていくという枠組みで、これは「テヅコミ」にもちょうどいいぞ、と。手塚キャラがメインとはいえ、どこかで自分の色も出したかったから、主人公は自分のキャラにできるのも都合がよかった。それに今回は全18話、フルでやらせていただけることが決まっていたので、長いものをやってみたかったというのもありますね。
──全18話の中に、どれだけ手塚治虫ネタを詰め込めるかということですね。
上野 そう、そこが勝負でもあるし、それでいて全体のストーリーもちゃんとつながっている、1本の映画みたいな着地をしたい。だからいろいろな仕掛けを考えています。例えばタイトルも、毎回手描きなんだけど、別紙で用意してはめ込むという形にしてるんです。1話1話がつながっているように構成しているから、単行本が出るときには外してしまう。なので、ここの部分はぜひ連載で楽しんでください。
──第1話でアリスが追いかけるウサギは、「地底国の怪人」などで活躍するミイチャンのようでしたが、第2話まではまだまだ導入という感じで、あまり手塚キャラが出てきませんよね。これからどんどん登場するのでしょうか。
上野 ええ、第5話にはブラック・ジャックが出てきますし、今、第6話を描いてるんですけど、ちょうど昨日「どろろ」のワンシーンを描き上げたところです。どんなふうに登場するかはお楽しみに、ということで。
カネコ へええ、「どろろ」すごく楽しみ。第1話からもうとにかく“ウエケン節”だなと思いました(笑)。情報量が異常に多くて、コストパフォーマンスが悪い。
上野 だって、手塚作品って700タイトルもあるんだもん。僕10ページ連載だから、全18回でも180ページでしょ。どうしようもないですよ(笑)。それに“手塚作品全般”って銘打っちゃったから大変なんだよね。サンデーコミックス版の「どろろ」は全4巻だけど、(復刻版である)トレジャー・ボックスには単行本で削除されたシーンも収録されてるし、それも読まなきゃいけないのかなって。
──そこまで(笑)。もはや手塚マニアに挑戦しているみたいなところがありますか。
上野 それは確かにあって、描き手としては「ここはこのネタです!」って言いたいんですけど、それを作者が言っちゃうと野暮ですよね(笑)。だから読んでくれる方が「このシーン、あのネタだ!」って元ネタに気付いてくれたらいいなという気持ちは強いです。ちょうど昨日、Twitterに「第2話の冒頭が『鉄腕アトム』のアレだったのでニヤリ」みたいなことを書いてくれてる人がいるのを見つけて、「そうそう、そうなんだよ!」って喜んだところ(笑)。そこは大きいコマだから気が付きやすいかなとは思うんですが、後ろの方で小さく何かやってるというパターンもあるので、気が付いたらぜひTwitterで報告してください。
──Twitterでは「治虫の国のアリス」の予告編も公開されていらっしゃいましたね。
上野 手塚治虫は予告マンガをたくさん描いているんですが、予告のキャラクターと、連載に登場するキャラクターが全然違うみたいなことがよくあって。あの予告は本編を描いたあとに作ったんですが、その辺りも手塚作品を踏襲しています。アレみんなあんまり読んでくれていないので、ぜひナタリーに載せてやってください(参照:『テヅコミ』編集部 (@TEZUCOMI) | Twitter)。
大事にしているのはエピソードやコマ運び(上野)
──手塚作品と改めて向き合って、新しく気が付いたことはありますか?
上野 僕、パロディはいわゆるイタコマンガ家みたいにタッチをものにするというタイプではなく、必ずお手本を見ながら描くタイプなんですね。そうすると、手塚治虫のペンタッチがわかるんですよ。ここでこう力を入れてギュッと描いているなとか、けっこう早く描いてるんだなとか。カネコくんと、手塚プロダクションの新座スタジオに行って、生原稿を見せてもらったりもしたんですけど、流線とかのストロークが長い。シューッって描いてるんですが、あれがなかなかマネできない。
──へええ、そういう部分まで手塚さんのタッチに寄せて描かれているんですか?
上野 手塚風にはやれてるんですけど、会得はとてもできていないですね(笑)。どこまで手塚治虫を模写するのかっていうのは悩みどころで、たとえばアリス以外は全部、手塚治虫だとすると、本当は背景とかも全部、手塚治虫に準じないといけないのかもしれない。でも、それはちょっとしんどすぎるなと思って、部分的に入れるに留めています。第3話には海が出てくるんですけど、海の表現なんかは「魔神ガロン」とか「アドルフに告ぐ」とかを踏襲しつつ、トーンの削り方なんかは自分流にしたり。どちらかというと、手塚作品の中のエピソードとかコマ運びとかを入れ込んでますね。
──新座スタジオに行かれたというのは、何か打ち合わせとかがあったからですか?
カネコ 一番の目的は、上野さんの取材ですよね。
上野 手塚治虫の生原稿、とりわけ描きかけの原稿を見たかったというのが目的ですね。考えているネタに、描き途中の原稿というのが関わってくるので。取材をお願いしたら、なぜかカネコくんもついてきて。取材かと思ったら、ただの見学ですって言うんだもん(笑)。
カネコ せっかくの機会だったので(笑)。
──手塚るみ子さんが、おふたりが手塚治虫さんの机に座られている写真をツイートされていましたね。滅多にないことなんだとか。
今日はカネコアツシ先生@kaneko_atsushi_ と上野顕太郎先生@ueken18 が新座スタジオを見学にいらしたのでパワースポットの書斎をご案内しました。出血大サービスで(めったにありません)机にもride-on!手塚治虫の時間と間接的にも触れたお二人。強烈なパワーが注入されて今後のご活躍が期待されます! pic.twitter.com/ZKO6PDqE06
— 手塚るみ子 (@musicrobita) 2018年7月4日
カネコ 最初触ったらいけないものだと思って、遠巻きに見てたんですけど、ちょうどいらっしゃったるみ子さんが「座りますか?」って言ってくださって。
上野 「いいんですか!?」ってなりますよね(笑)。先生の仕事場が本当にそのまま保存してあって、缶に入れてあった食べかけのチョコレートとかも、「どうしても処分できない」ってとってあるんですよ。開けて見せてもらったんですけど。すごくリアリティがありました。
カネコ あとGペンとかペン先とかが入っているプラスチックのケースがあったんですけど、その上に手塚さんが消しゴムを置いたのが、そのままにしてあって。消しゴムってプラスチックを溶かすじゃないですか。長年触っていないから、プラスチックに穴が空いて、消しゴムが中に落ちてるんですよ。それくらい何も触っていないらしいです。上野さんのお目当てだった描きかけの原稿も面白かったよね。途中でやめちゃってたりして。
上野 1コマだけ背景が入ってるやつとか、キャラクターだけ描いたけどやめたとか。「三つ目がとおる」に出てくる土偶みたいなキャラクターのデザインを悩んで、いろいろなパターンで描いてみたやつとか。そういう試行錯誤の過程が見られるのは楽しかったですね。
──上野さんは週刊少年チャンピオン(秋田書店)の新人まんが賞に投稿した「Dを訪ねた2人」を、手塚さんに講評していただいてるんですよね。直接お会いしたことはあるんですか?
上野 ご本人と直接会ってお話をしたことは、残念ながら一度もないです。手塚さんが「おんぼろフィルム」を出した第1回広島国際アニメーション映画祭を観に行ったときに、それを上映したりほかの作品を講評したりしてる姿を、3mくらい離れたところから見かけたことはあったけど。あのとき勇気を出して、「僕、『Dを訪ねた2人』の……」ってご挨拶でもすればよかったのになって、今は後悔してますけど、しょうがないですよね。そのときの新人まんが賞は、審査員が手塚治虫さんと山上たつひこさんで、手塚さんは「発想がおもしろく、ギャグのセンスもある」と割と評価してくれていて、それがすごくうれしかったのを覚えています。
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一番不安なのは、18話までできちんと終わらないこと(カネコ)
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- 上野顕太郎(ウエノケンタロウ)
- 1963年、東京都生まれ。1984年に週刊少年チャンピオン(秋田書店)に掲載された「煙草撲滅委員会」でマンガ家デビュー。パロディやパスティーシュなど、さまざまな手法を駆使しギャグマンガの表現を模索しており、ファンからの支持を獲得している。代表作は「帽子男」シリーズ、「うえけんの五万節」など。2018年、「夜は千の眼でございます」で第21回文化庁メディア芸術祭の優秀賞を受賞した。
- カネコアツシ
- 著作に「BAMBi」「SOIL」「Wet Moon」「デスコ」など。最新作はテヅコミ(マイクロマガジン社)で連載中の、手塚治虫「どろろ」のトリビュート作品「サーチアンドデストロイ」。イラストレーターとしてもCDジャケットなど数多くの作品を手掛けている。オムニバス映画「乱歩地獄」の一編「蟲」では脚本、監督も務めた。2018年12月29日まで、東京のヴァニラ画廊にて原画展「SEARCHANDDESTROY」を開催中。