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藤子不二雄(A)が「まんが道」トーク、「手塚先生は努力家、僕は適当」

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藤子不二雄(A)

藤子不二雄(A)

藤子不二雄(A)「まんが道」「愛…しりそめし頃に…」を特集したムック「まんが道大解剖」が発売されたことを記念し本日3月4日、藤子(A)のトークショーとサイン会が東京・紀伊國屋書店新宿本店にて行われた。

「まんが道大解剖」について「毎日楽しく読み返しています」という藤子(A)。ことわざや名言など、言葉が大好きだという藤子(A)は、同書の中で「心に残る名言集」が気に入っているという。その中でも「まんが道」に登場した「天才が努力してるんだから おれたちはその何倍も 努力しないと追いつかないなあ!」というセリフを取り上げ、満賀道雄と才野茂こと藤子不二雄に大きな影響を与えた憧れのマンガ家・手塚治虫の姿を語る。「最盛期には連載を8本とか9本抱えていてね。もう寝たのを見たことがない。才能もありますけど先生の努力っていうのはものすごいものがあって、それで僕はこういう名言を書きました」と明かす。進行役から「先生自身も相当な努力があったのでは?」と尋ねられると、「いやあ、僕はあんまり努力するタイプではない。適当に」と答え、笑いを誘う。

話題は「まんが道」「愛…しりそめし頃に…」にまつわる資料が数々掲載される「秘蔵資料大公開!!」へ。収められたスケッチ、日記などについて「僕、割と収集癖があって。あと何十年かすると、きっと価(あたい)が出るんじゃないかなと思って」と笑い混じりに話す。ここには「まんが道」で描かれた、満賀と才野へ出版社から次々と送られた締め切り催促の電報も収録。当時のことを「お袋がおとそを出してきたんですよ。『やばいなあ……』と思いながら飲んじゃって。ちょっとだけ、と飲んで横になって目が覚めたら夕方だった」と振り返る。結局その後もペンが進まなかった藤子(A)のもとには、出版社から間に合わなかったという旨の電報が届いたという。藤子(A)は「これを見るとほんと心が痛みます。生々しいね」と苦い表情を見せた。

藤子(A)からは、「まんが道」のコマからトキワ荘を徹底紹介した見取り図についても話が飛び出す。裏口階段については手塚のもとへ手伝いに行ったときの思い出を引き出し、「(トキワ荘へ来た)編集者とぶつからないように、手塚先生と裏口から出て行ったんです」と明かす。また「机というのは非常に大事なんですよ」と切り出し、手塚から譲り受けた自身の机について「そこに向かうと、手塚先生のオーラが乗り移ってすごいマンガが描けるんじゃないかと思っていた」と述懐。石ノ森章太郎赤塚不二夫の机についても、性格ごとにそれぞれの色が出ると話した。

ここで1986年にNHKで放送されたドラマ版「まんが道」で、満賀道雄役を演じた竹本孝之がゲストとして登場。ネームを描かないという藤子(A)の執筆方法について話題が及ぶと、藤子(A)は「最初はノートに描いてたんですけど、ある時何本も重なってそれをやってる暇がなかったんですよ」と述べる。続けて「フータくん」のある1話を引き合いに出し「もう1コマ目から直接描いてみたんですよ。自分で先が読めませんから、(オチが)読者にバレるはずがない!」と言い切ると、竹本とともに会場は笑いに包まれる。同作はネームなしでもきちんとオチに着地したそうで、「それから全然書かなくなって……。2回描くより一発で描いた方がいいなあと思ってね」と率直に語った。

竹本は、2人の少年のマンガ人生をひたすら追った「まんが道」のストーリーを「原稿を落とすとか(登場人物にとっては)大きな事件ですけど、第三者にとってみるとこれといって大した事件は起こらないんですよ。でもそれがいいのかな」と見解を述べる。それに対し藤子(A)は「マンガを描いてる様を毎回毎回見ても読者は面白くないんですよ。その中からドラマを作って読者に共感してもらうっていうのは大変な作業でした」と吐露し、「トキワ荘を出て、それぞれが別々の方向へ行くとドラマが全く違う性質のものになる。なのでトキワ荘にいるとこで物語を締めたんですけど、締めてよかった」と述べる。竹本は「青い時期を経て、旅立つ瞬間が一番ドラマチックかもしれませんね」と応えた。

また藤子(A)からは「まだ傑作は描ききれてませんね」という言葉も。「自分のマンガを読むと『ここをこうすればよかったな』という忸怩たる後悔は必ず出る。満足しちゃったら終わりじゃないですかね。終わりのないうちにリタイアしてよかったかな」と冗談めかして話し、イベントは和やかに幕を閉じた。

(c)藤子不二雄(A)・藤子スタジオ

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