「生徒諸君!」の庄司陽子が世に放った、もう1つのヒット作「Let's豪徳寺!」(講談社)。その続編「Let's豪徳寺! SECOND」がJOUR(双葉社)で完結し、単行本の最終10巻が発売された。前作を知っていれば家族構成を把握しやすいが、事前情報なしでも十分に楽しめる本作。コミックナタリーでは女子マンガ研究家・小田真琴によるコラムを中心に、強烈な個性を持つ女性たちのキャラクター紹介や、彼女たちが繰り広げた印象深いエピソードを厳選してお届け。豪徳寺家の物語に初めて触れる人も、しばらく手が離れてしまっていた人も、華やかで波乱に満ちた豪徳寺家の世界を覗いてみてほしい。
コラム / 小田真琴
「Let's豪徳寺! SECOND」
東京に広大な屋敷を構える豪徳寺家は、桁外れのお金持ち。この家では、かつて美姫、舞姫、咲姫の3姉妹を中心に奇想天外な恋の数々が繰り広げられていた。時は流れ、美姫の長女・姫子も恋多き女性へと成長。自由奔放な彼女を中心に、豪徳寺の新たな歴史が始まる。
主人公
豪徳寺姫子(塔ノ沢姫子)
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年齢
21歳(初登場時)
続柄・家族関係
豪徳寺雅の長女・美姫の最初の結婚で生まれた子。もともとは両親の塔ノ沢姓だったが、祖母・雅の養子となり、豪徳寺姓を名乗ることになる。
性格
幼い頃からませており、恋多き女で性に奔放。明るくあっけらかんとしているように見えるが、複雑な家庭環境の中で大人に気を使いながら生きてきたところがある。そのためか、どこか大人になりきれず、気持ちは純粋な子供のまま。
塔ノ沢美姫
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年齢
45歳(初登場時)
続柄・家族関係
豪徳寺雅の長女。姫子は最初の結婚で生まれた子で、再婚した夫・慎との間に14歳の娘・芙姫がいる。
性格
行動力に溢れ、ピンチさえも楽しんでしまう大胆さがある。夫いわく「じゃじゃ馬」。根拠はないが自信に満ち、運を味方に勝負を勝ち抜くことも。豪徳寺家の長女として、いざというときには家族のために尽力する。
風祭舞姫
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年齢
41歳(初登場時)
続柄・家族関係
豪徳寺雅の次女。夫・怜との間に14歳の双子姉妹・亜姫と夕姫がいる。
性格
姉と妹に対して控えめで、周りの目を気にしがち。幼い頃から、場の調和を保つため自分を抑え込んで生きてきた。仕事も趣味もなく家で暇を持て余し、何もできない自分に負い目を感じている。
海老名咲姫
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年齢
36歳(初登場時)
続柄・家族関係
豪徳寺雅の三女。夫・義隆との間に13歳の娘・登姫がいる。
性格
自由人で好奇心旺盛。一度夢中になると周囲の声がまったく耳に入らず、その物事をひたすら突き詰める。夫は考古学者で海外にいることが多く、普段は離れて暮らしているが、彼を尊敬し愛している。ちなみにイケメンには興味がない。
豪徳寺雅
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年齢
69歳(初登場時)
続柄・家族関係
美姫、舞姫、咲姫の母。孫の姫子を養子として迎える。
性格
穏やかでおっとりしているが、やると決めたら聞かない男前な性格。気前がよく、自分が価値を感じたものには豪快にお金を使う。若い頃は暴走族の総長を務め、今は亡き元警察官の夫とはバイクのスピード違反で捕まったときに出会った。大奥様こと母が隠居してからは、豪徳寺家の実質的なトップ。
「Let's豪徳寺! SECOND」
「豪徳寺」という地名を耳にするたび、頭に「Let's」と加えてしまう。タイトルとしての「Let's豪徳寺!」は、昭和の少女マンガ好きにとって当たり前のように人口に膾炙したフレーズであり、言うまでもなく「生徒諸君!」と双璧をなす庄司陽子の代表作なのである。
その言葉の勢いが示すように、「Let's豪徳寺!」は非常に景気がいい作品だ。世田谷に大豪邸を構える豪徳寺一族の女たちは、その莫大な資産を背景に、のびのびと、自由闊達に生きる。中でも特徴的なのは頻出する性描写であり、元祖レディースコミック誌としての当時のBe in LOVE(現BE・LOVE / 講談社)の雰囲気を今に伝える作品でもある。「生徒諸君!」で著者のファンとなった読者はさぞかし驚いたのではなかろうか。
とはいえ庄司陽子の作品は一貫して楽観的であり、理想主義的であることには変わりない。ベースには軽やかなユーモアがあり、世界には常に明るい祝福の光が降り注いでいる。「Let's豪徳寺!」においても、女性たちが恋愛を、仕事を、趣味を存分に楽しんでいる。その様は痛快であり、未来への希望に溢れていることだろう。もちろんそれが実現できるのは豪徳寺家の圧倒的な経済力があってこそなのだが、ジョジョ風に言うならば「さすが豪徳寺! おれたちにできない事を平然とやってのけるッ そこにシビれる! あこがれるゥ!」といったところか。1980年代にリアルタイムで読んでいた者の感動はいかばかりだったか。
何しろ当時の日本経済はまだまだ拡大期。来るべきバブル経済の予兆を感じながら、日本はまだまだ豊かになれると多くの人が信じていた時代だ。「もしかしたら自分も……」という一抹の希望を、「Let's豪徳寺!」の読者も抱いていたかもしれない。
しかし時は流れて令和の世。失われた30年を経て、わが国の経済は長いことどん底にある。人口は減少し、国際的な競争力も衰え、もはやこの国に明るい未来はないように思える。そこに突如として現れたのが「Let's豪徳寺!」の続編となる「Let's豪徳寺! SECOND」であった。はたしてそのとき、旧作の読者はその復活劇をどのように受け止めたのだろうか。この時代に「Let's豪徳寺!」という作品の世界観を、どのように捉えたのだろうか。「もしかしたら自分も……」という一抹の希望など、もはや持ち得ないこの時代に。
おそるおそるページを捲ると、冒頭で描かれるのは豪徳寺家の長女・美姫の第1子である姫子のエピソードだ。複数の男性と関係を持ち、奔放に恋愛を楽しむ様子はまさに豪徳寺一族の女である。そこから次女・舞姫の不倫に至るまではストレートに前作の延長線上の世界が描かれる。
様子が変わってくるのは6巻の途中からだ。ある日、立て続くトラブルに疲れ果てた母・雅は、誰よりも信頼するかつてのお手伝いさん・北見と温泉旅行に行くことを思いつく。キャンピングカーで宿へと向かう道中、思い出話に花を咲かせる2人。年老いた北見は車椅子での生活を余儀なくされていて、介助なしには立ち上がることができない。会話の中でオムツが手放せない状態であることも明かされる。北見の「老い」をこれでもかと具体的に描写していくのだ。
「私は──この景色を忘れることがないでしょう」。部屋の窓から景色を眺めながら北見はそうつぶやく。そして食事中に「北見は本当に幸せでございました」などと雅に告げるのだ。「なんか変な言い方ね やめてよ」と雅は返すのだが、ついに北見は告白する。「私はもう普通のお食事はできないのです……」「旅行なんて無謀なこと 本当は考えられないことなのです」「でも……どうしても奥様と出かけたくて ホームにお願いして無理を聞いていただいたのです」「雅さんと…2人だけになりたくて お話しをしたくて 最期のご挨拶をしたくて……」。
死に対しては大富豪の豪徳寺家といえども無力である。北見に死が迫っているという事実を受け入れられない雅は子供のように駄々をこねるのだが、こればかりはいかんともしがたい。やがて雅だけでなく、家族全員が北見の死に向き合わざるを得なくなるのだが、7巻の大半を使って描かれる豪徳寺の面々との別れの様子は感動的だ。1巻の冒頭で香と下北沢がすでに亡くなっていることがさらりと明かされていたが、それに比べても明らかに北見の「死」は丁寧に描かれている。本作の白眉といっても過言ではない。
ほかにも雅の亡き父の知られざるエピソードや、美姫の前夫とその妻の忘れ形見が現れて、2人がすでに亡くなっていることが明かされるなど、後半部には、常に死の匂いが漂っている。その中にあって、前作に比べると、豪徳寺家の財産が「活躍」するシーンはそれほど多くはない。むしろ「できない」ことが強調されていく。かつてのように「さすが豪徳寺! おれたちにできない事を平然とやってのけるッ」とはいかない。しかしそこでこそ際立ってくるのは、豪徳寺の人々の、誠実で、正直で、愛に溢れた生き様なのだ。
派手な金遣いは彼女たちのごく一面であって、本当に大切なのは、なんのためにお金を使うのかという動機や目的であろう。自由のために、人助けのために、理想を実現するために、彼女たちはお金を使ってきたのではなかったか。そうした温かみを、「SECOND」ではより強く感じることができるだろう。ここで描かれているのは、人が人を思うことの、ひとつの理想形なのだ。
「Let's豪徳寺!」という作品に描かれたある種のユートピアにおいては、主人公の一家にお金があるからこそ理想が実現できたものであるのは確かである。それに対して「結局金かよ」と意地悪な見方をする人もいただろう。しかし「SECOND」を読むと、もしかしたら庄司陽子は、主人公が金持ちだからこそ理想が描けたのではなく、理想を描きたいがために大富豪を主役に据えたのではないかとも思うのだ。
最終巻では年老いた豪徳寺の人々が登場する。「いくつになっても君は綺麗だよ 何も変わらない──」と塔ノ沢は美姫に言う。「100年もたてば家も人も変わっていきますよ」とも2人は言う。確かに皆老いた。しかしそこには「変わること」も「変わらない」ものもある。その「変わらない」ことを描くためにこの作品は生み出された。それが何かは実際に本作を読んでいただくものとして、これを機に旧作も続編も、また併せて読み返していただければと願うばかりである。
ここからは、豪徳寺家の人々が繰り広げてきた印象深いシーンを紹介。恋の波乱、家族の絆、そして豪徳寺家らしい強さが表れるエピソードの数々をお楽しみあれ。
1. 姫子一筋、優しすぎる幼なじみが初めて見せた覚悟
5歳の頃から姫子を思い続ける幼なじみの貞麿。どんなに彼女が男性と遊んでも文句を言うことなく、ただそばで見守ってきた。姫子にとって“平均点”の男性で、スリルはないが安心できる相手。しかし、父親のわからない子を姫子が妊娠したときに、貞麿は初めて強い覚悟を示す。
2. 豪徳寺家に初の男子誕生!
姫子が出産し、女系家族の豪徳寺家に初めて男子が誕生。大資産家のこの喜ばしい大ニュースは、雑誌でも取り上げられるほど注目を集めた。子供の名前は家族会議を経て、雅が考案した「天彦」と決まる。
3. 友達だから不倫じゃない? 女性同士で快楽の沼へ
舞姫は夫からも子供たちからも必要とされていないと思い込み、孤独を感じていた。そんなとき、男装の麗人・凪子に出会う。得体の知れない怖さを抱えつつも、安らぎとドキドキとをくれる凪子に舞姫は身も心も委ねていく。
4. 中途半端を嫌い、一世一代の大勝負
舞姫と関係を持った凪子に脅され、10億円を用意することになった美姫。自分のお金を凪子に渡す気になれず、カジノの街・マカオへ向かう。そこで美姫は持ち前の勝負強さを発揮し、難なく10億円を手に。しかし、それだけでは満足せず、21億円を賭けた大勝負に出る。
5. 豪徳寺家を支え続けた、家族同然の存在との別れ
豪徳寺家の元家政婦で、美姫の夫・慎の実母である北見。老人ホームで静かな日々を送っていたが、死期が迫り、最後の願いとして豪徳寺に戻ってきた。北見はかつて仕えた大奥様・香(雅の母)の部屋で、豪徳寺家の皆と1人ずつ言葉を交わした後、安らかな表情で息を引き取る。