つるまいかだ「メダリスト」は、スケーターとして挫折した青年・明浦路司が、フィギュアスケートの世界に憧れを抱く少女・結束いのりと出会ったことから始まる。才能を開花させていくいのりと、指導者として成長していく司が、栄光の“メダリスト”を目指す物語だ。2025年1月にTVアニメ化を果たした。
TVアニメのオープニング主題歌を手がけるのは米津玄師。「ひとえに原作のファンです」と語る米津からのオファーにより書き下ろされた新曲「BOW AND ARROW」は、いのりと司の関係を“弓と矢”で表現した楽曲だ。コミックナタリーではそんな米津と、以前から米津のファンだったというつるまの対談をセッティング。米津がOP主題歌とジャケットに込めた思い、それを受け取ったつるまの気持ちとは? お互いの創作について語り合う中で、2人の意外な共通点も見えてきた。
取材・文 / 岸野恵加
“アーティスト界の金メダリスト”が歌ってくれるなんて!
つるまいかだ だいぶ昔の話になってしまうんですが、ボーカロイド楽曲にハマっていた子供の頃、「週刊VOCALOIDランキング」で「Persona Alice」という楽曲に出会ったことをきっかけに、ハチ(米津のボカロPとしての名義)さんのファンになったんです。当時の自分には、周りの人があまり知らない、自分だけのものを好きでいたいという思いがあって。ハチさんを好きでいることが、自分の不安定なアイデンティティを形成する1つの要素になってくれていたんです。大人になってもその頃の不安定な自分を大切に思っているし、米津さんはその頃の感覚を思い出させてくれる存在で、新曲が出るたびに聴かせていただいていました。なので、米津さんがオープニング主題歌を歌ってくれると決まったときは、光栄すぎて、現実だと思えずに固まってしまって……(笑)。担当編集さんと一緒に「“アーティスト界の金メダリスト”が歌ってくれるなんて!」と、大喜びしました。
──米津さんは「メダリスト」を以前から愛読されていて、「できることなら曲を作らせていただけないか」と自ら打診したんですよね。「メダリスト」にはいつ頃、何をきっかけに出会ったのでしょうか。
米津玄師 「次にくるマンガ大賞」にランクインしたタイトルを見て、面白そうだと思った作品をいくつか買っていたんです。手に取ってみたら一際面白くて、「これはすごいマンガだ」と思いました。
つるま ありがとうございます……!
米津 1ページ目からすごく絵に力があって。キャラクターの感情が、表情や身体表現にエモーショナルに表れているので、読み進めていくごとに、胸に熱いものがたぎっていく。氷上の演技シーンも驚くほどに絵の圧が強くて、読んでいるだけでハッと息を呑む瞬間が多かった。とにかく引き込まれました。
──「メダリスト」はつるま先生のマンガ家デビュー作ですが、どのような思いを込めて描き始めたのでしょうか。
つるま 「私の作品」というよりも「商業マンガとして人を喜ばせられる、エンタテインメントであろう」という意識で描いています。マンガ家デビューは念願でしたが、それ以上にフィギュアスケートという素敵な題材をお借りしていること、アフタヌーンという歴史ある雑誌の1枠をいただいていることに、誇らしさと責任感を感じているので。そして、“才能”とは、自信を与えてくれる一方で、奪うものでもあると思っていて。それを大人と子供の両方の視点から描いて考えていくことが、「メダリスト」の大きなテーマです。
──では主人公は、最初からいのりと司の2人だった?
つるま 最初はいのりだけだったんです。でも編集さんに「いのりが1人でこの道を進んでいくのは大変すぎるのでは。頼れる大人がいたほうがいい」と助言をいただいて。アフタヌーンは青年誌なので、読者に近い目線の主人公もいたほうがいいなとも思い、司もメインに据えました。読者のために描くという前提を重視しはじめたときに、大人と子供の関係性がストーリーの軸になっていきましたね。第1話は、私自身もびしょびしょに泣きながら描いていました(笑)。
──それだけ一筆ごとに思いが込められているということですね。米津さんは、「メダリスト」で特に引き込まれたシーンを挙げるとすると?
米津 光ちゃんが、初めていのりちゃんの前でジャンプをする見開きのシーンは、初見のインパクトがものすごく強かったです。パースの取り方や、ガランとしたスケートリンクの使い方も含め、「すごい!」と思ったことをよく覚えています。
「米津さんと好きなものが似ているのかな」(つるまいかだ)
──つるま先生が描いていて一番気合いが入るのは、やはりリンク上の演技シーンでしょうか。
つるま すべてのシーンを一生懸命に描いてはいるんですが、一番「美しく描かなければ」と気合いが入るのは、演技のシーンですね。少し話がそれてしまうんですが……米津さんが「Plazma」(鶴巻和哉が監督を務める、劇場先行版アニメ「機動戦士Gundam GQuuuuuuX -Beginning-」の主題歌)についてのインタビューで、「フリクリ」がお好きだとお話しされていましたよね。私も鶴巻監督の作品が大好きで、「フリクリ」はもちろん「トップをねらえ2!」の、世界観やカメラアングル、パースに影響を受けているんです。普段から、アニメーターさんが生み出すカッコいい映像シーンをよく見ていて。そういう部分でも、米津さんと好きなものが似ているのかなと思いました。
米津 そうだったんですか。鶴巻さんの作品は、本当に素晴らしいですよね。
つるま 「機動戦士Gundam GQuuuuuuX -Beginning-」も、劇場に観に行きました。TVシリーズの放送が待ちきれないです! そういえば「海獣の子供」も、私がとても影響を受けた作品で。子供のデフォルメの仕方は、五十嵐(大介)先生にとても影響を受けているんです。なので米津さんが「海獣の子供」の主題歌(「海の幽霊」)を担当すると知ったときは本当にうれしかったし、好きなものが同じだなと、そのときも思いました(笑)。
米津 すごい。掘れば掘るほど、共通点がもっと出てきそうですね(笑)。
──ちなみに、先ほど米津さんが「次にくるマンガ大賞」をチェックしているとおっしゃっていましたが、おふたりは普段、手に取るマンガ作品をどのように決めていますか?
米津 最新作を熱心にチェックしているわけではないんですが、友人から教えてもらったり、SNSで目にして気になった作品は、とりあえずKindleで買っておくようにしていますね。
つるま 私はできるだけいろんな作品を読むように努力していて、最近面白いと思っているのはいわゆる、なろう系です。決まった型がしっかり存在していて、とても読みやすくて。一見ワンパターンのようだけど、縛りの中で個性が光る作品に出会ったときに、すごく感動するんです。作者の方の力量が顕著に出るんですよね。
米津 様式が決まっているからこそ、ですよね。お話を聞いていて、なんだかホラー映画みたいだな、と思いました。私はホラーがすごく好きなんですが、あれも大喜利の連発というか。お決まりの文脈があって、「こうしたら観客は驚くだろう」とひねってみたり、「そっちはやり尽くされたから、今度はこっちから行こう」「いや、あえて行かないぞ」とか。枠の中でどう遊ぶかが腕の見せどころという部分が、似ている気がします。
つるま 確かに! 同じだと思います。
──米津さんはもともとマンガ家を夢見ていたそうですが、もし実際に描くとしたら、どんなジャンルの作品を描きたいですか?
米津 今後描く可能性がゼロではないので、できるだけハードルを下げておきたいんですけど(笑)、最初に好きだった作品が「NARUTO -ナルト-」などのバトルものだったので、そうした作品に対する憧れはありますね。
──つるま先生は、米津さんがもしマンガを描くとしたら、どんな作品を見てみたいですか。
つるま ええー……! うーん、難しいですね……。でもタイミングによって描きたいものも変わると思うので、米津さんがそのときに一番心を動かされているものを題材にしたマンガを描いてくださることが、一番気になるし、絶対に読みたいと思います。
「司といのりの関係性に、すごく尊いものを感じた」(米津玄師)
──米津さんがオープニングテーマとして作り上げた「BOW AND ARROW」は、「メダリスト」のどういった部分に着想を得たのでしょうか。
米津 司といのりの2人の関係性に、すごく尊いものがあるという第一印象を持っていて。「メダリスト」を読んでいて、成人男性という属性も含め、自分は司に感情移入する部分が大きかったんです。いのりと対等な関係だという前提はありつつ、年齢はやはり離れているし、「自分だったら、このくらいの年代の女の子とどうやって向き合うだろうか」と想像してみたけれど、やっぱりこんなにうまくできないな、司は実直な人間だな、と実感したり。そういった考えから、作品のためにも自分のためにもなる1曲にしようと思いました。
──作品サイドからは、「ピースサイン」(アニメ「僕のヒーローアカデミア」第2期第1クールのオープニングテーマ)のような楽曲を……というリクエストがあったそうですね。
米津 はい。「ピースサイン」のような疾走感のある曲というイメージを伝えていただきました。「ピースサイン」は子供たちの目線で突っ走っていくような曲でしたが、その延長線上にある曲として、今回は庇護する大人側の目線で書いたらいいものになるのでは、というところから出発しましたね。
──タイトルの「BOW AND ARROW」は、弓と矢を意味します。歌詞では弓を司、矢をいのりに喩えていると感じました。
米津 最初からモチーフとして弓矢があったわけではなく、アニメ尺の89秒バージョンを最初に作り終わってからタイトルを考えたんです。歌詞に「手を放す」というフレーズがあるんですが、押し出すものと押し出されるものという関係性から、いろいろとイメージを膨らませていきました。戦闘機とカタパルトか、はたまたハンマー投げか、と考えを巡らせて……最終的に弓と矢に落ち着きました。
──つるま先生は、最初に「BOW AND ARROW」を聴いた際にどう感じましたか?
つるま もう……聴いた瞬間に米津さんだ!となる唯一無二のメロディラインに、紛れもなく「メダリスト」について綴った歌詞が乗っていることへの感動が大きすぎて、噛み締めるのに時間がかかりました(笑)。一番グッときたフレーズが、まさに「手を放す」なんです。私が「メダリスト」で描きたいと思っていたことがここに詰まっていて。手を握り続けることは、子供の心に安全基地を形成するためには必要な過程ですが、個人として生きる強さを得るためには、絶対に冒険や旅立ちが必要で。送り出す側と送り出される側の敬愛が、「手を放す」というワンフレーズでこんなに温かく強く表現できるんだ、と。すごく感動して心に刻み込まれました。
米津 とてもありがたいです。主題歌を作るときはいつも、「これで大丈夫かな?」という不安があって。その言葉を聞けてうれしいし、安心しました。
つるま 米津さんにしか作ることができない特別に調合された絵の具によって、作品が熱く彩られて、もう1回名前を付けていただいたような感覚でした。私からは湧いてこない言葉で、「メダリスト」の世界をもう一度作り上げてくれている。「ソワレ」なんて私からは絶対に出てこないフレーズですし、「カッコよすぎる!」と感動しましたね。
──オープニングで使用されている89秒と、音源が配信されたフル尺の音源ではアレンジが異なっていますが、それはなぜでしょうか?
米津 これは申し訳ない思いが強いんですけど……89秒尺をお渡ししてから、少し間が空いてしまったんですよね。ほかの作業を終えてから、さあフル尺に取り掛かろうとなったときに、自分の中でやりたいことが変わってしまっていて。これは最初からやり直すしかないな、と。視聴者の方からしたらオープニングのアレンジのままフルで聴きたいだろうなというのは重々承知していたので、申し訳ない思いです。
つるま フル尺ではイントロに新しいメロディが入っていて、すごく素敵だと思いました。これは私が勝手に感じていることですが、米津さんが毎回心を砕いて曲を作っていくうえでは、その時々のリアルな思いがすごく大事なんだろうなって。時間が経って変化した部分を、そのまま反映できる勇気もすごいと思うんです。実は私も、連載版と単行本でめちゃくちゃ原稿を変えてしまうんですよね。たくさん加筆しちゃうし、セリフも変えちゃうし……なので、米津さんの気持ちには共感します。アーティストとして誠実に向き合ってくださった気がして、こうした形の違いもうれしかったです。
米津 そう言っていただけてありがたいです。変えたくなっちゃいますよね。過去の自分が作ったものを聴いて「なんでこうしたんだろう?」と思ったり(笑)。宮沢賢治も同じタイプだったようで、「銀河鉄道の夜」は何バージョンもあるんですよね。世に放った瞬間にすべてが固定化されるのではなく、当人の中でさまざまな変遷があって、姿が変わっていく。それってとても美しいなと、子供の頃に思った記憶があって。そこに影響を受けている部分もあるかもしれないですね。現代のエンタメではあまり滅多なことをするものじゃないな、とは思いますけど(笑)。
つるま バランスが難しいですよね(笑)。
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ジャケットのイラストは「司から見たいのりちゃん」