イノセンスをはぎ取って現代の物語に|岡田利規と岡本優が描くオペラ「夕鶴」、小林沙羅&与儀巧が新たなつう&与ひょう像語る

岡田利規が初のオペラ演出に挑む。演目は、今年没後20年を迎えた團伊玖磨作曲のオペラ「夕鶴」だ。木下順二の戯曲には一切手を入れないことを条件にオペラ化された本作を、岡田はノスタルジックな民話としてではなく、現代の“わたしの物語であり、あなたの物語”として立ち上げるという。そんな挑戦的なプロダクションに出演とステージングで名を連ねるのは、岡田と初タッグのTABATHA・岡本優だ。

9月下旬、ステージナタリーでは岡田と岡本の対談を実施。9月中旬に熊本で行われたワークショップで互いへの信頼を深めたという2人に、クリエーションへの思いを語ってもらった。また特集の後半では、キャストの小林沙羅(ソプラノ)、与儀巧(テノール)が新たなつうと与ひょう像について語っている。

なお本公演は、文化庁の助成を得て全国の劇場・音楽堂、芸術団体などが高いレベルのオペラを新演出で制作するプロジェクト「全国共同制作オペラ」の1作品で、「團伊玖磨 / 歌劇『夕鶴』(新演出)」は東京・東京芸術劇場 コンサートホール、愛知・刈谷市総合文化センター アイリス 大ホール、熊本・熊本県立劇場 演劇ホールで上演される。

取材・文 / 熊井玲撮影 / 藤田亜弓

岡田利規岡本優が描くオペラ「夕鶴」

手応えを得た、熊本でのワークショップ

──9月の中旬に熊本で、地元の合唱隊の子供たちとワークショップ(以下WS)が行われました。手応えは感じられましたか?

左から岡本優、岡田利規。

岡本優 ええ。打ち合わせの中で岡田さんから「こうしたい」というお話は聞いていましたし、作品を拝見しているので、岡田さんがなさりたいことは感覚的にわかる部分もありました。ただ実際に岡田さんの演出の中に入り込むのは今回が初めてだったので、岡田さんから出てきたアイデアやイメージを形にするため、事前にけっこう綿密な計画を立てて映像やメールをやり取りし、熊本の稽古に臨んだんです。そうしたら熊本の児童合唱の皆さんが優秀すぎて(笑)、考えていた以上にどんどんクリエーションが進んでいき、かなり実りのある時間になったという印象です。

岡田利規 僕も大変手応えを感じました。「何か面白いものが出来上がっているな」と、現場にいた僕らが感じただけでなく、WSの様子を映像で見たスタッフにもそれが伝わったようで、良かったなと。岡本さんはすごく良いアイデアを出してくれるだけじゃなく、WSをどう進めていくか綿密に計画を立ててくれました。でも時間が限られているので、正直「間に合うのかな」って心配もあったんですけど、岡本さんが言ったように熊本の児童合唱の子たちの飲み込みが早かったので、おかげで当たりたいところはすべて当たることができ、大変な収穫でした。

──WSでは岡田さんが全体のコンセプトを説明し、岡本さんが具体的な動きをつけていく形で進められました。普段の岡田さんのクリエーションでは、俳優さんに委ねる時間が多いと思いますが、今回は明確に言葉で説明していたのが印象的でした。

岡田 コンセプトを伝えるということ自体はいつもやっていることです。ただ今回いつもと違うのは、ステージングを人にお願いすることが初めてだということです。これまで僕のプロダクションの中にそういう役割の人が入っていたことはなく、ステージングという部分も俳優たちに委ねていたのですが、今回は具体的な部分を岡本さんが作ってくれるので、そこは違うと思います。

──“チコ頭”に驚きました。子供たちはシーンによって自分の頭上に大きな風船の頭を掲げて演じますが、WSでは、その風船にテープでそれぞれ仮の顔をつけていて、盛り上がっていましたね。

岡田 最初に1人ひとりに自分の風船に顔を描いてもらったんですけど、それでだいぶ時間を食ってしまいましたね(笑)。

岡本優

岡本 でもあの時間が良かったと思います。その後のクリエーションがスムーズに進んだのも、あの時間のおかげかなって。

岡田 そうだと思います。

──子供たちは頭を持って演じることに、どんなリアクションをしていましたか?

岡本 長時間持っていると「疲れた!」って反応はありましたが、頭を持って演じること自体は特に戸惑いはなかったですよね。

岡田 全然なかったと思います。最初に「『夕鶴』の世界の子供のときはこの頭なんだ」とコンセプトを伝えたからじゃないかな。

つうを、資本主義を超えた存在に

──岡田さんは本作について、「このオペラの演出に携わる者としては、わたしは『夕鶴』という物語を、古き良き時代の日本のノスタルジックな民話であるとはとらえません。『夕鶴』が現代の物語になります。そしてそれは奇抜なことではありません。なぜなら『夕鶴』では、現代を生きるわたしたちが現代を生きるために自明のものとして受け入れてしまっている問題が扱われているからです」とコメントされました。また、つうを追い込んでいく与ひょうについて「『夕鶴』はわたしの物語であり、あなたの物語です。あなたの居心地を悪くする物語です。なぜ『夕鶴』の物語があなたの居心地を悪くするのか? それは、与ひょうはあなただからです」とおっしゃっています。

「夕鶴」は、テキストに一切手を入れないことを条件にオペラ化が許された作品ですが、岡田さんは本作を現代の私たちの物語として描き出すにあたり、物語の中で描かれるつうと与ひょうの関係を、舞台と客席、あるいは物語と現実と結びつけることによって捉え直そうとされています。それによってつうの捉え方、描き方も大きく変わってくると思いますが、岡田さんが今回、岡本さんに出演とステージングをオファーされたのはなぜでしょうか?

岡田利規

岡田 最初はとにかくつうを、これまでのようなかわいそうな存在ではなく、ゴージャスに見せたい、それには、サイドにカッコいい女性ダンサーがいると良いなっていう(笑)、そういう発想でダンサーに入ってもらいたいと思いました。というのも、これまでの「夕鶴」では、つうというキャラクターが資本主義に汚れる手前の段階にいる人ということになっていて、「やっぱり資本主義ってひどいな、こんなイノセントな存在を傷つけてしまったよ」という描かれ方をされていると思うんですけど、僕はそれで良いとは全然思っていなくて。むしろつうは資本主義に対して疑問というか批判をぶつける存在だと思うし、資本主義を乗り越えた存在として描きたい……つまりゴージャスな存在にしたいと。そこから岡本さんのお名前が挙がり、検討する中で、出演だけでなく子供たちのステージングもお願いしたいということになって。

──カッコいいにもいろいろ幅があると思いますが、岡本さんのカッコよさに決めたのはなぜですか?

岡田 「カッコいいダンサーが必要だと思う」と打ち合わせで話したときに、今回のプロダクションのメンバーから岡本さんのお名前が挙がったんです。それまで岡本さんとは面識がありませんでしたが、僕のことや僕がやりたいことをわかっているメンバーが挙げてくれた人なら、信頼しようと。

岡本 うれしい限りです。岡田さんの周囲の人たちは、“何となくわかるんだけど、具体的な言葉にはできないような感覚”で結ばれていて、それがすごく素敵だなと思いますし、その中で私の名前を挙げていただけたことはすごくうれしいです。

岡田 コンセプト自体は言葉にして伝えているつもりなので、テレパシーとかではないと思うんですけど(笑)、確かに不思議ではありますね。“なんとなくこういう感じ”がみんなで共有できているのって。

岡田さんとのクリエーションはどんどんやりたくなる

──岡本さんはこれまで、岡田さんにどんな印象をお持ちだったんですか?

熊本のワークショップの様子。
熊本のワークショップの様子。

岡本 私は桜美林大学の出身で、1年生のときに岡田さんが学内に授業をしに来てくださった時期があったんです。そのとき学内で行われているOPAP(編集注:桜美林大学パフォーミングアーツプログラムの略称。プロの演出家・振付家がプロデュースし、学生がキャスト・スタッフを務める公演の名称)に、岡田さんが作・演出で入られたことがあって。私はダンス公演に参加していたので直接関わることはできなかったんですけど、関わっているメンバーが「岡田さんはヤバい」って言ってたのをよく覚えていて(笑)。

岡田 そうなんだ?(笑)

岡本 はい(笑)。私はダンスしかやってこなかった人間なので、「何がヤバいんだろう?」って思っていたんですけど、実際に拝見したら私の演劇の概念を覆された感じがして。“発狂して、がなっている”んじゃなくて、ナチュラルで身体的にたゆたっている感じ。内容は正直よくわからなかったところもあったんですけど、今思うとやっぱりヤバかったなって(笑)。そういう出会いでした。

岡田 あれは2007年とか2008年かな。

岡本 2007年ですね。

岡田 そうか。チェルフィッチュが初めてクンステン(ベルギーのクンステン・フェスティバル・デザール)に行った年ですね。懐かしいな。さっき言った通り、僕は岡本さんのことは知らなくて、岡本さんの参加が決まってからも、みんなとZoomで打ち合わせするときに岡本さんも入っていた、というくらいで、実際に一緒にガッツリ作り始めたのは、本当に熊本のWSからなんです。でもすごくうまくいってると思います、よね?

岡本 本当に楽しいです。これまで、演劇に振付で参加したりステージングに入ったことはあるんですが、どこか通じ合ってない気がしていたんですね。でも岡田さんとクリエーションをしていると、楽しくてどんどんやりたくなる。岡田さんから出てくる発想を形にしていく作業も楽しいし、意味がある……っていうと変ですけど、理由もなくシーンを作らなきゃいけないという理不尽なことがまったくなくて、「これはそうだよな、そうなるよな」って納得できることばかりで、クリエーションがすごく面白いんです。

岡田 僕がステージングみたいなことをこれまで特にお願いしたことがなかったのは、演劇の中でダンスを取り入れるときに「ちょっとここ、にぎやかしておいて」みたいな、本質的じゃない形でダンスを扱うことをするつもりがなかったからなんです。ただ今回はステージングを考える人が必要だと思ったし、だからお願いしたんだけど、そういう意味で岡本さんには本当に必要なことしかお願いしてないつもりです。