「WOWOW presents 勝手に演劇大賞」|今年の受賞作は? 演劇ジャーナリスト徳永京子が2019年の舞台を振り返る

「蜷の綿」に必要だった“3年半”

──音という点で、マームとジプシーの藤田貴大さんは毎回、音について挑戦的なアプローチを続けていらっしゃいますが、「『蜷の綿─Nina's Cotton─』リーディング公演 関連企画『まなざし』」では、これまでとまた、音の使い方が異なるように感じました(参照:藤田貴大が蜷川幸雄に作品を介して再び対峙「まなざし」開幕)。今年の藤田さんは、柳楽優弥さん主演の「CITY」や「めにみえない みみにしたい」再演全国ツアー、穂村弘×マームとジプシー×名久井直子 マームと誰かさん「ぬいぐるみたちがなんだか変だよと囁いている引っ越しの夜」再演ツアーなど、これまで同様、非常に精力的に活動されていますが、2019年の藤田さんの活躍をどのように感じていらっしゃいますか?

「蜷の綿- Nina_s Cotton -」リーディング公演 関連企画「まなざし」より。(撮影:井上佐由紀)

昨年、新宿のLUMINE0で上演されたmum & gypsy × trippen「BOOTS」の公演で、たまたま演出席の斜向かいの席に座ったんです。藤田さんは自分で音響のオペレーションもする演出家ですが、そのとき驚いたのは、藤田さんが舞台上の俳優をまったく見ずに、最初から最後まで卓に目を落としたままだったことなんですね。つまり、藤田さんが耳で演出していると気付いて。かつては小道具1つ倒れても気になる、俳優の一挙手一投足を見逃さないようにしていた“視覚”の演出家でしたが──俳優に対する信頼度が上がったのかもしれませんけれども──、演出家として違うフェーズに入ったんだなと思いました。「まなざし」に関しては、暗転のたびに画が変わっているのが、非常に映画的だなと感じました。今度はミュージカルを企画されているようですし、藤田さんはまだまだ変化も更新も続いている作り手なのだと思います。

──「まなざし」は、藤田さんが生前、蜷川さんに取材して書き下ろした「蜷の綿」リーディング公演の関連企画として上演されました。「蜷の綿─Nina's Cotton─」の演出は、長年蜷川さんの演出助手を務めた井上尊晶さん。また、さいたまゴールド・シアター&ネクスト・シアターが出演したリーディング公演ですが(参照:「蜷の綿」に、さいたまゴールド&ネクストシアターが新たな息吹き込む)、“リーディング”の枠からはみ出るほどの熱がこもった上演で、私は蜷川さんのお誕生日である10月15日の回を観たのですが、千秋楽ということもありカーテンコールには蜷川さんの遺影を持った井上さん、藤田さんも舞台上に現れて大喝采となりました。

「蜷の綿- Nina_s Cotton -」リーディング公演より。(撮影:宮川舞子)

私は、藤田さんが戯曲を執筆するために蜷川さんや関係者の方にしたインタビューにすべて立ち会っているので“半分、中の人”のような感覚があり、完全に冷静な評価ではないのかもしれませんが、3回しか上演しないのがもったいない、非常に素晴らしい作品だったと思います。リーディングと銘打たれていましたが、それを完全に超えていましたね。尊晶さんの演出作品の中でもベストワークだったと思います。尊晶さんも、蜷川さんが亡くなったあと何本かの“蜷川幸雄の演出作品”を上演されてきましたが「この作品が1番、蜷川さんを近くに感じた」とおっしゃっていました。「蜷の綿」は当初の予定だった2016年から3年半経っての上演となりましたが、尊晶さんやさいたまネクスト・シアター、ゴールド・シアターのメンバーが泣かずに取り組むには必要な時間だったのかもれません。いい意味で、蜷川さんの死と作品を切り離せたのではないかなと。もちろん蜷川さんの演出で上演できれば一番よかったでしょうし、蜷川さんの死の直後にやっても意味はあったと思うのですが、ようやく泣かずに蜷川さんの死を振り返ることができ、でもまだ蜷川さんのことを覚えている人がたくさんいる中で上演できたので、ベストなクロスポイントだったのかなと思います。

──ネクスト・シアターの活躍も印象的でした。

「世界最前線の演劇」シリーズで、毎回異なる演出家の演出を受けていることも力になっているのだと思います。確かにすごくよかったですよね。

──そして徳永さんご自身も今年、「はなすよる」シリーズを立ち上げられました(参照:演劇ジャーナリストの徳永京子が、舞台の感想を「はなすよる」開催)。演劇を語ること、残していくことの必要性を感じられたということでしょうか?

書く仕事をしているので、舞台を観た感想はすべて文章で伝えられたら一番いいとは思うんですけど、観る量と書くスピードが追いつかないのと、SNSは便利な反面、やはり流れていく感覚がある。そうではないこと、つまり「面と向かってゆっくり話す」とか「人に話を聞いてもらう」ことを大事にしたくなったんです。私の感想に興味を持ってくれる人がどれだけいるのか全然わからなかったし、自分1人のイベントをやることに「何様だよ?」という躊躇もありました。でも年に250から280本くらい舞台を観る生活をずっと続けていて、その多くの感想が自分の中にだけ堆積する。「(文章に)残せないけれど、感じたものはどこにいくのだろうか」という思いが日に日に募って、どこかにアウトプットしなければ何かに申し訳ないと思って始めました。意外だったのはお客様の中に、「この企画は口語で演劇をアーカイブする試みだ」とまで深読みしてくださる方もいて(笑)、ありがたいなと思っています。

──再生不可能な演劇だからこそ、振り返る、アーカイブしていくことは大事ですよね。そもそもWOWOWと徳永さんの関係も、公演の振り返りを中心とした番組「月刊演劇プルミエール」が出発点だったとか。

そうなんです。演劇は基本的には記憶にしか残らないし、その潔さ、儚さが演劇の魅力だという方もいて、それにも賛成なんですけど、振り返って感想を共有することは大事ですよね。そのときに具体的に映像があるとなおいい。劇場で観ている最中に「ほら、ここ、注目!」とは言えませんから(笑)。

演劇界を支えるミュージカル人気

──「勝手に演劇大賞」は今回、10回目となります。歴代の受賞者を見ると、初回には蜷川さんのお名前が入っていたり、近年は森新太郎さんがノミネートされていたり、10年間の演劇界の動向、歴史を感じます。

徳永京子

さすがに10年経つと顔ぶれは変わりますね。特にこの数年、ミュージカルや2.5次元作品が圧倒的に強くなっています。「勝手に演劇大賞」の結果だけでなく、市場的にもミュージカルと2.5次元の上演本数と観客の増加が演劇界のプラス要素です。近年増えた2.5次元のお客さんがそのまま「勝手に演劇大賞」に応募しているようにも感じました。2.5次元は新しいだけに、まだほかのジャンルと断絶があることや、大型のミュージカルはW・トリプルキャストが当たり前になっているけれど本当にそれでいいのかという問題などもありますが、2.5次元から帝劇作品に出演する俳優が生まれていたり、ミュージカルとストレートプレイと行き来する人、テレビでも活躍する人などが少しずつ増えていて、活況を呈しているのはいいことだと思います。ここまでミュージカルが人気になった理由を、きちんと考えられてはいないんですけど、もしかしたら1つの要因としてディズニーがあるのではないかと予想しています。ディズニー映画の多くがミュージカルで、「アナと雪の女王」の「レット・イット・ゴー」は大ヒットしましたし、ディズニーランドはキャラクターたちが歌って踊る。そういったことで少しずつ、日本人のミュージカルアレルギーが減ってきているのかもしれない。劇団四季も若いカップルの観客が増えているように感じます。それと、長年蓄積されてきたカラオケの影響もあるでしょうね。日本人が人前で歌うことの抵抗をなくし、歌唱力も確実に上げてきた。

──人前で歌う機会が増えれば上手くなるのも必然ですよね。またWOWOWで放送中の「オリジナルミュージカルコメディ 福田雄一×井上芳雄『グリーン&ブラックス』」が人気を博したり、新妻聖子さんが「カラオケ王No.1決定戦」で注目を集めるなど、ミュージカルで活躍する俳優たちが身近に感じられるようになったことも関係があるかもしれません。

山田孝之さんや賀来賢人さんもミュージカルに出演していますよね。昨年の紅白歌合戦に「ミュージカル『刀剣乱舞』」のメンバーが出演し話題を呼びましたが、テレビの方たちもミュージカルや2.5次元の現場で起きていることに注目していて、また、俳優の皆さんのテレビへの対応力も高いですよね。2.5次元ではライブビューイングもいち早く始まりましたけど、舞台を映像で観ることに初めから抵抗がないお客さんたちも増えている。かつては「映像で観ても舞台の醍醐味は伝わらない」「自分たちの作品は一期一会だ」という人が主流でした。それが古い考え方ということではなくて、事実として「映像があったほうが何回も観られていい」という観客も作り手も増えている。そこにはWOWOWや、ゲキ×シネなどの新感線が取り組んできた、舞台をいかに生々しく映像化するかという努力が大きく関与していると思います。

ズバリ!演劇ジャーナリスト・徳永京子が選ぶ「勝手に演劇大賞2019」は……

──ではいよいよ徳永さんご自身の、「勝手に演劇大賞2019」を伺えたらと思います。

M&Oplaysプロデュース「二度目の夏」より。(撮影:宮川舞子)
シス・カンパニー公演「死と乙女」より。(撮影:宮川舞子)
PARCOプロデュース2019「人形の家 Part2」より。(写真提供:株式会社パルコ 撮影:尾嶝太)

たぶん投票結果とはまったく違うと思いますけど、M&Oplaysプロデュース「二度目の夏」、シス・カンパニー「死と乙女」が今のところ印象に残っています。

──俳優賞はいかがでしょう。

「死と乙女」の宮沢りえさんがよかったですね。助演だったら、「ブラッケン・ムーア~荒地の亡霊~」の相島一之さん。相島さん演じるジェフリーと、彼の奥さんであるヴァネッサ役の峯村リエさんが、あの作品の奥行きを作っていたと思います。

──演出家賞はいかがでしょうか。

「二度目の夏」の岩松さんはもちろんよかったんですが、「人形の家 Part2」の俳優の緻密な演技は演出の力だったかなという感じがします。

──栗山民也さんですね。確かに、簡素な居間という1シチュエーションで、イプセン「人形の家」の主人公・ノラが家を飛び出してから15年間の、登場人物たちの心の変化を描き出したのは演出家の力だと思います。

それと豊原功補さん。明後日公演 芝居噺弐席目「後家安とその妹」がすごくよかったです。落語をもとに、豊原さんが上演台本を書いて演出もされるんですけど、若くてキャリアの短い俳優さんたちに、今は落語の中でしか聞かなくなったような江戸言葉をスムーズに語らせていて、相当丁寧に演出をつけたのではないかと思いました。落語には「江戸の人はこんなことをするのか」という話があって、それはある意味、理不尽なんですが、それを不条理劇としてすくい上げて、さらに「ああ、こういう思いがあったからそんな無茶なことをしたのか」と納得いく流れにして演出していてとてもよかったと思います。私の新人演出家賞です。

──徳永さんは若手の発掘にも力を入れていらっしゃいます。今年発見した若い才能があれば教えてください。

関田育子「浜梨」より。(撮影:小島早貴)

発掘はできていませんが、1人挙げるなら関田育子ですね。関田育子さんという、松田正隆さんの教え子だそうですが、まだ若い方が主催しているユニットです。小説で言えば川端康成とか、映画で言えば小津安二郎とか、日本語が今よりもゆったりしていたときのリズムを大事にしながら、極端にカリカチュアした動きを付けて、コントみたいなユーモアと、普遍的な切なさみたいなものを同居させている。すごく面白いです。

──徳永さんはほぼ毎日、劇場で舞台をご覧になっていると思いますが、それでもさらにテレビでも舞台を観るということはありますか? あるとしたらそれはどんなときですか?

テレビで観るのは、主に見逃した作品ですね。「あ、これやってくれている。ありがたい」という感じで観ることが多いです。たまに、テレビをつけたときに観た舞台がたまたま放送されていて、「ああ、これ、面白かったな」と観続けてしまうこともありますが。

──ミュージカル、ストレートプレイまでさまざまな舞台作品がWOWOWで放送されていますが、「勝手に演劇大賞」には幅広い演劇ファンが投票に参加していると感じます。今年も12月31日まで投票が受け付けられますが、これから投票しようという演劇ファンに向けて、徳永さんから一言、お願いします。

結果はノミネートされた方たちのもとにWOWOWが届けてくれますから、「どうせ私の好きな作品は1位にならないだろう」とは思わず、舞台を観て、できればWOWOWの放送も観て(笑)、投票していただくことが作り手たちの励みになると思います。投票は簡単ですので、ぜひ参加していただけたらと思います!

「『勝手に演劇大賞2019』第10回記念スペシャルトークイベント」

10回目の開催記念として、WOWOW加入者限定のスペシャルトークイベントを12月8日に開催。フリーアナウンサーの中井美穂と演劇ジャーナリストの徳永京子が、ゲストのいのうえひでのり、早霧せいなと共に今年の演劇と過去の演劇大賞について語る。このイベントに、25組50名を招待! 応募方法はコチラ。※11月29日(金)申し込み〆

徳永京子(トクナガキョウコ)
演劇ジャーナリスト。東京芸術劇場運営委員および企画選考委員。せんがわ劇場演劇事業アドバイザー。パルテノン多摩企画アドバイザー。朝日新聞にて劇評、またその他の媒体で演劇関係のインタビューや寄稿などを多数執筆。ローソンチケットの演劇サイト「演劇最強論-ing」企画・監修・執筆。演劇雑誌「act guide」で「俳優の中」連載。読売演劇大賞選考委員。著書に「我らに光を」(さいたまゴールド・シアターインタビュー集。河出書房新社)、「演劇最強論」(藤原ちからと共著。飛鳥新社)、「『演劇の街』をつくった男 本多一夫と下北沢」(ぴあ)。また自身が観た舞台の感想を語るトークイベント「はなすよる」を不定期で開催している。