成井豊×辻村深月が届ける「かがみの孤城」再演&「ぼくのメジャースプーン」初舞台化

演劇集団キャラメルボックスの成井豊が脚本・演出を手がける「辻村深月シアター」が5月20日に東京・サンシャイン劇場で開幕する。「辻村深月シアター」では、辻村深月の小説「かがみの孤城」と「ぼくのメジャースプーン」を原作にした舞台が交互に上演される。

2017年に発表され、第15回本屋大賞を受賞した「かがみの孤城」は、引きこもり生活を続ける中学1年生の安西こころと、鏡の向こう側の世界で出会った仲間たちの交流を描くファンタジーミステリー。同作から強いインパクトを受けた成井は、2020年に自身の脚本・演出で舞台化した。その好評を受け、このたび新たなキャストを迎えて再演される。一方、2006年に発表された初期作品「ぼくのメジャースプーン」は、“条件ゲーム提示能力”という特殊能力を持った少年“ぼく”の闘いを通じ、罪と罰について描く物語。原作者である辻村たっての希望により、今回初めて舞台化される。

2017年と2019年に上演された「スロウハイツの神様」、2020年に初演された「かがみの孤城」でもタッグを組んだ成井と辻村に、「辻村深月シアター」に向けた思いを聞いた。

※5月20日から24日までの公演は新型コロナウイルスの影響により中止になりました。25日以降の公演につきましては、公式サイトをご確認ください。

取材・文 / 熊井玲撮影 / 藤記美帆

成井さんは誰一人脇役にせず、全員を際立たせてくれる

──成井さんと辻村さんの最初のタッグは、2017年に上演された「スロウハイツの神様」でした(参照:キャラメルボックス「スロウハイツの神様」に玉置玲央、松村泰一郎、森山栄治)。上下2巻にわたる長編を“赤羽環”と“チヨダ・コーキ”、2人の人物に焦点を当てて舞台化し好評を博しました。成井さんの読書量の多さはよく知られていますが、辻村作品を舞台化しようと思われたのはなぜだったのでしょうか?

成井豊 「スロウハイツの神様」を舞台化したいと思ったのは、まだ辻村さんの作品を全部読む前でした。いち読者として「面白いなあ」と思いながら続けて何作か読んでいる中で「スロウハイツの神様」に出会い、とてつもない衝撃を受けて、すぐに芝居にしたいと思いました。

辻村深月 私は学生時代から成井さんのお芝居をよく観ていたのですが、同じく成井さんのお芝居が好きだという仲間から「成井さんがブログに、『辻村作品を読んでる』と書いていたよ」と教えてもらって「うそでしょ!?」とすごく驚いたんです。何か物語を書きたいと思っている人ならわかるかもしれないのですが、成井さんのお芝居を観ると「ああ、こんな、物語が書いてみたい」と思ったり、「自分の作品が成井さんに舞台化してもらえるなら、クライマックスはきっとここだろうな」というような妄想をしていて(笑)。なので、観劇に行くと、友達と一緒にアンケートの「次に舞台化してほしい本があったら教えてください」という欄に「『ぼくのメジャースプーン』を舞台化してください」「『凍りのくじら』が希望です」って書いていたりしました。

でも当時は成井さんと私がつながるなんて、相当なことがないと起きない奇跡だろうと思っていたので、「スロウハイツの神様」舞台化のお話を聞いたときは、信じないようにしようって思っていたんです。信じて、「やっぱりなりません」って言われたら立ち直れないくらい落ち込んでしまうから(笑)。なので、初日に劇場の客席で舞台を観たときは、ものすごい喜びがありました。

左から成井豊、辻村深月。

左から成井豊、辻村深月。

──「スロウハイツの神様」は2019年に再演もされ(参照:初演より3分長く、キャラメルボックス「スロウハイツの神様」開幕)、続けて2020年に「かがみの孤城」が上演されました(参照:辻村深月×成井豊再び「かがみの孤城」主人公・こころ役に生駒里奈、リオン役に溝口琢矢)。「かがみの孤城」は2017年に発表され、今年劇場アニメ化もされるなど多くのファンに支持されている作品ですが、こちらも上下2巻の長編。舞台化するにはなかなかハードルが高そうです。

成井 まあ、そうなんですよ(笑)。さらに「かがみの孤城」は中学生たちの話なので、やっぱりその点はためらいました。でも私はストーリー至上主義なので、「こんなに面白い話を自分が読んだだけで喜んでいてはダメだ! この面白さをお客さんたちに伝えないといけない!」と思って、悩んだ末、大人になった登場人物たちが、10年前の自分たちを思い出すという形式にしました。原作では1年間にわたるお話ですが、舞台は2時間に収めないといけないので、どうしてもシーンやセリフの取捨選択が必要なんです。でも本当に良いシーンやセリフが多いから、切れなくて!

辻村 ありがとうございます!(笑)

成井 涙を飲んでカットしたんですけど、辻村ファンや辻村さんに「なぜこれを切った!」って怒られるかもしれないと思いつつ……。

辻村 怒りません(笑)。カットしにくい一番の理由は、「スロウハイツ」にしろ「かがみの孤城」にしろ、登場人物が多くてそれぞれにエピソードがあるからかもしれませんね。しかも成井さんは、それを全員分きちんと際立たせてくださっている。「かがみの孤城」は安西こころを軸に展開しますが、「ああ、これは誰が主役でもおかしくない話だったんだ」って、舞台版を観て初めて気付きました。そのくらい成井さんは、誰一人脇役にせず、書いてくださっているんですよね。そのことがとてもうれしいし、成井さんに舞台化していただけて良かったと感じています。

ラストを決めずに書くなんて、辻村さんはすごい

──「かがみの孤城」に関する過去のインタビューで、辻村さんが「作品の結末が、執筆の途中で見えてきた」とおっしゃっていたことに驚きました。伏線や仕掛けがあれほど緻密に織り込まれているのに、結末を決めずに書き進められていくなんて、すごいなと。

辻村 最初から決まっていたみたいですよね(笑)。

成井 え、決まってなかったんですか?

辻村 はい、実はいつもそうです。

成井 うわ、本当?

辻村 書きながら物語に没入していくんだと思うのですが、「ああ、これはこうだったんだ!」と自分自身、発見していく感覚なんです。「かがみの孤城」の城に関する秘密も、私にわかったのは作中の夏休みを過ぎたあたり。「あ! わかった!」と唐突に思って、そこからは一気に登場人物それぞれが抱える背景がはっきり見えました。そういう瞬間が毎回ちゃんと来てくれるのですが、逆に言えば、きちんと終われるのかな、という恐怖と闘いながらいつも書いています。

──成井さんはオリジナル作品を書かれるとき、どのように書き進めていくんですか?

成井 私は、以前は構想を半分くらい立てた状態で執筆を開始していたんですね。二十代は書くスピードが速かったけれど、三十代に入ってから初日ギリギリに書き上がるようになってきて。

辻村 おおー(笑)。

成井 当時、三谷幸喜さんと仲が良かったのですが、三谷さんから「脚本の構成を100%立ててから書き始めなければだめだ」と言われ、反省しまして(笑)、そこから構想を立てて書くようになりました。以来、稽古初日には必ず第2稿までは書き上がっているという状態になり、それは三十代の頃に三谷さんに言ってもらったおかげです(笑)。まあ演劇は書き上がってから稽古をしないといけないので、その点で演劇と小説はもちろん違うんだけど、それにしてもラストを決めずに書くなんて、辻村さん、すごい勇気だなあ!

成井豊

成井豊

辻村 あははは!

成井 ただ私も、全部を考えて書き始めますが、クライマックスになって登場人物が「なんでこんなセリフを言うんだ?」って思うような、自分でも予想外のセリフをしゃべってくれるとすごくうれしいですね。脚本を書くときってレンガを乗せていく感じで、このセリフがきたから次はこう、という感じで積み重ねていくんですけど、その予想を裏切るようなセリフが生まれることがあって。

辻村 成井さんのお芝居を観ていて、確かに登場人物の衝動がレンガの中から漏れ出す瞬間があったんだろうなって思うことがあります。成井さんの作品はセリフがドラマチックかつロマンチックだし、大事なことをきちんと言語化してくれるセンスが素晴らしくて、大好きです。これは「スロウハイツ」のときに感じたことなんですけど、プロットも脚本も読んでいるのに、実際に舞台を観たとき、私が想像した文字をセリフが超えてくる瞬間があったんです。文字で読むと「ここはもうちょっと言葉を足したほうがいいかな」と思ったところも、成井さんの演出と俳優さんたちのお芝居があれば十分伝わるんだということを実感しました。

長編・中学生という難題を乗り越えた「かがみの孤城」

──「かがみの孤城」では、さまざまな理由で学校に行かなくなった7人の中学生たちが、鏡の向こう側の世界に入り込み、謎めいた城で集う様が描かれます。“光る鏡”“謎めいた豪華な城”、彼らを見守る、狼の面を着けた“オオカミさま”など、文章からイメージがむくむくと膨らんでいくような原作の世界観を、成井さんはどのように具現化していったのでしょうか?

成井 まず、私のお芝居がもともとリアリズムよりだいぶエンタメ性が強いと言う前提があるので、具現化についてはあまり問題はありませんでした。また、何しろあの長編小説を2時間にまとめないといけませんから、説明的なセリフが多くはなりました。ただ辻村さんの作品はストーリーが絶対に面白いから、説明ゼリフにそれを発する登場人物の感情や性格などを付加して演出したとしても揺るがないんです。逆にストーリーがしっかりしていないと、何かを付加することでストーリーが見えなくなったり、本題から離れてしまうことがあるんですけど、辻村作品はその点で安心して遊べるし、広げられるんです。

辻村 成井さんのお芝居の説明ゼリフは、観客が、自分を投影して聞くことができると思います。例えば「スロウハイツ」には、石川寛美さん演じる(物語の軸となる)環のおばあちゃんが語りとして登場するんですけど、ずっと環を見守ってきたおばあちゃんが過去を振り返り、状況を説明してくれることで、観客もその気持ちに寄り添える。そこがすごいなと思いました。

辻村深月

辻村深月

成井 あの石川さんの語りは絶品でしたねえ。

──また過去のインタビューで辻村さんは、「高校生より小学生より、中学生を描くことは難しい」とおっしゃっていました。演劇でも、大人の俳優が高校生を演じることはあっても、中学生を演じることは珍しいのではないでしょうか。ただ、「かがみの孤城」初演の俳優さんたちは、あまり子供っぽさを感じさせない演技スタイルでした。

成井 私が特にそこを指摘していたわけではないのですが、誰も子供っぽくは演じなかったですね。それに辻村さんがちゃんと中学生のセリフを書いてくださっていますから、特に中学生っぽく演じようとしなくても、セリフを発するだけで中学生に見えたのだと思います。

辻村 前回の「かがみの孤城」の楽屋で、キャストの皆さんがお酒の話をされていたのが衝撃で(笑)。「ずっと中学生だと思って観ていたけど、そうだよな、みんな成人してるんだよな……」って不思議な気持ちになりました。

成井 あははは!