成井豊×辻村深月が届ける「かがみの孤城」再演&「ぼくのメジャースプーン」初舞台化 (2/2)

「ぼくのメジャースプーン」には“教育”が描かれている

──「ぼくのメジャースプーン」舞台化は、辻村さんからご提案されたそうですね。

辻村 そうなんです。提案というか、お願いというか、悲願というか(笑)。「スロウハイツ」を舞台化していただいて「人生で一番楽しい2週間かもしれない」と思うほどうれしかったんですけど、「かがみの孤城」も舞台化していただけることになったらまたうれしくなり、そうなると人間って欲が出てくるんですね、「成井さんにどうしても『ぼくのメジャースプーン』を舞台化してほしい」という気持ちが抑えられなくなりました。それで「かがみの孤城」の千秋楽公演の日に、成井さんにそのことを書いたお手紙を渡したんです。

なぜ「ぼくのメジャースプーン」だったかというと、この小説を書いている頃、私は成井さんのお芝居が上演されるたびに必ず観に行っていて。書いているときは無意識でしたが、その後、数年してから、この小説って、実はすごく成井さんのお芝居に影響を受けていたんじゃないか、と気付いたんです。“ぼく”の能力にしても、声に特殊な力が宿るという設定は、成井さんの「嵐になるまで待って」での声の聞こえ方を目の当たりにしたからこそ、自分の中に自然に生まれたものだという気がします。だから、成井さんのお芝居を観に行くと、終演後のアンケートに「辻村の『ぼくのメジャースプーン』を舞台化してください」と友達と一緒に書いたりしていたんです(笑)。それくらい、成井さんの描く“ぼく”と秋先生を見てみたかった。ただ、成井さんは「かがみの孤城」で「中学生が主人公かあ」とおっしゃっていたのに、「ぼくのメジャースプーン」は小学生の話ですから、すごくハードルが高いだろうなとは思っていました。「でも成井さんは宮部みゆきさんの(小学生を主人公にした)『サボテンの花』を舞台化されたこともあるし……」と思って(笑)。

辻村深月

辻村深月

成井 よくご存知だ(笑)。確かに小学生たちの話であるという点はためらいましたね。私のお芝居にはたまに小学生が出ますが、たいてい6年生でそれ以下は大人が演じるのは難しいんじゃないかと思っていました。また「ぼくのメジャースプーン」にはもう1つ問題があって、それは“ぼく”と秋先生の会話が中心だということです。なので、映像化はできても舞台化はできないんじゃないかと思っていました。もし舞台化するなら、客席数100くらいの劇場で、登場人物は“ぼく”と秋先生とあと2・3人くらいの、とにかく会話劇として見せるのがいいんじゃないかなと。でも「やってくれ」と言われると燃えるんですよね(笑)。そこで、サンシャイン劇場でやるにはどうしたら良いんだろうと発想を切り替えて、“ぼく”と秋先生とふみちゃん以外に、彼らの同級生たち5人を登場させることにし、1対1の会話劇ではなく、事件に遭遇した5人の同級生を描くことにしようと、考え方が変わったんです。

そして、私がなんでこの作品が好きかというと、それは僕が元教師で、「ぼくのメジャースプーン」が教育をテーマにした物語に見えたからなんです。ある大きな事件に遭遇して、生きる意欲が萎えてしまった子供の“ぼく”に対し、大人の秋先生がもう一度生きる気力を与えようと教育しているように感じたんですね。それってまさに私の生涯のテーマなんです。私はいろいろな教育を描きたいと思って、これまで兄から弟へ、親から子へ、あるいは他人から他人へというように、さまざまな関係性の中での教育を描いてきました。なので、過去に舞台化した2作以上に、自分にとって一番大切なテーマが、もしかすると「ぼくのメジャースプーン」には書かれているのかもしれない、と脚本を書きながら気が付いて。

辻村 うれしいです!

成井 それに気付いてからどんどんやりがいが増しました。ラストの秋先生とふみちゃんの対話が大好きで、稽古を観ていてもいつも泣いてしまうんですが、あそこはまさに“出藍の誉れ”。教えている側が、実は自分が教わっていた、ということに気付く瞬間にゾクッとくるし、教えていた相手が予想外の成長を見せてくれたときに感じる幸福感に泣いてしまう。教える側が、報われるんですよね。

辻村 成井さんから受け取ったもので書いた小説なので、成井さんがそんなふうに読んでくださることに、深く感激しています……!

2つの作品に、俳優たちが“今”を吹き込む

──お稽古の進み具合はいかがですか?

成井 「かがみの孤城」と「ぼくのメジャースプーン」を交互に稽古しています。「かがみの孤城」は2回目なので、演出する側も演じる側もある程度最終地点が見えてはいますが、稽古初日に俳優たちには「初演の千秋楽からがスタートだ」と言ってきたので、さらに良くなると思います。一方の「ぼくのメジャースプーン」についてはどうしたら良いか、最初はまったく見えていなくて。でも秋先生役の岡田達也が1週間遅れて稽古に合流したとき、岡田の演技を見て稽古場にいる全員が「ああ、これだ!」ってあ然としました。

辻村 わあ、舞台を拝見するのが楽しみです!

──「かがみの孤城」は、初演から具体的にブラッシュアップされる部分はありますか?

成井 ダンスシーンとパフォーマンスシーンが改良されるのと、ほとんど変えてはいませんが、セリフに関しては初演の稽古から本番までの間に変わって良いなと思ったところは変えています。でも最大の違いは俳優でしょうね。初演は生駒里奈さん、今回は田野優花さんがこころを演じますが、2人とも全然違うのに、どちらのこころもこころなんです。そして軸となるこころが変わることで、周りの登場人物たちも変わっていくので、全体として初演と同じには“なりようがない”と思います。

──田野さん演じるこころは、どんな女の子ですか?

成井 僕にはより現代的に感じます。社交性があるというか、あんな事件がなければもっとずっと楽しい中学生活が送れたに違いないというか……ちょっと大人っぽい感じがします。また田野さんは思い切って演技ができる人で、声もよく通るし、実際うまいんですよ。期待してください!

成井豊

成井豊

──今回は「辻村深月シアター」という冠のもと、「かがみの孤城」と「ぼくのメジャースプーン」が交互上演されます。2作が並んだことで、改めて両作に共通するものを感じました。

辻村 成井さんの「ハーフタイムシアター」を観に行った際、マチネが終わるとソワレまで近くの喫茶店で時間を潰し、また劇場に戻ってくる、ということをやっていたなあと思い出して、今回の「辻村深月シアター」でも自分の読者の方々がそうやって観てくれたらこんな幸せはないなと思います。

この2作に関して言えば、「ぼくのメジャースプーン」は2006年に出版された初期作品で、「かがみの孤城」は2017年と最近のものなんですね。「ぼくのメジャースプーン」の頃は「何が辻村深月らしいかは私が決める」と思って、もっとも尖っていた時期なんです。でも「かがみの孤城」の頃になると、「何が自分らしいかは読者が決めてくれることだ」と思うようになって。内容もラストも全然違いますが、この2作は同じ切れ味の上に成り立っているし、共に自分が子供だった頃を忘れていない大人が書くという心構えで臨んだ小説なので、そこを楽しんでいただけたらと思います。

成井 「ぼくのメジャースプーン」は少年、「かがみの孤城」は少女の物語という違いはありますが、両方共ファンタジーで、どちらも非常に怖い事件が起きるし、共通点はありますよね。ただ、組み合わせを考えてこの2作を選んだというより、“好きな作品だからやる”んです! 「スロウハイツ」を含め、辻村さんの作品を3本やらせていただきましたが、僕の好きなこれら3作は、どれも主人公がものすごくピュアなものを持っています。ピュアであることを描こうとするとうそっぽくなる可能性も高いんですけど、辻村さんの腕によってそのピュアさが極めてリアルに描かれている。いろいろな苦難はあるんだけど、最終的にはピュアなものが肯定されることが僕はすごくうれしいし、そのことが切実に感じられて、信じられるところが本当に好きなんです。よく「清濁合わせ飲んで世の中を渡っていかないといけない」と言われますが、善良な人が結局最後は幸せになるというふうに物語が終わらないとダメだと思っていて。だって現実はそうではないんですから。辻村さんの3作品にどうして私が惹かれるか、というのは、その点にあると思います。でも辻村さんって意地悪だから、すごく主人公を追い詰めるんですけど(笑)、なんとか主人公たちがそのギリギリの淵から戻って来てくれる。そういうところが好きなんですよね。

辻村 私も「善意の話が好き」と言うと、私が思う“大人の代表格”みたいな人たちから「世の中に悪意があるのを知らないね」と指摘される雰囲気を感じるんですけど(笑)、「悪意やそういうことを全部わかったうえでこれを書いてるんだ!」というのが私の作家としての意地であり矜持なんです。だから、“並みの悪意じゃ勝てないくらいの悪意”についてもきちんと書いておきたい。成井さんがおっしゃった「ピュアなものが報われる話が好き」という部分は、私も成井さんのお芝居を観て感じてきたことです。成井さんの舞台を観ると元気をもらえる、舞台を観た2時間後の自分が、確実に幸せになれると思うから行くんです。

左から成井豊、辻村深月。

左から成井豊、辻村深月。

小説や舞台から受けた影響が、新たな作品を生み出す

──辻村さんは舞台をよくご覧になり、成井さんは小説をよく読まれています。ご自身と別のフィールドの作品に触れることでどんな刺激を受けていらっしゃいますか?

成井 私は高校教師を8年やりましたが、それ以降はずっと演劇の世界にいて自分の劇団をやっているので、自分自身の世界は狭いものだと思っているんですね。出不精で旅行も好きではないし、家で小説や映画を観ていることのほうが好き。だから年齢は辻村さんよりだいぶ上かもしれませんが、経験していることや知識は私のほうが劣っているのだと思っています。でも小説を読むと知らない世界や考え方、知らない人間が出てきて、想像もつかないような事件や世界を体験することができる。それによって自分も成長できるんじゃないかと。原作ものをやるようになってから、そうやって小説にたくさん助けられていると思います。

辻村 「小説のアイデアってどこから出てくるんですか?」とよく聞かれるのですが、私がアイデアをもらうのは、良いものを観たときが圧倒的なんです。お芝居でも映画でも小説でも、わーっと自分の心が動いて「これと同じようなことを自分でもやってみたい!」という気持ちが原動力になり、でもそれをそのままやるのではなく、同じ高揚感に持っていくには自分だったらどうしたら良いかを考えていく。お芝居を観ると、その現象がよく起きます。例えば成井さんの舞台を観て、自分だったらどうするかという気持ちで生まれたのが「ぼくのメジャースプーン」の発想のきっかけだったと思うんです。また演劇からもらえる1つの効果として、濃密な時間を見知らぬお客さんと一緒に体感するという“場の力”もあります。同じ時間を共有し、同じ物語に心を共振させたという体感をもらって帰れるというのは本当にすごいことですし、同じ創作者として私もがんばろうと大きな力がもらえます。

──今回の「辻村深月シアター」は、成井作品が好きな演劇ファン、辻村作品が好きな小説ファンの双方が心を共振させる機会となりますね。

辻村 皆さんにもぜひ楽しんでいただきたいです!

左から成井豊、辻村深月。

左から成井豊、辻村深月。

プロフィール

成井豊(ナルイユタカ)

1961年、埼玉県生まれ。劇作家・演出家、日本演出者協会理事、成井硝子店三代目店主。早稲田大学第一文学部卒業後、高校教師を経て、1985年に演劇集団キャラメルボックスを創立。劇団では、脚本・演出を担当。オリジナル作品のほか、北村薫、東野圭吾、伊坂幸太郎、筒井康隆といった作家の小説の舞台化を手がけている。

辻村深月(ツジムラミヅキ)

1980年、山梨県生まれ。小説家。2004年、「冷たい校舎の時は止まる」で第31回メフィスト賞を受賞し、デビュー。2011年に「ツナグ」で第32回吉川英治文学新人賞、2012年に「鍵のない夢を見る」で第147回直木三十五賞、2018年に「かがみの孤城」で第15回本屋大賞を受賞した。