シリアスでいてコミカル、森新太郎と佐々木蔵之介が最強タッグで立ち上げる「冬のライオン」

ヘンリーのスピードに振り落とされないで

──台本を読むと、常に誰かと誰かが対峙していて、対峙する相手によってそれぞれの立ち位置や言葉の真偽が変わって見えくるのがスリリングです。それぞれ、一貫した強い思いを持って行動しているようにも、その場その場で答えを探しているようにも感じられますし、親子や兄弟など相手との関係性が変わると新たな一面が垣間見えたりして、シーンが進むごとにそれがより複雑に絡み合っていきます。

森新太郎

 今回、お客さんをちゃんと騙したいなと思っていて。特に蔵之介さんと淳子さんのやり取りは騙し合戦なんですね。なのでお二人には、互いだけじゃなくお客さん全員も巻き込んで騙す、くらいの芝居をしていただきたいと思っているんです。お客さんが「今このシーンでちょっと感動しちゃったじゃない!」って悔しく感じるような、「あれは騙しのための準備段階だったんだ!」ってあとから気付いてもう1回観てみたくなるような、そんな芝居を目指していただきたいなと。

──中でもヘンリーは、自分の中に一貫した筋のようなものがあっての言動なのか、それすらないのか、一番謎めいています。

佐々木蔵之介扮するヘンリー。

佐々木 つかみどころがない感じではありたいなって思ってます。すごくわかりやすい人だなと思ったらそうではなかった、という感じになれたら良いなと。ちょっとおどけたりコミカルなところもあるけど、それをまったく裏切るようなところもあるような、そんなふうに作っていきたいですね。

 ものすごい速度で展開していくので、お客さんも何が起こっているのか100%把握することは難しいと思うんですよね。でもそれが逆にジェットコースターみたいで楽しいんじゃないかなって。中でも一番頭の回転の速いのがヘンリーなので、ヘンリーに振り落とされぬようみんなで必死にしがみついていってもらいたいです。

──これまでのインタビューの中で森さんは、ヘンリーと、高畑さん演じるエレノアのやり取りを、夫婦漫才のように見せたいとおっしゃっています。稽古が始まって、その感じは立ち上がってきていますか?

 予想通りの良い感じです。高畑さんは本当に天然な方なので、ご本人は夫婦漫才をやっているつもりはないと思いますが、十分に夫婦漫才です(笑)。ユーモアって教えられるものではないところがあって、多分に本能的というか、反射神経的なものなんですよね。その点、蔵之介さんと高畑さんのやり取りを見ているとさすがだなと思います。このたびが3度目の共演ということもあるかもしれませんが、「今、この間合いで来たから、私はこの間合いで返す!」というような息の合い方が素晴らしく、毎回惚れ惚れしてしまいます。

佐々木蔵之介

佐々木 僕はもう圧倒されるだけですよ(笑)。と言いながらも、やっぱり間合いを感じて演じるのは、面白いなと思いますね。森さんが稽古中に、「次の人に渡しやすいように、セリフを立てて」とおっしゃっていたけど、この戯曲は本当に前の人のセリフを受ける部分がめちゃくちゃ多いので、相手とのキャッチボールがしやすいんです。今、そこを楽しみながら稽古しています。

──さらに近年の森さんの演出作品では、俳優の存在感が際立つような、シンプルだけれど強烈なインパクトを与える舞台美術も作品の重要な要素になっています。今回は堀尾幸男さんが美術を担当されますが、どのような舞台美術になりそうでしょうか?

 これはもう実物をぜひ堪能していただきたいですね。ある種“二次元的”とも言える舞台空間になっているので、人の動きや佇まいがかなり戯画的に感じられるはずです。圧迫感も相当なものなので、この登場人物たちが置かれている状況の息苦しさも存分に伝えられると思います。

佐々木 僕はこんな美術、見たことがないですね。人物が、よりくっきり見えてくるんじゃないでしょうか。

2度目という感じがしない、強い信頼関係

──佐々木さんと森さんのタッグは、2016年の「BENT」(参照:「BENT」佐々木蔵之介&北村有起哉、頭丸めて登場「どストレートな愛感じて」)と、上演には至らなかった「佐渡島他吉の生涯」に続き、今作が3作目となります。

 「他吉」は結局稽古にも入っていなかったので、クリエーションとしては2度目なんですけど、2度目って感じがしないんですよね。

佐々木 僕もそうですね。

 2度目ってまだまだもう少し気を遣うんですけど、蔵之介さんの前ではそんなことを感じることがなくて。「BENT」が体育会系の部活みたいにキツかったところがあったからか(笑)、蔵之介さんとは何度も一緒に芝居をやってきた感じがします。この感覚は不思議です。

佐々木 僕もそうですね。「森さんと何回目だっけ……あれ1回しかやってなかった!」って感じで。森さんとの作品の記憶が「BENT」しかなかったことに驚いたりして。「BENT」に一緒に挑んだということがよほど大きかったんですかね。 

 そうですね(笑)。

佐々木 森さんとのクリエーションは、稽古はしんどいんやけど納得するというか。森さんは作品のことを本当によく考えてはるし、稽古を常に明るく前に進めていってくださっている感じがするんです。重くてじーっと長い時間が続くということがなく、毎日発見と挑戦があって新鮮ですし、「この時間なんやったんや?」と思うことがまったくない。それに森さんは稽古を観ながらいつも笑って反応してくださるので、森さんが笑ってくださる、というのが指標だなと思っていて。

 (笑)。僕は、蔵之介さんって底が知れないっていうか、映像でも作品によってけっこう印象が変わる方なので、今回も新しい蔵之介さんを引き出せたらと思っています。特にヘンリーは、蔵之介さんもおっしゃったようにつかみどころがない部分があるので、ドスをきかせるようなところや茶目っ気のあるところ、時には色っぽいところも見せてほしいし、いろいろな顔が大集合してヘンリーという特異な人物が出来上がるのではないでしょうか。蔵之介さんは二枚目も三枚目もいける方なので、その振れ幅を今回は目一杯大きくしていただきたいですね。

左から森新太郎、佐々木蔵之介。
森新太郎(モリシンタロウ)
2002年に演劇集団円に入団。2006年に「ロンサム・ウェスト」で演出デビュー。古典から現代劇、ミュージカルまで幅広く手がける。自身が主宰するモナカ興業でも活動。2013年に文化庁新進芸術家海外研修制度でアイルランドへ、2018 年にシンガポールへ留学。近年の演出作に「The Silver Tassie 銀杯」「プラトーノフ」「奇跡の人」「ドライビング・ミス・デイジー」「ハムレット」「モンスターと時計」「メアリ・スチュアート」「エレファント・マン THE ELEPHANT MAN」「パレード」「ロミオとジュリエット」「ピーター・パン」「ジュリアス・シーザー」、演劇集団円「景清」などがある。第50回毎日芸術賞演劇部門 第11回千田是也賞、第64回文化庁芸術祭優秀賞、第21回読売演劇大賞グランプリおよび最優秀演出家賞、第64回芸術選奨 演劇部門 文部科学大臣新人賞、WOWOW presents 勝手に演劇大賞2017年演出家賞受賞。
佐々木蔵之介(ササキクラノスケ)
惑星ピスタチオに旗揚げから参加し、1998年の退団まで同劇団の看板俳優として活躍。その後、上京して本格的な俳優活動を開始し、テレビ・映画・舞台など数多くの作品に出演。2014年には歌舞伎デビューも果たす。第17回読売演劇大賞 優秀男優賞、第47回紀伊國屋演劇賞 個人賞、第40回菊田一夫演劇賞 演劇賞、第38回日本アカデミー賞 優秀主演男優賞受賞。近年の主な出演作は、「マクベス」「ゲゲゲの先生へ」、Team申「君子無朋~中国史上最も孤独な『暴君』雍正帝~」、映画「嘘八百 京町ロワイヤル」、Amazon Original映画「HOMESTAY」(2022年2月11日配信開始)、テレビドラマ「ミヤコが京都にやって来た!」「IP~サイバー捜査班」「和田家の男たち」など。2022年に映画「バスカヴィル家の犬 シャーロック劇場版」(6月17日公開)、「峠 最後のサムライ」が控える。

キャストが語る“際立って変”な登場人物たち

葵わかな

葵わかな扮するアレー。

──アレーについてどんな印象を持っていますか?

アレーはヘンリーの愛人という役どころです。しかも、リチャードの婚約者として幼い頃にフランスからイングランドへ渡り、ヘンリーとエレノアに育てられたのち、ヘンリーの愛人となります。アレーを見ているといかにこの時代の女性に人権がなかったのか、思い知らされます。だからこそエレノアの異質さが際立つとも思うので、この時代に、この家族に、翻弄される姿をしっかりと表現したいです。窮屈な時代に生きているからこそのアレーの純粋さや愛情や憂鬱、苛立ちをのびのびと演じていきたいと思っています。

──作品を楽しむヒントを教えてください。

キャラクターがものすごく立っている舞台です!! 今まさに森さんがキャラクターを大切に大切に育ててくださっています。観に来てくださった方の好み、気分によって共感できるキャラクターがきっといるんじゃないかなと思います。王国の話ですが、実は家族のお話。遠くに見えて近くに感じる、そんなお話になるように本番まで精進していきたいと思います。

葵わかな(アオイワカナ)
2009年に女優デビュー。2019年、ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」で初舞台を踏む。近年の舞台出演作にミュージカル「アナスタシア」、プレミアムリーディング「もうラブソングは歌えない」、Broadway Musical「The PROM」Produced by地球ゴージャスなど。

加藤和樹

加藤和樹扮するリチャード。

──リチャードについてどんな印象を持っていますか?

リチャードは家族の中でもあまり本音を隠さないほうだと思います。母の愛を一身に受けているのに、その愛を信じられず、一番欲している父の愛は手に入らない。父に認められたい、という思いから戦場に身を置いているのかな、とも感じられます。長兄だけど素直で子供っぽい印象です。

──作品を楽しむヒントを教えてください。

この作品の楽しみ方はとてもシンプルだと思います。時代は違えど、“とある家族の物語”。騙し、騙され、誰かが勝利し、負ける。登場人物全員が腹の底に何かを抱えている。特に、ヘンリーとエレノアの言葉の攻防は緊張感もあり、笑いもあるので、その言葉のやり取り1つひとつに注目して観ていただければと思います。

加藤和樹(カトウカズキ)
2005年、ミュージカル「テニスの王子様」で初舞台。2006年にアーティストデビュー。第46回菊田一夫演劇賞 演劇賞受賞。近年の主な舞台出演作にミュージカル「ファントム」「ローマの休日」「マタ・ハリ」「ジャック・ザ・リッパー」など。5月よりミュージカル「るろうに剣心 京都編」に出演。

水田航生

水田航生扮するフィリップ。

──フィリップについてどんな印象を持っていますか?

表に出ているのは、国王として作り上げられた無機質でつかみどころがない、ある種、機械的な部分なのですが、それは王として自制しなければいけない面であって、本当の胸の内にはドス黒い憎しみや野心といったものが常に渦巻いている男だと感じています。

──作品を楽しむヒントを教えてください。

それぞれの登場人物の探り合い、そして騙し合い、嘘、裏切りがヘンリーとエレノアを中心に描かれているので、今、誰と誰が手を組んでいるのか、それぞれ何が第一欲求なのかにまず注目して観ていただくとわかりやすいと思います。また、土地の固有名詞がけっこう出てくるので、「アキテーヌ」と「ヴェクサン」あたりは覚えていたら、より一層世界観にのめり込めるのではないかと思います。

水田航生(ミズタコウキ)
2005年、第1回アミューズ王子様オーディションのグランプリを受賞。2009年から2010年にミュージカル「テニスの王子様」に出演。近年の主な舞台に「東京原子核クラブ」、ミュージカル「ゴースト」、オフ・ブロードウェイミュージカル「The Last 5 Years」など。5月から6月にかけてミュージカル「四月は君の嘘」に出演。

永島敬三

永島敬三扮するジェフリー。

──ジェフリーについてどんな印象を持っていますか?

読み合わせの段階で、森さんから具体的なイメージをいただきました。セリフや駆け引きの中では皮肉めいていたり、策略を練っていたりするものが多いのですが、戯曲のト書きに「精力と活力に満ち、人を惹きつける魅力がある」とあるので、その生来の“魅力”という部分はベースとして忘れずにいようと思います。憎たらしい部分もありますが、渇望するからこそ湧き出る生命力のようなものがしっかりしなければなと思っています。

──作品を楽しむヒントを教えてください。

森さんもおっしゃっていましたが、これは歴史ドラマであり、コメディなんですね。わかりやすく面白い部分もありますが、やり取りの巧妙さや、必死の大芝居を打ったりする場面で「もう笑うしかない!」という面白さがあります。ですので、身構えずに目の前の現象を楽しんでいただければ良いのかな、と思います。ヘンリーとエレノアの舌戦も勿論ですが、三兄弟とアレーとフィリップが、とても短い間に喜んだり、落ち込んだり、裏切ったり、裏切られたりする、その忙しさも見どころだと思います。

永島敬三(ナガシマケイゾウ)
2011年より柿喰う客に参加。劇団公演のほか「サクラパパオー」「ハムレット」「ふるあめりかに袖はぬらさじ」、木ノ下歌舞伎「糸井版 摂州合邦辻」「カノン」「『終末のワルキューレ』The Stage of Ragnarok」などの舞台に出演。

浅利陽介

浅利陽介扮するジョン。

──ジョンについてどんな印象を持っていますか?

家族みんなを愛しているが、なぜかうまく伝えられないし、それを家族のせいだと思ってるのかなー、素直じゃないなあーという印象です。

──作品を楽しむヒントを教えてください。

偉大な王である親父が一番、むちゃくちゃなことをやっていると思います。家族経営で商売するのは、距離感の取り方が難しそうですね。ただみんな、なぜか親父が好きなんですよね。注目すべき人物はやはり父ヘンリーですね。

浅利陽介(アサリヨウスケ)
幼少よりミュージカル「レ・ミゼラブル」などに出演。近年の主な舞台に「プラトーノフ」「ボーイズ・イン・ザ・バンド~真夜中のパーティー~」「迷子の時間~語る室2020~」「木洩れ日に泳ぐ魚」、劇団☆新感線「いのうえ歌舞伎『狐晴明九尾狩』」など。

高畑淳子

高畑淳子扮するエレノア。

──エレノアについてどんな印象を持っていますか?

かつては美貌を誇り、広大な土地を所有する財力にものを言わせ、したいこと、欲しい物をすべて手にしてきた誇り高き王妃が年老いた今、地下牢にいる。10年間も。このことが気になって仕方ありません。何度か許される地下牢からの外出。その1日が「冬のライオン」で描かれている1日です。地下牢行きを命じた夫にクリスマスプレゼントを持って彼女は夫、息子のところに来ます。なんと強靭な精神力かと思います。

──作品を楽しむヒントを教えてください。

ジョン!ですね。次の王に指名されたかと思えば、王になる予定はなし!と言われ、いつも外力に踊らされている。それだけ、この劇が作戦合戦でもあるわけですが。あと1つ、キーワードは“アキテーヌ”。これはフランスの半分以上の大きな土地です。この所有権をこの家族は争ってもいます。アキテーヌとジョン、これはキーワードかな?

高畑淳子(タカハタアツコ)
1976年、劇団青年座に入団。近年の主な舞台に「組曲虐殺」「チルドレン」「恋、燃ゆる。~秋元松代作『おさんの恋』より~」「喜劇 老後の資金がありません」「チョコレートドーナツ」など。