シリアスでいてコミカル、森新太郎と佐々木蔵之介が最強タッグで立ち上げる「冬のライオン」

森新太郎が、映画化もされたジェームズ・ゴールドマンの戯曲「冬のライオン」の演出に挑む。舞台は1183年のクリスマス、フランス中部のシノン城。イングランド王ヘンリーは、自身の跡継ぎを決めるため、妻と3人の息子、そして愛妾と敵国のフランス王を集めるのだが……。ヘンリー役を演じるのは、森とは2作目のタッグとなる佐々木蔵之介。一見するとシリアスで重厚なこのドラマを、“シリアスとコメディの狭間の感じ”として描き出すのに、佐々木の“底知れなさ”は重要なポイントとなる。

稽古がスタートした1月中旬、森と佐々木の2人は作品に対する印象をそれぞれに語った。また特集の後半では、キャストの葵わかな、加藤和樹、水田航生、永島敬三、浅利陽介、高畑淳子のコメントを紹介。6名が自身の役や作品の見どころについて語る。

取材・文 / 熊井玲撮影 / 祭貴義道

重厚な人間ドラマというより、まるでシチュエーションコメディ

──本作は、森さんが「今上演したい作品」と感じ、選ばれた作品だそうですね。「冬のライオン」は1966年にブロードウェイで初演され、映画やテレビドラマにもなったジェームズ・ゴールドマンの戯曲ですが、森さんは本作とどのような形で出会われたのですか?

森新太郎

森新太郎 一昨年、蔵之介さんと上演する予定だった「佐渡島他吉の生涯」(参照:佐々木蔵之介×森新太郎「佐渡島他吉の生涯」追加キャストに石田明・壮一帆ら)がコロナによって流れて、時間がたくさんできたので、次に上演が控えていた「エレファント・マン THE ELEPHANT MAN」(参照:小瀧望が「エレファント・マン」を熱演、森新太郎も絶賛「よくここまで来た」)に向けて幅広く調べものをしていたんです。そうしたらビクトリア朝をどんどん遡って、マグナカルタ(編集注:1215年、ジョン王の時代に制定された憲章。国王の権力を法律で制限し、個人の権利を守るもの)やジョン王のことにまで興味が広がり、そこで偶然「冬のライオン」という作品の存在を知りました。まずは映画から観て「重厚な人間ドラマだなあ」という印象を持ったのですが、そのあとで戯曲を読んでみたら、「これは王道のシチュエーションコメディじゃないか」と。こういうコメディタッチの歴史劇は演出したことがなかったので、俄然やる気が湧いてきて。愛情の欠けた家族の物語ですが、支配する / されるという関係性にがんじがらめになっている人たちが描かれていて、半世紀前に書かれた戯曲とは言え、我々が今生きている世界と十分重なる部分があると思い、上演を希望しました。

──「佐渡島他吉の生涯」に関するインタビューで森さんは、佐々木さんにどちらかと言うと“笑い”を全力で演じている印象がある、とおっしゃっていました。今回のヘンリー役は、一見するとシリアスな役どころですが、全力で相手を裏切ったり裏切られたりしている様にはどこか滑稽さも感じます。

 そうですね。今稽古をやっていて、良い按配に“シリアスなのかコメディなのかわからない狭間の感じ”になっていると思います。蔵之介さんが魅力的なのは、大真面目にも見えるし冗談にも思えるような謎の演技を繰り出してくるところです。「この人は、本当は何を考えているのだろう?」と絶えず勘ぐりたくなるような、その飄々とした感じが今回の役にも生かされていると思いますね。

──佐々木さんは、台本にどんな印象を持たれましたか?

佐々木蔵之介

佐々木蔵之介 「森さん、また難しい台本を出してきはったなあ」と(笑)。「『冬のライオン』だし、ヘンリー役だし、王族がたくさん出てくる歴史劇で、どうなるんだろう」と思いながら読んでみたら、意外にもちょっと笑えるんです。すごく固い、昔の話かと思ったら全然そんなことはなくて、ちょっとできそうな予感がしたというか……もちろん今回も大変は大変やろうなと思うんですが。実際、稽古が始まって今、大変なんですけど(笑)。

 あははは!

──セリフを口にして印象が変わった部分はありますか?

佐々木 黙読しているときよりものすごくエネルギーを使うし、文字面を読んでいるとき以上に今は、「どんな思いでこのセリフが出てきたのかな」と、森さんと一緒に探りながら行間を読み解いて、登場人物たちの関係性を勉強しているところです。

目指すは“勝新的チャーミングさ”のあるヘンリー

──台本のト書きには、各登場人物の容貌や気質がそれぞれ描かれていて、まさにその人物評とぴったりなキャスティングだなと思いました。それでいくと、ヘンリーは「五十歳を越えたばかり」で「老衰の始まる直前に、精神的・肉体的活力の最後の急上昇を迎えるものがいるが、彼は今その高まりを楽しんでいるのである」と描写されています。お稽古の様子をご覧になって、森さんの中では今、佐々木さん演じるヘンリー像がどんなふうに見えてきていますか?

森新太郎

 プレ稽古として、昨年一度だけ読み合わせをやったんですけど、そのときの蔵之介さんの声やセリフ回しを聴いていたら、僕には勝新太郎が見えてきたんですよね(笑)。で、「勝新、アリだな」と一気にイメージが膨らみました。勝新さんと言えば少年っぽさだと思うんです。やっていることはめちゃくちゃなんだけど、その無邪気さや好奇心ゆえにチャーミングに見えてしまう。そこが今回のヘンリー役の大きなヒントになっていて、子供しか持ちえないあのワクワク感が、いまだに体中にみなぎっているような人物にしたいと思っています。

佐々木 勝新さんのようなヘンリー……森さん、何を言うてはるんやろうなと思いますが(笑)、これだけ領土を持って、金を持って、権力を持って、それでいて無邪気って、そんな無邪気さは嫌やわ、迷惑やわ(笑)。でもそこがチャーミングに感じられるようにできれば、と思います。

──今回は、たった7名のキャストで、王位争いという壮大な物語を繰り広げます。ヘンリーの愛妾でフランス王女アレー役の葵わかなさん、麗しき武人であるヘンリーの長男リチャード役の加藤和樹さん、アレーの異母きょうだいでヘンリーへの怒りを抑えきれないフランス王フィリップの水田航生さん、明晰な頭脳を持つヘンリーの次男ジェフリー役の永島敬三さん、末っ子らしい無邪気さがにじむ三男ジョン役の浅利陽介さん、そしてヘンリーの年上の妻・エレノア役の高畑淳子さんと、舞台や映像で活躍する実力派がそろいました。キャスティングの際に共通して意識されたことはありましたか?

 7人という少ないキャストでこれだけ濃密な舞台をやるので、舞台経験のある俳優という点にはこだわりました。本当にかなり良いメンバーがそろったなと稽古しながら実感していますし、出自も雰囲気もバラバラでそこが面白い。そもそもこの芝居はキャラクター勝負だと思っていて、1人として普通の人がいない、みんな際立って“変な人”なんですよね(笑)。それぞれの役についてのシンプルなト書きがあるのですが、僕はそのシンプルなト書きをどれだけ大胆に掘り下げられるか、キャストの皆さんに試していただいているところです。

過酷さを楽しむところがヘンリーとの共通点

──近年の森さんの作品は、「パレード」にしろ「ジュリアス・シーザー」にしろ、ストーリーや作品のバックボーン以上に、時代や国籍、身分や性別を超えて、より“人間”が全面に出る演出、という印象があります。今回も、さまざまな状況にある人が、その立場を超えてぶつかり合いますね。

 そうですね。なので舞台美術も衣裳もリアルに中世のものを作るというよりは、人間の関係性のみが浮き立つように、なるべく具体性を削ぎ落したものを考えています。俳優にしてみたら、頼れるものが自分の身体と相手役の存在に限られてくるので、なかなか大変な現場だとは思います。けど、それゆえに引き出される感性やエネルギーというものが確実にありますから。

──佐々木さんは、昨年出演されたTeam 申「君子無朋~中国史上最も孤独な『暴君』雍正帝~」(参照:佐々木蔵之介「“今”と通じる作品に」、暴君の孤独と覚悟描く「君子無朋」開幕)も2時間ほぼ出ずっぱり、しゃべりっぱなしとハードでしたが、今回もセリフ量が多いだけでなく、6名全員と“対決”する内容になっていて、かなりハードな作品になりそうですね。

 っていうか蔵之介さん、ハードな舞台しかやってないですよね?(笑) “1人マクベス”(編集注:2015年にアンドリュー・ゴールドバーグ演出で上演された「マクベス」で、佐々木はシェイクスピア「マクベス」に登場する登場人物をほぼ1人で演じた)もそうだし、「リチャード三世」(参照:プルカレーテ演出「リチャード三世」、佐々木蔵之介「僕ら演劇人が幸せな瞬間ばかり」)(編集注:2017年にシルヴィウ・プルカレーテ演出で上演された「リチャード三世」では、佐々木をはじめとする15人のキャストが膨大な登場人物を演じ分けた)もそうだし、なんでこんなしんどい舞台ばかりやるのかなって。

佐々木 だって……楽な舞台ってあるんですか?

 まあ、そうですけど!(笑)

佐々木蔵之介

佐々木 ただ、今回はまさに人間が“モロ出し”っていうようなステージになりそうなんです。今日、正面側からみんなが舞台に立っている姿を見たら、それぞれクッキリと体格が見えるというか、それぞれの個性がくっきり現れているなと感じたんです。そしてみんな芝居ができる人なので、これは面白い作品になりそうだなと思いました。

──前作「君子無朋」で演じられた雍正帝役は“孤高の君主”というような、厳しさと孤独を併せ持つ存在でしたが、ヘンリーは台本で読む限り、もう少し人間くさい君主のようです。

佐々木 そうですね。ヘンリーはこの歳になっても収まらないというか、いまだに好き放題やっているのが面白いですよね。誰かに引き継ぐとか、「もうこれはいいや」ということはまったくなくて、現状を楽しんでいる。だって、わざわざクリスマスに自分を敵だと思っている人たちを全員集めるなんて、そんなしんどいことをせんでも、クリスマスならゆっくり過ごしたらええのにって思いますし、僕はそこまでせえへんけどなと思いますが(笑)、大変な舞台を選んでいるっていうことは、つまり僕もヘンリーと同じように大変なこと、しんどいことを楽しんでいるところがあるのかもしれません。